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同じ天の下  作者: コトリ
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第11話『子供の城』-4




 既に日は高かったが、シャルロットは布団も無い部屋でいつの間にか熟睡してしまっていた。昨夜の緊張が一気に解けたせいもある。目が覚めた時には、傍らで子供達も一緒に眠っていた。中には既に起きて走り回っている子供もいる。ニースとワット、パスは既に起きていた。

「お、興味あんのか?」

 パスの荷を勝手にあさっていた少年が、ヌンチャクを見つけると、楽しげに振り回した。「あぶねーな」と言いつつ、パスもさほどの感心も示していない。それより、大きく伸びをした。どうやらパスも寝起きらしい。

「カーネオのガキなら、すぐ使えるようになんじゃねぇのか?あそこは武器使いも大勢いたからな」

「やっぱ返せ!」

 ごろ寝をしているワットの言葉に、パスが子供からヌンチャクを取り上げようと争ったが、少年が予想以上の抵抗を見せたので、争ったはずみでそれは勢いよく二人の手から離れてしまった。タイミング悪く、それが飛んだ方面のドアが開いた。

「あ!」

 二人の声が重なった途端、そこにいた男――ウェイが造作もなくヌンチャクの片棒を掴むと、それを片手でくるりと回し、何事も無かったかのようにもう一方の棒も手に収めた。

「馬を連れてきた」

 ニースに顔を向けるウェイが、口を開けているパスにヌンチャクを手渡した。

「すまない、かえって世話になってしまった」

 壁に寄りかかって子供の相手をしていたニースが顔を上げた。相変わらず、子供には好かれやすいらしい。ウェイが馬を確認して欲しいと言うので、ワットがしぶしぶそれに続いた。

 体を起こし、シャルロットは大きく伸びをした。カーテンの閉まった窓の向こうは光が無い。眠っている間に夜になったのか、時間の感覚がすっかり狂ってしまった。ニースとパスは子供達と一緒に自分の時間を過ごしている。隣で寝ている少女を起こさぬよう気をつけ、ゆっくりと、ワット達を追って部屋を出た。



「明日出発するといい。森は途中まで、俺が道案内しよう」

 小屋の外、昨日争ったのと同じ場所で、ウェイがワットに言った。どうやら、それは今までの詫びらしい。

「ウェイ兄」

 話の途中で、小屋の窓が開いてミウが顔を出した。

「この刃ちょっと見てほしいんだけど…っと」

 同時に、ワットを見てミウは表情を硬くした。「どこだ?」と窓に近寄る

ウェイに対し、ミウは窓から離れようとした。

「話中なら後でいい」

「それ、変わった武器だよな」

 ワットの声に、ミウが足を止めた。窓に近寄り、ミウの手にした棒を指差す。昨夜、自分を襲ったものだ。

「…鉄製の棒よ。十字に刃を仕込んである」

 冷めた目で、ミウが言った。

「村で作ってたやつか?」

「…ああ、村の刀匠が作ったものだ」

 ワットが手を出すと、ミウがしぶしぶワットに棒を一つ手渡した。それを撫でながらじっくりと見据える。しっかりと手に馴染むそれを、昨夜見たように縦に振る。

「私専用のものよ」

 金属音を立てて刃が飛び出ると、ミウが焦りの目をワットに向けた。早く返して欲しいらしい。

「さすがカーネオの武器は違うな。俺の村でも評判が良かったぜ」

 ちょうど、シャルロットは台所を覗いたところだった。隣の部屋へのドアが開いていたので、ワットの声が聞こえた。ドアから、部屋を覗き見る。

「何、あんたラサにでも住んでんの?」

 ミウが窓辺に肘を乗せた。

「いや、俺はエトゥーラの出だ」

「エトゥーラ!?」

 ミウの声が上がった。見開かれた目を、ワットは気にもかけていない。「そうだったのか…」とウェイが呟くのが聞こえた。

「何年になる?」

「十四年かな」

 理解はできなかったが、シャルロットは部屋に入りづらかった。子供達とパスが騒ぐ声が部屋から響き、シャルロットは部屋に戻った。

 夜の間は、再び部屋で休養をとることにした。もっとも、四六時中子供達の誰かが騒ぎ、声を上げているのでワットは眠れなかったらしいが、シャルロットはぐっすり寝てしまった。日中も寝ていたというのに、予想以上に体は疲れているのだと、自分でも実感した。




 翌日、まだ夜が明ける前にシャルロットは目を覚ました。自分の周りには子供達が転がるように眠っている。ワットは部屋の隅で寝ていたが、パスとワットはいなかった。体を起こすと、部屋に漂う、いい匂いに気がついた。

「イイ匂い…」

 ベーコンか何かだろうか。おいしそうな香ばしい匂いだ。起き上がると、部屋のドアをあけた。

「…起きたの」

 ミウが、台所に立って何かを作っていた。その目が、シャルロットを捕らえる。昨日から気がついていたが、ミウはどうやらシャルロット達がここにいるのをよく思っていないのかもしれない。本来ならば愛らしい目であろうそれも、自分達に向けられるものは冷たい。

「いろいろ…ありがと。早いね」

「私も昨日一日寝てたから」

 シャルロットに気を使うことも無く、ミウは料理を続けた。

「朝ごはん、あんた達の分も作れってウェイ兄に言われてんの。外に水瓶があるから、顔でも洗ってて」

「う、うん」

 視線を落とすとテーブルの上にペンや紙がまとめられていた。見覚えのある、ニースのものだ。「あの人が夜中まで起きて書いてたよ」と、部屋を出る直前、ミウが言っていた。

 小屋の外は、小さな畑がいくつかあった。暗いうちは気がつかなかったが、ここは山道の端なのか、小屋の少し向こうは崖になっている。山道の中と違い、木が途切れて白み始めた空が一望できる。

 顔を洗うと、わずかに肌が冷えた。日も昇っていない時間は、まだ少し冷える。

「あ!起きたのか!」

 濡れたままの顔で振り返ると、パスがヌンチャクを振りまわしながら歩いてきた。一日の休息で体力が無駄に余っているらしい。

「ニース様知らない?」

「ウェイと一緒だよ。さっき一緒に出て行った」

 タオルで顔を拭くと、ワットとミウの会話を思い出した。気にはなっていたが、昨夜は常に子供達がいたので、ゆっくり話す時間が無かった。――エトゥーラ。どこかで、聞いたような。

「そうだ、ニース様の…」

 思わず口走り、パスが振り返ってもそれに気がつに部屋に戻った。シャルロットを見たが、シャルロットは気づきもせずに小屋に戻っていった。

 小屋に入ると、ミウはいなかった。ほっとしつつ、テーブルの上のニースのものを広げる。――世界地図。

 走り書きのような字で、既製の地図に今まで透った道が事細かに上書きされている。普段なら、他人の物を勝手に見るのは気が引けるが、今は違った。

 分かりやすい地図だ。見る限り、ファヅバックやウィルバックの町が元と比べて格段に成長している事が分かるし、宮殿に戻る途中、船が襲われた事も記されている。しかし、見たいのはそんなところではない。

(…エトゥーラ、エトゥーラ…)

 心の中で繰り返しながらシャルロットは指で地図をなぞった。どこの大陸かも聞きそびれたが、ミウ達の言い方ではこの付近だろう。一番にカーネオ付近を捜した。ラサで聞いた情報から、カーネオを含む四つの村にはバツ印がつけられていた。同時に、指が止まった。

「…うそ…」

 賊団に滅ぼされたという四つの村の一つ。それが、エトゥーラだった。地図上に、バツ印がついている。

『そんな理不尽な目に合う人間なんて、世界中に数え切れないほどいるんだ。お前が気にしてどうにかなることじゃねぇよ』

 ワットの言葉が蘇った。

『ワットにも…、そんなことがあったの?』

『そうだな、いつか教えてやるよ』

「シャルロット?」

 パスの声に、シャルロットは飛び上がらんばかりに驚いた。即座に、音を立てて、地図を伏せた。

「パッパス!何!?どうしたの!?」

「な、なんだよ」

 シャルロットの驚きように、パスが目を丸くした。

「ううん、ちょっとボーっとしてて!どうしたの?」

 立ち上がり、後ろ手で地図を元通りに戻した。

「…いや、そろそろ日の出が見えるって言おうとしたんだけど…」

「ホ、ホント?行く行く!」

 上ずった声で首をかしげるパスの背を押して、一緒に小屋を出た。

「ほら、こっち来て見ろよ!」

 小屋を飛び出し、パスが走って小屋の裏手に回った。崖のはるか先は、一面の金色――砂漠が見えた。しかし、それは崖のはるか下の世界だ。ワットの事が頭から離れないが、パスについてそこに歩いた。パスは崖の縁に手をかけ、下を覗き込んだ。

「見ろよ!スッゲー、下が見えねえ!」

 感嘆の声に、その背に歩き寄る。パスと並ぶと、シャルロットは目を開いた。

「ぅわぁ…っ!」

 薄霧が渦巻く一面の白――。相当高い崖だ。霧で、一番下がどうなっているかも見えない。霧が晴れるほどの遠目には、まっすぐに大きな河が見えた。水平線には朝日が覗き、空を美しいオレンジ色に染め始めている。夜の闇が、次第にそれに押されていく――。

「…綺麗…」

 思わず、口が開く。「だろー?」と、パスが崖ふちに足をかけて座った。

「…ったく、何で俺まで調べなきゃなんねぇんだよ」

 雰囲気を壊すようなけだるい声に、シャルロットは心臓が揺れた。ワットがウェイと一緒に、小屋から出てくるところだった。ワットは眠さをこらえ、顔を抑えて歩いている。

 シャルロットは再び朝日に向き直った。ワットと顔を合わせる自信などない。勝手に人の過去を覗き見てしまったような罪悪感――。

「何してんだ?」

 思惑とは裏腹に、ワットがシャルロット達に気がついた。振り返れない。

「朝日見てんたんだよ」

 代わりに、パスが言った。足を止めたワットを振り返り、シャルロット達を視界に入れたウェイの表情が固まった。

「おい――、君達」

 ウェイが手を伸ばす。

「動くなよ、そこから」

 慎重な声に、シャルロットは振り返った。「なんだ?」と、パスが立ち上がった。

「動くな!そこは足場が悪いんだ!!」

 「え」と声が重なるも、何を言われているのかすぐには分からない。

「何言って……ぅわっ!!」

 パスが一歩踏み出した瞬間、足を滑らせて体勢を崩した。崖側に傾いた体を、シャルロットはとっさに掴んだ。

「あぶな…」

 しかし、力が弱かった。パスの重みに引っ張られ、掴んだ腕ごと引っ張られた。――落ちる!!

「あ…っ!」

 二人の体が傾いた瞬間、腰を何かに抱きとめられた。ワットが、後ろから抱きとめたのだ。シャルロットも、パスの手は離していない。「…セーフ」と、ワットが息をついた。

「ワ…ワット…!」

 止まった呼吸が、ふっと動き出す。パスはまだ、シャルロットの手に捕まれ、崖縁に捕まっていた。

「あ…危ねー…」

 ビシッ!!

 パスが声を漏らした途端、三人の足下が岩ごとひび割れた。

「危な…!!」

 ウェイの声と同時に、岩が割れた。

 ゴ…ッ!!

「きゃあっ!!!」「うわあっ!!」

 ウェイが駆け寄ったが、遅かった。三人の姿は、一瞬で見えなくなった。崩れた崖の縁に手をついて下を覗いても、霧のせいで何も見えない。言葉が出ないまま、ウェイはそこから動けなかった。



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