第2話『再会』-4
男達は2人とも古いTシャツとズボンを着ており、商人という雰囲気ではなかったが、笑っていても人相が良いとはいえなかった。
「お譲ちゃん、1人なの?」
「え?…私、…ですか?…1人ですけど?」
シャルロットは意味がわからず、すっとんきょうな声で答えてしまった。
「そーか、今ヒマ?俺らと遊ばない?」
男の1人が笑顔で言ったが、シャルロットは鐘の塔に行くつもりだった。
「あ、でも私今から鐘の塔に…」
「1人なんだろ?じゃあ、いいじゃん?昼メシでもおごるからさ」
シャルロットの肩を叩いた男はそのまま腕を掴んだ。
「あ、あの。私これから鐘の塔に行こうと…」
シャルロットは慌てて鐘の塔を指差して伝えようとしたが、腕を引っ張られてしまった。男達が向かう方の道は出店や商人達も少ないのが目に入った。腕を引っ張る男は、顔は笑っているが力はとても強い。シャルロットが立ち止まろうとしてもなかなか引っ張る力に勝てずに止まれなかった。
「あの…!ちょっと待って下さい…!」
シャルロットは足を引きずって男の足から歩くスピードを抑えた。
「いいじゃん、塔なんて後でも行けるって。それにこっちの道の方がおもしろい店いっぱいあるからさ」
もう1人の男が、今度は肩に腕を回してシャルロットを自分に抱き寄せながら歩き出した。シャルロットは自分の言葉をまったく聞こうとしない2人に苛立ちを覚えた。足に力を入れて何とか立ち止まろうとした。
「…何なんですか?!やめて下さい!」
男達は、笑っているだけだった。周囲の人も誰も気にしていない様子で、シャルロットはどうしていいかわからなかった。
『外には悪い輩もいるし…』
急に、エリオットの言葉を思い出し、シャルロットの背に寒気が走った。肩の手の感触も、強い力も、何もかもが嫌だった。
(やだ!!)
「ちょっと…!離して下さ…離してって…言ってるでしょ!!」
シャルロットは思わず男の顔を思いっきり引っかいてしまった。
「イテッ!」
男はシャルロットから腕を離して頬を抑えた。力いっぱいひっかいただけあって、血が流れている。その言い合いに、ようやく周りの人々が注目し始めた。
「あ…!」
途端に、シャルロットは我に返った。相手の頬の血が目に入る。
(やば…、つい…っ!)
もう一人の男が、シャルロットの片腕を捕んで後ろ向きに引っ張った。
「こいつ!」
「きゃ!?」
シャルロットは男に抱きとめられる形で捕まり、同時に、腕を後ろで締められた。
「痛…ッ!!」
もう1人の男が自分の頬の血を手で触り、すぐに睨まれた。その目と視線が重なると、シャルロットは思わず身が固まってしまった。
「やってくれたなてめえ!」
男が手を振りかぶった。――殴られる!周囲のざわめきと同時に、シャルロットは目をつぶった。
しかし、待っても手はとんでこなかった。おそるおそる薄目を開けると、正面の男は手を振り上げたまま、顔を苦痛にゆがめている。一瞬、状況がよく分からなかった。しかし、すぐにそれがなぜだか分かった。
「イテッ!イテーな!離せ!!」
男の手を別の、長身の男が後ろ立ってに締め上げていた。町の男と思われるその長身の男は、頭に布を巻き、濃いサングラスで顔もよく見えない。腰のベルトに下げた短刀が、すぐに目に入った。
周囲はその男も含めた4人を囲んで見物人ができ始めていた。そんな事も目に入らず、シャルロットがあっけにとられていると、ふいに腕が開放された。男達は、怒りの矛先を変えたようだ。
「おい!何なんだよテメェは!!」
男の1人が腕を伸ばしたが、その瞬間、男は自分でもわからぬ間に後ろに吹っ飛ばされていた。
ガシャンッ!!
「ひゃっ!!」
手が届く前に、腹を蹴り飛ばされたのだ。蹴られた男はそのままシャルロットを通り越し、さらに後ろの木箱の山に突っ込んだ。
シャルロットは思わず目をつぶって頭を抱えた。もう1人の男が戸惑っている間に、長身の男はその背中を蹴り飛ばした。
ドッ!!
「わっ!!」
蹴られた男が顔から地面に倒れこむ。シャルロットは口を開けたまま言葉も出てこなかった。倒れた男達が、顔を上げて激しく男を睨みつける。
「て…んめー…っ!!」
しかし、長身の男は表情すら変えずに2人を見下ろした。息すら、切らせている様子も無い。2人は唇を噛んだ。
「く、くそっ!」
男達はそのまま走り、人ごみに消えた。
「…んだよ、もう終わりか。つまんねぇの」
残った長身の男が、その背を眺めながら呟く。シャルロットは同じ方角を唖然と眺めていたが、ふいに肩を引かれた。
「――おい、嬢ちゃん。平気か?」
ニースも背が高い方だが、男も同じくらいあるだろう。目の前に立たれ、空っぽの頭にそんな事が入り込んだ。顔を上げなくては視線が合わない。男の声に、シャルロットはようやく状況がつかめてきた。
「あ、ええっと…、はい…!」
目を大きくしたまま、そう返すのが精一杯だった。
男はまだ若く、20歳前後だろう。色素の薄い茶色の首筋まである髪は、頭に巻いた暗い色のバンダナでわずかに隠されている。服の古さとその格好から下町の青年だろうと思われた。サングラスで、視線が分かりづらい。
見物人達が散り散りに消えていく中、男を凝視するシャルロットをよそに、男は人ごみの中に視線を向けた。
「あいつらこの辺のゴロツキだ。よく嬢ちゃんみたいな子引っかけて悪さしてんだ。威勢がいいのはいいけど、後先考えて行動しろよ」
「…そ、そうなんですか?た、助けて下さってありがとうございました」
シャルロットが顔を上げると、途端に、顔を覗き込まれた気がした。
「あれ?…お前…」
「………な、何ですか?」
思わず、身が引いた。すると男の口が「あっ」と、言いかけたのがわかった。
「お前、この間の………!」
瞬間的に、その声としゃべり方に、シャルロットは頭でつながるものがあった。
エリオットが盗賊と戦って怪我をした晩――、エリオットの腕を固定した、あの盗賊!
「あっ!あっあなた……むっ!」
大口を開けた途端、慌てた男にその口をふさいがれた。
「しっ!大声で言うな!」
(一昨日の盗賊じゃないの!しかも、お兄ちゃんに怪我させた人…ッ!)
シャルロットは、一気に頭に血が上った。
パン!
カシャンッ
気がついた時には、先に手が出ていた。男の頬を叩いた拍子で、サングラスが地面に落ちた。男はそのまま顔すら上げない。シャルロットは男をにらみつけた。
「何であなたがこんな所にいるの!」
男の視線が、ゆっくりと視線を向いた。普段ならば、たじろぎそうな視線にも、何も感じない。頬も押さえないその男に、シャルロットは怒りで手が震えるかと思った。周囲の人々が再び目を向けているが、そんな事は知ったことではない。
「そうだな、殴られても仕方ないか。…おい、ちょっと来い」
男の手が、シャルロットの腕を掴んだ。大きな手だ。まさか口封じに殺されたり――。
「やだ!離して!」
足を踏ん張って抵抗を見せたが、男の力にはかなわなず、引っ張られてしまう。シャルロットの抵抗に、男が振り返った。
「いいから来いよ。お前に謝りたいんだ」
「え…?!」
シャルロットは思わず、抵抗を止めて、男を見つめた。




