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同じ天の下  作者: コトリ
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第13話『涙』-4




 シャルロットが再び目を覚ました頃には、部屋には自分の隣で寝ているパスと、荷の整理をしているメレイしかいなかった。パスは相変わらず具合が悪そうだったが、昨夜よりはわずかに汗も引いている。

「起きた?」

 荷をまとめながら、メレイが振り返った。

「ニース達なら外で出発の準備よ。それと……賭けは私の勝ち。残念だけど、例の男と子供は戻ってこなかった。……時間切れよ」

 メレイの言葉とは裏腹に、シャルロットはまったく残念とは思わなかった。もう一度あいつに会うなんて、絶対に嫌だった。話から逃げるように、シャルロットは隣で寝ているパスの額をそっと撫でた。

「昨夜よりも落ち着いて見えるけど、熱は上がってるわ。脱水症状を起こしてるし……。こういう症状は、体力の少ない子供からなりやすいのよ」

「起きたのか」

 部屋の入り口からワットとウェイが顔を出した。二人はもっと前から起きていたのだろう、すっかり支度が整っていた。ウェイは一瞬シャルロットと目が合ったが、そのまま目を逸らし、入り口で足を止めた。ワットがシャルロットの前にかがみ、頬に触れた。

「腫れは引いたな」

 シャルロットが頷くと、ワットは立ち上がって周囲の荷を見回した。

「じゃ、お前も支度しな。俺は別にその格好のままでもいいけどな」

「え?」

 ワットが笑って部屋から出て行く時に、シャルロットはようやく自分の姿に気がついた。寝起きで服もよれ、布を羽織っていない体はだいぶ肌があらわになっている。かっと、全身が熱くなった。

「バカ!!早く言ってよ!」

 服を直して怒鳴ると、廊下の向こうからワットの笑い声が響いた。

「…最低!もう、見直してたのにっ!」

 髪を結いながら口走ると、隣にメレイがため息と一緒に腰掛けた。

「……あいつの機嫌、直って良かった」

 意味の分からない意見に、「へ?」とシャルロットは顔を向けた。

「さっきまで、大変だったのよ。男を待たないで出発するって言ったらもうぶち切れ」

 膝に頬杖をつき、メレイはまた息をつきながら「ま、昨夜ほどじゃないけど」と付け加えた。

 ――昨夜?そんなに怒っていただろうか。それにしても、今は機嫌よく見えたのだが。その視線に、メレイが気がついた。

「あ、シャルロットは知らないか。…あいつでも、マジになることなんてあんのね」

 鼻で笑ったメレイに対し、シャルロットには――それが想像つかなかった。シャルロットの中のワットは、何かに対して強烈に感情を示した事がない。いつもどこかひょうひょうとしているのが、彼だと思っていた。

 ――それが他人の、しかも自分の為に、怒ってくれることがあるなんて。いつも自分達に対しては、感心もないように口悪く話すというのに。シャルロットはそんな隠れた優しさに、胸が暖かくなった。そこから溢れる嬉しさが、荷造りを始めた自分の顔をずっとほころばせていた。




 日が上り始めると同時に、砂漠は最高気温に向かって走り出す。しかし、その灼熱の炎天下でもシャルロット達は出発せざるをえなかった。――既に自力で立ち上がることすらできなくなってしまったパスの為に。

 繋がれていた賊達の馬を勝手に貰い、ワットがパスを抱え、ワットは馬にまたがった。ウェイが地図を広げている間、ニースは馬に荷をくるんでいるメレイに目を留めた。

「君も国境を越えるのか?」

「ええ、そのつもりよ。もう砂漠に用はないもの」

 当然のように一緒に出発しようとしているメレイに、ニースが言った。それが、シャルロットの耳にも届いた。

「じゃあメレイも一緒に風の国に行くの?」

「ええ、できたらあんた達と行動しようと思って」

「ホント!?」

「はぁ!?」

 シャルロットの歓喜の声とは対照的に、ワットが不満たっぷりの声を上げた。メレイが平然と「いけない?」と振り向く。

「……つーか何で」

「一緒に行きたいから」

 呆れるワットに対し、メレイはしらじらしい笑顔を向けた。

 ――んなワケねぇだろ。ワットの口から漏れかけたが、隣で喜ぶシャルロットの顔に、それは引っ込んだ。

「君は目的があって各地を回っているのではなかったのか?だから砂の国でも別れて……」

「ええ、そうよ。でも、この広ーい大陸で二度も合うなんて、運命だと思わない?」

 シャルロットは「思う思う」と喜々としてメレイの腕に抱きついた。それを視界に入れぬように、ワットがメレイを睨みつけた。

「ざけんな、俺は反対だぜ。こんな怪しい女……」

「メレイは一緒に助けに来てくれたわ!」

 シャルロットの抗議に、ワットは言葉を詰まらせた。ニースがため息をついた。

「私は目的があって旅をしている。君だって目的があるのだろう?きっと同じ目的地は回れない。だから一緒には……」

「シャルロット、私と一緒にいたい?」

「うん!」

 笑顔で頷いたシャルロットに、ニースは続きの言葉を失った。「あ、でも」と、シャルロットはニースを振り返った。いくら自分が良くても、この旅はニースの旅だ。

「……ニース様がだめなら」

 先ほどまでの嬉々とした顔を急速に曇らせ、メレイの腕を抱いたままニースを見つめる。

「ええ、そうね」

 残念そう言ったメレイだが、その口元にはにやりと笑みを浮かべている。

 ――このクソアマ。

 ワットの口元が引きつった。自分はもとより、ニースがシャルロット――もとい、女子供には甘い事を、目の前の女は十分過ぎるほどに分かっている。

「……どちらにしろ共に国境まで行くのだからな」

 目を逸らすニースに、ワットは予測できた答えに心の中で大きなため息をついた。視界の端で、シャルロットが「やった!」と飛び跳ねて喜んでいるのが見えた。

「やったね、メレイ!」

「ほーんと。ニース達は心が広いから、嬉しいわ」

 シャルロットの頭を撫でながらメレイが笑うと、ニースとワットは顔を合わせずに無言で馬にまたがった。

「ま、足手まといになるつもりはないから安心して」

 二人の心中を知らないまま、シャルロットは嬉々としてメレイと一緒に馬を進めた。




 ――同日夕刻。

「何だこりゃあ!!」

「ありゃりゃー!みんなやられちゃってるよ」

 デイカーリの古城、その一室で、男の怒声と少女のとぼけた声が同時に響いた。一室に縛られたまままとめて倒れている自分の仲間に、男は一人の胸ぐらを引っ張り起こした。

「おい!何があった!?」

「女の…仲間が来たん…す。男が三人と…女とガキ…」

「ダークインか…!」

 脱水症状か、倒れている連中には覇気がない。男は歯を食いしばり、仲間を地面に落とした。引き換え、少女は呑気に額に手をかざし、縛られて倒れている男達を鼻歌交じりに見回している。

「ユッちゃーん。コレ、どーすんの?」

 無言で立ち上がった男の背中に向かって話し掛けたが、返事は無い。少女は跳ねるように歩いて男の顔を覗き込んだ。その顔は、黒く鋭い目はさらに鋭く、唇を噛み、眉間の間に強く力の入った形相――。その腕にも、力が入っている。

「あれ?もしかしてユッちゃん怒ってる?」

 ガンッ!!

 言葉と同時の轟音に、少女の頬にかかった髪が一瞬風圧でそよいだ。

 男が少女の顔の真横の壁を素手で殴ったのだ。わずかに石が砕け、地面にパラパラと落ちた。

「あったりめーだ!!あの女はダークインを殺る溜めのおとりだったんだよ!それをまた本人にかっさらわれてどーすんだ!!」

 怒声と轟音に眉一つ動かさず、少女は自分を睨みつける男をいつものようにくりんとした丸い目で見上げた。

「さあ」

 少女の態度に、男の怒りが頂点に達した。少女から目を離さぬまま、そのこぶしを、自分の横の壁にもう一撃入れる。再びの轟音と共に、壁がパラパラと小石を落とす。

「いいか!女を連れ戻して来い!!」

「えぇーっ!?」

 初めて、少女が眉をひそめて不満の声を上げた。

「やだやだーっ!なんでアタシが行かなきゃいけないの!?自分で行ってよぉ!」

 少女のテンションが不満で上がると同時に、男の怒りは静まっていく。

「……口答えすんな。てめーのせいなんだからてめーで何とかしろ。アーリルの奴ももういねぇし……。……分かってんだろ。上の命令は?」

 上から見下ろす男の態度に、少女は今度は言葉を返せなかった。

「………………絶対」

 逆らえない圧力に、少女は無理やり口を動かした。男の口元が、かすかに笑う。

「…分かりゃあいい。とっとと行って来い。連れてくるのは女だけでいいぜ。ダークインはまたそれで釣りゃあいいからな。……あ、お前ダークインの顔知らねっか」

「うん。でもお姉ちゃん達、もう砂漠抜けちゃったんじゃないの?」

「…かもな。でも奴らは風の王国に向かっているはずだ」

 男は部屋を出ると、窓から外を眺めた。じりじりと焼け付く太陽が徐々に沈み始め、水平線を燃えるようなオレンジ色に染めている。

「どうやって連れてくるの?」

「自分で考えろ」

 男の温度差のない答えに、「いじわるー」と少女が頬を膨らませた。

「チェッ、じゃあお姉ちゃんだけ連れてくればいいのね?」

「ああ、オレは後から向かう。いいか、連れて来るだけだ。絶対に殺すなよ。ジラウォーグで合流だ」

「私あの港町好き!!」

 一瞬で、少女の顔に輝きが戻った。

「じゃあ早く行け」

「オッケー」

 男に手を振ると、少女は通路をまっすぐに走ってすぐに姿を消した。

 一人になると、男は背に背負った長い剣を抜きとった。それと同時に、目の前の石の壁が切り崩され、あたりに石が転がった。唇を噛み、男は転がった石を見下ろした。

「…チッ…これで片付くと思ったのによ…!」

 剣を背に納め、男は部屋を後にした。



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