第1話『隣国からの使者』-4
ドンドンッドンドンッ
「…ん…?」
翌朝、日が昇った頃、シャルロットとミーガンはまだ寝ていたが、玄関の戸を叩く音で起こされた。シャルロットはとなりの布団で寝ているミーガンを起こさないようにベッドから降りると、玄関に向かった。
「はーい」
のんびりとドアを開けると、そこにはカンラナドアが立っていた。
「カッカンラナドアさん!?おっおはようございます!」
シャルロットは一気に目が覚めた。
「おはよう。エリオットはいますか?」
「はい。まだ寝ていますけど…」
「ディルート様がエリオットをお呼びです。ダークイン様もいらっしゃいます。連れてこられますか?」
「は、はい。すぐに!」
シャルロットはエリオットを叩き起こすために慌てて部屋の中に戻った。
「早くするのですよ」
カンラナドアはそう言い残すと、さっさと螺旋階段を上がっていった。
「お兄ちゃん!起きて!」
シャルロットは勢いよくエリオットの部屋のカーテンを開けた。
数分後には、シャルロットはエリオットと一緒に王のいる玉座の間に向かって一緒に歩いていた。エリオットは腕を三角に固定していた。エリオットが教えてくれたが、骨が二本折れていたらしい。シャルロットは隣を歩くエリオットを心配そうに見上げた。
(この腕じゃあ明日立つのは無理…。仕事は、降ろされちゃうのかな)
玉座の間の前には、警備兵が二人ドアの両端に二人いた。エリオットは警備兵を見た。
「ディルート様に呼ばれたんだ」
「おう。聞いてる、入れよ」
警備兵がドアを開けると、一面、煌びやかな玉座の間が見えた。下っ端の使用人であるシャルロットはこの部屋には今まで数えるほどしか入ったことはなかった。平然と歩いて進むエリオットの後ろを両手を前に合わせてチョコチョコと歩きながら、並んでいる警備兵達の前を通りすぎ、足を速めた。延々と広いホールの一番奥に、数段の階段があり、その上に王の席があった。王の席には国王のディルートがいた。ディルートは様、40代後半の貫禄のある男で、厳しいおもむきに指や首、腕には金の装飾品をジャラジャラとつけていた。隣の席にはいつもいる美しい王妃のビロリアの姿はなかったが、その代わり、王の隣にこの砂の王国の第一皇女・オリディアが立っていた。オリディアは母親似の金髪で長い巻き毛の美しい皇女で、年は23歳だ。わがままで奔放な事は宮殿内では有名であった。兄妹が来たところを見て、ディルートがオリディアに言った。
「行きなさい」
「はぁい」
オリディアは仕方なく、階段をドレスの裾を持ちながらゆっくりと下りてきた。階段下には、ダークインが立っていた。ダークインも振り返ってこちらを見たが、少し会釈をするとすぐに王の方に向き返った。シャルロット達も、少し会釈をした。エリオットがダークインの隣に立ってシャルロットは、その後ろで止まった。エリオットがディルートに深々と頭を下げたので、シャルロットも慌てて頭を下げた。その時、やっとオリディアが階段下まで来て、3人の横を通過したので、2人は頭を下げたままだった。ディルートがエリオットを見下ろした。
「エリオットよ。お前が候補した任務の兼だが、その腕では無理だろう。二
ース殿にもすまないが、時間はかかるがもう一度見当して誰か他の者を用意させる」
オリディアがディルートの言葉を聞いて、楽しそうな話だとばかりに振り返った。エリオットは悔しそうにしていたのがシャルロットにはわかった。
「…はい」
兄が悔しい思いをする事は、辛いことだった。
「しかし、お前の昨夜の働きは聞いている。その分は、褒美をとらせよう」
「…ありがとうございます」
エリオットが頭を下げた。シャルロットは手をギュッと握った。その時、ダークインが初めて口を開いた。
「ディルート様。彼の他に、付き人をご用意して下さるご好意には感謝いたします。しかし私は先を急ぐ旅ですし、明日にはここを立ちます。馬を用意して下さっただけで充分ですので、付き人は…」
「1日くらい待てばいいのに。せっかちな人ね。お父様のご好意を無駄にする気?」
オリディアはニースを高飛車な態度で睨みつけた。
「オリディア、行きなさい」
ディルートの声に、オリディアは「はいはい」と言う顔をして出ていった。ドアがバタンと閉まると、ディルートはダークインを見た。
「失礼を。誰に似たのか大変なわがままでね」
「いえ…」
ダークインは軽く頭を下げた。
「…、しかし、話を戻すが、やはり付き人はつけさせて貰う。火の王国からの大事な使者に何かあってからでは遅い。私もウィルバックにも書状を届けたいのだ。書状は付き人に持たせようと思っていた。明日には用意させよう」
ディルートの提案に、ダークインが少し考えているようだった。シャルロットはエリオットの背を見たが、いたたまれない思いだった。
(お兄ちゃん…、絶対悔しいよね…)
シャルロットは、胸が傷んだ。何とか兄を喜ばせてあげたかった。そう思った。その時、ある案が、頭に思い浮かんだ。口を開けて、「あっ」と言う顔をした。そして、ろくに考えもせずにそのまま声に出した。
「あ、あの!!」
シャルロットは胸に手を当てた。その声に、エリオットの方が驚いて振り返った。ダークインもシャルロットを見た。エリオットは、慌ててシャルロットの両肩を掴んで小声で怒った。
「なっ何だよ、こんな所で大声出して…!」
「いいこと思いついたの!」
シャルロットも小声で即答した。
「後にしろよ!」
「何だ?」
ディルートが間に入ったので、エリオットの勢いが止まった。
「はい!」
「シャルロット!」
エリオットが止めたが、シャルロットの耳には入っていなかった。シャルロットはもう決意していた。ゴクリと唾を飲み、ディルートを見上げる。
「私…っ、私がそのお仕事を引き継ぎます!!」
エリオットは言葉を失った。ディルートとダークインですら、言葉が出なかったようだ。しかし、シャルロットは本気だった。妹を見つめ、エリオットが一番最初に我に返った。
「ばっ!ばか!!何言ってんだ!!」
「だって新しい人を捜すのは時間がかかるんでしょ!?だから私がやるわ!」
「馬鹿も休み休み言え!そんなこと出来る分けないだろ!!」
「できるわよ!私だって!!」
いきなり火のついた兄妹喧嘩にダークインは口を挟む隙もなかった。
「できるか!!お前みたいなのがのこのこ付いて行ったってダークイン様だって迷惑だ!!第一遊びでそんなことを言ったら失礼だろ!!」
「遊びじゃないよ!!」
ディルートのため息に、2人は一瞬で我に返った。
「落ち着け、2人とも」
その言葉に身を正し、互いの腕から離れる。それでもシャルロットはまだ兄に言い足りないことが口から溢れ出そうだった。エリオットがディルートに頭を下げた。
「申し訳ございません、妹が馬鹿なことを…。今の言葉はお忘れくださ…」
バシッ!
「…いっ!!」
シャルロットは固定しているエリオットの腕を叩いた。
「ディルート様、私は本気です!兄の埋め合わせは、私が!ダークイン様!よろしくお願いします!!」
勢いよく言い終え、ダークインとディルートが呆気に取られている間に、シャルロットはエリオットの腕を掴んだ。
「失礼します!」
シャルロットは勢いよく頭を下げると、痛みをこらえるエリオットを無理矢理引いて退室した。ダークインは思わず、ディルートを見上げた。
「…彼女の言っていたことは…」
「ふむ…、良い案ではあるな…」
ディルートが、口に手を当てると、ダークインは眉をひそめた。
「しかし…、いくらなんでも少女を連れて歩くのは…」
「いや、悪い提案ではないと言っただけだ。あの娘は昔馬の飼育係もしていたから馬も自由に乗りこなせる…。ダークイン殿の身の回りの世話もこなせるだろう。…だが」
ディルートはひげをさわり、残念そうに顔をしかめた。
「基本的に国外任務は家族の承諾無しでは出さないことにしているのだ。あの兄妹は他に身寄りがなくてな。あの兄が許しはしないだろう。ダークイン殿、先を急ぐ旅なら仕方がない。あの娘の都合もつかぬようだったらこちらからは馬だけ用意させて貰うとしよう」
「…書状の件はどうなさるおつもりで?」
「心配めされるな。新しく使者を送ればすむことだ」
ディルートの言葉に、ダークインは静かに頭を下げた。