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同じ天の下  作者: コトリ
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第20話『王家の血を持つ者として』-3




 ――東塔の四階。一番最初に目的地に到着したシャルロット達がルビーとメレイを待って振り返った。

 ルビーは廊下のつきあたりのドアを指差した。警備兵が一人入り口に立っている部屋。そこが、目的の部屋なのだろう。ワットとクルーを残し、一番怪しまれなさそうなシャルロットが警備兵に歩き寄った。

「シチーニ様はいらっしゃいますか?」

 警備兵は若い男だった。一瞬、誰だっけ? という顔を見せたが、歳の近いであろうシャルロットに、さほど警戒心は感じなかったようだ。

「今はつごもりの間でギリストル大臣達と会議中だよ。朝からずっとね。城の上役うわやく達が集まってるみたいでさぁ。当分戻ってこないんじゃない?」

「ホントに? そっか……、ありがとうございました」

 警備兵に頭を下げ、シャルロットはワットとクルーの所に戻った。廊下の影では、既にルビーとメレイが合流していた。「シチーニ様は……」ルビーの言葉に、シャルロットは部屋を振り返った。

「つごもりの間っていう所でギリストル大臣っていう人達と会議中らしいんですが……。偉い人達が集まっているって……」

 どうしても、語尾が濁ってしまった。この状況で、城の上役達が集まって話す事など、一つしかない。目の前に立つ、ルビーについての話だろう。そんな視線に気がつかず、「つごもりの間……」とルビーが呟いた。それと同時に、ニースとパスが追いついた。

「どうだった?」

「偉いさん達は会議中らしい」

 ワットが肩をすくめた。

「つごもりの間はここのすぐ下です。……ギリストル大臣達も一緒なら丁度いい。そこなら叔母様もいらっしゃる。……行きましょう」

 ルビーが一人、先に廊下を進んだ。そのまま、すぐ脇の螺旋階段を下る。シャルロット達は、すぐにそれを追った。自分達を見つめる視線には、まったく気がつかずに。

 シャルロット達の姿が階段の先に見えなくなる事を確認した彼女、トパーズの家庭教師の女性は、一人でその場から別の方向へと廊下を進んだ。




 つごもりの間は、大きな会議室だ。楕円形だえんけいの大きな石製テーブルに席が並べられ、ゼリアを含め、見るからに城でも身分の高そうな衣服を身につけた老人達や、兵士の中でも位の高いであろう金色のバッジをつけた男など。様々な代表者と思われる人物達が二十名弱、一様に暗い顔でテーブルを囲んでいた。

 沈黙を破るように、ゼリアの隣の白いひげをはやした老人が、「……ああ」と頭を抱えた。

「何という事だ……!こうしている間にも、ルビー様の身に何かがあったりしたら……!」

「シチーニ様……」

 ゼリアが心を痛めるように目を細め、老人の肩を優しく触れた。それを見て、周囲の面々も顔をそらす。

 いつも温厚で苦しみなど知らないかのような老人であるシチーニが心を痛めているのは、周囲の心も痛めさせるものがある。――ただ、ゼリアの心はそれと違っていたただけだ。金バッジをつけた兵の男が口を開いた。

「やはり街に手配を出すべきでは……」

「そんな事はできんと言っておるだろう!」

 彼の正面に座る老人が声を荒げた。しかし、それも一瞬の事だ。周囲が静まり返ると、老人はまたしゅんと小さくなった。取り乱すのは、本来の彼ではないのだろう。「……すまぬ」と、老人は小さく言った。

「しかし国内とはいえ、あのニース=ダークイン殿に手配をかけることなど、あってはならぬ。そんな事があの国に知れたら……クニミラ家が黙っていない」

 固唾を呑み、老人を含め周囲の表情が固まるのを、ゼリアは盗み見ていた。

「武の大国、あの火の王家の怒りを買ったりしたら、この国などひとたまりもないのだ……!」

 思い悩む周囲の面々とは対照的に、ゼリアの心中からは今にも笑いがこぼれ落ちそうだった。ゼリアにとっても、ニースの手配が出ない事は好都合だったから。――あの場にニースが居合わせた事は、ただの誤算だった。

 目的はこの国を手中に収めること。――それだけだ。もし、同時に火の王国を敵に回す事態になるとすれば、それは最初から国を手放すのと同じ事になる。

 長い沈黙に、別の男が口を開いた。

「……考えたくはありませんが、もしもこのまま女王がが戻らなかったら我々はどうしたら……」

 ――その言葉を待っていた。今こそ、我が夫を王に――。ゼリアが口を開いたその瞬間、大きくドアを叩く音が部屋に響いた。いや、ドアを叩くというよりは、何かがドアに衝突した音だ。それこそ、人一人分ほどの大きさの。

「……何だ?」

 老人の一人が立ち上がる。次にドアを叩いた大きな音は、人間と一緒に部屋に飛び込んできた。

「うわぁ!」

 殴り飛ばされた警備兵がドアにぶつかった衝撃で、それが開いたのだ。思わず、円卓を囲う全員が立ち上がった。

 その視線の先に立っていたのは、足を蹴り上げた格好のままのワット、隣に立つクルー、そしてシャルロットだ。

 自分達を驚愕の目で見つめる面々に、シャルロットは口に手先を当てた。

「す、すみません。今のはやりすぎ……」

「言葉で通じねーんだからしょーがねぇだろ」

 その視線が、他の皆と変わらぬ驚きの顔で見返すゼリアを見つける。ただ、ゼリアの顔色にはわずかに恐怖が混ざっていたが。クルーが後ろを振り返り、手招きをした。

「な、何だ貴様きさまら!」

「賊か!?どこから侵入した!」

 金バッジの兵士が素早く腰の剣に手を当てるのを見て、「ち、ちょっと待った!」と手を上げた。「おい早くしろよ」と背後を振り返る。

 一瞬静まり返った部屋に、ニースがバンダナをはずして足を踏み入れた。

「申し訳ございません。騒ぎを大きくしてしまった事は、謝罪のしようもございませんが……」

「ニース殿!?」

 頭を下げたニースの姿に、途端に部屋がざわついた。「い、今更何を!」と、老人の一人が非難の声を上げる。

「んだよ、てめぇらの正当な王を送り届けてやったってのに。感謝してほしいくらいだぜ」

 今は黙って、と言わんばかりに歯を食いしばり、シャルロットはワットの腕を引いた。

「ルビー様は今どこに……」

 叫びかけた老人の言葉が止まった。静かに、シャルロット達を追い越して円卓の前に立った少女――ルビーが、その帽子を取った瞬間に。

 一、二回髪を振っても以前のようにはたなびかない髪。しかし、その顔は間違えるはずがない。ルビーの視線は、まっすぐにゼリアを見つめていた。

「ル、ルビー様!」

 円卓の面々が揃って声をあげた。ゼリアの隣の老人、シチーニが心の底から安堵の顔を浮かべた。

「ルビー様……!ご無事で……!」

 そう語るシチーニの横で、ゼリアの顔色がどんどん悪くなっていく。金バッジの兵士が、我に返ったように廊下の外に顔を向けた。

「おい誰か……!この者達を捕らえろ!」

「おやめなさい!」

 その途端、ルビーの鋭い声と眼差しが男を捕らえた。

「この方達はわたくしを助けてくださったのです!無礼は許しません!」

 しかし、他の者達にはその意図がまったく分からなかった。

「ルビー様……、一体どういう事ですか」

 その質問に、ルビーがゼリアに目を向けた。――その、怒りに満ちた目を。

「……本当に私を殺そうとしたのが誰なのか……。この人達が教えてくれましたわ、叔母様!」

 その言葉に、ゼリアは思わずシチーニから離れ、一歩後ろに下がった。しかし、ルビーの一言で周囲の面々もその意味に気がついたようだ。

「まさか……!」

 シチーニが驚愕の顔でゼリアを振り返る。周囲からの目に、ゼリアは戸惑いを隠しきれない顔でルビーを見返した。

「な、何を言うのです! 何て恐ろしい事を……」

「恐ろしいのはあなたの方です、叔母様。食事に毒を盛るなんて!」

 円卓の両端で交わされる言葉に、周囲は二人を交互に見返す。ゼリアが手を握り締めて口を噛んだ。

「わ、私はあなたの叔母ですよ?! かわいい姪を殺そうなどと考えるはずがないではありませんか!」

 ゼリアが、黙ってそこに立っていたニースを鋭く指差した。

「だいたい何故、私よりこんなよそ者達を信用すると言うのです! あなたは気を失っていたのですよ!?」

わたくしが生きてここに戻ってきた事が、何よりの証拠です!」

 ルビーが鋭く言い返す。口調に迷いのあるゼリアと違い、ルビーの言葉は強かった。

「そ、それはこの者達が顔を知られて手配されるのを恐れたのではありませんか!? ニース殿だって既に皆に顔を知られているのですから!」

「何ですって!?」

「何だと?!」

 シャルロットとパスが、同時に怒鳴り返した。――ニース自身には、反論する気はなかったのだが。

「ニース様に何てこと言うのよ!」

 シャルロットが前に出る前に、隣のメレイがその腕を掴んで止める。パスも飛び出す前にワットがくびねっこを掴まれた。――しかし。

 円卓の面々にすれば、それはもっともな言葉だった。事実、ニースを手配にかける準備は既に整っていたのだから。唯一それを実行に移さなかった理由は、火の王国を恐れていたからだ。疑いの視線を向けられても、ニースは反論の片鱗すら見せずにそこに立っていた。

対照的に、ルビーの手が怒りに震えた。「何と言う事を……!」硬く目をつぶり、それからその目をゼリアに向ける。

「叔母様!私は今までどれだけあなたを信頼していたか!今までの叔母様は嘘だったというのですか!?私がこの方達を信用したのは……」

「ほらごらんなさい!人は皆、真をつかれると取り乱すと言うわ!」

 ゼリアが大声で、ルビーの言葉を遮った。その途端、ルビーは言葉を失ってしまった。今までの怒りが影を潜め、別のものが体を支配した。――押し寄せる波。その悲しみが。

「警備兵!この者達を捕らえなさい!」

 ゼリアの声に、廊下から、何人もの警備兵が駆け込んできた。警備兵に腕を掴まれ、シャルロットは声を上げた。「お静かに」警備兵が、そう言った。静かになどできるわけがない。

「気安く触んないで」

 メレイが、自分を捕まえた警備兵のあごをこぶしで打ち上げた。それを引き金に、ワットがシャルロットとパスを警備兵から引っ張り返し、自分の後ろに持っていく。

「や、やめて……!」

 混乱の中でのルビーの叫びは、あまりに小さかった。何よりその胸を渦巻く悲しみに、声が張れなかった。一瞬近くの警備兵の耳には届いても、ゼリアが声を上げる。

「女王は取り乱しています!この者達は女王をさらった誘拐犯です!早く捕らえなさい!」

 警備兵達は誘拐犯という言葉に反応してシャルロット達を捕えようとした。

「大人しく……うわ!」

 言葉の途中で、警備兵は手を伸ばしたメレイに殴り飛ばされる。

「おい、よさないか!」

 メレイの暴挙に、ニースは割って入ったが、後ろから腕を掴まれると、その腕をひねり上げて抑えるしかなかった。「やめろと言ってるだろ!」しかしそれは、周囲の警備兵の怒りを買うだけだ。

「ニース殿……!」

 ルビーには何もできなかった。混乱を、見つめるしかできない――。視界の端で、ゼリアが笑っている気がするだけで、ルビーは体をまったく動かせなかった。

 最初に部屋に入っていたクルーは、混乱とはわずかに身を離れていた。それはワットの背後に当たる位置にいたからでもあった。シャルロットが気がついたときには、隣のクルーは前に歩き出し、円卓の前で足を止めた。

 笑みなど一切含まれていない顔で円卓の面々を見回すと、彼らは目を丸くしてクルーを見返すだけだった。

「……何ですか、あなたは」

 さげずむように、ゼリアが目を細める。クルーの行動に、思わずメレイ達の動きが止まった。しかし、警備兵達は全員の腕を掴むだけで、抵抗しない者を無理に締め上げようとはしなかった。視線が集まる中、クルーが自分の首にかかっている金色のネックレスを外した。シャルロットはそれに見覚えがあった。――確か、あれは小さな懐中時計だ。

「……クルー?」

 シャルロットの声に、クルーは振り返らなかった。

 いつも服の中にしまっていたそれを、片手で鎖部分を持って円卓の面々に差し出して見せる。

「それが一体何だというのです」

 静まった部屋で、ゼリアが言った。それを見返すクルーの目は、誰も知らないほどに冷めたものだった。

「あなたとは、面識がありませんからね」

 ――いつもの明るさなど微塵みじんも感じられない声。ゼリアには、クルーが何を言っているのか理解できなかった。

 ネックレスに目を凝らすと、それに刻印が彫られているのが分かる。――ライオンを模した紋章。ゼリアが驚愕に目を見開くのと、クルーがそれを円卓に放るのは同時だった。

「俺は風の王国の王、レビレット王の第四子、クラディス=レビレットだ。見たい者は見るがいい」

 ――感情を向ける価値すらもないというように。ゼリアに向けられた言葉に、全員が固唾を飲まされた。

 小さな金属音を立てて転がるそれと、クルーの顔を交互に見合わせる。しかし、その円卓にいた全員がそれを知ってた。ライオンを模したその紋章が、まぎれもなく風の王国の王族の証であるという事を。部屋中の視線が集まっても、クルーは表情を変えなかった。

「これがルビーが俺達を信用した理由だ。風と水が長い友好関係にあることは知っているはずだ。……特に王家同士の信頼が深い事も」

 目を白黒とさせて、ゼリアがクルーを見つめた。「これでもまだ俺達を信用できないと言う者はいるか?」クルーが部屋を見回した。

 シャルロットは口が開いたまま塞がらなかった。隣のワットも、ニースさえも例外ではない。唯一、ルビーはその美しい顔を歪め、唇を硬く結んでいた。その目と視線が重なると、クルーは小さく微笑んだ。

「か、風の王国の……?」

 シチーニが小さく口走る。

「……クルーが……、皇子……」

 喉につまるそれを、シャルロットはやっとの事で言葉にした。シチーニが円卓に手をつきながら、クルーに歩み寄った。その目を大きく見開く。

「……ああ、……なんと……」

 言葉にならないように、シチーニがクルーと顔を合わせた。

「そうじゃ……間違いない……!クラディス皇子!陛下と訪ねた風の城で、何度かお見かけしたことが……!」

 その言葉に、クルーはルビーに向けるものと同じ優しい視線を返した。部屋が、時間を取り戻したかのように大きくざわめく。

 ゼリアの顔色は、もはや生気が宿っているとは思えないほどに青ざめていた。震える手を握り締めたまま、力なく椅子に座り込む。その視線も、どこに定まっているのか分からない。クルーが再び冷めた目をゼリアに向けた。

「あんたは、ルビーの叔母といっても所詮血のつながりはない。争えば、どちらが強いかは分かるはずだ」

「……ち、違う!わ、私……。あなたは……。ルビー様、違う、違うのよ……」

 首を振って口走りながらも、その目には既にこの先の自分の運命に気がついた恐怖しか映っていない。その言葉は、既に部屋にいた全員への自白となっていた。その場に立ち尽くした警備兵達も、もはや誰もシャルロット達を捕まえようとはしなかった。

 ゼリアが「ああ」と両手で顔を覆った。

「……あの人が……。王は夫のものになるべきだって……!あの人が……あの人が私を壊したのよ……!」

 肩を震わせ、ゼリアはそのまま顔を上げずに円卓の上に顔を伏せた。その泣き声だけが、部屋に響く。シャルロットはただ、それを見つめる事しかできなかった。――何も考えられない。ルビーはただ、ゼリアを見つめてそこに立っているだけだ。

 静まり返る部屋の中で、パスが隣のメレイのローブを引いた。

「(ど、どうなるんだ……?)」

「(殺人未遂はどの国でも国外追放よ。まして王族を狙った。……死刑は確実ね)」

 メレイの視線は、ゼリアに向いたままだ。――まるで当然だとでも言うように。わずかなあわれみすら含まれない小声に、パスは息を呑んだ。

「……叔母様」

 ルビーの小さな声にも、ゼリアは泣き続けるだけで顔を上げなかった。ルビーの顔には、もはや怒りはなかった。ただ、優しかった筈のゼリアが身を堕としてしまった事への悲しみだけが、彼女に対する憐れみだけが、その視線に込められていた。

「……わたくしはずっと良くして下さった叔母様を……殺したくはありません。例えそれが偽りの親切であったとしても……私が救われていた事は事実です」

 目を細め、ルビーは手を硬く握り締めた。

「貴方はどこかで生きていると、トパーズには伝えておきます。……ですが、もう2度と。……私達の前に姿を現さないで下さい」

 悲しみで揺らぐ目から、涙がこぼれ落ちた。クルーの手が、静かにルビーの肩を抱いた。それでもルビーは一人で立ち続けた。ゼリアから目をそらすこともできず、ただ、毅然と立ち尽くす。――それだけで、ルビーには精一杯だった。

 泣き崩れるゼリアを見つめ、ルビーは手を硬く握り締め、唇を噛んでも溢れ続ける涙をこらえる事はできなかった。



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