表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
同じ天の下  作者: コトリ
34/148

第9話『決意』-2




 四頭の馬で、シャルロット達はバントベル宮殿へ向かった。既に日は高くなってきていたが、充分に宮殿までは向かえる距離だ。一人で馬に乗れないパスは、ニースの後ろの乗せてもらっていた。宮殿までの道のりは行きと同じ、周囲に何もない登坂を、ひたすら登る。その頂上に向かう度、バントベル宮殿は大きくなっていった。

刺すような日差しだが、南の大陸の湿気のある暑さを思えばすがすがしささえ感じる。

「日が落ちる前には着けるだろう。もうすぐ兄君達に会えるな」

 シャルロットは小さく「はい」とだけ答えた。兄達と会える事は確かに嬉しい。だが、それよりもこの先でニース達と別れる事の方が辛いのだ。

「シャルロットの兄貴か…。俺会っても平気かな」

 後ろで馬を歩かせるワットが呟いた。隣のメレイが「何で?」と言う。返事を待たずに、メレイはシャルロットに声をかけた。

「そんなことよりシャルロットの兄貴っていい男だったりする?」

 シャルロットはあごに手を当てた。難しい質問である。

「悪くないと思うんだけど…彼女できないし…。宮殿の警備兵をやってるの」

「へぇ、じゃあ私も会ってみたいわー」

 楽し気に笑うメレイに、シャルロットはわずかに不安がよぎり、メレイに馬を寄せた。

「あのさ、その…メレイは…恋人とか…いるの?」

 一瞬、真剣なシャルロットの顔を見て、メレイが吹き出した。

「やだ、かーわいい!もしかして心配なの?お兄ちゃんのこと大好きなのね」

 シャルロットは一気に顔が熱くなるのが分かった。

「ちっ違…っ!メレイってば!」

 友人達にも言われる事だが、自分が世間で言うブラコンにあたる事は、よく分かっている。それでも、言われれば恥ずかしさは隠せない。シャルロットは先へ進むニースを追って馬を早めた。

「兄貴かぁ…。仲が良さそうでうらやましいわ。あんたは?兄弟いる?」

 残ったワットに、メレイが言った。しかし、今までの笑みはどこへいったのか、ワットはメレイに目線すら向けなかった。

「いたよ。昔はね」

 呟くように、ワットが言った。メレイは感心もなさそうに「ふうん」と返し、気を取り直したように馬を寄せた。

「それより何であの子の兄貴に会いづらいの?あの子に手ぇ出したとか?」

「…アホか」

 ワットと目が合うと、メレイは笑って先に進んだ。

(シャルロットの兄貴か…。あん時はグラサンしてたけど…ばれるよな。やっぱ)




 夕暮れに西の空が赤く染まり始めた頃、バントベル宮殿の正門の門番が、そこに近づく四頭の馬を止めさせた。同時に、シャルロットは馬を撫でて青年二人を見下ろした。――正門前。城壁の門は、青年二人を外に残し、硬く閉ざされている。

「通行許可証は?」

 一番先頭にいたシャルロットに、青年の一人が言った。

「許可証!…あ、どこにやったっけ…」

 慌てて辛い体勢で後ろの荷をあさるが、思い出せない。その間に、ニースが自分の通行許可証を青年に渡した。青年が、それをそのまま読み上げた。

「『インショウ=クニミラによる通行許可証…』火の王国の…!ニース=ダークイン殿!!」

 青年二人が目を見開いてニースを見上げる。突然、背筋を伸ばし、だらりとした態度は一変した。

「通行を許可していただきたい。連れの素性は保証する」

 遅れながら、シャルロットも許可証を差し出した。ニースを見つめながら、青年の一人がそれを受け取る。

「…ああ、お前エリオットの妹か」

 ニースの名が出て、やっと気付いてもらえたらしい。顔見知り程度の青年なら当然だ。シャルロットも、彼らを知ってはいるものの名は知らない。青年が、ニースの通る道を開けた。そのまま上を向き、首にかかった笛を大きく吹いた。

「開門しろー!!」

 声と共に、地響きが馬を伝って体に響いた。ゆっくりと、重い門が開く――。そこから見え始める宮殿に、シャルロットは胸が高鳴った。

「ここからは歩いてお願いします。馬はお預かりしますので。このまますぐに玉座の間へお願い致します」

 青年の言葉に、シャルロットは馬を下りた。そのまま、全員が荷を抱え、馬を門番に引き渡す。いち早く、シャルロットは敷地内に入った。両手を広げて感じる空気、景色は、本当に帰ってきた事を実感できる。

「久しぶり!この感じ!ニース様、私が案内します!」

 張り切って走り出したシャルロットに、ニースとワットは顔を見合わせて思わず笑った。




 シャルロットの案内で、宮殿には中央館内に近い小さなドアから入った。

「何で正面から入んねーんだ?」

 見るもの全てが珍しいパスは、話し掛ける相手の顔を見る暇もないほどに、目が忙しい。シャルロットは後方のパスを振り返った。

「こっちの方が近いのよ。後でいくらでも見学できるわ。ニース様、もうすぐディルート様のお部屋です」

 ニースが頷くと、ワット達は「廊下で待つか」と興味なさ気に話した。

 ワット達を残して玉座の間の扉を開けると、ニースがシャルロットの前で足を止め、一礼してから部屋に入った。同じく付いていかなくてはならないシャルロットは、宮殿を発つ前にここに訪れたときと同じように緊張に身をこわばらせながら足を進めた。

 閑散とした広さのこの部屋には、壁際に等間隔に警備兵が立ち、ドアからまっすぐの場所にはわずかな階段、そして、その上には二つの椅子がある。そのうちの一つに、国王・ディルート=バントベルが座っていた。

ニースとシャルロットは、階段の前で足を止めた。シャルロットは深々と頭を下げた。

「た、ただいま戻りました。書状は…町長さんに届けてまいりました」

 町長――といえば町長だろう。それが「三人の」とは、言いづらかったが。威厳のある笑みで、ディルートが微笑んだ。

「ご苦労だった。長旅疲れたであろう。ゆっくり休むとよい。良くやったな、そなたの任務は完了だ」

 その言葉は、シャルロットの胸に響いた。――これで終わり。嬉しくないはずがないのに、なぜだか素直に喜べなかった。

「…とはいえ、スイードは謹慎を終えたが出国中のそなたはまた謹慎の身だろう。いつも通りとはいかぬがな」

 「はっはっは」とディルートが腹から笑った。そんな言葉にも、シャルロットはにわかに笑みを作るだけだった。そんな様子に、ニースも気が付かないわけがなかったが、ディルートの前なので私語は慎んだ。

 ディルートの目が、ニースに移った。

「ダークイン殿、わが宮殿の者を送り届けてくれて感謝する」

「…は」

「先を急ぐ旅であろうが、部屋を用意しよう。好きなだけ利用していくがいい」

「…ご好意感謝致します」

「これから先はどうするのだ?」

 話を変えるように、ディルートが切りだした。目線を下げたまま、ニースが答える。

「バンドベル王国を抜けた後は、北へ向かって風の王国へ…。それから西の大陸を出て北の大陸――水の王国へ向かいます。その後も国を回り、火の王国へ帰還する予定です」

「そうか、それは長旅になるな」

 話が終わるとニースは一礼し、出口に向かった。シャルロットもそれに続いたが、ふいに、ディルートが声をかけた。

「…そうだ。ダークイン殿」

「はい」

 足を止め、ニースが振り返った。

「少し前…そなたがこの国を出た頃のことだが…。火の国の仕官と名乗る者がそなたを探しに宮殿までやってきたぞ」

「仕官…ですか…?」

「ああ、そなたに渡したいものがあると言っておった。ダークイン殿は数十日もすれば戻る予定だと伝えたのだが、彼も急ぐ旅だったようでな。その日のうちに宮殿を後にした。心当たりはあるか?」

 ニースは、わずかに間をあけた。

「…いえ。出国後は国の者との接触する予定はありませんので」

「そうか…ならよいのだ。なに、素性を確かめる間も無かったものでな。曲者だったかも知れぬ。知らぬならそれでよいのだ。…シャルロット」

「は、はい?」

 突然振られて、シャルロットは声が裏返った。

「エリオットにお前の帰還を知らせた。…早く無事な姿をみせてやりなさい」

「…はい!」

 兄の名に、沈んだ気分がにわかに和らいだ。ディルートに頭を下げると、今度こそ部屋を出た。




 ガツンッ

「やべ…っ!」

 ヌンチャクの片割れが、廊下の壁にぶつかった。慌てて、パスがそれを両手に掴む。暇をもてあました挙句振り回したヌンチャクだが、まだ完全にものにしていないそれは、簡単に自分を翻弄する。

「静かに待てねぇのかよ」

 ワットが、壁に寄りかかってしゃがんだままパスを見上げた。その隣で腕を組んでいるメレイは、二人など眼中にすらいれていない。

ドアの開く音と共に、シャルロットとニースが玉座の間から出てきた。

「シャルロット!」

 待ちくたびれたとばかりに、パスが駆け寄る。

「お待たせー」

 笑顔で返すも、それに曇りがあった事にワットが気が付いた。

「具合でも悪いのか?」

「…ううん」

 そう答えつつも、言おうか迷う。本当は、寂しいのだと。せっかく親しくなり始めたばかりだ。ニースとも、ワットとも。皆と別れるのは、やはり――。

「シャルロット!」

 突然、会話は男の声に遮られた。男――いや、知っている声。振り返ると、シャルロットは今言おうとしていた事など頭から飛んでいってしまった。

「お兄ちゃん!!ミーガンも!」

 廊下の向こうから走ってきたのはエリオットとミーガンだった。片腕を固定したままのエリオットはにわかに走り辛そうだったが、同時に駆け寄ったシャルロットを、エリオットは片手で抱きしめた。

「わ…っ!」

「良かった、無事で!怪我したりしてないか?危ない目にあったり…」

「だっ大丈夫よ、何ともない…!」

 思ったより、兄の方が深刻に心配していたようだ。それを遮るように、シャルロットはエリオットから離れて大丈夫だと言う事を笑顔でアピールした。

「お帰り、シャルロット!」

「ミーガン!久しぶり!」

 言葉と同時に、今度はミーガンに抱きつく。高い声で再会を喜ぶ妹達を見て、エリオットが言った。

「疲れただろ、今夜はゆっくり休んで……ニース様!」

 言葉の途中で、歩いてきたニース達にエリオットが気が付いた。しかし、一緒にいるのはニースだけではない。シャルロットはミーガンから離れてニース達の隣に立った。

「ニース様は…平気よね。こっちはワットとメレイとパス。なんてゆーか…、成り行きでここまで一緒にきちゃったの」

 突然紹介されたところで、意味など分かるはずもない。ミーガンが、首をかしげた。エリオットと目が合い、ワットが軽く頭を下げた。その隣で、メレイが行儀よくお辞儀をしている。パスは、宮殿の人間に壁の傷がばれないかと思い、さっさとヌンチャクをポケットに突っ込んだ。

「…妹が世話になったようで…」

 一応、エリオットが手前にいたメレイに挨拶を返している。その間に、シャルロットはワットに寄った。

「(どうするの?あの事、言う?言わない?)」

 当然、現在も固定されているエリオットの腕の件である。あの晩、彼の腕を折ったのは自分だと伝えるか否か。ワットが「うーん」と小声で返すと、突然、シャルロットは体を引かれた。エリオットに、腕を引き寄せられたのだ。

「わっ、何…」

「まだ話したいけど俺今すげー忙しいんだ。今朝からオリディア様の機嫌が最悪でさ。すぐ戻らないと」

 その目が、にわかに鋭さを含んでワットに向いた。その意思が伝わるようで、ワットが自然と目を逸らす。

「じゃあ、俺行くから。後でな。…ニース様、妹を無事に連れて帰ってきて下さいまして、ありがとうございました」

ニースに頭を下げ、エリオットは廊下を走って去っていった。

「家にいるからね!」

 エリオットの後姿に手を振ってから、シャルロットはワットを見上げた。

「どうしたの?」

「…あ?ああ…。やっぱ、言うのはもう少ししてからにすっかな。…さらに怒らせてもマズイし…」

「さらに?」

 はぐらかすワットに、シャルロットは首をかしげた。

「いや。何でもねぇ。ま、ちゃんと言うから先にバラすなよ」

 ワットはそれ以上、答えなかった。割って入るように、ミーガンがシャルロットの腕をとった。

「それにしても疲れたでしょ!とりあえずゆっくり話せるところに行かない?今なら塔の大部屋があいてるわ!」

「そうね、行こ!ニース様達も一緒に来ません?」

「君は仕事は平気ないのか?」

 ニースがミーガンに気を使った。

「途中ですけど、ちょっとくらい平気ですよ。忙しい時間は過ぎたから!」

 笑いながら、ミーガンはシャルロットの手を引いた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ