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同じ天の下  作者: コトリ
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第16話『真昼の暗殺者達』-1




 部屋に荷物を置いた後、シャルロット達はボックス達と食事をとることになった。一緒にとろうと思ったわけではなく、ただ、狭い食堂で自然と同じテーブルを囲う事になってしまっただけなのだが。

 ボックス達はどうやら宿の常連のようで、女将とも仲が良さそうだ。どうやら、シャルロット達が食事を始める前に既に酔いが回っている様子だった。

「え!おっちゃん達、賞金稼ぎなのか!?」

 ボックス達の自慢話に、パスが口に含んだ水を吹きこぼしかけた。

「ああ!最近では五百万ゴールドの賞金首を上げたことだってあるんだぜ!」

(……そんなに強そうには見えねぇけど)

 ボックス達の得意げな顔に、周囲のニース達の強さを知っているパスは心の中で呟いた。「やるなぁ」と、一番友好的なクルーがあごを指で触る。比較的、クルーが一番彼らの自慢話を真面目に聞いていた。

「いやぁ…でも兄ちゃん、まだまだだぜ!五百万ぽっちじゃ名も上がらねぇ賞金稼ぎ団だ」

「そうそう、世の中にゃあ、もっと悪どい連中がいるからな!」

「これを見ろよ」と、ボックス達は料理をどかして数枚の紙をテーブルに並べ始めた。一枚が手程の大きさの紙だ。

「これ……全部手配書!?」

 シャルロットは思わず身を乗り出した。手配書を見るのは初めてではない。砂の宮殿にもまとめて張り出された場所はあったのだが、当時はまったく興味もなく、あまり真剣に見たことはなかった。しかし、外の世界に出た今、この情報は身近なものに感じる。

「古いものから、さっき役所から仕入れたばかりの最新のもんまで揃ってるぜ!」

「へぇ、十年以上前のもあるな」

 多少興味を示したのか、ワットが酒を片手に。「お、こいつは知ってるぜ」と一枚の手配書を拾い上げた。ボックスが吹き出した。

「そりゃあ、お前、誰でも知ってんだろ!世界中でもそうはいない、一億八千万ゴールドの賞金首だぜ?」

「一億八千…っ!?」

 パスが言葉と同時に飲み物を吐き出した。今まで会話に入っていなかったニースとメレイすら、その金額は耳を引いたようだ。「そりゃあね」とワットが笑った。

「だけどあんたら、さすがにこの賊団に手を出すようじゃ、命を捨てに行くようなもんだろ」

「さすがに?」

 鼻にかけたような言葉に、シャルロットは首をかしげた。

「…何だ、知らねぇのか?」

 誰でも知っているといわれるとその返事はしづらい。シャルロットはボックス達にはわからないように、小さくワットに首をかしげた。

「ルジューエル賊団。まぁこの額で分かるだろろうけど、世界でもかなりの悪名高い盗賊団だ。こいつがその頭」

 ワットが指差した手配書を見ると、人相図のほとんどが黒っぽく仕上がった男が描かれていた。

「ドン=ルジューエル。こいつが頭で……お、他の幹部もいるな。こいつと、こいつと、こいつ」

 説明するように、ワットが別の手配書を一枚一枚指差した。

「全員が全員、第一階級の賞金首だな」

 手配書には人相図が大きく描かれているも、ルジューエルという男は黒い前髪に隠れて目すら描かれていない。他の手配書の者達も、この人相図で本人を特定するのは到底不可能だろう。文章では、外見的特長や罪人の犯した罪、その活動地域が書かれているようだが、文字が細かすぎてシャルロットは読む気にもなれなかった。

「ま、中心はこの四人だな」

 ボックスが四枚の手配書を並べた。

「団員は百近いらしいけど、世の中にゃあもっと大きい賊団もある。……こいつら、ここ数年は息を潜めていてまったく足取りがつかめないんだそうだ。世界でもかなりの悪名高さだってのに、団員の一人すら足を掴ませねーなんて、妙な奴らだよな」

「他の連中の賞金は?」

 パスが近くの男を見上げた。

「他?…まぁ四人が四人、一億を超える賞金首だよ」

 男の答えに、「はぁー…」とパスが声を漏らしながら食事を続けた。所詮、自分達にはつながりのない世界の話だ。一方で、ボックスの仲間達は話が盛り上がっている。

「そうだよな、あのルジューエルがこのままおとなしくしているとは思えねぇ!きっと、何か企んでるに違ぇねえぜ!」

「俺達がそれを抑えられたらなぁ…。一生遊んで暮らせるってもんだ!」

 夢を馳せながら語る男達の間から、席を立ったメレイが手配書に手を伸ばした。男達が顔を向けるのにも目もくれず、メレイは自分のベルトの下から小さい紙を数枚取り出して広げ、それを見比べた。

「手配書か?」

 取り出された同じ大きさの紙に、ニースが言った。しかしメレイは返事もせず、それを見比べている。シャルロットは椅子から首を伸ばし、それを覗き込んだ。

「…ルジューエル…。……同じ人?」

「…ええ、そうよ」

 シャルロットを気に留めず、メレイは同じ手配書を見比べていた。ワットが眉をひそめた。

「何でルジューエルの手配書なんて持ってんだ?」

「いいでしょ別に。高額賞金首の情報なら誰だって欲しいに決まってる」

「だからってまさかお前……」

「他にも持ってるの?」

「あ、ちょっと…」

 話を遮り、メレイのて荷力が入るより前にシャルロットにその手に重ねられた手配書を一枚抜き取った。

「こっちは…、ギャレ…ット?…誰?」

 シャルロットの見知らぬ中年の男の人相図だ。ルジューエルの文字はどこにもない。

「ギャレット?」

 隣のワットが首を伸ばした。「ゴーグス=ギャレットか?」とそれを聞きつけたボックスが興味を持ったように顔を向けた。

「姉ちゃん、ずいぶん古い手配書持ってんなあ。でもそいつはだいぶ昔に死んでんだろ?んなもん持ってても今更賞金は貰えねぇぜ」

 続けて笑うボックスの言葉にメレイは「放っといて」と言い放ち、テーブルの上に乗ったルジューエル賊団の手配書を一枚ずつ手に取った。

「それより、これ一枚ずつくれない?ちょっとくらいいいでしょ?」

 睨むようなメレイの視線に、ボックスは断るどころか嬉し気に笑った。

「かまわねぇが…、姉ちゃん、まさかこの賊団に手をだそうってんじゃ……」

「違うわよ、誰がこんな危ない奴ら。うっかり手を出さないように、顔を覚えておくだけ」

 一瞬抱いた疑惑が解けると、ボックスは「よし、ならいい」と手を叩いた。

「じゃあ、せっかくだからお前らに最新の情報も教えてやろう!」

「最新?」

 興味を覚え、シャルロットは身を乗り出した。

「実はこのルジューエル賊団。大層でかい組織だけあって、団員にもいろんな奴らがいる。それをこっちの幹部四人で統括してるって話だが……、来月、そこにもう一人、幹部として新しく手配される奴が増えるらしい」

 こちらの顔色を伺うように、ボックスがにやりと笑った。

「それがなんと、見る限りじゃ十代前半、いや……推定十二歳前後の少女だとか」

「十二歳!?」

 ワットとシャルロット、クルーとパスが同時に声を上げた。さすがにニースも驚いたのか、いつもより目を大きくしたまま口を開いた。

「少女に賞金をかけるなんて、よく国が許したな」

 手配書に載る罪人は、捕らえるためには手段を選ばないと判断された者達だ。そして、片寄った視点でそれが成り立たないよう、手配書が作られる前は必ず、砂、火、風、水、雪の王国の五国の王族の許可を得なくてはならない。

(……インショウ様まで)

 一度それに載れば、全ての国で賞金稼ぎや国兵に命を狙われることになる。――それをそんな幼い少女にかけるなんて。火の王国、自国の王までもがそれに同意したかと思うと、ニースはわずかに胸が痛んだ。

「そう!それなんだよ。子供といえどもその少女が、新しい幹部らしいからな!」

「かけられる賞金は?」

 ワットの質問に、ボックスがにやりと笑い、片方の手のひらを広げて見せた。

「五千万ゴールド」

「五千万!」

 繰り返し、クルーが声をあげた。一方で、別段驚いた様子も見せないメレイは腕を組みながらクルーからボックスに視線を戻した。

「……で?そのガキはどうしてそんな賞金をかけられることになったの?」

 メレイの冷静な質問に、ボックスのふざけた調子がわずかに消えた。

「…あ、ああ。この少女についての情報はまだ少ねえが、手配自体は何年も前から出てたらしい。賞金をかけられるのは、今回が初めてだけど……」

 楽しげに切りだした話題でも、ボックスですらやはり子供に賞金をかけるのは信じがたいといった雰囲気があった。

「東の大陸で国に使える仕官を暗殺した犯人。それが今回の罪状だ。今までも、こいつがルジューエル賊団の陰で暗躍してるっつー情報はあったらしいけど、何つっても子供だ。何とか生け捕りにしようとしてたらしいが、お偉いさんをやられて、国も黙ってるわけにもいかなかったんじゃねえか?」

「……成る程」

 メレイが納得するように目を閉じた。

「ま、ガキはガキでもルジューエル賊団の幹部。この娘は妖術使いってもっぱらの噂だ」

「妖術?」

 突飛な話に、ワットが鼻で笑った。

「よく知らねぇが、ついたあだ名が『神風かまいたちのシンナ』ってらしいぜ」

「かまいたち……?」

 シャルロットにはそれがどんなものかさっぱりわからなかった。話が途切れると、メレイがニースの隣の席に戻った。

「ねえ、この男に見覚えない?」

 きょとんとするニースの前に、ルジューエルの手配書を差し出した。

「……いや、さすがに本人を見た事はないが」

 それをじっと見た後、当然だろうと言わんばかりのニースに、メレイは「そう」と気も無く答え、それをふところにしまった。




 夜も更けた頃、寝巻きに着替えて髪をほどき、部屋のベットで横になってもシャルロットは寝付けなかった。

「ぅるっさいなぁー……。いつまで騒いでんのよ……」

 下の食堂から響いてくる騒ぎ声のせいで、とても眠れたものではない。耳をふさぐ横でパスが寝息を立てているのが、シャルロットは心底羨ましかった。部屋の隅のテーブルで、ニースが読んでいた本を閉じた。

「声を低くするように言ってこようか」

「あ、いえ…、大丈夫です…」

 立ち上がりかけたニースを止め、シャルロットはそれを諦めた。ニースに頼みごとなどできるわけがない。だいたい、ワット達だけなら注意もできるが、ボックス達も一緒ではそんな事は言えないだろう。

「メレイちゃんも、まだ飲んでるのかな…」

「……だろうな。すぐ戻るとは言っていたが……」

 ――メレイといえば。シャルロットは心に引っかかっていることがあった。

「…ニース様、メレイちゃんの持っていた手配書…。あの…何ていいましたっけ…えっと…亡くなってるっていう…」

「ゴーグス=ギャレットか?」

 再び本を開いたニースが顔を向けた。気になるといえば、気になる。

「……メレイちゃんは…何でもないものなんて持ち歩いたりしないと思うんです」

 その心に届かなければ、興味も無い、と捨ててしまいそうな。そんなところは、ワットにも共通している気がする。

「……まぁ、次の街で資料館でも行けば、いくらでも本があるだろう」

「え、本?あるんですか?」

 資料館というものの存在は、どの町にもあるという知識はあったが、それは全くの無縁のものだった。砂のバントベル宮殿にも資料室はあったが、読み書き以上の勉学意欲が薄かったシャルロットは、あまり訪れたことも無い。

「あるよ。良し悪しなく、有名な人間に関する伝記は大抵ある。ギャレットも大きな盗賊団の頭だった男だ。一冊と言わず、何冊もあるだろう」

 さすが文学の世というだけのことはあるよ、とニースは笑った。

 大昔に幾年も続いた戦争の影響――。反動でか、どの国でも武術よりも文学の方が一気に発達した事は、シャルロットも知っている。

「そのおかげで、俺も退屈しないですむが」

 ニースが、手に持っている本をシャルロットに見せた。

「さて、俺ももう寝るとしよう」

 ニースが椅子から立ち上がると、シャルロットも再びベッドに横になった。




 翌朝、窓の外から差し込む光で目を覚ますと、メレイが隣のベッドに眠っていた。同じく寝起きなのか、パスが隣のベッドで大きく腕を伸ばしている。

「ね、ニース様は?ワット達もいないみたい……」

 姿の見えないニース達を見回し、シャルロットはベッドから降りながら髪を両耳の後ろで二本に結った。パスがベットから飛び降りた。

「下に行ってみようぜ!」

 パスの声に誘われて一緒に下の食堂に降りると、昨日と同じ席のまま、ワットとクルー、そしてボックス達がテーブルに伏したまま寝ていた。同時に、充満する酒の匂いに、シャルロットとパスは鼻をつまんだ。

「やだ!ここで寝たの!?」

「すっげー酒臭せぇぞ!」

 眉をひそめてワット達に近づくと、その声に眠ってた面々がゆっくりと体を起こし始めた。欠伸をしながら目をこすり、ワットがシャルロットに顔を向けた。

「……何だ、朝か?」

 酒臭い息に、シャルロットは思わず身を引いた。

「朝も朝よ!今日は午前中に出発しようってニース様が言ってたのに!忘れたの!?ほら!クルーも起きて!」

 ワットの隣で伏しているクルーの背中を勢いよく叩いて怒鳴りつけると、クルーは頭に攻撃を受けたかのごとく両耳を押さえた。

「わ、悪い……でもあんま怒鳴んないで……頭に響くから…」

 シャルロットは呆れて言葉も出なかった。――男の人って、どうしてこうなんだろうか。その時、玄関の開く音に、例外もいることを思い出した。きちんと身支度を整えているニースが玄関から戻ってきたのだ。

「ニース様、おはようございます」

 挨拶越しに、シャルロットはまた机に付しかけているワットの背を「起きてよ」と掴んだ。まったく、何だこの差は――。

 シャルロットの思いをよそに、ニースが食堂をぐるりと見回した。一度外に出たなら、この光景を目に入れるのは二度目のはずだ。

「出発は一時間後だ。支度をしておけよ」

 え?この状態を見てる?と言わんばかりの目がワットとクルーから戻ってきたが、ニースはそのまま二階に行ってしまった。重い空気が漂う食堂で、パスがシャルロットを見上げた。

「……ニースって、ワット達に厳しいよな」

 ――自分達には優しいけど。そんな言葉が、シャルロットの頭に浮かんだ。



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