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同じ天の下  作者: コトリ
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第10話『始まり』-4




 翌朝は、早朝にラサを出発した。馬を店から引き取り、進むは昨晩説明を受けた村の裏門だ。村の入り口よりこちらの方がずっと厳重で、高い木の塀に、小さなドアには門番が立っている。そこをくぐると、同時にそれは山道の入り口だった。一面、深い緑の木々が生い茂った山道は、坂になっていることも加え、非常に視界が悪い。

「ずいぶん上り坂だな」

 ワットがあたりを見回した。「空が見えねえ」と、パスが加える。生い茂った木々で、空すらもかけている。おかげで日陰も多く、前日までの刺すような暑さは和らいでいた。

「山道の横は砂漠で…その境は崖だ。あまり砂漠側には寄らないようにしよう」

 馬を少し進めるだけで、ラサはあっという間に見えなくなった。道があるとはいえ、油断していると、自分の居場所が分からなくなってしまいそうだ。

「この子、ちょっと疲れてるみたい」

 一時間も歩くと、シャルロットは自分の馬が心配になった。わずかに、元気がない気がする。ワットに言っても、「そうか?」と首を傾げるだけで、取り扱ってはくれない。

「昨日の疲れが抜けてないのかな…」

「店の者の話しでは餌も普通に食べていたそうだが…。シャルロットは本当に動物が得意だな」

 一応聞き入れたニースが、馬を眺める。自分の馬の調子と、さして違うようにも見えない。「あー、オレもそう思う!」とパスが手を上げた。

「時々マジでこいつらに話し通じてんじゃねーかって思うことあるぜ!ワットの馬だってぜってーシャルロットのが懐いてんし」

 余計な一言のせいで、ワットが後ろの座るパスの頭を掴んで押した。シャルロットは馬を撫でた。

「昔ね、宮殿内の使用人をする前、お兄ちゃんと兵士の人達が乗る馬の世話係りをしていたことがあるの。その時に馬にも乗れるようになったんだけど…」

 「へえ」とパスが感心する。「いくつくらいで?」と付け足した。

「六、七歳かなぁ…よく覚えてないけど」

 シャルロットの言葉に、パスはそれ以上聞いてこなかった。現在十二歳のパスは、一人で馬を動かせない。面白くない話だったらしいが、シャルロットはまったく気がつかなかった。ニースが前方から振り返った。

「前にも少し話したが…、占い師を覚えているか?」

「はい、宮殿にもいましたから」

 シャルロットの答えに、「占い師?」とパスが首をかしげた。

「お前は知らなくても無理ないな」

「なんだと?じゃあお前は知ってんのかよ!」

 馬鹿にしたような言葉にパスが怒鳴ると、ワットは「お前よりはな」と答えた。ニースが話を続けた。

「占い師というのは…簡単に言えば人の未来を予知する人間のことだ」

「はぁ!?なんだそれ?嘘に決まってんじゃねぇか!」

 半笑いで、パスが声を上げた。

「まぁ…大抵の者はそう言うだろう。しかし、本物の占い師に会えば、またほとんどの者はそんなことは言わなくなる…。予知できる未来…そして位の高い占い師は、触れるだけで相手の過去を見ることもできるとか…」

「ニースは会ったことがあんのか?」

 微塵も本気だとは思えない目でパスが、ニースを見上げた。

「ああ、火の城にも王家専属の占い師が何人かいたからな」

「王家には専属の占い師が一人や二人、いるものなのよ」

 パスに言いながら、シャルロットはわずかに得意だった。城の内情話には、多少は強い。

「どんな面でも彼らは役に立つ」

 ニースの言葉でも、パスはそれだけは信じられなかった。とりあえず、返事のように「へー」と声を出す。ふいに、疑問が浮かんだ。

「そんな奴ら、どこから連れてきてんだ?練習すればできるようになるもんなのか?」

「昔、王から聞いたことがある。そういう能力は家系らしい。普段は普通に生活していても…そういうものを持っているということは、簡単に隠せることではない。火の国では、彼らは王家で保護する対象だよ」

「…へー、俺の聴いた事のある話と違うな」

 ワットが振り返った。

「家系ってのは一緒だけど、俺が知ってたのは聞いたことのあるのは…、奴らは修行しねえと、見たいもんが見えねえらしい。…んでやっと、見たいものが見えるようになるんだと」

 パスが「修行って何だよ」と笑った。

「ふーん、結構違うね」

 シャルロット自身、あまり占い師の話には関心は薄かった。知識自体は、昔エリオットが話を受けた際、一緒にいたので多少はあるのだが。

「ま、どこで聞いたかも覚えてない話だけどな。けど、やっぱ占い師ってのは何かの家系なんだろうな」

 ワットが、結局は興味も無いように空を仰いだ。見えるのは、生い茂った木々だけだ。「それなんだが」と、ニースが言った。

「私が聞いたことのある占い師の特徴の一つで、気になる点がある。今のシャルロットが言ってたことで思い出したんだが…」

「…何ですか?」

「動物と会話のできる力」

 ワットとパスが同時に目線を向けた。

「…いや、正確には気持ちがわかる、かな。実際、城の占い師はよく皇子の馬や鳥の世話をしていた。彼が皇子にしかなついていなかった動物を初めて見たときから手なづけたのには驚いたよ」

「…なるほどね」

 ワットが頷いた。パスは、まだ意味が分からないらしい。

「シャルロットも同じじゃないかって思ってるわけだ」

「…え!」

 ワットの言葉に、シャルロットは思わずニースを見た。

「…推測に過ぎないが」

「ま…っさかぁ!」

 飛びすぎた話に、笑いが漏れる。

「確かに、お兄ちゃんがその事で偉い人達に呼ばれたことはありますけど…。私は関係ないですよ。昔っからお兄ちゃんと違ってカンも悪いし…」

「おまけにタイミングも悪い」

 ワットが呆れたように付け足した。「いーっ」と歯を見せ、シャルロットは顔を背けた。それを見ても、ワットはさして気には留めていない。しかし、気にかかる事は別にあった。

「…あの兄貴なら、ひょっとしたらひょっとするかもな。かなりカンが鋭そうだし…」

「強い能力の家系では、一番強い能力を受け継ぐ者だけでなく、他の者にも影響が出るらしい。兄君が血を受け継いでいるならシャルロットに片鱗があっても不思議ではないだろう?」

 シャルロットは、既に聞いていられない気持ちになった。

「ニース様ってば…。占い師様はすっごい身分が高い方なんですよ?いっつも私達が見えないくらい高い所にいて…。私は動物が好きだから、気持ちが通じやすいだけです。それにそんな才能あったらお兄ちゃんだってとっくに占い師になってますよ…。身分が格段に上がるんだから」

「…だな。今よりいい暮らしができる」

 ワットが笑った。「なんだ、違うのか」と、パスは馬鹿にしていたわりには残念さが見られた。

「分かればいいのよ。ニース様も、滅多なこと言わないでくださいよ」

 ニースを振り返ると、ニースは小さく笑った。

「悪かった。ついね」

 そう言いつつ、ニースの表情から一瞬で笑みが消えたのを、シャルロットは見た。つられて、まばたきをする。

「そーいや、山に入って二時間以上だよな。今どの辺に…」

「シッ!」

 ニースが、ワットの言葉を遮った。同時に、馬を止める。

「ニース様?」

 尋ねても、ニースは目で何かを探していた。

「何だ…」

 パスが口を開いた途端、ワットがはっとした。

「伏せろ!!」

「え?」

 シャルロットとパスの声が重なった。

 ビシッ!!

「キャッ!!」「ぅわっ!!」

 突然、ニースとシャルロットの馬の間の地面に、弓矢が突き刺さった。

「な、何っ!?」

「矢!?」

 それを確認する間もなく、さらに二本が音を立てて地面に打ち込まれた。

「何なの?!」

 馬が、突然の襲撃に驚いて前足を上げる。シャルロットはそれを抑えるだけで精一杯だった。矢の放たれた方角を、ニースが突き止めた。横の崖だ。そのはるか頭上の草むらに目を細めると、一瞬、草木の間で何かが光ったのを見つけた。

「――そこか!!」

 素早く、馬の後足にくくりつけてあったナイフを抜く。回転をかけ、ニースはそれを草むらに放った。しかし、ナイフと入れ違いで、再び矢が飛んできた。その矢の狙う先は――。

「シャルロット!!」

「え!?」

 顔を向けたシャルロットの目の前を、大きな布が覆った。

「きゃあ!!」

 ワットが、自分の羽織っていた布を広げ、シャルロットに放たれた矢を防いだのだ。叫び声と同時に、矢が布に突き刺さった。広げた勢いで、ワットが布を引き寄せる。それに巻き込まれ、矢は地面に転がった。

「大丈夫か!?」

 ワットがシャルロットの肩をつかんだ。しかし、シャルロットはあまりの一瞬の出来事に、頭がついていっていなかった。とりあえず、その目に頷き返す。

「…へ、平気…」

「ニースは…」

 ワットがその草むらのある高台を見上げると、既にニースが、一人でそこまで登っているところだった。

「何かいたか?」

 ワットが、崖の下から声を上げた。「いや」と、姿の見えない草むらからニースの声が返ってきた。

「逃げられたようだ」

 ひとまず落ち着いたシャルロットは、ワットと一緒に岩肌の崖を登った。岩が続く石段があったことで、シャルロットでも登れる。草むらでは、ニースがしゃがんで地面を調べていた。

「人数がいたようだな。四、五人…」

 目を落とすと、そこには確かにいくつもの足跡があった。しかし、その主達はどこにもいない。

「…ずいぶん小さいな。子供みたいな…」

 ワットとニースが話しこんでいる間、シャルロットはふいに、少し離れた地面に光の反射を見つけた。それに引き寄せられるように歩きより、小さな光を拾い上げる。

 銀色に光るそれは、道に落ちていたにしては綺麗なものだ。自然と、それを太陽の日にかざした。

「指輪…?」

 よく見ると、指輪の内側には文字が彫られている。

「…『最愛の妻 ファイエに贈る』…」

 指輪は、太陽の光に反射して銀色の光を放った。



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