第12話『月明かりの下で』-4
泉から離れた岩場の影に火をおこし、シャルロット達はそこで腰をおろした。
いつのまにかシャルロットの気分もだいぶ回復し、今はメレイに再開できた喜びの方が大きく、メレイの隣に座った。
「先を越された?」
ワットが裏返ったような声で聞き返した。
「ま、そんなとこね」
メレイは相変わらずの軽い口調で答えた。
布で綺麗に剣を拭いている隣で、シャルロットがそれを覗き込むと、それは古いがとても見事な剣だった。女性が持つには大きすぎる気がしたが、柄にはシャルロットが知らない炎をかたどったような紋章が入っている。
「そんなとこって…、大体お前、こんなところで何してんだよ…。てっきり砂の国にいると思ってたぜ…」
呆れたように、ワットが呟いた。
「ちょっとした情報収集よ。そうしたら……」
「賊同士の抗争の後に出くわしたと言うことか」
ウェイが口を挟むと、ワットが続けた。
「だからって何でお前があいつらと闘りあってたんだ?」
「不可抗力よ。向うが先に手を出してきたの。だけど…、ちょっと気になることがあったのよね…」
もったいつけるメレイの話し方に、ワット達は話が見えなかった。
「…まぁ、その話はいいわ。とにかく、私がやる前にあいつらはほとんどやられてた。その残りが何だか知らないけど襲ってきたから返り討ちにしたのよ」
ワット達は顔を見合わせた。
「メレイ、ここまで一人できたの?」
メレイの剣が鞘に収められると、シャルロットがメレイの腕に抱きついた。
「ええ…、シャルロット達と別れてから少し砂の国にいたけど、ほとんどすぐにここに来たわ。でもホント、まさかこんなところで会うなんてね」
メレイがシャルロットの頭を撫でた。シャルロットはますます嬉しくなった。
「…で?こっちのお兄さんは誰なの?」
メレイがウェイを見たが、ウェイはわずかに視線を合わせただけで、答えなかった。
「ウェイだ。砂漠の間、俺達を案内してくれている」
ニースが代わりに答えた。
「ふーん、メレイよ。よろしくね。いい腕だったわ」
メレイが笑いかけても、ウェイは無愛想だ。パスは話はより、既に疲れて大あくびだった。それがニースの視界に入ると、ニースは笑った。
「…詳しい話は明日にするか。泉ともだいぶ離れたし…周囲に人気もないからここなら休めるだろう」
「そうね」
「はい!」
シャルロットはメレイに抱きついたまま同意した。
「メレイ、また会えて嬉しい。会える気がしてたの!」
「フフ…、私も嬉しいわ」
「…アホか」
二人の様子を見て、ワットがポツリと言った。
「なーに、妬いてんの?」
メレイが笑うと、ワットは呆れて返す言葉もなかった。ワットはその場で目を閉じて横になった。
「そいつも、早く寝かせろよ」
周囲は日が上り始め、空には光が射し始めていた。
シャルロット達は、やはり夕方になる前に全員が目を覚ましていた。
「あっちい…」
パスは倒れこんだまま服をあおいだ。隣のウェイを見ると、ウェイは岩に寄りかかったまま、じっとしている。
「…暑くないのか?」
パスがウェイに顔を向けると、ウェイはかすかに笑った。
「暑いよ。でも君達に比べれば、少し慣れてるだろうな…」
「ふお〜…っ!」
パスはぐったりして声にならない声を発した。ニースもいつもの上着を脱いで、シャツの袖をまくっている。地図を広げ、メレイと何か話し込んでいた。
「ウェイ、いいか?」
ニースが呼ぶと、ウェイは重そうに腰を上げた。ワットは話に参加せず、パスの近くで横になっていた。
「ニース様、大丈夫ですか?」
シャルロットはニースに水筒を渡した。言葉に出さなくても、ニースの顔色が悪いのは一目瞭然だった。
「ああ、平気だ…。ありがとう」
それでも、ニースはかすかに微笑んで水筒を受け取った。シャルロットはそれ以上何も言えず、ワットの隣に戻った。
「ニース様、辛そう」
「トーゼンだろ。火の王国もわりと南にある国だけど、このメンツの中じゃ、一番涼しい地域に住んでいたはずだ」
――メレイは知らねぇけど。それは付け加えずに、ワットは目を閉じた。
「そうよね…。ねぇ、メレイはまた分かれるつもりなのかな…」
「さぁな」
「さぁなって…あ」
シャルロットは自分が飲もうとした水筒を逆さにして見せた。
「…なんだ?」
「水、水筒に一個入れ忘れたみたい」
「しゃーねーな、入れてくるか…」
ワットが起き上がった。
「いいわ、私行って来る。ついでに体も流してくるわ。もう汗だく!」
「一緒に行くさ」
「平気よ、泉まで行かないわ。くる途中に池があったでしょ?そこまでだから…」
「オアシスで一人にするわけにはいかないだろ?」
「…だって…」
シャルロットは口ごもってしまった。女心のわからない奴だ。口をぱくぱくとさせているシャルロットを見て、ワットが突然吹き出すように笑った。
「…ハッ!おっ前、まさか俺が覗くとでも思ってんの!?」
目に涙をためて笑うワットに、シャルロットは一瞬にして顔から火が出る思いだった。
「なっ!…だって!!」
「言っとくけど俺はお前みたいな痩せガキに興味なんて…」
ドッ!!
「いっっ!!」
全身の力を込めた蹴りを、ワットのすねに入れた。
「じゃあね!」
ワットを残し、水筒を握り締めてさっさとその場を後にした。
ワットは足が痛んで、歩くどころではない。
「…あいつ…っ!!…おい、メレイ!」
足を押さえてしゃがみこんだままメレイを呼んだが、メレイはニース達と話しこんでいたので振り返りもしない。
「…しょーがねぇな…おいパス!」
「なんだよ…」
パスが体を起こした。
「シャルロットと一緒に行け!」
「はぁ!?何で俺が…」
「いいから!…ってぇ…あのヤロー…っ!思いっきり蹴りやがって…」
「んだよ…、変な奴!」
パスはしぶしぶ立ち上がると、ワットを残してシャルロットを追って草むらの中に入った。
「ワットってば!!もー!サイッテー!!」
体を突き動かす怒りに、シャルロットは早足で草むらをかき分けながら歩き進んだ。胸の高さまで伸びている雑草をかき分けると、昨夜見かけた気が見えた。
(あの木のそばだったわよね、確か)
「……たっ!」
よけた草が引っかかり、手を切ってしまった。
「いったーい!切っちゃった…」
大きな独り言を続けながら池に向かうと、最後の草を掻き分けると同時に目印の木を通り越し、目の前には池が広がった。小さな池だが、水を汲むのと体を流すには十分の場所だ。
「到着!ホラ、一人でも平気じゃない!」
ワットに勝った気分になり、不機嫌さは吹き飛んだ。池に向かって足を進めたとき、通り越した木の陰に腕を組んだ男が立っていたことなど、まったく気がつかなかった。
「やあ、嬢ちゃん」
人の声に、シャルロットは反射的に振り返った。
「え?」
同時に足が浮き、視界が揺れた。
男がシャルロットを引き寄せ、その体が持ち上がるほど強く腹に拳を入れたのだ。低い音と共に、シャルロットは何が起こったかもわかる前に、深い暗闇に意識を飲みこまれた。
手から落ちた水筒が、転がった。シャルロットが倒れこむ前に、男がまるで物でも運ぶかのようにシャルロットを肩に担いだ。
「…どうするんで?」
男が、草むらの向こうに話しかけた。
草むらの影には、小柄な女性が立っていた。黒髪を後ろでキレイにまとめて髪飾りをつけた、シャルロットと同い年ほどの若い娘――。色白で手足が細く、白い生地に赤の花模様の入った袖やすその短い派手な着物を着ている。唇が赤くとても色気があるが、表情は冷めたものだ。
「帰るわよ」
声と同時に、周囲の草むらからも男達が2、3人姿をあらわした。顔をあわせ、男達がニヤニヤと笑った。
「少し位構わねぇだろ?アーリル、痩せちゃいるが一応女だぜ?」
カツッ!!
男の真横の木に、鋭い小さなナイフが刺さった。同時に、男の頬に一筋の切り傷ができ、血がにじんだ。男は目を開いたまま息を呑んだが、それを投げた女性の表情は先程と変わりは無い。
「お前がアタシの名を口にするな」
男の顔は一瞬にして恐怖の色に変わった。
「ユチア様からの命令だ。この女に手ぇ出したら……殺すよ」
馬の声に、シャルロットを追っていたパスは草むらから顔を上げた。背の低いパスは背高く生い茂る草で、先が見えない。悔しく思いながらも、パスは目印の木に向かって足を速めた。
「シャルロット?」
池にたどりついても、そこには誰の姿も無い。足元の見覚えのある水筒を、何気なく拾い上げた。ここにいたのは確かなようだ。
「……どこいったんだ、あいつ……」
周囲を見回すのと同時に、池の反対側で数匹の馬の足音が聞こえ、パスは自然と目で追った。男が四人、四頭の馬に乗っている。相手もこちらに気がついた様子で、男の一人が後ろに向かって何かを話しかけていた。そこには、一目で目を引く派手な着物の女が馬に乗っていた。その女の視線が自分に向いたのと同時に、パスは言葉を失った。その視線の直線状、男の一人に抱えられているのは――。
「シャルロット!!?」
ぐったりして気を失っている。パスが声を上げた瞬間、男達は馬の方向を変え、向こう側の森の中に去った。
「待っ――」
ガッ!!
パスは思わず両手で身を守った。一番後ろにいた男が、錆びた剣をパスに投げつけたのだ。幸い剣は、パスを通り越してその背後の木に刺さった。しかし、その勢いにパスは後ろにひっくり返り、尻もちを着いた。しかし、パスが驚いたのはそんなことではない。
「た、大変だ…!!シャルロット…!」
男達の姿は既に無かった。立たない足を奮い立たせ、パスは全力でワット達の元へかけ戻った。
「何だと!?」
パスの両肩に掴みかかり、ワットが怒鳴った。
「だから!!シャルロットが男達に連れてかれちまったんだよ!!気を失ってグッタリしてた!」
ニース達も思わず顔を見合わせた。
「何人だ?」
「四人!」
「冗談だろ…っ!!どっちに行った!!?」
抑えきれない動揺で、ワットがパスの両肩を揺らした。
「う、馬で池の向うに行った!」
「池の向こうは砂漠でしょ…?昨夜の泉の連中だった?」
「分かんねぇよ!でも服がやつらとはちょっと違った気がするし……そうだ、女もいた!変な派手な服着た…」
「昨夜の賊達は馬に乗れるような体ではないはずだ。別の集団かもしれない」
ニースは一番冷静だったが、言葉は続いていない。
「どっちにしたってシャルロットをさらうとはいい度胸してるわね!」
「すぐに追わなくては……」
ニースの言葉の途中で、ワットがパスを離して走り出した。
「何処に行くんだ!?」
「昨日の泉だ!」
ニースが呼んだが、ワットはそのまま草むらの中に姿を消した。
「シャルロットを追わねぇのかよ!?」
パスが叫んだが、ワットは既に遠すぎたのか、返事は返ってこなかった。メレイが気がついた。
「馬……っ!泉の賊達の馬を奪う気だわ!私達も!」
「成る程……!」
メレイとウェイがワットを追った。
「オ、オレも……!」
ニースもその場で全員分の荷を担ぐと、パスと一緒にワットを追った。
「このオアシスを出て、その方角へ行くと何がある!?この炎天下の中、その連中が砂漠の途中で止まるとは考えにくい!」
ニースが草木を分け、走りながらウェイに言った。ウェイはすぐに思い当たることがあったが、それを口に出すのをわずかにためらった。
「……まさかとは思うが、その方角には別のオアシスがある。『デイカーリの古城跡』と呼ばれる、ゴール砂漠で一番古いくて大きいオアシスだ。大昔の半分崩れた古城が中心にある……。そこなら馬でなら半日もかからない。だが……!」
「何でもいいわ!よりによって砂漠の賊にさらわれるなんて!!どんな目に合うか分かったもんじゃないわ!早いとこ助けないと……!!」
走りながら、ワットは口を噛んだ。
(くそっ!!何で一人で行かせちまったんだ!オアシスが危険だなんて百も承知のはずだろ!)