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同じ天の下  作者: コトリ
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第14話『兆候』-1



 深夜、オアシスから休憩も入れずに馬を走らせたシャルロット達は、ようやく砂漠を抜けることができた。足元がさらさらの砂から次第に足取りのよい土へと変わっていく。気が付いたときには、正面の暗闇の中に巨大な壁がそびえ立っていた。――風の王国の国境である。

 左右を巨大な岩壁に守られ、その中央に岩壁と同じ高さの巨大な門がある。木造りとはいえ、その風貌はまさに圧巻だ。岩壁で前方の景色が見えない代わりに、シャルロット達が進む右手には緑に生い茂った山道が見える。あれが、本来シャルロット達が通る予定だった道だろう。

「国境だ。ここを越えれば風の王国に入れる」

 門の足元で、先頭のウェイが馬を止めた。馬に乗っていたとはいえ、さすがに全員に疲労の影が見えた。――砂漠に入って五日目。トラブルもあったが、馬を拾えた事で予定での最短の時間で砂漠を抜けられたのは不幸中の幸いだった。

「ハナ・トニニと呼ばれる村だ。ちょっと待ってくれ……」

 ウェイが門についている小さな、鐘を鳴らした。静かな闇に、高く頭に響く音が数回響いた。すると、すぐに門の中腹から小窓が開き、男が数人顔を出した。シャルロットもそれを見上げたが、暗闇に浮かぶその顔達はぼんやりとしか判別できなかった。

「カーネオのウェイ=ビンだ」

「……ウェイ?どうしたこんな時間に」

「入国したいという人達を案内してきた」

「珍しいな」

 門番達の声に、ニースが馬を進め、顔を上げた。

「火の王国からの使い、ニース=ダークインだ。レビレット国王と面会するために来た。入国を許可して貰いたい。砂の王国のバントベル国王と我が王クニミラより賜った(たまわ)った許可状はここにある。連れの者たちの素性も……」

 許可状を手に、ニースの言葉が一瞬止まった。

「……保障する」

「待ってくれ、開錠する」

 男達が小窓から姿を消すと、メレイがニースに馬を寄せた。

「保障してくれるんだ。ありがと」

 からかうような笑みに、ニースは自分の前で眠っているパスに視線を落とした。

「……いざこざを起こして入国が遅れるよりいいだろう」

「あら、冷たいわね。そんなこと言ってると女にモテないわよ」

 冗談めかして笑ったが、ニースは視線すら向けなかった。「つまんない男」と心でうそぶき、メレイはニースに話しかけるのをやめた。

「じゃあ、俺はここで引き返すが……」

「え!?もう?」

 ウェイの言葉に、シャルロットは思わず声をあげた。

「入国手続きは面倒だ。朝まで居ると、また動き辛くなるし、それに……早く戻らないとミウ達が心配するからな」

 子供達を想ったウェイの顔が、わずかに笑んだ。その顔に、シャルロットはそれ以上ウェイを引きとめてはいけないのだと気がついた。

「そうだね…。ミウちゃん達、心配してるもんね」

 ウェイは、早くあの子達のところに戻りたいだろう。元々ここまで案内をしてもらった事自体、ウェイの親切な申し出だったのだから。ふいに、シャルロットはウェイの言葉が気になった。

「……ね、入国手続きが面倒って…何かするの?」

 シャルロットの言葉に、ウェイが「ああ」と振り返った。

「風の王国は平安を第一に重んじる国だ。顔見知りの紹介か、入国通知が国内外から出ていない場合は入国できない。審査が厳しいんだ」

 そう言われると、不安になる。シャルロットが顔をしかめると、それを見たウェイが笑った。

「心配しなくても、大変なのは君達じゃなくて処理をする兵士の方だよ」

 その時、がちゃんと重い鍵の開く音と共に門の下部の小さなドアが開き、男が一人顔を出した。見た事のない、それでいてきっちりとした雰囲気の服装は、おそらく警備隊か何かだろう。――風の王国の兵士。同じ国兵とはいえ、砂の国の兵士とは雰囲気がだいぶ違う。薄い黄土色の裾袖の長い服に、同じ色の帽子もかぶっている。兵士はその手に紙の束を握り締めていた。

「入国する者は入れ。許可状は私が貰う。ウェイ、君は?」

 大きく手招きをしながら、兵士がウェイに顔を向けた。

「俺は入らない。この人達だけだ」

「分かった。すぐ閉門するから入る者だけ早く入ってくれ」

「は、はい」

 慌しい様子に、シャルロットは返事がどもった。

「じゃあね。あなたの幸運を祈るわ」

 ウェイに軽く手を振ると、メレイはそのまま馬を進めてドアをくぐった。ニースはウェイに馬を寄せた。

「…ウェイ、ここまでありがとう。本当に世話になった」

 ニースが手を差し出すと、ウェイは笑ってその手を握った。同時に、ニースの前で苦しげに眠っているパスに視線を落とした。

「パスが良くなったら、よろしく伝えてくれ」

「ああ」

 ウェイと目を合わせ、ニースは馬を進めてドアをくぐった。シャルロットとワットも、ウェイに馬を寄せた。

「ウェイ、ホントにありがとう」

 シャルロットは馬を寄せ、ウェイに軽く抱きついた。

「ミウちゃん達によろしく」

 名残惜しくもウェイから離れると、「伝えておく」とウェイが頷いた。

「サンキューな。お前いなかったら……シャルロットを助けられなかったかもしれねぇ」

「……お前が気にすることじゃない」

 ガラにもなく謝るワットを、ウェイはおかしく感じた。その笑みと同じように、ワットも笑った。

「ホラ、そこの二人も。早くしてくれ」

 兵士の呼び声に、ウェイはワットの肩を叩いた。

「元気でな」

「…ああ」

「じゃあね!ウェイ、元気で!」

 シャルロットが手を振ると、ウェイは軽く手を上げた。「ホラ早く!」と兵士があまりにせかすので、シャルロットは仕方なくワットと一緒にドアをくぐった。――ウェイが無事に去るのを見届けたい。そう思って振り返ると、ウェイが馬の方向を変える瞬間に、こちらに向かって小さく手を上げたのが見えた。それと同時に、重いドアが閉まり、砂漠の世界とは完全に遮断された。

(……ウェイ、ありがとう……)

 心の中で呟き、シャルロットは後ろを振り返った。その世界は、今までの砂漠とはまったくの別世界だった。人気の無い砂漠地帯とは一変、そこは小さな村だ。深夜の為か明かりがほとんど無く、木造りの家々の雰囲気からあまり豊かな村には見えない。国境の内側には、先ほどの兵士と同じ服装の兵士達の姿が数人見られた。

 ドアを閉めた兵士が、シャルロット達にそれぞれ一枚ずつ手持ちの紙を配った。

「馬から下りて、全員これに出身と名前を書いてくれ。捺印もな」

 一瞬隣のワットと顔を見合わせてしまった。「こんなの書くのんだ」と、とりあえず言われるままに馬から下り、シャルロットは渡された羽ペンで馬のコルセットを台にして記入をした。書きづらい中で、出身のバントベル宮殿と名を記入する。

 ワット達もそれぞれ馬のコルセットや荷を台にして記入しているのが視界に入った。書き終えると、兵士がさっさとそれらを回収し、目を通した。

「…えー…、ニース=ダークイン殿」

 兵士が顔も上げずに読み上げると、ニースが「はい」と返事をした。それを確認し、兵士が次の紙をめくる。

「ワット=トリガー殿」

 ワットが黙って手を上げた。シャルロットは思わず隣に立つワットを見上げた。

「…ワットってトリガーっていうんだ」

「…言ってなかったっけ?」

 聞いたような、聞いてないような。曖昧な答えに、シャルロットは首をかしげた。

「パス=ドーティ殿」

「あ、この子です」

 シャルロットが馬の上でぐったりしているパスの背を触ると、兵士はそれを確認して頷いた。

「シャルロットさん」

「はい」

 手を上げて、シャルロットは返事をした。

「ファミリーネームは?」

「ありません、名前だけです」

 孤児だったシャルロットに家族の名は無い。今更気にする事でもないシャルロットが笑顔で返すと、兵士はさほど気にも留めなかったようで次の紙に視線を落とした。

「イズ=クドールさん」

 一瞬、沈黙があったが、メレイが手を上げた。

「はい」

 シャルロットはメレイを振り返った。しかし、メレイは誰とも視線を合わせなかった。全ての名を読み上げると、兵士が顔を上げた。

「今日はこの村に滞在してください。宿はあそこの店を利用してもらって、何かあったら連絡いたしますので。…もう行っていいですよ」

 遠目に見える宿を指差し、兵士はそのまま国境に張り付くように隣接している建物の中に入って行った。それを見送っている間に、メレイが馬にまたがると、シャルロットはそれを振り返った。

「イズ…クドールって…?」

「誰だよ」

 同じく馬に乗り、呆れたようにワットが加えた。

「私のもうひとつの名前」

 笑みを見せ、メレイは一足先に宿へと馬を進めた。




「この宿ガラガラね」

 宿の一室で、メレイが荷を床に落とした。深夜のせいもあるだろうが、他の客の姿は一切無い。その隣で、ワットが一番近くのベッドに息をついて仰向けで寝転んだ。

「やっとゆっくり休めるぜ」

「ワット!ここのベッドはパスにあげて!」

 途端に、シャルロットの両手がワットの背中を押した。「何すんだよ」と言いつつも、強制的にベッドから追い出される。パスを抱えて部屋に入ってきたニースが、そこにパスを寝かせた。パスは眠ったままだったが、だいぶ顔色が回復したように見えた。

「国境を越えたら急に涼しくなってきたみたい。良くなるといいんだけど…」

 パスの額を撫でると、だいぶ熱も下がったように感じる。

「私は寝るわ。疲れたし…こっちのベッドもらうわよ」

 メレイがあくびをしながらベッドに寝転んだ。

「我々も休むとしよう」

 ニースが言うと、シャルロットとワットも体の感覚どおり、素直に頷いた。

 暗い部屋で全員がベッドに入っても、シャルロットは眠つけなかった。疲労で眠ってしまいたいというのに、寝返りで何度もそれを自ら打ち消してしまう。部屋で目を閉じると、どうしてもあの砂漠での事を思い出すのだ。――あの男の事を。

 誘拐された時に殴られた腹は、今もまだ癒えない青黒いあざになっている。気の遠くなる感覚、苦しさも忘れるわけがない。あの一室での、あの男に対する恐怖、そしてあの不思議な感覚も――。

(……誰かをあんなに怖いって思ったこと…ない…)

 ベッドの中で、シャルロットは手のひらを握りしめた。

(それにあの感じ…なんだったんだろう。…起きながら夢を見たような感覚…。あの女の人は誰だったの?…怖くてすごく…気持ち悪かった…)

 まるで恐怖が、気持ちが同調するかのようだった。小さく身震いし、シャルロットは体を起こした。周囲のベッドのワット達は既に眠っている。隣のメレイも、頭から布団をかぶっているので起きているかも分からなかった。

「…メレイ…?」

 小さく言うと、メレイがわずかに動き、「……ん?」と顔を向けた。

「一緒に寝てもいい?」

 一人でいたくない。そう思った提案に、メレイが小さく笑った。

「どうしたの急に…。いいわよ」

 メレイのベッドにもぐりこむと、いつも花のような甘い香りがした。

「……ごめんね」

「何言ってんの」

 眠気を含んだ声に悪い気がして、謝ってしまった。

「何か…怖いんだ。砂漠でのこと…思い出して…」

 布団に顔をうずめ、メレイに寄り添って目を閉じた。

「…例の男の事?無理も無いわ…、あんたみたいな子が、一人で賊団に捕まったんだから…」

 メレイが目を閉じ、その手でシャルロットの頭を優しく撫でた。

「…違うの。それもそうだけど…」

「ん…?」

「…またあの夢を見るかもって思うと…、自分が自分じゃなくる気がして…怖いの…」

 ――そうだ。怖い。あの女、そして足元に倒れた血だらけの男――。あの引き込まれるような感覚は、眠りかけたときのそれと似ている。

「夢…?」

 メレイが動いたのが分かったが、これ以上メレイを起こしてしまうのは悪い。

「……変だよね。違う人になるわけないのに…」

 とろりとした眠気が体を包み始め、シャルロット目を閉じた。先程までは怖くて眠る気にはなれなかったが、好きな人と一緒にいると、安心できる。

「誰かになる夢…?そういう夢は、よく見るの?」

「…ううん、寝ているときに見るわけじゃないの…。起きてる時…。だから…怖…の…」

「…シャル…」

 わずかに体を起こし、メレイが振り返った時には、シャルロットは眠ってしまっていた。振り返ったメレイの視界に、からになっているシャルロットのベッドの向こうで、ワットが起き上がったのが見えた。

「…何?」

「……別に」

 ワットは振り向きもせずにベッドから降りると、静かに部屋を出て行った。メレイはさほど気にも留めずに、自分も目を閉じることにした。



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