第2話『再会』-1
「なに考えてんだ!!」
玉座の間の扉一枚隔てた廊下で、エリオットがシャルロットの手を払うと同時に喧嘩は始まった。廊下の警備兵や、使用人達が顔を向けても、2人の眼中には入らない。エリオットは鼻息を荒らくして怒鳴った。
「遊びじゃないんだぞ!お前が行くのは問題外だ!ディルート様がお許しになっても俺が許さん!」
「嫌よ!決めたんだから!!」
一遍のひるみも無く怒鳴り返す。引き下がってなるものか。
「国外任務は家族の承諾が無くちゃ行けやしないんだ!お前だって俺が国外に出るときはいつもサインしてんだろ!」
痛いところをつかれ、思わず言葉に詰まる。しかし、すぐに別の逃げ道を見つけた。
「…じゃっ、じゃあ生活費!生活費はどうするのよ!お兄ちゃん怪我で当分は仕事に出れないでしょ?私だって謹慎中じゃ給料でないんだから!!」
「…そっ、そのくらいの蓄えはある!!…<Font Size="2">たぶんっ</Font>」
エリオットが玉座の間を鋭く指差した。
「もういい!とにかく!俺はさっきの非礼を詫びてくる!お前も一緒に来い!!」
「フンっだ!お兄ちゃんの頑固者!!だから彼女もできないのよ!!」
「何!」
別の意味でさらにエリオットを怒らせ、シャルロットはまますぐに使用人塔に向かって走って逃げた。
「こら待て!何処行くんだ!」
「うるさい!行くって言ったら行くの!!」
起床後、いまだシャルロットの家にいたミーガンは、恋人のスイードと一緒に人の家で甘い朝食の時間を過ごしていた。一瞬、外から言い争いが聞こえた気がしたが、それが確信になる前に、玄関のドアが壊れそうな勢いで開いた。飛び上がるほど驚いたが、それがシャルロットだと分かると、安堵の息が漏れる。
「待て!ちゃんと話を聞け!!」
「知らない! 」
男の声を遮るように、シャルロットはドアを閉めた。投げるように靴を脱ぎ、テーブルのミーガンの腕にすがりついた。
「ミーガン!お願い味方して!!スイードも…って何してんのよウチで!」
今更ながら、もっともな疑問を口にする。
「お兄ちゃん来るわよ!?2人が付き合ってんの知らないんだから!」
エリオットの名に、ミーガンの隣にいる青年が顔色を変えた。スイードはミーガンの彼氏だが、それを知っているのはシャルロットとほんのわずかな友人達だけだ。料理人として修行中である彼らにとって、恋人同士というレッテルは仕事上の評価にどうしても影響してしまう。ゆえに彼らは秘密の仲なのだ。
「げ…っ!エリオット仕事中じゃねーの?」
思わず立ち上がり、スイードは制服をただしてその黒い瞳を動揺でキョロキョロとさせた。茶色の短髪は、ほとんど坊主に近い。同じ制服のミーガンが呆れた目でスイードを見上げた。
「慌てたら余計怪しいわよ。それより何怒ってんの?」
彼氏を軽くあしらい、ミーガンはシャルロットに目を向けた。その途端、シャルロットは胸から感情がこみ上げた。
「そうなの!怪我で仕事がダメになったから私が引き継ぐことにしたの!」
「は?何の話…」
バンッ!!
ミーガンの言葉は、ドアの開く音に遮られた。エリオットの形相は、怒ったシャルロットとまったく変わらない。
「シャルロット!!」
「嫌よ!絶対行くんだから!もう決めたの!ミーガンだって賛成だって!!」
「何だと…!?」
エリオットの目をミーガンがそらす前に、その目がスイードを捕らえた。エリオットの鋭い目に、スイードが思わず苦笑いを返した。
「こ、こんちは、エリオットさん」
しかし、声は十分すぎるほど上ずっている。
「だいたいお前ら、人の家で何してんだ?2人とも仕事の時間だろ?」
「今はちょっとした…休憩時間よ。シャルロットを待ってたの。1人じゃ暇だからスイード呼んで一緒にご飯食べてて…」
ミーガンが顔色を変えずに説明すると、エリオットがスイードを睨んだ。
「お前は、おとといのシャルロットとのケンカで、シャルロットに会うのは禁止のはずだろ?」
「あー…、そう!そうなんですよね!ミーガンと…、そのことで相談を。えーっと、シャルロットの事で。はい。じゃ、おれは失礼します。休憩そろそろ終わるんで!!」
ミーガンとシャルロットを通り過ぎ、スイードはさっさと玄関に逃げた。しかし、玄関のドアに触れる前に腕を引かれて足が止まった。
「(分ってんだろうな?こいつらに手ぇだしたら承知しねぇぞ)」
その低い小声に、スイードは口元が引きつった。
「と…とんでもない。2人とも幼なじみですから…」
目を逸らすとエリオットは腕を離した。
(…相変わらずすっげーカン…)
エリオットのシスコンぶりも昔から知ってはいたが、日頃から、余計なところで勘がいいのもエリオットの評判の一つだった。ただ単に、妹の親友も妹同然に扱っているだけかもしれないが――そんなことより、スイードはさっさと家から退散した。
スイードが出て行くと、ミーガンが立ち上がった。
「そうそう。この間のケンカの事でね。処罰中は2人は会っちゃいけない事になってるから。橋渡しよ!」
明るい声で言いつつ、ミーガンがエリオットに見えないようにシャルロットに目くばせした。
「そ、そうよ、だってスイードと話もできないのはつまんないでしょ」
話を合わせる2人を信じるわけではないが、エリオットにとって、今はそんな話をしている場合ではない。
「…とにかく、明日中にはダークイン様だって出発するんだ!諦めろ!」
「そんなのずるい!お兄ちゃんはいつだって私の事だけうるさく言って!私だってもう18よ!?自分の仕事くらい自分で決める!」
「話が見えないわ、何の話?」
「お兄ちゃんの仕事の話!私が引き継ぐ事にしたの!」
さすがに、ミーガンも猫のような目をさらい大きくして驚いた。
「仕事って…ウィルバックまで騎士様のお付きで行くってやつ!?まさか!ホントに!?」
「ホントよ!」
「俺は認めてない!」
2人の平行線の沈黙に、ミーガンがあごを触った。
「確かに、面白そうだけど…」
「ミーガン!」
言葉が終わる前に、エリオットから怒りを飛ばされ、ミーガンは口をつぐんだ。
「とにかく問答無用だ!わかったな!」
エリオットは怒りに任せて玄関を開け、音を立ててドアを閉め、出て行った。
「べーっだ!!」
舌を出し、シャルロットは玄関のドアに睨んだ。兄の言うことなど、まったく聞く気はなかった。
全てを話し終えてすっきりしたシャルロットは、目の前に置かれた水を一気に飲み干した。冷たい感触に、やっと息が落ち着いてきた。
「そっかぁ…。それにしても、エリオットがシャルロットの事を叱るのはしょっちゅうだけど、一緒に怒るのは久しぶりだったね」
兄をさらに怒らせた発言を思い出し、シャルロットは目をそらした。
「それはちょっと余計な事言っちゃったから…」
しかし、エリオットに彼女がいないことも事実だ。昔は何度かガールフレンドもいたが、最近はめっきりいない。今年24歳の兄を馬鹿にしているわけではなく、本心は心配なだけなのだが――。
「余計なこと?」
「…何でもない」
とりあえず、それとこれとは話は別だ。今は頭からはずそう。
「ま、それだけ心配してるのよ」
ミーガンが笑うと、シャルロットはため息が漏れた。
「とにかく、お兄ちゃんは何でも心配しすぎだわ。自分は仕事で国外にだってバンバン行ってるくせに…。私なんてこの宮殿と、ベル街しか行ったことがないのよ?ミーガンだってドミニキィ港まで行ったことあるのに!」
ベル街は宮殿から一番近い街だ。ドミニキィ港は宮殿よりも、ずっと東。南の大陸とこの地をつなぐ港の一つで、もっと遠い。
「あ、それなんじゃない?エリオットの心配の種」
指差すミーガンの言葉に、シャルロットは首をかしげた。
「やっぱり遊び心があるよ。シャルロットは。行ってみたいんでしょ?ウィルバック…南の大陸に」
まっすぐな指摘に、シャルロットは言葉に詰まって口を尖らせた。
「……そう。そうよ、ホントはそう」
確かに、それは事実だ。好奇心は、確かにある。
「…でもでも、それだけじゃないんだって!」
言葉を続ける前に、シャルロットは一瞬迷って目をそらした。ミーガンが、首をかしげる。
「だってさ…、私には、将来の目標が決まってないんだもの」
料理人を目指す、ミーガンとは違って。時折、ミーガンの制服をうらやましく思うことを、ミーガンは知らないんだ。
「シャル…」
「そりゃ、仕事があるだけで幸だってことは分かってる」
ミーガンの言葉を遮り、シャルロットはうつむいた。
「ここに拾われなかったら、私達は生きてない。ちっちゃい時から…私達を雇って下さったディルート様には感謝してもしきれない。そのおかげでミーガン達にも会えたんだし…」
記憶のないほどの昔、兄と二人、この宮殿に拾われた。誰が捨てたかなんて知りもしない。それでも、ここに拾われなければ、自分達には何も無かった。そう、命すらもなくしていただろう。
「でも、それとは別に…、なんかこう…、流されるままっていうか…。ミーガンやスイードには料理人になりたいって言う目標があるけど、…私にはないわ。毎日忙しいし、楽しいけど、そういうことを考えるたびに、前に進んでないんじゃないかって思うの」
日々の変わりない生活――。それが苦痛なわけじゃない。ただ――。
「このまま一生ここで働いて…それでいいのかなって。一緒に年は重ねていっても、私は皆に…おいてかれてる気がする」
――取り残された自分。進む道を見つけられず、宙に浮いたまま――。
「だから…、だからね。違う世界を見てみれば、何か見つけられるんじゃないかって…、思ったんだ」
顔を上げると、ミーガンの目がまっすぐに自分を見つめていた。
「…そういう話、エリオットにしたことある?」
わずかな沈黙の後のミーガンの言葉に、シャルロットは首を横に振った。
「そんなこと言ったら、バチ当たりだって怒られちゃう」
その言葉に、ミーガンが笑いをこぼした。
「エリオットはあんたが大好きだから、それ聞いたら泣いちゃうかもね」
ミーガンの口が、いつものようににっこりと笑む。
「シャルロットが一ヶ月もいなかったら、エリオットが寂しがるわ。私だって…」
「ミーガン!」
シャルロットは心が一気に晴れた。続けて、ミーガンがニヤリと笑った。
「反対したって、行くんでしょ?」
「…ありがとう!」
押し倒さんばかりの勢いでミーガンに飛びつき、シャルロットは立ち上がった。
「お兄ちゃんも、説得してみせるわ!捜してくる!」
家を飛び出し、シャルロットは螺旋階段を駆け上った。そうだ、今なら言いたいことが素直に言える。早く、兄のところに行かなくては。