第8話『正体』-1
夜の町は、祭が催されていた。
新町長を祝っての祭で、ララの宿にいるシャルロットにも、その賑やかな音楽や笑い声は届いていた。夕食の並んだ食堂に集まった皆の前で、赤毛のポニーテールの女性が頭を下げた。
「私、メレイと申します。昨日までは東の宿屋に宿泊していました。皆さんのご好意には本当に感謝いたします」
「いえいえ、女性を夜の森に送り出すような真似は出来ませんもの。さ、召し上がって」
ララが笑った。テーブルには、ララの料理が所狭しと並んでいる。
「そっかー。じゃああんたが噂の東の宿の客だったのか。どうりで美人なワケだ」
ワットの言葉に、メレイがクスリと笑った。
「お上手ですね」
「ってことは、東の大陸から一人で来たって本当なのか?」
「まあ、そんなことまでご存じなんですか?ええ。東の大陸から参りました」
へえ、と息をつきつつ、ワットがグラスの水を飲んだ。
「あの、まだ言ってませんでしたよね。私、シャルロットっていいます」
シャルロットはメレイと話したくて仕方がなかった。美人で物腰もしっかりしたメレイは、女ならば誰だって憧れる。
「俺はワット。よろしくな」
「オレパス」
ワットとパスが続けて言った。
「私はニースです」
ニースの言葉に、メレイが振り返った。
「ニース…さん?…ニース=ダークインさんですか?」
「…ええ」
「メレイさんご存じなんですか?」
シャルロットが顔を向けた。メレイは、わずかに目をそらした。
「え?…ええ。火の国の騎士団隊長の方ですよね。火の王国で、お噂を…」
「へぇ、さすが有名人だな!」
ワットの茶化した言葉に、ニースはメレイを見返した。わずかに、心に引っかかるものがあった。
「メレイさんはウィルバックに向かわれるんですよね」
シャルロットが言った。
「ええ」
「私達も明日、砂の王国に帰るんです。だから明日はウィルバックに向かうんですけど、一緒に行きません?」
「お、そうだな。あの森は昼でも充分危ねぇし…」
ワットが賛成した。
「本当ですか?実はお願いしようかと思っていたのです。あの、それと今砂の国へ向かうとおっしゃっていましたが…」
「はい。私、砂の王国に住んでるんです」
「…実は私も西の大陸へ向かっているところなんです。砂の王国ならばドミニキィ港…ですよね?できればそこまでご一緒させていただけませんか?」
「西の大陸?」
ワットが思わずフォークを置いて口を挟んだ。
「あんた…えっとメレイ?メレイはさっき東の大陸から来たって言ってただろ?」
「ええ」
「女が護衛もつけないで一人でそんな長旅してさ。なんかよっぽどの理由があんのか?」
その場にいた全員が、ワットの質問に興味を示して食事の手を止めた。メレイは、それまでと同じように微笑んだ。
「ええ。人を、探しているんです」
「…人?」
シャルロットが首をかしげると、メレイはもう一度「ええ」と頷いた。シャルロットはニースに顔を向けた。決定権はニースだ。付き人の自分や、護衛の立場のワットにはない。
「ニース様…」
ニースはメレイへ視線を向けたが、視線が重なるとそれを落とした。
「女性の一人旅は物騒だろう。山賊の件もあるし、同行したほうがいい」
「やったぁ!」
シャルロットは思わず声をあげた。少なからず好意のある相手が一緒に行動するようになるのは嬉しい。
「ご好意感謝いたします」
メレイが手を合わせて微笑んだ。
「じゃ、よろしくな、メレイ」
ワットが再び料理を食べながら言った。ふいに、不思議に思った。女好きのワットにしては、食いつかないのは珍しい。
「オレも行きたい!」
突然、パスが高く手を上げた。同時に、全員の静まり返った視線が集中する。しかし、誰も一言も発することなく、食事が再開された。パスが、怒りをテーブルにぶつけて立ち上がった。
「何だよ!」
「何バカなこと言ってるの、皆さんにご迷惑をかけるようなことを」
隣のララが料理を食べながら冷ややかに言った。
「な、なんだよ!迷惑なんてかけな…」
「だめよ。私が許さないわ」
いつも柔らかく笑う目が、鋭くパスを睨む。パスは、わずかにひるんだ。
「ラ、ララに許可されなくたって…!」
「当たり前でしょ、止めなかったら私がヴィンオーリに叱られるわよ!」
ララの口調がだんだん強くなると、パスの勢いはだんだん弱くなった。
「と、父ちゃんは別に…」
「とにかくダメ!!それから明日の皆さんとの出発に合わせて家に帰ること!四日も家を空けてるんだから!いいわね!!」
断る事は許されない。そんな、雰囲気が漂った。シャルロット達と同じく、パスは言葉を失い、そのまま席に座った。
「…わ…判ったよ…」
納得いかない顔のまま、言って見せた言葉だった。ララの勢いに押され、シャルロット達は口を挟む余裕もない。ララが笑顔で立ち上がった。
「デザート持ってくるわね」
そのままキッチンの奥に消えていくララを確認すると、パスがテーブルにあごを乗せた。
「…ララは怒らせると怖いんだ。…じゃあさ、ウィルバック行く前に皆でオレの家に寄ってくれよ」
「何で」
ワットが、もっともな返事をした。
「事情を説明してもらいたいんだよ。四日も家を空けたんだ。だからさ…」
「怒られる?」
シャルロットが思いついたように言ったが、当たりのようだ。
「そうだよ!悪いかよ!」
パスは頬を膨らませ、ふてくされた。
夕食の後、シャルロットは部屋に戻った。メレイは同じ部屋にとまる事になり、対面のベッドで荷の整理をしている。シャルロットは髪をほどき、寝巻きに着替えて自分のベッドに座った。
何度見ても見惚れてしまう。美人なだけでなく、背も高くてスタイルもいい。
(何食べてたらあんなに胸が大きくなるんだろ…)
余計な事まで考えていると、メレイがシャルロットの視線に気がついた。
「どうかしました?」
「え!?…あっ…何でも…っ!」
慌てて視線を逸らした。思わず、顔が赤くなる。首をかしげて笑うメレイに、シャルロットは愛想笑いを返した。ふいに、メレイが手に持っていた荷の一つが目に入った。布を巻いた、長細くて大きな物――。
「それは…」
シャルロットの声に、メレイが振り返った。その布の形状は、おそらく――。
「剣…?」
「ええ」
メレイが微笑んだ。その手が、布の上からそれを撫でた。
「とても大事なものなんです。重いんですけど、手放せなくて」
きっと、思い出の品か何かなのだろう。わずかに目線を下げた彼女の表情に、シャルロットはそう感じた。
「もう寝ましょうか」
メレイが変わらぬ笑顔で言うと、シャルロットもそれに同意した。
一階では、ララがカウンターで帳簿をつけていた。先程まで食事をとっていた椅子に、ワットとニースが座っている。ニースはまた地図を書いていたが、ワットは靴を脱ぎ、テーブルに足を乗せてダラリと座っていた。
コンコンッ
「ローレンスさん。ローレンスさん」
静かな部屋に、ノックが響いた。「こんな夜中に」と、ララがカウンターを立ち、ドアに向かった。
「はい、どなた?」
「保安所の者です」
「え?い、今開けますわ」
慌てて、ララが錠をはずして玄関のドアを開けた。四十歳前後の男が目をキョロキョロさせながらそこに立っていた。
「どうなさったんですか?こんな時間に…」
「すっすみません。ローレンスさん。こちらにニース=ダークイン様がご宿泊と聞いてきたのですが…」
その声に、ニースとワットが振り返った。ララもニースを振り返った。
「ダークインさんなら…」
「…私ですが」
ニースが席を立った。男は、ニースを見て一瞬顔を緩ませた。しかし、それもすぐに先ほどまでの緊張のおもむきに戻った。
「す、すみません。実は町長から…イオード町長からの伝言で…、内密にしていただきたいことなのですが…」
話しながら、男の視線はララとワットをとらえた。ララが、一瞬間を空けてからはっとした。
「私は失礼しますわ」
ララがカウンターの奥の部屋に行った。男がワットを見た。
「言いふらしたりしないって」
ワットは手をひらひらとさせ、笑った。迷ったようにニースを見ると、ニースが同じようにワットを見てから男に向き直った。
「彼は大丈夫です。で、ご用件は…?」
ニースの言葉に、男はワットを気にしないようにつとめた。
「は、はい…。実は…。昼の山賊達の一件で…。保安所の拘束室に閉じ込めておいたのですが…」
「…が?」
ワットが語尾を気にして聞き返した。結局聞いているワットに、男は怪訝な顔を隠しきれていなかった。しかし、話を進めた。
「六人ほど、殺されていたのです」
「殺された…?仲間割れですか?」
ニースが目を見開いた。思わず、ワットもテーブルに乗せていた足が降りた。
「そ、それが…。全員手足の自由は利かないようにして閉じ込めておいていたんです…。他の山賊達が言うには、彼らは六人は同じ賊団員ではなかったと言うんです…」
「…何だそりゃ」
いまや、ワットは話に入り込んでいた。
「今町長達と数人が集まって、町人達には知られないように内密に事を処理しています…」
「私に頼みというのは、調査か何かでしょうか。それでしたら私達はもう明日にはここを発つ予定でして…」
「い、いえ違います。それが…その…。山賊の言っていることはきっと本当だと思うんです。事実、殺された男達だけ、異国の服を着てましたから…」
男の言葉に、ニースははっとした。思い当たる節がある。あの時の――。
「その…、数人の話では彼らは町人には興味を示さずに、あなただけを…襲ったとか…」
ワットが、思わずニースを見た。そんな話は、一言も聞いていない。
「町長達が何か心当たりはないか伺いたいと申しておりまして…」
立ち上がり、ワットがニースの肩を引いた。
「おい、そんなことあったのか?」
「…ああ。だが…」
質問に対し、ニースは言葉を濁し、男を見た。
「申し訳ありませんが、心当たりはありません。ですが…皆さん朝まであまり出歩かないほうが良いですね…」
「…え?」
男が目を丸くした。
「誰かが侵入して彼らを殺したのなら、まだ下手人がこの町にいるかもしれません」
「えぇ?!」
男が思わず声を上げた。何せ、自分はこの暗闇を一人で歩いてきたのだから。
「僭越ながら、私も今夜は警備を手伝わさせて下さい。町長達のところへ案内して下さいますか?」
「え、おいニース。出発は明日だぜ?」
「夜明けまでには戻る」
ニースが玄関のドアを開けた。男が先に家を出た。
「ワットは用心してこの宿に残ってくれ」
「…あ、ああ。それは構わねぇけど…」
そういい残し、ニースは男と一緒に行ってしまった。
朝日が高く上っても、ニースは戻ってこなかった。シャルロット達は宿の前で馬に荷を積んでいた。馬を持たないメレイの為に、ララが自分の家の馬を一頭、貸してくれた。メレイが、ためしにその馬に乗って歩いている。ワットは宿の入り口に座ってそれを眺めていた。
「乗れるんだな」
「ええ、乗馬は得意なんです。でもよろしいのかしら、貸して頂いたりして…」
メレイがララに顔を向ける。
「いいのよ。夫はしばらく帰ってこないから。ウィルバックの小屋に預けておいてくだされば大丈夫ですから」
「もう出発できるな。ニースはどこに行ってんだ?」
ゴーグルを額にセットし、パスが周囲を見回した。皆を不安にさせるだけだと思い、ワットはニースの事を皆に言っていなかった。ララにも「町長達と話があるようだ」程度しか伝えていない。しかしあんまり遅いようならこちらから町長の家に行かなくてはならないが、それも面倒――。
「遅くなってすまない」
思考にとらわれていると、ニースがタイミングよく戻ってきた。
「ニース様!どこ行ってたんですか?」
シャルロットが歩き寄った。ニースは昨夜の格好のままだ。もしかしたら、一晩警備にあたっていたのかも知れない。
「…少し町長達にご挨拶をしていたんだ。皆さん忙しくて手が離せないそうだったからな」
「そうですか…」
シャルロットはまったく気がつかなかった。また早起きして、出かけたのだろうと思った。ニースが馬に自分の荷を乗せると、ワットが歩き寄った。パスもそばにいるが、構わないことにした。どうせパスとは、今日の昼には別れる予定だ。
「どうだった?」
ニースはワットを見なかった。
「顔を見たが、やはり心当たりはなかった。だが…」
「…だが?」
ニースは横目でパスを見た。
「…いや、後にしよう」
ニースはそういうと、馬に乗った。
「出発しよう」
先を進んだニースを見て、パスがワットを見上げた。
「何の話だ?」
「ニースには、ファンが多いんだよ。それより、道案内はまかせていいんだな?」
「お、おう!任せとけ」
パスはそう言うと、ワットが馬に乗ったのでその後ろに乗った。ワットは心の中で舌打ちした。気にならない話のわけが無い。パスがいても、先に聞いておきたかった。
「ララさん、お世話になりました!」
シャルロットが馬を進めながら手を大きく振ると、ララは遠くから笑顔で手を振り返した。