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同じ天の下  作者: コトリ
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第10話『始まり』-3




 国境に到着したのは、日が落ちた後だった。ずっと視界を遮っていた大きな岩崖。それをくりぬくように、唯一木で人工的に作られた門がある。古びた作りだが、一目見れば簡単には破れる物では無いと分かる。それが、この砂の王国の国境だ。この先は、次の国の領土に入るまで無法地帯となる。門の下に、見慣れた服装の兵士が一人いた。男の服は、バントベル宮殿の兵士のものだ。

「名を名乗れ!」

 近づくと、兵士が声を荒げた。中年の男だ。ニースが、馬を前に出す。

「私は火の王国の王宮警備隊隊長、名はニース=ダークインだ。出国させてもらいたい。バントベル国王から通行許可証は得ている。同行者の素性も保証する」

 ニースが兵士に筒状に丸めた許可証を手渡すと、兵士は書状とニースを交互に見て、それを広げた。にわかに、信じられなかったらしい。しかしそれを読むと、突然背筋を伸ばして敬礼をした。

「…はっ。か、かしこまりました!」

 兵士とニースが何か話をしている間、シャルロット達は後ろに下がっていたが、すぐにニースが戻ってきた。兵士の好意で、国境内の小屋を借りられる事になったらしく、今夜はここで休む事が決まった。

 



暖炉に火をつけると、火花が散った。小屋はとても狭く、分割された部屋も無かったが、一晩泊まるだけなら充分なものだ。シャルロットは暖炉の火で手持ちの食材を用いて夕食になるスープを作っていた。

「国境兵の宿泊所に使用されているようだ」

 壁に寄りかかってくつろぎ、ニースが言った。

「もしかして、外の兵士さんが使うはずだったんじゃないのかな…」

「貸してくれるっつーんだから、いいだろ」

 目を閉じ、ワットがごろりと寝転ぶ。パスは既に、部屋の隅で眠っていた。

「パス、寝ちゃったね。夕飯まだ食べてないのに」

「何作ってんだ?」

 シャルロットはスープをぐるりとかき混ぜた。

「ミーガンに教えてもらった料理よ。おいしいんだから」

「そりゃ楽しみだ」

「できあがったら起こしてやろう。俺も腹が減ったな」

 ニースが腰の剣を外し、荷と一緒に置いた。ニースの言葉の変化に、シャルロットは気がついていた。自分の事を「私」と言うのは仕事上――。そう思うと、いつもニースがしっかりとしている理由が分かる。それを自分達の前で緩めてくれるのは、嬉しく思う。同じ事を考えているのか、ワットと目が合うと、シャルロットは笑った。




 翌早朝、国境兵が見守る中、シャルロット達は出発した。

 国境を越えると、今まで多少見えていた緑はほとんどなくなり、いつもよりも肌に触る日差しも強く感じる。乾ききった地面には、ところどころにヒビが見えた。直射日光を避ける為、シャルロット達は頭から布をかぶらざる得なかった。

完全に太陽が頂上に昇りきると、暑さに耐え切れなくなったパスがワットの背にだらりと寄りかかった。

「あー…。水飲みてー…」

「…さっきあんなに飲んでたじゃない。仕方ないなあ…」

 汗を拭い、自分の足元についている水筒をパスに放る。それをキャッチすると、パスはフタをあけて勢いよく水を飲んだ。暑さにやられて、自然と口数も減る。しかし、シャルロット自身、自分を保たせるだけで精一杯だった。

「おい、シャルロット。甘やかすなよ」

 ワットが横目で背のパスを見たが、シャルロットにも、返事をする余裕は無かった。

「ラサの村まで国境から三時間か…。あと半分だな」

 ニースが暑さに耐えながら言った。ラサの村――。そこが、シャルロット達が次に目指す目標だ。




 村に到着したのは、日も落ちかけた夕暮れ時だった。遠方に村が見え始めた頃から、その奥には木々が広がっているのが分かり、まるで村が入口かのようにその背後には山林が延びている。村の右は大陸の端、左は水平線の先まで永遠に広がる荒野だ。

村の入り口にはこれといった特徴はなく、獣避けの低い木柵があるだけだ。

「ラサの村…。ゴルネオ砂漠と山道との分かれの地だ。間違いないだろう」

 ニースが地図を広げながら、入り口を見渡した。ベル街やバント市も華美な町とはいえないが、ここはそこよりもずっと――生活の質が低い。木造の家々に、行き交う人々の服装も。しかし、村はそれに似つかわしくないほどに活気があった。

「この先は村の奥の山道に入る。今日はこの村で休むとしよう」

「賑やかな村ですね」

 周囲を歩く人々に、シャルロットは目を向けた。その横を、ワットが通り過ぎる。

「砂漠に入る準備をする奴らが集まる村だ。そりゃ賑わうさ」

「ふーん、なんか詳しい…」

「もし、旅の方かい?」

 ふいに、声をかけられ、シャルロットは馬上から足元を見た。村人の一人が、自分を見上げている。

「…あ、はい…、そうですけど…」

「村の中は馬で歩くのは危ないからやめとくれ。代わりにここで預かるよ。一晩一頭につき銀貨一枚、後払いだよ」

 にこやかな笑顔を向ける村人に、シャルロットはニースと顔を合わせた。確かに、この人ごみでこのままでは進めない。

「まいど!ご出立の際は三番小屋までいらっしゃいまし」

 交渉を受け、馬を下りる。気がつけば、シャルロットは商人に囲まれていた。「うわ」と、声を上げるもおかまいなしだ。商人達は、我先にと品物を押し付けてきた。「この服は刺繍糸をふんだんに使った地で」「これはとてもいい野菜で」「この薬は…」めまぐるしく騒ぎ立てる商人達に、一瞬めまいがした。慌てて、付近のパスの手をとった。このままでは人の波ではぐれてしまう。

「あ、あの!私達お金持ってないのでこんなに買えません!」

 正面の商人に説明しても、中々通じない。その手を「おい」と、ワットに掴まれた。

「いちいち相手にすんな。ほら、どいたどいた!金なんて持ってねーよ!買う気もねえ!」

 一喝、大声を上げ、ワットが手を引いたまま人ごみを無理矢理かき分けて進んだ。慌てて、反対側の手でパスの手を掴む。ワットとニースはどの商人よりも体が大きく、人混みを簡単にかき分けた。人ごみを抜けると、シャルロットは息をついて振り返った。

「びっくりした!なんだったの!?」

「山越えする者達を当てにした商売だ。彼らも生活がかかっているからな」

 ニースが肩から落ちかけた荷を背負いなおした。

「一種の名物だな。そんなことよりも宿に入ろうぜ。あそこ、そうだろ」

 ワットが、『宿泊所』と書かれた看板のある家を指差した。




 宿は思いのほか混み合っていた。日がすっかり落ちた頃、シャルロット達は唯一とれた一部屋に荷をまとめ、宿の食堂に入ったが、席はほぼ満席だった。なんとか四人座れる席を探し、ニースがテーブルに地図を広げた。明日からの道のりを説明してくれるらしい。シャルロット達が食事を頼む中、ワットは一人、酒を追加していた。

「ラサを裏門から出たら、ゴルネオ砂漠の右にある山道を抜ける。馬を四、五日走らせれば抜けられるだろう」

「そんなにか!?」

 食事を頬張り、パスが声を上げた。ニースが小さく笑う。

「それでもゴルネオ砂漠を越えるよりはずっとマシ道のりだ。かなりの山道だが、木々が暑さを和らげてくれる」

 地図を覗くと、確かに山道の左は一面の砂漠だ。オアシスこそ点在しているものの、村などの集落は一切ないらしい。

「へぇー、あんたらゴール山道に行くのかい?」

 突然、背中合わせで座っていた後ろの席の男が、シャルロットとワットの間から身を乗り出した。シャルロットは、思わず身を引いた。顔を出したのは小太りの中年の男で、その風貌は、おそらく商人だろう。男の隣には、同じ年齢ほどの小太りの女がいた。

「今時旅人なんて珍しいねぇ。風の王国によっぽど大事な用でもあんのかい?」

 男が言った。「まーね」と、酒を口にしながらワットが返す。いつもより、機嫌がいいらしい。

「まぁ、山道を抜けるのも安全とは言えねぇがゴール砂漠を抜けるよりは百倍安全だよなぁ」

「気をつけなさいよ」

 男の隣で、女が笑った。しかし二人は酒を飲んでいるのか、気分がかなり高揚している様子だ。

「…あ、ありがとうございます」

 シャルロットはとりあえず愛想笑いで返した。多少の会話で、男がさらに身を乗り出して「あー」と、テーブルの地図を覗き込んだ。

「あんたらはそっちのルートなら心配いらねぇな。ま、最近じゃ間違っても砂漠の方に入る奴なんざいねぇけどな!」

「何でだ?賊が出るのか?」

 パスがまたたきをしながら答えた。

「もちろん。砂漠は賊の溜まり場だからな。俺らも人づてに聞いた話だが、最近奴らはどんどん縄張りを広げてきてるらしい。昔は砂漠のオアシスを賊共に占領されて困ったものだと言ったが、今となっては甘い話だ…」

 男が地図を覗き込むと、シャルロットもそれにつられた。

「こりゃあずいぶんと古い地図だな…。まぁ、最後の一つは一年前だが…」

「最後の一つ?」

 シャルロットは顔を上げた。しかし、男の視線は地図のまま、砂漠と砂の王国を分かつ河を境に、砂の王国側に点在する四つの村を指で丸くなぞった。

「このあたりの村は…もう存在してねえよ」

 パスが「へ?」と、口をあけた。

「存在してない?」

「廃墟になっている。全部滅んだんだ。砂漠の賊団に侵略されてな」

 あまりの事に、シャルロットは言葉が出なかった。――賊に侵略されるなど、実際にある話なのか。

 男が話を続けた。

「まぁ時期に開きはあるがな。最初の村はここ。エトゥーラだ。十年以上も前に滅んでいる。次がトーシェン。次がここ、エイショウ。そして一年前、ついに最後の村だったカーネオもやられたんだ」

 途端に、ワットが音を立てて口に含んだ酒を吹き出した。「げ!」と、パスが腕にかかったそれを払う。

「…ウソだろ!?」

 それに構わず、ワットが男の顔をまじまじと見つめた。

「う、嘘じゃないさ」

 あまりにワットが驚いたので、男の勢いが多少戸惑いを見せた。

「…まさかあのカーネオが…!」

 それだけ言って、ワットの言葉は途切れた。シャルロットは首をかしげた。

「知ってるの?」

 しかし、ワットはそれすらも耳に入っていない。

「兄ちゃん、多少は知ってるようだね。カーネオがどんな村だったか」

 男がにやりと笑うと、ワットは間を置いて目を逸らし、「ああ」とだけ答えた。

「じゃあ余計に信じられないだろう」

「なんだよ、その村、なんかあったのか?」

 パスが顔を上げた。その言葉に、ニースがはっとする。

「『カーネオ』。…武術に特別秀でると言われた村か」

「そう。カーネオはこの西の大陸では知らない奴はいないほど、武道に秀でた村だった」

 思い出したような呟きに、男が加えた。

「小さな村でも強者揃い。派遣兵士として出稼ぎに出ていた若者も大勢いた。だからこそ、おいそれとカーネオに手を出す賊団もいなかった。手を出して返り討ちにあった奴らは数知れないからな。だが…」

 男が低い声で話すと、周囲の騒がしさに声が消されてしまいそうだ。それでも、シャルロットは黙って耳を傾けた。

「一年前、ついにカーネオもやられた。常々あの土地を狙い、その度に失敗してきた賊団達が手を組んで、人数の多さに任せてカーネオを襲った。女子供容赦なく…」

「あんた!」

 女が声を荒げ、遮った。男は我に返ったようにはっとした。

「あ…っと、すまねぇ!ついこんな話しちまって!」

「…いえ」

 ニースが小さく言ったが、シャルロットは何も言えなかった。作り笑いも、できはしない。――胸がえぐられた。

反省したのか、男はそのまま身を引いて自分のテーブルに戻った。

「でも、あんた達はゴール山道を抜けて、その先に用があるんだろ?」

 女が、顔だけ向けてシャルロット達を見回した。しかし、誰からも返事はない。「まぁ」と、女が息をついた

「村が四つもやられたんだ。普通の人間ならあっちに近づこうなんて考えもしない。ほら、そこの砂漠とこの土地を分けてる河」

 女が、あごで地図を指した。それは、砂の王国と砂漠を分かつ、大きな河だ。山道から、大陸を区切るように、反対側までまっすぐ横に延びている。この大きさから見て、大陸の北へ向かうには、山道しか道がないと分かる。

「昔は橋もあったんだけどね。この村の若いもんが壊しちまったんだ。こっち側まで侵略されちゃたまらないって。もっと早くに決断すれば良かったんだけど…。おかげで砂の国境から河の間の村は、今じゃこのラサ一つ…」

 シャルロットは、もう答える気分すら残っていなかった。女が会話に入ってこなくなると、食卓には一言も流れなくなった。騒がしい食堂の中で、自分達だけが取り残されているようだ。正面で酒を口にするワットを見ると、シャルロットには、機嫌が悪そうに見えた。




 夜更けに、シャルロットは一人、明かりも消えた暗い部屋に戻ってきた。既に皆は眠っている。一人眠れていなかったシャルロットは、息をつきながら、部屋の奥のベッドに向かった。左側にはワットとニース、右側にはシャルロットとパスの二段ベッドがある。

「(眠れねぇのか?)」

 ベッドにあがった途端、背後からの小声に飛び上がりそうになった。ワットが、反対側の上段のベッドで寝たまま、こちらを見ていた。

「(…ゴメン、起こしちゃった?)」

「(別に)」

 わずかに、声に眠気がある。起こしてしまったのだろう。シャルロットは布団をかぶった。

「(…さっきの話)」

「え?」

 ワットの声に、シャルロットは顔を向けた。

「(滅んだ村の話。気になって眠れねぇんだろ)」

 ――その通りだ。たった今まで夕食の話しが頭に残り、寝付けていなかった。一階で水を飲み、頭を冷やそうと思ったが、それも無駄に終わったところ。

「(…びっくりした。私…、ずっとあそこで暮らしてたから、そういうこと遠い噂でしか聞いたこと無かった…)」

「(実感なんて、無い事だったろ)」

 仰向けになり、ワットが天井を見上げた。

「(そんな理不尽な目に合う人間なんて、世の中に数え切れないほどいるんだ。お前が気にしてどうこうなることじゃねぇよ)」

 その横顔に、思い当たる事があった。夕食の席、いつもより不機嫌だった横顔――。

「(…ワットにも…、そんなことがあったの?)」

 答えずに、ワットが顔を向けた。

「(…聞きたいか?)」

 ――聞きたい。いや、聞きたくない。同時の心の声に、シャルロットは返事ができなかった。ワットが、にわかに笑みを見せた。

「(そうだな、お前には…いつか教えてやるよ)」

 いつもの笑みだ。シャルロットは、わずかに安心した。

「(そうだ)」

「…ん?」

 ふいに、ワットが体を起こす。

「(眠る気ねぇんだったらこっちにくれば?朝までずーっと抱いててや……わっ!」

 言葉が終わる前に、手近のクッションをワットの顔面に投げつけた。

「バカ!」

 ベッドのカーテンを閉め、布団をかぶる。――無理にでも寝よう。

(…せっかく真面目に話してたのに!)

 冗談を言うワットに腹が立ちつつも、今度はすぐに眠れそうな気がした。



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