第2話『再会』-3
「こっちの国では、握手はしないものなのか?」
ようやく宮殿の入り口が見えなくなってきた頃、ダークインが言った。
シャルロットは、一瞬悩んだ。その問いに、答えるべきかどうか。
「いえ、握手は…しますけど…」
しかし、ダークインは他国の人間だ。自分達に何の関わりもない人だし、嘘をつく必要もないだろう。
「あ、あれは…その…お兄ちゃんの…、得意の占いみたいなもの…なんです」
「占い?」
「『みたいなもの』…です」
一応、強調して言い直した。本気にされては困る。
「君達は占い師の家系なのか?」
ダークインがにわかに信じられないように目を開いた。シャルロットは息をついた。
「…いえ、判りません。私達、親の顔を知らないんです。でも、もしそうなら、お兄ちゃんは絶対に血を引いたんですね。不思議なんですよ。その人に触れることで、知らない人でも、すぐその人のことがわかるみたいな…」
シャルロットは思わず口をつぐんだ。ダークインの雰囲気は、自然と引き込まれてしまう。余計なことまで話しすぎたかもしれない。
「お、お兄ちゃん心配性で…っあはは…」
早々と、話題を変えたくなった。
「ダークイン様、知ってます?占い師の家系って能力が強いのは1代に1人だけ、その血を引いた者だけが特別な力を持ってその血を守っていくんですって。お兄ちゃん、恋人いないのに…。将来結婚できなかったらどうするんだか」
シャルロットは兄を思い浮かべて笑いがこぼれた。
「詳しいんだな」
「占い師って宮殿にも何人かいて…。皆、ディルート様付きの身分の高い人なんです。昔、お兄ちゃんのその噂が宮殿内で大きくなって、一度ディルート様にも呼ばれたことがあって…。その時占い師についての話を2人で聞いたんです」
「兄君はなぜ王宮付きの占い師にならなかったんだ?」
「うーん、お兄ちゃんはちゃんとした修行を積んだわけじゃないから、見たいときに見たいものが見えるわけじゃないんですよね。それで正式な占い師にはなれなかったみたいですけど…。説明を聞いたのがだいぶ小さい頃だったので…うろ覚えですが…。何より、ホントに血を引いてるかもわからないですし。ただ勘がいいだけですよ…」
考える前に口から出るのは最終的に何を言いたいのかわからなくなる。兄によく言われることだが、シャルロット自身、何が言いたいのかよくわからなくなってきた。
シャルロットはダークインが分かれ道をまっすぐ城下街・ベル街へ馬を向かわせたのを見て、話題を変えた。
「ベル街へ行くんですか?ドミニキィ港じゃ…」
南の大陸へ行く船が出ているのは、先ほどの分かれ道を左に行った先にあるドミニキィ港からだけだ。
「砂の王国を出るにはベル街で書状を貰わなくてはならないんだ」
「ディルート様の書状だけでは駄目なんですか?」
「入国と出国は保安のための検査が厳しいからね。特にこういう大きい国では、他の国の者が通過するのは厳重にチェックするんだ」
シャルロットが感心して頷くのを見て、ダークインは心の中で首をかしげた。確か、昨日説明したはずの内容だ。細かいことは水に流し、シャルロットに顔を向ける。
「…それと、1ヶ月も一緒にいるのだから…。ダークインじゃなくて、ニースでいいよ。シャルロット」
ダークインが先に馬を進めると、ダークインの気遣いに、シャルロットは嬉しくなった。
「はい。…ニース様!…じゃあ、道順としては先にベル街に行って書状を貰ってからドミニキィ港に向かうんですよね」
「そうだ。少し、遠回りになるな」
「はい。わかりました!」
シャルロットが声を上げて返事をした。ニースも、一緒に笑ってくれた。
「馬に乗るのにずいぶん慣れているようだね」
「あ、普段滅多に乗らないんですけど、昔から動物は大好きなんです。言葉が通じるみたいで。…エヘヘ」
シャルロットは馬の首を撫でた。
「ほうら、少しスピードを上げて!」
馬は、言われたとおり足を速めた。ニースは感心して息をついた。
「なるほど…。兄の勘が良いというのも、あながち偶然ではなさそうだ」
笑みをこぼすと、ニースもシャルロットの後に続いた。
ベル街にはバントベル宮殿から馬をゆっくり走らせて一時間もたたずに到着した。途中の街道は一面の荒野で何も見られなかったが、ベル街の入口には大きな門には、大きく『ようこそベル街へ』と書かれている。
その門を境にベル街は一日中、昼も夜も明るくにぎやかな大きな街だ。
「やっと着いたー!!ベル街に来たのすごい久しぶりだわ!」
「にぎやかな街だな」
「それはそうですよ!この国一番の大きい街ですから!」
入口から続く街の中央までは商店が続き、可愛い格好をした売り子も山ほどいる。馬で歩くのが危険なほど街中には人があふれ、シャルロット達は入口で馬を下りて付近の飼育小屋に馬を預ける事にした。道を歩くとき、よそ見をしているとすぐに人にぶつかってしまう。
「手続き所は街の中心と聞いているが…、それにしても馬と一緒に荷まで預かってくれるとは、この国の店は良心的だな」
「そうですか?火の国にはそういうお店は…あ、あれですね、手続き所」
シャルロットが話しながら店を見つけた。『街の役所さん』と書かれた看板の店には、外まで長蛇の列ができている。
「うっわ…。混んでますね」
行列を見つめてニースがため息をついた。
「私はここで手続きをとるが、少し時間がかかりそうだな。君はどこか別の所で時間を潰していてくれないか?」
「え!?とっ、とんでもないですよ!私が手続きをとりますからニース様こそ休んでいて下さい。私、その為の付き人なんですから!」
「心配はいらないよ。それに手続きは本人でないと出来ないはずだからな。それに君の分の書状はもう出来ているから2人で並ぶ必要はない。いいから休んでおいで」
シャルロットは言葉に詰まってしまった。会話では、到底ニースにかなわない。
「わ、分かりました…」
「じゃあ、また後で」
シャルロットがその場に立ち尽くしている間に、ニースはさっさと列に並びに行ってしまった。仕方なく、シャルロットは肩を落とした。
(そんなこと言われてもなぁ…。私、この街来たのってお兄ちゃんかミーガンたちと数回来ただけだからほとんど知らないんだよね。よし、せっかくだから探検しよう!)
街を歩き始めると、暗い気持ちはすぐに吹き飛んでしまった。明るい街の雰囲気に飲まれる上に、1人で街を歩くのは初めてのことだった。シャルロットにとっては充分冒険の一部だ。
シャルロットはまず、道に沿って街の市場に向かった。目に映るものが全てが楽しくて、自分でも気がつかぬ間に思わずキョロキョロしてしていた。
(うっわぁ!本当にすっごい人!宮廷内でもこんなに人が集まる事なんてめったにないわ!)
街に並ぶ石造りの家の前に、大きな出店が隙間なく並んでいる。道沿いにならぶ出店の前にはさらに地面に布を敷いて野菜や手作りの小物が並べられており、商人の元気の良い声が廻りに飛び交っている。前を通るたび、シャルロットも品物に興味に惹かれ立ち止まっていた。
(今度絶対ミーガンとも来よう!)
シャルロットはお金がないので何も買えなかったが、可愛い子供の売り子に手を振った。
(いつも早朝くらいしかきたことなかったけど…、昼の街って楽しい!)
あたりを見回していると、街の中心の公園にあるシンボルでもあるどの建物よりも大きな鐘の塔が見えた。鐘の塔は古くからこの街にある鐘で、朝と昼と夜の決まった時間に鐘を鳴らすことになっており、その鐘の音は宮殿まで届き、宮殿でも多くの人間が時間を知らせる音として鐘の音を聞いていた。シャルロットも、その1人だった。
「わぁ、鐘の塔!やっぱ大っきーい!」
シャルロットは立ち止まると、鐘の塔を見上げた。シャルロットはこの鐘の音がとても綺麗で大好きだった。
「もうすぐ正午ね…。よーし、あそこまで行ってみよっと!」
シャルロットが鐘の塔に向かって歩き出そうとした時、人混みの中、後ろから誰かに肩を引かれた。反射的に振り返ると、見知らぬシャルロットと同い年くらいの2人の男がニッコリ笑って立っていた。