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同じ天の下  作者: コトリ
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第11話『子供の城』-1



 夜の森は、日中とは打って変わって冷え込んだ。大きな木の下で腰を下ろして火を起こすと、枯れ木が音を立てて跳ねた。

「私野宿って初めて!」

 起こした火でスープを作ると、シャルロットは不思議と胸が躍った。まるで、初めてミーガンの家に止まりに行った時のような。ワットが呆れ顔で枯れ木を一本、火の中に放った。

「…何がそんなに楽しいんだか」

「楽しいじゃない」

 鼻歌交じりにそれを別の棒で奥に入れる。パスは一人、寝転んだまま頭から布をかぶって震えていた。

「なんでこんなにさみーんだ!?」

「しょうがないよ。この地域は昼と夜の温度差がすごいから。待って、もうすぐできるから…」

 スープをかき混ぜ、シャルロットは皿に盛った。

 ゆっくりと食事を取った後、いつの間にか眠りに落ちた。野宿など大して眠れないと思ってはいたが――。

「キャアーーーッ!!!」

「…ふぁ!?」

 闇を切り裂く悲鳴に、シャルロットは飛び起きた。その勢いに驚いて、隣のパスも体を起こす。

「な、何だ!?」

「…声?」

 寝ているはずのワットを振り返ると、ワットは体を起こして遠い闇の中を見つめていた。

「…女か?」

 ワットが、火の番をしていたニースを振り返った。同じ方角を見て、ニースが口を開いた。

「見てくる。ここにいてくれ」

「お、おい、マジかよ。人の声かもわかんねぇだろ?」

「そうだったら放ってはおけない」

 ワットの言葉も聞かず、ニースは剣を片手に森の中へ消えた。ワットが頭をぐしゃぐしゃにかいた。

「…ったく、意外と面倒な奴だな。おい、お前らはここにいろよ!」

 シャルロット達が反応する前に、ワットはニースを追って行ってしまった。

「オ、オレたち二人だけで待つのか…?」

 今更ながらの呟きにはっとする。頼りがたい互いの顔を見合わせ、シャルロットとパスはワットを引き止めなかったことをものすごく後悔した。




「おい」

 声をかけると、そこに立っていたニースが顔を向けた。

「ワット、何で来た」

「何でって…。まぁいいや、それより何かいたか?」

 並ぶと、「そのようだ」とニースが正面の草むらに目を向けた。その目線の先で、草むらがかすかに揺らぐ。――風のせいではない。ニースと目を合わせると、ワットは一歩、草むらに近寄った。そっと、草を掻き分ける――。

「キャッ!」

 ほぼ同時に、何かが飛び出してきた。

「おっと!!」

 驚いて身をかわすと、その小さな何かはすぐ後ろのニースも通り越し、あっという間に森に入っていった。それが闇に消える直前、その背を確認できた。

「子供…?!」

「何であんなガキが…。さっきの声もあいつらか?女かと思ったのに…」

「…近くに村など無いはずだ…。一番近くてもラサのはずだからな」

「放っちゃおけねぇか。昼間のこともあるし…あんなガキがこんな山の中で何してやがったんだ?」

 ニースを通り越し、ワットは早足に子供達を追った。

「ワット、怖がらすなよ!」

 後ろ背に声が聞こえたが、気にせずに子供を追った。

 途切れる息で、少女がもう一人の少年を振り返る。

「どうしよう!」

「わかんないよ!…あッ!」

 答えると同時に、少年が転んだ。「リア!」と、少女が少年に駆け寄る。

「…いたいよー…」

 ワットが追いついたと同時に、子供達はそれに気がついた。――なぜこんなところにこんな子供が。二人は、パスよりもはるかに幼い、足もおぼつかない子供だ。二人とも五、六歳だろうとワットは思った。

「…―大丈夫か?」

 一応、手を差し伸べてみたが、子供達は互いを抱きしめあい、完全に怯えている。子供に好かれる外見とは思っていないが、ワットはため息が出た。

「…ったく、なんもしねぇよ。いいからとりあえず立…」

 身をかがめた途端、ワットは頭上の草音に気がついた。――風ではない。反射的に身を起こすと同時に、頭上から、黒い影が降って来た。

 ズシャッ!!

「おわ!!」

 避けたのは、正解だった。真上から落ちたそれは、人間だ。ゆっくりと体を起こし、全身に布をかぶった姿は、闇にまぎれるようにこちらを見据えた。離れた距離でも、それは分かる。向けられているのは、友好的な視線ではない。それほど大きい体格ではないが、その風貌は充分警戒するに値する。

 途端に、影の背後の子供達の顔が明るくなった。わずかに、少年が声をあげると、黒い影がまっすぐに後方の暗闇を指差した。子供達は同時に頷き、あっという間にそこへ姿を消した。

「あ!待てよお前ら…」

 ヒュッ

 風切り音と共に、ワットは子供達のことなど頭から消えた。一瞬で、胸元まで入り込んだ黒い影――。

 影が足を蹴り上げたのと同時に、ワットは体をそって後ろに手をつき、そのまま跳ねるように回転してもう一度距離をとった。

「何しやがる!てめえは――」

 言いかけで、ワットの言葉は止まった。黒い影が、足を引いて腕を構えたからだ。

「…んだよ」

 好戦的な相手に、わずかに興味が出た。未知数の相手は体の奥をくすぐるような、高揚感がある。自然と、口の端が上がる。こぶしを前に、ワットは足を引いた。

 黒い影がわずかに跳ね、一瞬でワットの目の前まで距離をつめた。目前に出た腕を、ワットは反射的に避けた。――速い。二撃、三撃と影は全身バネのような攻撃で、手足を繰り出してくる。ワットは全て後ろに下がって避けた。

「チッ」

 当たらない攻撃に、影が舌打ちした。その途端、腕ではない物が、ワットの目先をかすめた。いつの間にか、相手の手に握られていたのは三十センチほどの鉄製の棒だ。羽織った布の中から出したのだろうか、二本の棒を両手に握り、影は攻撃の速度をさらに上げた。このままでは――。

 ワットは、影に蹴りを放った。しかし、影はワットの足を両手で掴んで飛び上がり、その反動でふわりと浮いた。

 その軽さは、あきらかに不自然だった。影がそのままワットの足に体重をかけ、横顔を狙った蹴りの体制になると、ワットは影の布から伸びた足を掴んだ。ひょっとして――。

「あ!」

 予想外だったのか、影が驚いたような声を上げた。

「…やっぱりな」

 片手で掴んでもあまる足首を持ち上げると、相手はバランスを崩して宙吊りになった。

「キャ…ッ!!」

 頭から羽織った黒い布がずれる。現れたのは、まだ年端もいかぬ少女の顔だ。――シャルロットよりは年下――、十四、五歳だろうか。ふわふわの猫毛のポニーテールに、猫を連想させるような鋭い目。しかしそれは本来の愛らしさを失って、今や鬼のような形相でワットを睨みつけていた。

 ――予感通り。ワットはにやりと笑みが漏れた。

「女か」

「こっの…っ!!」

 少女が歯を食いしばると同時に、ニースが現れた。

「ワット、捕まえたのか。…その子は?」

「ああ、今…」

 ニースに顔を向けた途端――。

 ビシ!!

「わっ!」

 ワットの足元をわずかにそれ、矢が地面に突き刺さった。思わず、ワットは少女の足を手離して後ろによろけた。少女が同時に地に両手をつけ、体勢を崩すことなくワットと距離を取った。

 ビシッ!!

 二本目が、ニースの足元の地面に突き刺さる。威嚇か、矢はかすりもしていない。少女が空に顔を上げた。

「イオ!リアを連れて早く行け!命令だ!!」

「…矢?」

 ニースが足元に視線を落とした。

「そうか、お前ら昼間の…!」

 矢と少女の一喝に、ワットは頭で何かが繋がった。言葉の途中で、少女に視線を戻す。同時に目を見張った。

 かがんだままの少女が、両の手の棒を勢い良く水平に振った。

 ジャキンッ!!

 その刃音に、ワットとニースは同時に顔を向けた。両腕を広げた少女の持つ鉄の棒の中間から、十字にほぼ同じ長さの刃が飛び出したのだ。暗闇で、わずかな光を吸収して光る刃――それと同じように、少女の目が一層鋭くなった。

「…な」

 口を開けている間に、少女が同じ速さでワットに襲いかかった。

「おっと!!」

 その刃を避けたのは、反射神経だけだった。少女の素早い動きに、刃は闇に白銀の軌跡を残す。

「何なんだよお前!」

 返答の代わりに刃先がワットの服をかすめ、わずかに切れた。

「お前らみたいなガキがなんで俺達を襲う!?」

 この速さで、これ以上避けるのは無理だ。少女の舞いのような攻撃から逃れるように、ワットは手を伸ばして付近の高枝を掴み、その上に飛び乗った。

 体の小さな少女の届く場所ではない。ワットを見上げ、そう判断したのか、少女は標的を変えた。少女の気迫のこもった目に睨まれ、ニースは思わず一歩下がった。

「待…」

 言葉が終わる前に、少女がニースに向かって両手の刃を振った。ニースが、同じようにそれを避ける。

「落ち着きなさい!君に危害を加える気は無い!!」

 ニ撃、三撃と撃たれても、ニースは避けるだけだ。木上からそれを見て、ワットは舌を打った。ニースは剣をとるどころか、仕掛ける様子も無い。

「しょーがねぇな…っ!」

 ――埒が明かない。ワットは木を伝い、少女の背後に飛び降りた。

 ドッ!

「…かっ」

 少女の身を引き寄せ、ワットはその腹にこぶしを入れた。わずかな声を漏らし、少女の手から武器がこぼれ落ちる。こぶしを抜くと、少女の目が同じようにゆっくりと閉じ、そのまま力を失ってワットに抱きとめられた。

「なんだったんだ?こいつは…」

「おい、どうする気だ?」

 気絶した少女を背負い、ワットは同じような疑問の顔で、ニースを見返した。

「知らねぇよ、お前が見に行くって言い出したんじゃねぇか」

「気を失わせたのは君だろう」

 互いに、かける言葉を失う。言葉に詰まると、ワットは足元に落ちた少女の武器を拾った。

「しょーがねーだろ、こんなもんで攻撃され続けて見ろ。怪我だけじゃすまねぇぞ」

 言葉につられ、ニースは武器に視線を移した。鉄製の棒の中心部から、鋭い刃の出た十字型の武器だ。とても、幼い少女が持つようなものではない。

「…放っておくわけにもいかない。ひとまず、シャルロット達のところに戻ろう」

 ワットの背中で、少女は先程までの荒々しさを失った子供の寝顔で眠っていた。




「パス、どこ行くの?」

 二人きりの暗闇で、ヌンチャクを片手に森へ向かうパスを呼び止めた。

「ワット達んとこ。ここにいてもしょうがないだろ?」

 振り返り、当然のようにパスが言う。

「待ってよ、一人になっちゃう…私もいくわ」

「あ!ちょっと待て!オレやっぱその前に小便行ってくるから!」

「はぁ?もう、早く行って来てよ。待ってるから」

「おう!」

 焦りながら、パスが森の奥に姿を消した。

「もう、パスってばタイミング悪いんだから!」

 息をつき、シャルロットは周囲を見回した。これでは追いかける前にワット達が戻ってくるのではないか。

 コツンッ

「ん?」

 足元に小石が当たり、シャルロットは自然とそれを拾いあげた。同時に、ありえない状況に一瞬身が固まった。今ここには、自分しかいない。――なのに、小石は転がってきた。

 突如として、周囲の静けさは心を侵す不安と化した。木々の揺れる葉音、吹き抜ける風――。シャルロットは恐怖心に身を抱きしめた。

(怖い…。誰でもいいから早く戻ってきて…)

 一瞬、背後から足音が聞こえた。――パスだ!

「遅かったじゃな…」

 言葉の途中、振り返る前に視界が揺れた。鈍く低い音が、聞こえた気がする。しかし頭上に見えていたはずの木々が大きく回り、シャルロットの視界は遠のいた。



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