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同じ天の下  作者: コトリ
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第13話『涙』-3




「大丈夫?」

「……うん」

 シャルロット達は古城の一室に場所を移した。一室といっても、ほぼ部屋としての要素は無い。崩れた石や木箱が散乱し、部屋の入り口にも扉はない。その中で、シャルロット達はそれぞれ落ち着く場所に腰を下ろした。ニースとワットは、なにやら倒した賊達を一部屋に集めているらしく、先程からずっと姿が無かった。

 シャルロットはメレイの腕を掴んだまま、離せなかった。恐怖心からではない。皆が一緒にいてくれることが、その優しさが嬉しくて仕方がなかった。それに触れていたくて、その手を離したくなかった。

「じゃあその男は…ニースを狙ってシャルロットを誘拐したってことか…?」

 ウェイの言葉に、シャルロットは頷いた。

「私がニース様と一緒に旅をしているって、知ってた」

 ウェイがかすかに目線を下げた。

「ニースが…あの火の国の『ニース=ダークイン』とはな…。噂には聞いたことがあったが……」

「騎士団隊長だもの、火の国の軍人としては最高冠位に近いわ。そんな仕事してれば誰かに恨みを買っていても不思議じゃないん……」

「ニース様はそんな……!」

 メレイの言葉を遮ったが、その先は続かなかった。心の中で、それに気がついたのだ。シャルロット自身、軍人としてのニースを知っているわけではないのだ、と。ニースは自分に対していつも親切で優しいが、それが戦いの場でどう変わるか。それはシャルロットの知らない事だった。うつむいたシャルロットに、メレイが笑いかけた。

「……ま、あんたが無事で何よりよ」

 シャルロットは顔を上げられなかった。――軍人に対する恨み。あの男のそれは、本当にそんなものだったのか?

 胸のうちに、何かすっきりしない違和感が残った。その理由が何だったのか、確かに知りたいところはある。だがそれよりもシャルロットは、二度とあの男の顔を見たいとは思わなかった。

(…あいつの目を見ると…自分の方がおかしくなりそうだった…)

 ――人を傷つける事を何とも思わない目――。シャルロットが今まで出会ったことの無い、自分達とはまったく違う、恐ろしい男だった。

「……べったりだな……」

 考え込みながらもメレイの腕を離さないシャルロットを眺め、パスが呟いた。

「…怖い想いをしたんだろう…」

 ウェイが答えると、パスは視線を床に落とした。

「……なぁ、ワットは?」

「ニースと一緒に倒した賊達を一部屋に集めてる。後でシャルロットに……」

「おい」

 部屋の入り口から顔を出したワットに、シャルロット達は顔を上げた。

「シャルロット、来てくれ」

「……え?」

 歩き寄ったワットを見上げると同時にその手をとられ、シャルロットは立ち上がった。

「ど、どしたの?」

 メレイが「揃った?」とワットに顔を上げた。

「ああ、シャルロットに面通ししてもらう」

 思わず、「え!?」とワットの手を振りほどいた。

「やだよ!」

 またあの連中と、あの男と関わるなんて絶対に嫌だ。しかし、ほどいた途端にその手をワットに掴まれた。

「むッ…!」

 今度は手を振っても外れない。ワットがその手を引くと、シャルロットは引っ張られまいと足を踏ん張りながらも部屋の外ヘと引きずられた。それが面倒臭かったのか、ワットはシャルロットの両足をすくい、軽々と前に抱えた。

「うわっ!?ちょっと!」

「奴らは縛り上げてる。…心配すんな」

 その視線が、男に殴られて赤く腫れたシャルロットの頬に留まった。

「……こんな目に合わせた野郎をぶっ殺してやる」

 ワットはそのまま通路を歩き続けたが、シャルロットは言葉が出なかった。――顔が熱い。

 どうしてそれが抑えられないのか分からなかったが、何だかとても恥ずかしい事だけは分かった。シャルロットは下を向いて顔を隠した。今はこの顔を、見られたくはない。

「オレも行こ!」

 ワット達が部屋から出て行くと、パスも立ち上がって後を追った。ウェイとメレイも、自然とそれに続いた。




 ワットがシャルロットをかかえたまま部屋のドアを開けると、そこには手足を縛られて床に座らされた十人前後の男達と、ニースがそれを見張って立っていた。

「吐いたか?」

「……いや」

 ワットの声に、ニースが振り返った。一瞬、垣間見た視界で、男達は動けない状態にあると分かったが、シャルロットはワットの胸に顔を埋めた。あの男を、視界に入れたくはない。

「何がだ?」

 後ろから入ってきたウェイがワットに言った。続いてメレイ、パスが顔を見せる。

「こいつらリーダー……賊団の名前を吐かねぇんだ。…シャルロット」

 腕から下ろされても、シャルロットは男達から顔を背けたまま、ワットの手を離せなかった。

「やあ、嬢ちゃん」

 座った男の一人が、シャルロットを見つけて声をかけた。反射的に振り返ったが、シャルロットの知らない男だった。

「……あ」

 代わりに、パスが声を漏らした。パスには、見覚えがあった。シャルロットをさらった男達の一人だ。あの時と同じ笑みを、男は浮かべている。

「こうなるんだったらやっぱりあの時かわいがってやりゃ良かったぜ。アーリルのヤツに感謝するんだな、まぁそっちの姉ちゃんでも大歓迎だが……」

 ドッ!!

 ワットの足が男の腹に入ると、男は声も無く頭を床に伏せた。シャルロットは思わず目を伏せた。

「……今度ゲスな口利いたら殺すぞ」

 ワットの表情には怒りこそないものの、声はいつもよりも低く、鋭い。シャルロットはそっと目を開け、倒れた男に視線を落とした。同時に、捕まっている男達が視界に入る。ふいに、シャルロットはそれに気がついた。

「これで……全員…?」

「ああ、城にいた賊全員だ。デイカーリの古城にしちゃ少ない……」

「あいつ……!あいつがいない!女の子も!」

 ワットを遮り、シャルロットは声を張った。そうだ、いない。どこにも――。

「あいつ?女の子?シャルロットをさらった時にいたって言う女か?」

 ワットが眉をひそめた。

「…女?」

 シャルロットは首を傾げた。とても、あの少女に女という言葉は当てはまりにくい。

「女がいただろ?シャルロットと同い年くらいの派手な服着た……」

 パスが口を挟んだが、意味が分からなかった。

「…もっと小さい…パスくらいの女の子なら…」

「…あいつっていうのは?」

 ニースが顔を向けた。

「こいつらの…、リーダーっぽかった人です…。偉そうな男で…。あいつがあのオアシスの賊を一人であんなふうにしたって言ってた…。女の子は…そう、パスと同い年くらいで…少し変わった格好の…。…あの二人が居ないわ」

「城に居たのは、こいつらで全員だ」

「じゃあ、頭だけ逃げたんじゃない?信頼の薄い少数賊団にはよくある……」

「頭はそんな野郎じゃねぇ!」

 メレイの言葉に、突然男達の一人が怒鳴った。一瞬部屋が静かになったが、メレイは動じもせずにその男の前にかがんだ。

「可哀相ね。裏切られてることにも気がつかないで、必死に頭をかばってる」

 その声は、穏やかさこそあるものの相手を見下した言葉だ。挑発どおり、男の顔が怒りでみるみる赤くなった。

「テメェ…ッ!!」

 怒りに任せ、男が縛られたままメレイに体当たりをしようとしたが、メレイはそれを相手の服を掴んで横に倒した。その拍子に、男の服の腕部分が破れた。

「…私に触ろうなんて十年早い…」

 立ち上がって男を見下ろすと、メレイの言葉が一瞬止まった。

「……どうした?」

 ワットが声をかけたが、メレイはそのまま黙って部屋の入り口まで戻った。

「……別に。私に触ろうなんて百年早いのよ」

 一瞬様子が変だとも思ったが、ワットにとってそれは気にすべき事でなはかった。ワットの視線が再び男達に戻った。

 ふいに、ウェイの後ろでパスが体をふらつかせた。「平気か?」とウェイがその肩を支えた。よく見ると、パスはだいぶ顔色が悪かった。

「…なんか気持ちわりぃ…」

 それを見て、メレイが顔上げた。

「ここから抜け出たのは、男とシャルロットをさらった女…アーリルって言ったかしら?それとパスくらいの女の子ね。とにかく、頭がいないんじゃこんなとこにいても仕方ないわ。出ましょう。休みたいわ。コイツらも放っておいたって死にはしないでしょ」

「……そうだな」

 ウェイが賛成した。ワットはまだ彼らに尋問したりなかったが、シャルロットが手を引くとそれを諦めたように一緒に部屋を出た。最後に出たニースが、男達を部屋に残し、鉄のドアに鍵をかけた。




 火をおこすと、まきがの先が一本はねた。

 暗闇に包まれた部屋は、この炎が唯一の明かりだ。周囲の静けさが一層際立ち、時折、外からは獣の遠吠えが聞こえた。もしまだここで一人きりだったら、と考えると恐ろしい。きっと今頃は不安で押し潰されてしまっていただろう。

 横になり、隣のメレイの手を握ると、今度は安堵からか眠気が体を支配しつつあった。シャルロットが完全に眠ってしまう頃も、パスは相変わらず顔色が悪く、仰向けに眠ったまま動いていなかった。ウェイが横で、面倒を見てあげている。まだ起きているワット達はずっと話を続けていた。

「シャルロットの話じゃあ、野郎はガキと一緒にどこかに行ってるだけだ。当然帰ってくるまで待つだろ?シャルロットをこんな目にあわせた奴だ。逃すわけにはいかねぇよ」

 ワットが当然のごとく言うと、パスの横に腰掛けているウェイがニースに顔を向けた。

「しかし……先を急いでいたんじゃないのか?ここに来たことでだいぶ時間をロスしてるが…」

「それはいい。俺もワットの気も分からないわけではないが……シャルロットもここに長居はしたくないのではないか?それに……」

 ニースが語尾を濁し、パスを振り返った。既に眠っているパスは、顔色も悪く、息もかすかに荒い。

「…パスの具合が良くない…。慣れない長旅に疲れが出てきたんだろう。早く砂漠を抜けてしまった方がいい」

 ワットは小さく舌を打って顔を背けた。メレイが既にぐっすりと眠っているシャルロットの肩を優しく撫でた。

「でも……、本当にリーダーは戻ってくるかしら」

 メレイの言葉にワットは顔を上げた。

「手下が全員あんな状態よ?ドアは封じたし……ここに戻れば自分の身も危ない。そんなところに戻ってくる馬鹿がいると思う?」

 ――確かに。そんな事は、ワットにも充分判っていた。しかしだからこそ、倒した賊達を一部屋に集めて拘束されている事を気付かせないようにしたのだ。戻ったところで、彼らを見つけるほどに城に踏み込まなければ事情を察知できないように。

 同時に、シャルロットとパスを見ていれば長くはここに留まれない事も分かっていた。

「……いいぜ、賭けようか。朝までに戻るかどうか。俺は戻るに賭けるぜ」

 意地に出たワットに、メレイの口元が「いいわよ」と笑った。

「乗るわ。掛け金は?」

「俺が勝ったら一番にその野郎を殴らせろ」

「……高いわね。まぁいいわ。朝まで待って現れるかどうか」

 落ち着いた答えに、ニースが「決まりだな」と火を調節しながら呟いた。

「朝まで待って頭が現れなかったら、ここを出発しよう」




 うたた寝から目を覚ますと、外はまだ暗く、部屋にはたきぎの炎が揺らいでいた。顔をあげると、パス以外、まだ全員が起きているようだ。隣で眠っているパスに手を伸ばすと、その体にわずかに熱を感じた。シャルロットが起き上がると、ちょうど、ウェイがパスの反対側で額に濡らしたタオルを置いてあげるところだった。

「熱が出てきてる」

 シャルロットに気がつき、ウェイが言った。その声に、離れた場所に座っていたワットが振り返る。

「……起きたのか。まだ寝てろよ」

「パスは……」

「さっきから…急に苦しみだした」

 立ち上がり、ワットがシャルロットの隣に座って額を指でついた。

「人の心配より、お前は寝てろ」

「う…うん…」

 その声は優しかった。わずかに頬を染め、シャルロットは再び横になった。

 付近に座っていたメレイが言った。

「成る程…、あんたがカーネオの生き残りとはね。どうりで腕が立つと思った」

 ウェイについての話の途中だったらしい。メレイの声に、ウェイが振り返った。

「あの時だってニースが渡さなければ素手で剣と張る気だったんでしょ?……相当自信があるみたいね」

 シャルロットは再び寝転びウェイを見上げたが、ウェイは黙ったままパスの世話を続けていた。

「……あんたは、敵を討ちたいとは思わなかったの?」

「メレイ」

 答えないウェイの代わりに、ニースが言った。その言葉には「それ以上話すな」という意味が込められている。ウェイはわずかにメレイに目を向け、目を伏せた。

「……思わないと思うか……?」

 ウェイが両の手を顔の前で握った。

「……俺には…守らなければならない子達がいた」

 シャルロットは、眠る事などできなかった。目を伏せたままのウェイから、目が離せなかった。

「妹は……ミウはすぐにでも敵を討ちに行こうと言った。俺だってどれほどそうしたいと思ったか…。でも敵の顔すら知らない俺達が、そいつらに会える可能性だって分からなかった。でも俺達がそうしたら……あの子達はどうなる…?一度に十人以上もの子供を受け入れてくれるような村は無い。放っておいたらそれこそ死んだ皆と同じ運命になってしまう…。だから俺は……あいつを止めることで自分の気持ちも押し殺した。その時から、俺は考えるのを止めたんだ。……そうでもしないと、やっていけなかった」

 その手が、胸元を触った。今まで気がつかなかったが、ウェイは革の紐の首飾りを服の中に入れている。その先につけているのは――銀色の指輪だ。ぼろぼろのウェイの服には似合わない、綺麗な光を宿している。

『ウェイにいは姉さんの婚約者だったの』

(…あ…)

 脳裏に、ミウの言葉が蘇った。

『姉さんは…あの時死んじゃったけど…』

 シャルロットには、それが何なのかわかった。――結婚指輪。

 ウェイが握り締めたそれは、永遠に交わされることのなくなってしまった、誓いのあかし――。

 ウェイが目を開けると、シャルロットはその目をそらし、体にかけていた布を硬く握った。ウェイは再び指輪を服の中にしまうと、誰とも目を合わせないまま立ち上がり、「外を見回ってくる」と言い残して部屋を出て行った。

「あんまり遠くに行くなよ」

 ワットが声をかけたが、廊下の向こうからの返事は無かった。シャルロットは言葉が出なかった。隣のワットの顔を見上げ、様子を伺った。ワットは、視線に気がついて顔を向けただけだった。

「……ウェイは…何であんなに強いんだろ……」

 自分といくつかしか歳の変わらぬ彼が、なぜそんな選択を強いられなければならないのだ。愛する人を、家族を失い、村を失ったウェイの気持ちなど、シャルロットには想像もできなかった。ただ――。

「……私、お兄ちゃんが死んじゃったりしたらなんて………ううん…考えられない」

 考えただけでも、胸が痛い。目元が熱くなった。ワットの手が、シャルロットの体を布の上から軽く叩いた。――そんな事がウェイやミウ、あそこの子供達には実際に起こってしまったのだ。シャルロットは布で顔を覆った。じんわりと、涙が布を湿らせていった。

「彼は還らぬ人より……、その人達が大事にしていたものを守る道を選んだんだ」

 ニースの言葉に、メレイは黙って揺らぐ炎をその目に映していた。



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