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同じ天の下  作者: コトリ
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第9話『決意』-1




 海賊達をロープで縛りあげ、乗客達は落ち着きを取り戻した。皆で協力し、船外に出された船員達の小船を戻すのに必死になっている。

 シャルロット達は、そこから離れた甲板でベンチに腰掛けた。テーブルを挟んだ正面の椅子に座ったメレイは足を組み、ポニーテールの毛先を指でくるくると触った。まるで、こちらの視線など気にしていない様子だ。その笑顔は、今まで知っているしとやかなメレイとはまるで違った。

「今まで嘘ついていて、悪かったわ」

 あっけらかんとした声で、メレイが言った。返事ができるほど、シャルロット達は頭が回らなかった。それを見て、メレイが吹き出すように笑った。

「いやあね、そんな目で見ないでよ。嘘ついてたことは謝るってば!」

「別に謝ることではない。…助けてもらったのだからな」

 ニースが息をついて目をそらした。明らかに、呆れている。対照的に、シャルロットはメレイから目が離せなかった。

「メレイさん、強かったんですね…。剣であんな…」

 口を開けた顔に、メレイが楽むように笑った。

「…ふふ。まあね。それよりもう“さん”はいらないわ。メレイでいいわよ、シャルロット」

「え?」

「ごめんね、ああいう風にしていた方が色々便利だったから」

 そう言われても、やはり戸惑いは隠せない。わずかにどもり、シャルロットは頷いた。

「…で?」

 メレイが、その声に顔を向けると、腕を組んで自分を睨むワットの視線と重なった。ワットは一人、ベンチから離れた手すりに寄りかかっていた。

「説明してもらおうか。お前がこの船に乗った本当の理由は何だ?たかだか観光ってわけじゃなさそうだしな」

 視線が、メレイに集まる。メレイはしばらくワットと目を合わせたが、視線を落として重く息をついた。

「…あーあ…。面倒なことになっちゃったわね。だからああいう風にしてたほうが楽だったんだけど」

 足を組みなおし、上げた顔で意味深に笑う。それでもワットの表情は変わらなかった。

「ちょっとね。人を、捜してるの。それだけよ」

 それ以上は、語る気はない。そういう目だ。ワットは、舌打ちしたい気分で目を逸らした。

「ずっと気になっていた。火の王国からはどうやって来たんだ?民間の船はでていないはずだ」

 ニースの声に、メレイが顔を向けた。

「そっか、そうよね。あんたは火の国の人間なのよね。じゃあバレてるんだ。…貿易船に乗ったのよ」

「どうやって…。一般人は乗船禁止のはずだ」

 ニースの真面目な回答に、メレイが吹き出した。

「ばかね、そんなのちょっと船員のお兄さんに頼めば乗せてくれるわよ」

 一瞬間を置き、ニースが顔をそらしてあからさまに息をついた。確かに、自国の警備がそれではため息もでるだろう。

「おお、なるほど!」

 そんな気も知らないシャルロットは、納得に手を叩いた。

「メレイちゃん綺麗だし、ワットだってメレイの頼まれごとは断れなかったもんね!…ぁわっ!」

 ワットを見上げると同時に、その手に頭を捕まれて下を向かされた。

「あのぉ…、ちょっとよろしいでしょうか」

 ふいに、他の乗客の一人に声をかけられ、シャルロット達は振り返った。

「…どうしました?」

 一番に返事をしたニースは、多少この場から外れたかったのかもしれない。声をかけてきた男性は、シャルロット達とさほど身分の差は無いだろう。おそらく、誰かの付き人だ。

「実は…船員達の小船を引き戻そうにも、船と小舟をつなぐロープをきられてしまったらしくて引き寄せられないんです。それでこの船を操縦できる人が…」

「まさか…誰もいないんですか?」

 言葉を遮り、ニースが目を開いた。第一、小船を引き寄せたとしてもこの船は大きい。小船からは高さがあり、梯子でもないかぎり登れないだろう。男性が困った顔に拍車をかけた。

「…はい。他の方達にも聞いてまわってるんですが、何せ皆船は乗る側の人達ばかりで…。あなた方の中には船の操縦出来る方はいらっしゃいませんか?このままではバントベル港に着く前に遭難してしまいます…」

 シャルロット達はそろって顔を見合わせた。しかし、その顔を見れば分かる。誰も、操縦などできるはずが無い。

「…もうウィルバック港も見えないし、かといってドミニキィ港もまだまだだ…。何より日も落ちてる」

「船員達の乗った船がドミニキィまで誘導してくれるそうなんですけど、進めることができなければ話になりません。これじゃ遭難船と変わりませんよ…。食べ物がもつといいけど…」

「この船の操縦ってそんなに難しいのか?」

 パスが顔を上げて口を挟んだ。

「ある程度の技術があれば可能だろうけど…、僕達は操縦なんてまるでやったことないから…」

「ガキは引っ込んでろ、パス」

 ワットの言葉に、パスが口をとがらせた。

「…あのなぁ!オレはこう見えてもしょっちゅう釣りで沖にでてたんぜ?お前よりは絶対海に強い!」

 パスが怒鳴ると、自然と視線が集まった。

「…じゃあ、この船の操縦もできちゃったり…する?」

 期待を込めて、シャルロットはたずねた。

「たぶんね」

 パスが男性を見上げた。

「このでかさならそんな難しい作りじゃないんだろ?見てみなきゃ分かんないけどたぶんいけるぜ」

「じ、じゃあ!こっちに来てくれますか坊ちゃん!」

 一目散に、男性がパスの手を引いて船内に連れて行った。パスは男性の語尾をブツブツと気にしていたが、おかまいないらしい。ワットが笑って息をついた。

「は…、あんなガキでも役立つことがあるもんだな」

「ワットは知らないかもしれないけど、パスだってファヅバックで強かったんだよ?」

 シャルロットの言葉に、ワットは鼻で笑っただけだった。

「…ま、いたらいたで役には立つかもしれねぇけど」

 睨むシャルロットから視線をそらし、わざわざ付け加えた一言に、今度はニースに睨まれた。

「…なんだよ」

「…こっちの利益であのような子供をこの先の旅まで連れて行くわけにはいかない。これからも無事でいられるとは限らないからな」

「…わかってるよ…、冗談の通じねぇ奴だな…」

 あくまで、ワットもそれには同意見だ。

「シャルロットは?」

「…やだ、私は何とも言えないわ!」

 自分もニースには迷惑をかけてばかりなのに、意見など言えない。シャルロットが顔を赤くして慌てると、隣のメレイが笑ってシャルロットの頭をついた。

「ふふ、シャルロットってば、カワイイ」

「もう、からかって!私、パスの様子見てくる」

 メレイに加え、ニースにまで笑われてしまった。早く、こんな場所からは去ろう。シャルロットは逃げるようにパスの入った入り口から船内に入った。

「私も様子を見てこよう」

 ニースが席を立った。残されたワットは、一人になったメレイには顔を向けなかった。――この女は信用できない。

 それが、ワットの持った印象だった。そう、本当は、初めてこの女が猫を撫でるような声で話し始めた時からそう思っていた。

「お前は行かねぇの?」

「行くわ」

 気付いているのかいないのか、メレイもワットと仲良く話をしようとは思わなかったようだ。席を立ち、船内へのドアを開けた。

「…メレイ」

 遅れながら、その背に目を向ける。ワットの言葉に、メレイが足を止めて振り返った。

「何?」

「お前、誰に剣を習った」

 メレイが、答えずにワットを見つめた。

「並みの技には見えなかったぜ」

 その言葉の意味を理解し、メレイはわずかに口の端を上げた。

「当然でしょ」

 メレイはそのまま、船内に入っていった。




「う…ん…」

 いつのまにか、眠ってしまっていたようだ。船の操作室、隅のソファからゆっくりと起き上がると、視界は眩しかった。窓の外は、すっかり明るくなっている。

 いつの間にか体にかかっていた毛布を持ち、シャルロットはあたりを見回した。同じ部屋で舵を取っているのは昨夜の男性だ。ここには、彼と自分しかいない。男性が振り返った。

「おや、起きられんですね。皆さんは船首にいらっしゃいますよ」

「…れ?パスも…?」

「ええ、パス君のおかげで…」

 男性の視線に、初めて気がついた。自分の隣のソファには、パスが丸くなって眠っていた。

「彼のおかげで助かりました。船首に行けばわかりますよ」

 寝起きで、すぐには理解できない。とりあえず、シャルロットは毛布を羽織って船首に向かった。

 甲板に出た途端、冷たい風が肌を撫でていった。南に位置するこの海でも、朝一の風は冷たい。

「寒…っ」

 身をかがめると同時に、シャルロットは目の前の景色に感動した。

「うわぁっ…!ドミニキィだわ!」

 目の前に広がるは、一面の大陸だ。遠方ながらもはっきりと見える港町、それは、この船が目指していた港に他ならない。そして水平線の先まで見渡せる大陸――。それは、間違いなく自分達が出てきた「西の大陸」だ。そのはるか遠くに、かすかに砂の王国の宮殿、バントベル宮殿が見えた。

「起きたのか」

 船首のテーブルを囲い、ニースとメレイが座っていた。ワットは一人、手すりに寄りかかっている。

「パスは?」

 ワットが言った。「まだ寝てる」とだけ答え、シャルロットも同じテーブルに着いた。

「あと二時間もしないで到着するそうよ」

 メレイが大陸を眺めながら言った。皆もこの景色を見ていたらしい。

「さて、あいつが起きたらなんて言うか」

 ワットがにわかに笑ってニースに視線を落とした。それに気がついても、ニースは目線すら向けなかった。




 一時間半後、船はドミニキィ港に到着した。桟橋から次々と息をつくように乗客が降り立つ。この一晩の疲労を考えれば、皆生き返るような表情だ。シャルロットも、跳ねるような気分で港に降り立った。実際、ワットが荷を持ってくれたので跳ねてはいたのだが。

「到ちゃー…」

「いいだろニース!!」

 はしゃいだ声を、パスの声が遮った。背伸びの途中で、振り返る。同じように、他の乗客達も振り返っていたが、ニースはさっさと桟橋を降りて、シャルロットを通り越した。パスが、走ってそれについていく。ニースが早足だと、パスは走らなければおいつけない。パスが起きてからは、ずっとこんな調子だ。「何度も言うが…」と、ニースが足を止めて振り返った。

「父君との約束はどうした。ドミニキィまで来たら引き返すと約束したのではなかったのか?」

「父ちゃんにならいくらでも知らせる方法はあるさ!」

「しつこい奴だな、お前も。ニースは迷惑だって言ってんだよ」

 ワットが、二人を追い越しざまに言った。それを聞き、パスがすぐにワットを追いかけた。

「お前こそ!シャルロットから聞いたぜ!勝手についてきたって!それに誰のおかげでドミニキィに着けたと思ってんだよ!」

 わめき散らすパスに、ワットは足を止めてパスの頭を掴んだ。

「恩を売ってるつもりか?俺らが南の大陸でやったことを思えば貸し借りはナシだろ。それに俺はお前と違って『強い』からな」

 言葉と視線の重圧に、パスが言葉に詰まる。見かねたニースが間に入った。

「落ち着け、二人とも」

「そうよ、ワットも言い過ぎ!」

 一緒に、シャルロットも仲裁に入った。ニースが、パスの肩に手を乗せた。

「…君は何でそんなにきたいんだ?これは遊びではなく、仕事なんだ。それに各地を回るからにはそれなりに危険なこともある。こんな短期間でも危ないことが二度もあったろう」

 ニースの言葉に、パスから勢いが消えた。うつむき、わずかに口を動かした。

「…父ちゃんが…」

 話し始めたパスに、シャルロットとワットも目を向けた。

「父ちゃんが…探検家だった話はしただろ。オレも、ずっとそんなことに憧れてた」

 パスがニースを見上げた。

「あちこち回るっていうなら、それこそついて行きたい!!」

 必死の目が、ニースを見つめた。周囲の乗客達はいつの間にかいなくなり、シャルロット達は、桟橋に残る最後の客になっていた。ニースが、目を逸らしてため息をついた。

「…何度も言うが私は仕事なんだ」

 パスの顔が、わずかに歪んだ。唇を噛み、顔が下がる。当然の選択だろう。

「…だから、期待通りにはならないかもしれんぞ」

 シャルロットとワット、パスが同時に顔を上げた。

「おい!」

 ワットが声を上げた。

「認める気かよ!?知らねーぞ」

「これ以上説得しても無駄のようだ」

「やっった!」

 口を開けるワットとは対照的に、パスは両手を握り締めて喜んだ。ニースはさっさとその場を離れ、船から下りてきたばかりのメレイを見上げた。

「メレイはこれからどうするんだ?港に用があるのか?」

「無いわけじゃないけど…。あんた達は?」

「私達はこれからシャルロットを送り届けにバントベル宮殿に向かう」

 その言葉に、シャルロットは顔を上げた。優しいニースの顔と、目が合った。

「兄君に約束したからな」

 わずかしか離れていないのに懐かしさを感じる宮殿はもうすぐそこだ。兄や友人達に会えるのも――。

「砂の宮殿?楽しそうね、私も行こうかしら。いい?シャルロット」

「…え?あ、うん。いいけど…」

 思考にとらわれていたシャルロットは、にわかに反応が遅れた。それに、ワットが気がついた。

「どうした?」

「う、ううん!なんでもない!預けた馬を引き取りに行かなきゃ!ニース様、私先に行って手続きしてきます!」

「おい――」

 ワットが呼び止めたが、シャルロットはさっさとその場を走り去った。肌を感じる空気が懐かしい。周囲に見える色すらも。

(…――帰ってきたんだ。もうすぐ、お兄ちゃん達に会える。…それで…ワット達と一緒にいることはなくなるんだ…)

 走る足は次第に遅くなり、シャルロットはとぼとぼと店に向かった。



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