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同じ天の下  作者: コトリ
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第14話『兆候』-3




「夜になっても寝ないのね、この街は……」

 街明かりに照らされる街道を眺め、メレイが部屋の窓を閉めた。クニティーの街は夜でも男女問わず出歩き、付近の飲み屋では若者達で賑わっているようだ。街道沿いの宿の二階のこの部屋には、その賑わいがいまだに届いていた。夜中に女も出歩くなど、治安の面から砂の国では考えられない。シャルロットにとっては驚くべきものだった。

 ベッドの上で服をたたみ終え、シャルロットは勢いよく寝転がった。女二人しかいない部屋だからこそできる行為だ。

「二軒目で宿が取れて良かったね!」

 顔を向けるシャルロットに、メレイは「そうね」と、隣のベッドに腰掛けた。

 砂の王国からの旅の者だと話すと、宿の主人は親切心から格安で男女を分けた二部屋を提供してくれた。ごろりと寝返りを打ちながら、ふかふかのベッドの心地よさと、女だけの部屋というリラックス感に今すぐにでも眠れそうな気がした。ニース達と一緒では、とてもこんな足を投げ出した格好では寝られない。

(ニース様には言えないわ)

 申し訳ないと思いつつも、心の中では笑いがこぼれる。荷の整理をしながら、メレイが思い出したように顔を向けた。

「ねぇ、前に言ってた白昼夢…。もう平気なの?」

「はく……何?」

 うまく聞き取れず、シャルロットは顔を前に出した。

「白昼夢。見るから怖いって言ってたじゃない」

「…あ!あぁ、あれ…。うん、あれからないわ。ヘーキ!」

 言葉の意味はわからなかったが、メレイに言われて思い出した。事実、シャルロットは既にあの事を忘かけていた。再び寝返りを打ち、仰向けになる。

「ワット達、……もう寝たかな」

「…そういえば、シャルロットは砂の出身なんでしょ?」

 隣のベッドに寝そべり、メレイが肘を立てて手に頭を乗せ、こちらに顔を向けた。

「今までずっと砂の国から出た事がなかったの?」

「うん、この旅が始めて。あの風の王国のお城だって、噂でしか聞いたこと無かった。それが見れたなんて今でも信じらんないもん!」

 あの夕焼けを背にした風の城は、永遠に忘れることはないだろう。そう思えるほど、シャルロットにとってあの美しさは幻想的なものだった。

「今まで恋人は?」

 突飛な質問に、シャルロットは思わず体を起こした。

「い、いないわよ」

 一気に頬を染めるシャルロットに対し、「何?そんなに必死にぃ」とメレイがにやりと笑った。

「じゃあどんなのが好みよ」

「え?やだ、わかんないわよそんなの!」

 恋人はもとより、好きな人だっていたことはない。親友のミーガンがスイードと付き合い始めた時だって、シャルロットは目を丸くする事しかできないほどだった。スイードや他の男の使用人仲間にだって好きだと思える人はいたが、それは兄のエリオットが好きなのと変わらないものだ。

 まして、自分がそんな事を言っている姿すら想像できない。勝手に熱を帯びる顔に、メレイが笑った。

「そうだ、ワットみたいなのはどお?顔は悪くないし」

「えぇっ?ワ、ワットぉ?!好みとか…そういう問題じゃないし!」

 シャルロットは慌てて手を振った。そんな事、考えた事もない。――いや、考えられない。

「そう?ま、あいつじゃガキっぽいか」

「ガキって……」

 シャルロットは言葉が続かなかった。言われてみれば、メレイはワットより二、三歳年上らしい。そう思うのは不思議ではないかもしれない。

「ニースも見た目は悪くないんだけどね。……あんなつまんない男、嫁になる女の顔が見てみたいわ」

 メレイが口の端を上げて笑った。

「メレイ…、今のはニース様に失礼よ」

 赤い顔のままメレイを見たが、メレイは「いーのいーの」と手をヒラヒラとさせた。

「あいつらと別れて寝る機会なんて滅多にないんだから。あんたもニースは固すぎると思わない?」

「……少しだけなら……思うかな」

 メレイにつられ、シャルロットも笑いがこぼれた。――確かに。ニースももう少し態度を崩してくれてもいいと思う。せっかく仲良くなってきたのだし。もっとも、それが彼自身なのかもしれないが。

 シャルロットとメレイがそんな話をしている頃、パスはすっかり部屋で眠りについていた。結局、馬で寝ていてから宿に到着してからもニースに抱えられ、本人は夢と現実を行ったり来たりしているだけだった。

「今更部屋が別ってのも変な感じだな」

 ベッドに寝そべり、ワットは足を組んで天井を見上げた。今まで散々一緒に寝てきているのに、今更別室でも賑やかさが分散されるだけだ。

「あの子には不便をかけているからな。たまには部屋くらい分けてやりたいだろう」

「……ホント子供には甘いよな」

 ワットは目を閉じて呆れたように息をついた。ニースが荷から地図を取り出しテーブルに広げると、ワットはその音に顔を向けた。

「また地図か?」

「ああ、ハナ・トニニからここまでの道のりを記録する。見たところ、この国は五年前とさほど変化はないようだな」

「……まめだな」

 ワットがベッドから起き上がると、ニースは顔を上げずに「仕事だからな」とペンを走らせた。

「明日はどうすんだ?」

「まず、風の城でレビレット殿と面会して出国許可証を得る。おそらく一日とられるだろうから出発は早くても明後日あさって以降になるな」

 聞いたものの、ワットはそういう手続きには一遍の興味もわかなかった。「ふーん」と気のない返事をし、明後日あさってにこの国を出るということだけ頭の片隅に入れておいた。

「…なあ」

 呟くワットの声に、ニースが顔を上げた。

「シャルロットを誘拐した賊達、シャルロットの話じゃ……やっぱお前を狙ってたんだろ?」

 ワットは顔を向けていなかったが、答える言葉がないニースは視線を落として再び羽ペンを動かした。

「本当に心当たりはねぇのかよ。前にもあったろ?南の大陸でお前を狙って……」

 その言葉に、ニースはペンを止めた。

「……わからない」

 ニースの詰まったような声に、ワットは顔を向けた。

「だがまったく心当たりが無いわけではない…。国では多くの盗賊や逆賊を捕らえる任に着いていた。知らぬ間に恨みを買っていても不思議ではない……」

「…お前ほどの身分なら、わからなくて当然ってか」

「だがそれについては、十分に検討する必要がある……。一緒に行動する以上、皆を巻き込むことになっては……」

 ニースの眉をひそめた顔に、ワットは目をそらした。

「そうそう、じゅーぶん検討してくれよ。俺らは平気でも、今回みたいにシャルロットとか…パスが狙われたんじゃ手の出しようがねーし。ま、メレイも平気だろーけど」

 口をついた言葉に、ワットが「そーいや」と、自分で気がついた。

「……あいつホント何なんだろうな」

 あいつ、とはメレイの事だ。言わなくてもそれが伝わったニースは再び羽根ペンを動かし、「さぁな」と答えた。その言葉に、ワットが身を乗り出した。

「気になんねぇのか?…ありゃ相当裏のある女だぜ。俺らに付いてきてんのだって、絶対狙いがある。気付いたら有り金全部取られてたー、なーんて事にならなきゃいいけどな」

 嘲笑ちょうしょうを含んだワットの言葉にはだいぶ棘がある。まだメレイを完全に信用しているわけではない事を、ワットの場合、隠すどころか直接本人にすら言いかねない。ニースもそれには気がついていたので、今更忠告する気はなかった。むしろ、信頼しきれていないのはニースも同じだ。

「気にはなるさ。あの若さで一人で国を越える旅をしている上に、あのような剣術まで持っている。……普通の修行で身につくものじゃない」

「ま、今のところそれだけは役立ってるけど」

 ワットにとって唯一認める点があるとすれば、そこだけだ。男の自分より、女のメレイの方がシャルロットと一緒にいて都合がいいこと多いだろうし、その相棒があれなら、二人から目を離しても安心できるというものだ。寝返りを打つと、ワットは眠気を感じて大きなあくびを漏らした。

「…あー、ねみーな…。…お前まだ起きてんの?」

「…ああ。書き終えたら寝るよ」

「先に寝るぜ…」

「ああ、おやすみ」

 ニースが地図を書き進めるまま言ったが、ワットは返事もせずに、そのまま眠りについた。




 翌朝、シャルロットは部屋の物音で目を覚ました。目をこすりながら体を起こすと、すっかり身支度を整えたメレイが布に包んだ剣を背に、手には荷物を持ってドアから出ようとしているところだった。

「…メレイ…?」

 シャルロットの声に、メレイが足を止めて振り返った。

「起こしちゃった?」

「……早いね、でかけるの?」

「ええ、ちょっと買物。日が落ちる前までには戻るわ」

「えっ!?だって……」

 出発は?と聞きたかったが、寝起きのせいで口がうまくまわらなかった。

「ニースには了解取ってるわよ」

 一気に見開いた目に、メレイが言った。「じゃ」と、メレイはそのまま片手をひらひらと振り、部屋から出て行った。

 開いた窓の外からは、賑わった声が聞こえる。明るい、青々とした空が窓から見えた。

(……寝坊しちゃった)

 緊張の糸が緩みすぎたのか、ふかふかの暖かい布団が心地良かったのか。シャルロットは髪を耳の後ろで二本に結い、身支度を整えてからニース達の部屋をノックした。

「ニース様?起きてます?」

 返事を待たずにドアに手を伸ばしたが、それに触れる前にドアが内側に開いた。顔を出したのは身支度をきちんと整えたニースだった。ニースは砂の王国で初めて見た時と同じように、きちんと制服を首元まで留め金で留めている。南の大陸や砂漠では暑さからずっと制服を崩していたので、久々の正装はニースの真面目さを強調させる雰囲気があった。

「ニース様、おはようございます。もうお城へ行かれるんですか?」

「ああ、少し遅れたが」

「じゃあ私も……」

 そう言って部屋に戻りかけたシャルロットを、ニースが「いや」と遮った。

「城には私一人で行く。シャルロットは休んでいてくれ。まだ傷も癒えていないだろ?」

 ニースの言葉に、シャルロットはどきっとした。その手が、自然と思い出したように腹を触ってしまった。――殴られた腹のあざ。メレイとは着替えるときも一緒だから、もしかしたら彼女が喋ったのかもしれない。

「でも、一応付き人ですから…」

 そう言いながらも、一階へと向かうニースについて階段を降りていくと、一階の食堂でワットが食事をとっていた。

「ワット、早いね。珍しい!」

 シャルロットとニースに目を向け、コップの水を飲みながら「出かけんの?」とワットが目を向けた。

「ああ、城まで。日が落ちるまでには戻る」

 足を止め、ニースは首もとの留め金を締めなおした。その視線が、シャルロットを見下ろす。

「シャルロット、いいから今日はここに残っていなさい」

「…え、でも…」

 それでは付き人の意味がない。そう続けようとしたが、ニースは食堂の店員を呼んでいた。

「すまないが、この子にも朝食をくれないか」

「はいよ」

 店員の女性が気前よく答えると、シャルロットはそれ以上何も言えなくなった。

「今日一日ゆっくり休んで疲れを取りなさい。…じゃあ」

 ニースはそのまま宿を出て行った。閉められたドアに行き場をなくしたシャルロットは、仕方なくワットの正面に腰を下した。

「怪我の時は仕事なんかサボっちまえばいいんだよ」

 ワットがスプーンを置くと、同時に女性店員がパンとスープと水の入ったコップをお盆にのせて目の前に置いてくれた。ワットと同じ朝食だ。水を口に含んでも、シャルロットはそれがすんなりと喉を通る気分ではなかった。

「腹のあざ、まだ消えてねぇんだって?」

 ニースと同じ事を言う。――傷が癒えるまでメレイの前で着替えるのはやめよう。そう思い、シャルロットは軽く腹を撫でた。別にこれに痛みがあるわけではない。ただ、このあざを見るたびあの男を思い出すだけだ。

「……ね、パスは?」

 暗い思考に囚われぬよう、シャルロットは話題を変えた。

「散歩だと。治安のいい街だ。心配ねぇだろ」

「メレイちゃんも出かけたみたい」

「さっき通った。あいつの場合、どこに行っても心配ねぇよ」

 ――確かに。心の中で同意し、シャルロットは小さい口でパンをかじった。

 正面のワットも、再びスープを口に流し込んでいてシャルロットを見てもいない。それを見つめていると、ワットのTシャツの袖から覗く、腕の傷が目に入った。ワットは言わないが、デイカーリの古城でシャルロットを助ける時にできた傷だと、あの時ウェイがこっそり教えてくれた。刃物が切り込んだような、既に直りかけたであろう赤黒い線――。

(…私の傷なんて、ワットより全然なんてこともないのに)

 その視線に気がつかず、ワットはパンとスープを食べ終え、残った水を飲み干している。

(……いつも口悪いクセに)

 本当は優しいのに、それを素直に表せない。そんなワットの不器用さが、シャルロットの口を緩ませた。




「火の王国、王宮騎士団隊長ニース=ダークイン殿か。話は書状にてクニミラ氏から伺っておる」

 ――風の城、王室の間。広々とした城内の中でも一際広いこの部屋で、フロアから数段上った金色の椅子に座り、その下で頭を下げているニースを見下ろしているのは、この国の王、ゴンドーラ=レビレットだ。

 昔は輝くような金髪だったと思わせる金の混ざった白髪を肩まで伸ばし、同じ色の髭は首元まで伸びている。青く、水色に近いほどの色素の薄い瞳と、その周りに刻まれた皺は、まるで怒りを知らぬような穏やかな顔だ。

「予定よりだいぶ遅かったな。気にかかってはいたが……」

「道中、いろいろとありまして……。申し訳ございません。それゆえ、入国してわずか三日目ではありますが出国手続きの書状を頂きたいのですが……」

「ふむ、良いだろう。すぐに用意しよう」

「感謝致します」

 レビレット王の左右には同じく金色の椅子があるが、今はその左側は空席になっている。右側には、初老の女性が座っていた。この国の王妃であり、レビレットの妻だ。彼女の微笑は、まるで波紋が一つもない湖の表面のようだった。

 王室には数人の兵士がいるものの、ニースに対する警戒心も薄かった。この広い一室で、剣を持つ異国の使者を前にこの待遇は、ニースにとっても信じがたいものがある。――火の王国では考えられないな。

 さすが、五王国一の治安を持つ国だ。よく言えば平和、悪く言えば隙が多い。ニースは国兵としての余計な考えが頭をよぎっていた。

「だが、書状はわし一人で書くものではないのでな、早くても明後日あさっての朝には渡すことはできるが……」

「……はい」

 レビレットの言葉に、ニースは顔を上げた。――二日か。

 思ったよりも、時間がかかる。

「その間退屈であろう、我が城を充分に利用していくがよい」

「……ご好意感謝いたします。ですが城下町に宿を取りました。連れの者たちもそこにおりますので、我々はそこに……」

「そうか、分かった」

 提案するものの、レビレットは無理に引き止めるつもりもない様子だった。一礼し、ニースは足を引いた。

「では、二日後にまた参ります」

「ダークイン様、待って下さいな」

 背を向けた途端の王妃の声に、ニースはその足を止めて振り返った。



お読み頂いて感謝です。ありがとうございます。

なるべく毎日更新を目指しています。

できそうにない日は前後に二話ずつ!更新できていなかったら……ごめんなさい(^_^;)

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