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同じ天の下  作者: コトリ
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第17話『変化』-3



 翌日、パスは朝からワットの寝ている部屋で、そのベッドの下に足をかけ、腹筋を続けていた。その意図は知らないが、ワットは退屈しのぎにそれに付き合い、回数を数えていた。――見張りけん留守番。それが、パスに与えられている仕事である。

 昨日からずっとベッドにいるワットには、眠気という言葉は既に無縁だった。おまけに、今は部屋に二人だけ。退屈この上ない状態に、ワットは上半身を起こしたまま枕に背を沈め、大きく欠伸あくびをした。

「……あーあ、退屈でしょうがねぇな。なぁ、あいつらどこいったんだ?シャルロットは?」

 ひとまず、退屈しなさそうな相手を探したい。しかし話しかけた相手は体力づくりに夢中なのか、思いっきり顔をしかめただけだった。

「ニースと、一緒に、買い物に出た、ぜ!包帯、とか薬、を、買い足すんだって、よ!」

 ところどころに力を入れつつ、パスは自分の腹筋と戦っている。

「メレイは?そーいやあいつも全然見ねぇけど……」

「知らねぇ、メレイ、は、いっつも勝手に、どっか、行っちまうからな。それよ、り、ワット、今何回目!?」

 起き上がって肩で息をするパスと目が合うと、ワットはまばたきでその目を合わせた。

「あ、わりぃ、分かんね」

 一欠ひとかけらもびを入れているようには見えない言葉に、パスは「おいーっ」とそのまま腕を大きく広げ、床に倒れて力尽きた。




 シャルロットはニースと二人で港に、買い出しにきていた。町に戻らなくても、港はいくつか店が開いており、一般の買い物程度であれば充分に品を揃えられる。加えてワットの件もあり、今まであまり持ち合わせていなかった薬品や包帯を調達しなければならなかった。

 どのみち、買い物に出れるのはシャルロットにとって都合が良かった。あれから、シャルロットはまだワットと顔を合わせていない。どんな顔をしてワットに会えばいいのか、分からなかったから。

 薬屋を出ると、ニースは薬や包帯の入った紙袋を片手で抱えた。

「材料は揃ったな。あとは自分達で調合するしかないか……」

 民家に戻りながら、ニースが息をついた。残念ながら、医師に指示されたワットの怪我に使う薬は調合製のもので、保存もきかないらしい。その都度、自分達で調合するしかないと薬屋の主人に言われてしまった。それについては、シャルロットもため息をつきたい思いだった。

「私、お兄ちゃんも、あんまり怪我や病気はしなかったので、薬の知識も全然なくて……。二人して、包帯の巻くのもすごい下手だったんです……」

 なのに、もっと高度な薬の調合だなんて。一番頼みの綱であるニースも、説明を聞けばなんとか、というレベルだ。もっとも、それに一番苦戦するであろうは、それを使うワット本人になるのだが。

 民家に戻る頃には、正午を過ぎていた。一階で過ごす民家の夫妻に挨拶をし、二階に上がる。夫婦がいるので、シャルロットも一緒に二階に上がらざるえなかった。部屋には、メレイとクルー、パスがベッドを囲ってワットと話しをしていた。

「メレイ、帰ってたの?」

 朝出たときにはいなかった姿に、シャルロットは顔を向けた。「ええ、ちょっと町の役場にね」と、メレイが椅子から顔を向ける。同時に、皆がワットの布団の上に並べられた数枚の紙を見ている事に気がついた。

「……役場?」

 シャルロットの疑問に、隣のニースは買い物袋をテーブルに置き、メレイの横に立って布団の上の紙を眺めた。

「あったのか?」

「ええ」

 メレイが並べられた紙の中から二枚を広い、ニースに手渡した。

「これよ。面白いものを見つけてきたわ」

「……面白くもなんともねぇよ」

 パスが口をとがらせた。後ろ手でドアを閉めると、シャルロットはベッドを囲う皆の姿が遠く感じた。ニースと何かを話しているワットが見える。――何を話せばいいんだろうか。

「何だ?」

「……へ?」

 ワットの声と目線に、シャルロットは我に返った。いつのまにか、凝視していたらしい。

「あ、ううん、何でもない!それより何?」

 皆と一緒になってベッドの脇に腰をかけると、シャルロットはわずかに不安が消えた。――何だ、話せるじゃないか。

 紙を覗き込むと、シャルロットにも分かった。ベッドの上に広げてあるのは、全て手配書だ。

「……あの子供か」

 メレイに手渡されたそれに、ニースが目を細めた。隣の椅子で、メレイが「ええ」と腕を組む。

「最新の手配書よ。予告より早かったわね」

 立ち上がり、シャルロットは背伸びをしてニースの横からそれを覗き込んだ。他の皆は既に見た後なのだろう、それ自体に興味は無さそうだ。

『シンナ=イーヴ 五千万ゴールド』

 大きくそう書かれた下に、紙の四分の一ほどに大きく、大まかな似顔絵が書かれている。片側に結ったポニーテールは、記憶しているものと同じだ。しかしその顔はあまりにもあくどくえがかれ、無邪気ともいえるほどの笑顔を持った実際の彼女と結びつけるのは困難だ。

「……本当だ。ボックスさん達が言ってたとおり……」

 ――五千万の賞金首。そんな金額、シャルロットには想像もつかない。そしてその下に書かれた犯罪履歴――。軽犯は、既に記載すらされていない。

『雪の王国、アスール十四部隊隊長含む隊員以下十三名における殺害容疑』

『土の国、セーズナ地方勤務ホーン国兵における誘拐および殺害容疑』

『土の国、グリンストン近郊の―――』

 その下も幾行いくぎょうにも渡って記載されているのは、全て少女にかかっている殺人容疑だ。

 しかし容疑といえど、全世界共通である手配書に載っている以上、それはほぼ事実とみて間違いない。普通に考えればあんな年端もいかぬ子供の所業とはとても思えなかっただろうが、彼女のあの戦い方を見たシャルロット達は、それが自然と頭の中に入ってきた。

「それだけじゃないのよ。もう一枚を見て」

 メレイの声に、ニースが次の紙をめくった。

「……これは……」

 次の手配人は、男だった。

「ユチア=サンガーナ、ルジューエル賊団幹部の一人。賞金9千万ゴールド」

 メレイが紙も見ずに言った。その横顔に、シャルロットは視線が向いた。

「間違いないと思う。――あの男に」

 ――あの男。それが指す人物は、さすがにシャルロットにも勘が働いた。シンナと一緒にいた、あの男か。

「九千万……!あいつが……!?」

 思わず、ニースと一緒に紙を掴む。シンナと同様に似顔絵は似ているわけではないが、しるされた特徴である、茶色の短めの髪に、背にかかげた長剣、身長、二十代半ばとみられる年齢――。全てが、あの男に当てはまっている。

 ワットが浅く息をついた。

「まさかあいつらがこんな第一級の手配犯だったとはな。強盗や大量殺人、罪状なんて数えたらきりがねーよ。あいつら、殺しのプロだぜ」

 メレイがニースとシャルロットの顔を見上げた。

「ルジューエル賊団の団員で二十五、六の男なら山のようにいるだろうけど、濃い茶髪に黒い目、幹部のシンナ=イーヴとため口きいてもおかしくない地位。何よりあの長剣でニースと張る強さ。半日使って調べたけど、絶対にこいつしか当てはまらない」

 ――そんな賞金首が。そう頭に入ると、シャルロットは何が何だか分からなくなった。そんな彼らに、なぜニースが狙われたのか。

「これで全部か?」

「ええ、ついでにほかの連中も調べたわ」

 ニースから手配書を受け取り、メレイは再びワットの布団の上に合計五枚の手配書を並べなおした。そばに身をかがめ、それを一緒に覗き込む。「――この五人」左端の手配書から、順にメレイが指差した。

「こいつらがルジューエル賊団の幹部といわれる五人よ」

 ベッドのワットを含め、全員がそれに視線を落とした。

「シンナ=イーヴ、ユチア=サンガーナ、イガ=チファウタ、エフィウレ=ココ、そして親玉のルジューエル。高額賞金首だから調べるのは簡単だったわ。全員が全員、第一階級の手配犯で……、前に賞金稼ぎの一団が言ってたけど、このイーヴを抜いた四人で団をまとめてる」

「なんであいつを抜いてんだ?」

 パスの呟きに、メレイは「当然よ」と返した。

「いくら強くても、あんなガキに統括力があるとは思えない」

「だいたい何であんな子供がそんな賊団にいるんだよ……」

 加えて、クルーが呟く。――確かに、それは気になるところだ。シャルロットは皆の顔をぐるりと見回した。しかしメレイが「さぁね」と興味も無さげにいい落とすと、それ以上は誰も追求する者はいなかった。

「……でも、賊団って大抵の奴らが名を上げたがるけど、こいつら……、ルジューエル賊団まったくの逆。徹底した秘密主義が、こいつらの特徴よ。実は、役場もこいつらの情報は幹部の名前程度しか掴んでなくて……。イーヴとサンガーナに関してはこれでも特徴が載ってる方だったわ」

 身を乗り出し、シャルロットはルジューエルという男の手配書を覗いた。確かに、似顔絵の下に書かれた彼の特徴は、『金髪の長身』というものあれば、『黒髪の短髪で』という下りの文もある。聞いた情報をそのまま載せているのだろうか、それにしても曖昧すぎる。

「それが分かったのだって、イーヴは先月の雪の王国の仕官を殺した時、サンガーナは三ヶ月くらい前に仲間と東の大陸の村を襲ったらしくて、その目撃情報から、らしいわ。おかげで二人に関しては割と情報は正確だったわね。でも残りの三人はしばらく表立った事件が無いから、推定年齢程度しか参考にならないわ。数年見てなきゃ、容姿なんてどんどん変わるし」

「サンガーナの方の事件は私も知ってる。ニモー村の事件だな」

 ニースが腕を組み、あごに指をあてた。

「国内だったから、部下も大勢事後処理にあたったんだ。あの時は犯人も断定していたのに、結局一人も捕らえられなかった」

 あっという間に身を隠されてな、とニースが続けると、部屋は自然と静まり返った。

「な、なぁ」

 パスの声に、ワットが「何だ?」と目を向けた。

「……ずっとこの宿にいて……大丈夫なのか?その……、こいつらがまた、襲ってくるじゃ……」

 パスの言葉に、シャルロット達はちらほらと顔を合わせた。それは、当然の不安だろう。

「……そりゃあ、な」

 ワットが受け流すように答え、不安げなパスの頭に手を乗せた。ワットがニースに顔を向けると、その意図が通じたニースは「分かっている」とため息をついた。

「……確かに、ここに長居するのはよくない。ワットもだいぶ落ち着いてきたし、悪いが明日は船に移動だ。明日、出発する」




 夜が更けると、シャルロット達はワットと同じ部屋で眠ることにした。ベッドは一つだが、パスくらいなら一緒に寝られる上に、ソファもある。何より、夫婦はかまわないといってくれたが、いつまでも二部屋も占領してしまうわけにはいかなかった。

 寝る支度を整え、メレイはテーブルで荷の整理をしており、クルーはベッドの脇に腰掛けてワットと何か話をしていた。パスとニースの姿は見えないが、一階で夫婦に食事でも貰っているのだろう。髪をほどき、シャルロットはソファのに横になった。落ち着くと、色々な事が頭の中に浮かんでくる。――あの時。

 ワットがシンナと戦っている時、あの強烈なめまいの事が頭に浮かんだ。あんなもの、今まで感じた事もない。

(私、なんかの病気……?……まさかね)

 毛布を肩までよせ、不安を打ち消して天井を見上げる。――でも、そのあとの感覚は知っていた。初めてではない、デイカーリでもあったことだ。あの時の恐怖は、既に忘れつつあったのに。

(白昼夢って、メレイちゃんが言ってたっけ……)

 片手を天井に向かって伸ばし、それを見つめた。あの時自分を掴んだ、優しい手。どこかで聞き覚えがあるような、優しい声――。

 部屋のドアが開き、ニースとパスが戻ってきた。

「あのおばちゃん、ホントいい人だよな。三日も泊めてくれた上にあんなうまいメシまで食わせてくれるなんてさ!」

 パスが目に入った途端、シャルロットは飛び起きた。見開いた目が、パスから離せなくなった。唐突に飛び起きたシャルロットに、ニースもパスもぎょっとして足を止めた。

「……な、何だ?」

 自分を食い入るように見つめるシャルロットに、パスが呟く。しかし、それはシャルロットの耳には入っていなかった。パスの声、そしてその顔を見て、思い出したのだ。頭の中の霧が、一気に晴れた。

 ――あれはララの声だ。聞き覚えのある声ではない。知っている声、そして知っている顔だ。パスとよく似た声、そして顔立ち、南の大陸で暮らしているパスの叔母、――ララだ。

 シャルロットは毛布の上の自分の手のひらに視線を落とした。

(あの時……触ったのは、パスの手……)

 その視線が、パスを捕らえる。――まさか。そんな事はありえない。

 それでもシャルロットは、確かめずにいられなかった。

『イリアが死んだのは貴様のせいだ……!貴様の……!』

 パスの母が亡くなっているのは知っている。確か、ヴィンオーリが妻の名を語っていた気がする。しかし、思い出せない。

「……パスの」

 目を見開くシャルロットに、「へ?」とパスが身を引いた。

「な、何だよ……」

「お母さんの……名前……は?」

 聞きたい。いや、聞きたくない。詰まる声を、喉の奥から搾り出した。間違いであってほしい。そんな事、あるわけが無い。

「か、母ちゃんの名前?」

 突飛な質問に、クルーとワットも顔を向ける。パスには、シャルロットが何の答えを期待しているのかは分からなかった。首をかしげつつ、質問にだけ答える。

「……イ、イリアだけど?イリア=ドーティ……。何だよ、いきなり……」

 視界が無くなるかと思った。一瞬、それを語るパスしか見えなくなった。

 ――あの時見えたのはパスの記憶だ。あの倒れて見えたのは、ヴィンオーリか。今考えれば、よく似ている。しかし――。

「ぐ……偶然よ」

 そんな事、あるわけがない。思わず口走ると、シャルロットはソファから下りて、パスにまっすぐ歩き進み、その腕をとった。突然の行動に、パスが驚いてシャルロットを見上げる。

「な、何だよ……!」

 ワットやクルー、メレイやニースも、言葉を挟む間もなく、何かに必死な形相のシャルロットを見つめた。

(……ほら)

 思わず、シャルロットは小さく安堵の息を漏らした。

(……何も見えないじゃない)

 パスが、こちらを掴んだまま顔も向けないシャルロットの手を払った。

「変な奴だな!」

 パスはさっさとシャルロットを通り過ぎ、ワットのベッドの上を歩いた。

「……どうかしたのか?」

 その場に立ち尽くすシャルロットに、ニースが言った。やっと、シャルロットは我に返った。

「な、何でも……!」

 取り繕った答えを返し、ワット達の視線を感じる中、再びソファに戻り、頭まで毛布をかぶって横になった。

 頭では否定していたが、体には渦巻くほどの不安が駆け巡っていた。

 ――占い師の血。

 頭をよぎらずにはいられない言葉だった。

 確かに、兄の勘の鋭さは幼い頃から目を見張るものがあった。幼さからそれを隠すすべを知らなかったエリオットは、広がった噂によって宮殿の大臣達に呼ばれた。――当時十歳前後。兄と離れたくなかった幼いシャルロットも、それに同席した。しかし、その審議には恐ろしさを感じた事を今でも覚えている。

 皆がエリオットを足の先から頭までを幾度も見つめ、何かを小声で言い合っていた。

 結局、兄はその目が留まる事が無かった。そのまま時が過ぎると、エリオットは不思議な事を一切口にはしなくなった。しかし、シャルロットは知っていた。それはエリオットが成長する上で身につけた知恵なのだと。自分の記憶に、身震いが起きる。

 ――審議に恐ろしさを感じた理由。幼いシャルロットは大臣達の言葉を、聞き逃さなかった。今まで思い出したくもなかった言葉が、脳裏に蘇る。占い師に一番多い死に方――。

 シャルロットは考えるのをやめにした。そんな事、あるわけない。占い師の家系で強い能力が出るのは一代に一人だけ。そしてそれはまぎれもなくエリオットだ。その妹であれば、自身にも能力の片鱗があっておかしくないのは認めるが、自分は違う。

 布を頭からかぶった闇の中で、シャルロットは身を抱きしめ、硬く目を閉じた。

(……お兄ちゃん、会いたいよ……)

 遠い故郷のエリオットを想い、シャルロットはそのまま眠りに付いた。



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