第7話『結末』-4
「少しよろしいですか」
「…ダークインさん」
レイシスが、付近の付き人を呼んだ。
「山賊達の手足を縛ったら全員保安所に集めて。話がつき次第、砂の王国か火の王国に引き渡しましょう。この町だけじゃ対応しきれない人数だわ」
「わかりました」
そう残し、付き人は壇から降りていった。町人達の前で、大きく手を叩いた。
「皆、手伝ってくれ!イオードさん達の話の続きはまた後だ!さぁ片づけだ!!散った散った!!」
あちらこちらから、「おう」「ああ」と返事が返ってくる。それと同時に、町人達は広場の片付けに入った。
「仕事の話しかい?」
周囲をよそに、イオードがニースを振り返った。
「はい」
ニースの目が、シャルロットに移る。シャルロットははっとした。
「あの…、これをお渡しします。えっと…」
金の筒を、一瞬誰に渡すべきか迷った。しかし、一番近くのイオードが手を出したので、それを手渡した。
「皆さんで…お読み下さい。砂の王国の国王様…ディルート=バンドベル様からの書状です」
シャルロットは思いつく限り礼儀正しくそれを言った。一応、自分は使者であることを思い出したのだ。イオードは了承の意味で笑顔で頷いた。
「判った。確かに受け取ったよ。後で三人で読ませてもらう」
「はい」
「…私からはお話が」
ニースが言うと、シャルロットは下がった。
「ええ、聞くわ」
「書状ではないのか?」
ラダの言葉に、ニースが小さく頷く。
「世界視察で回るのは本来王国だけですので書状はありません。ですが王の了解を持って、正式ではありませんがこちらを…」
ニースは、白い封筒をイオードに手渡した。赤い朱肉で封がされ、火の王国の紋章・鳳凰の印が押されている。
「詳しくはそちらに書かれておりますが、この大陸にあるこの町を中心とした五つの町は、この五年の間に大きく変わりました。以前の地図は、ほとんど役に立たないほどに」
「…確かに。土地も変わったが港も大きくなって旅行客も増えたしな」
ラダが言った。
「我が国でも、この大陸の発展はめざましいと、常々考えられております。何度も使者が来ているとおり…」
「領土問題ね」
先を読むように、レイシスが答えた。ニースが頷いた。
「…はい。我が国では出来るだけ穏便に、事を進めたいと思っております。隣国との争いはできるだけ避けたいですし、砂の王国からも使者が送られてきていることは王も重々承知です」
シャルロットははっとした。砂の王国からの使者――つまり自分のことか。それより前にも、確かに何度もここには使者がきている。しかし、なぜそんな事をしているかまでは、シャルロットは知らなかった。自分とニースは、同じ目的でここにいたのか。ニースを見上げるシャルロットをよそに、ニースが話を続けた。
「…ですが…、これは城の一部の人間…私の自論になりますが…」
「ん?」
ニースがわずかに語尾を濁したので、イオードが聞いた。
「…私個人の考えでしたら、我が国や砂の王国の海を夾んだ領土の拡大より、あなた方大陸の町で一つになり、独自で立国されるという答えの方が、よろしいかと考えます」
イオードが、わずかに眉をひそめた。
「我が国といたしましては…。先程も申し上げたとおり、隣国との争いは少しでも避けたいのです」
イオード達が顔を見合わせると、ニースはわずかに間をおいた。
「…お返事は、また我が国から使者が参ると思いますので、その時にお伝え下さい」
「…ええ…。わかったわ」
「よく考えさせて貰おう。ファヅバックだけの問題ではないからな」
イオード達の会話中に、一歩下がっていたワットが、ナードが壇から降りた事に気がついた。
「どこ行くんだ?」
ワットの声に、シャルロットやニース、そしてイオード達が振り返る。
「…別に」
「ナード。どこ行くの?」
ミントが一緒に壇を降りた。ナードは、わずかに振り返った。
「…ここにいても仕方ないだろ」
「…え?」
「帰るんだよ、家に。イデルに早めに頼んでおかないと、夕飯抜きになっちまう」
イオードが、はっと顔を上げた。ナードの口元にわずかに笑みが浮かんだ。
「お前も帰れよ」
「うん!判ってる!」
ミントが明るく声を上げた。ナードはそのまま、町人達の間を抜けて壇から去っていった。
「パパ、私も今日、ウチに帰るから!ナード、待って!」
ラダに言うと、ミントはそのまま小走りにナードを追った。シャルロットはパチンと指を鳴らした。
「あん、ナードのやつ、ここで仲直りするかと思ったのに!」
「…いきなりは無理だろ」
ワットが笑った。
「そうかなぁ…」
シャルロットは口に手を当て首をかしげた。
(…そりゃお前なら大丈夫だろうけど)
そう思っても、口にはしない。シャルロットのストレート過ぎる感情表現を思い出し、ワットはわずかに笑いがこぼれた。それを見られぬように、ワットはニース達に歩き寄った。
「…用は済んだんだろ?ここいらも落ち着いたし…俺達も宿に戻ろうぜ」
ワットを見て、シャルロットはわずかに、ニースに話しかけるのが気まずい気がした。ニースにして見れば、もしかしたら自分の立場は邪魔なのではないかと思った。火の王国の邪魔をする、砂の使者の自分は――。
「ああ、そうだな。シャルロット、行こう」
ニースが小さく微笑むと、そんな不安は薄れた。ニースの様子は、いつもと変わらない。笑って頷くと、ニース達に駆け寄った。ふいに、ワットは壇の付近で歩き出した女性の姿が目に入った。赤毛のポニーテールの、先ほどシャルロットと一緒に助けた女性だ。
「なあ、あんた!」
大きめの声で呼び止めると、女性が振り返った。壇の上から、下にいる女性を見下ろした。
「さっきはあいつ、助けてくれてありがとな」
ワットの言葉に、女性はまばたきをしてから小さく笑った。
「…いやだわ、あれは偶然でしたの。私こそあなたに助けて頂けましたし…ありがとうございました」
女性が改まって頭を下げると、ワットは照れくささで頭をかいた。
「それは俺があいつをぶっ飛ばしたかったからで、どうでもいいよ」
ワットが女性と話している事に、シャルロットも気がついた。そうだ、自分も礼を言っていない。
「…さ、さっきは助けていただいてありがとうございました!」
シャルロットは壇から降りて頭を下げた。少なからず、彼女がいなかったらどうなっていたことか。
「気にしないで。私も、あなたのおかげでこの方に助けて頂いたんだから」
女性がワットに笑いかけると、シャルロットはまた女性に見惚れた。本当に綺麗な女性だ。物腰も落ち着いている。
「…どっか行く途中だったんスか?」
ワットが女性の肩と背の大きな荷物を見て言った。町人にも見えないし、短いコートを羽織り、これから森にでも入ろうかという格好だ。女性が皆の視線をとらえている自分の荷や格好を見回した。
「ええ…。実は…ウィルバックに向かう途中だったんですが、こんな騒ぎになってしまって…」
「今から町を出たら森で真夜中になるぜ。明日にした方がいい」
ワットの言葉に、女性が小さく息をついた。色香のある息だな、とワットは余計な事が頭に浮かんでいた。
「…お恥ずかしい話ですが、私もうお金が残り少なくて…宿には泊まれませんの。夜通し歩けば明日の昼にはつけるでしょうし…」
「だ、だめです!危ないですよ!あの森には山賊もたくさんいるし熊だって…!」
(まだ信じてたのか…)
ワットとパスが心の中で同時に思った。
「宿なら…あ!パス!ララさんに頼めない!?」
「え?…あ、ああ。頼めるけど…」
急に振られた話に、パスが我に返った。女性が驚いて「え」と顔を向ける。
「それがいいぜ。コイツの家、西門近くの宿屋なんスよ。俺達も泊まってるし…。一緒に来ればいい」
ワットの言葉に、女性が迷いを見せた。
「…でも…私お金が無くて…」
「平気だよ。ララに頼めば何とかしてくれるさ」
パスが平然と言った。シャルロットも同時に手を上げた。
「私、お礼もしたいです!恩人さんですから!」
それを見て、女性は少し考えると、頷いた。
「…じゃあ…お言葉に甘えさせてもらおうかしら…。ありがとうございます」
女性が頭を下げた。
「そうと決まれば宿に戻ろうぜ」
「うん!」
パスの声に、シャルロットは笑顔で頷いた。時は、既に夕刻になっていた。
――町外れにある保安所。町の警備の中心となるべき場所であり、加えて捕らえた罪人を拘留しておく場所でもある。捕らえた山賊達は全員、ここに集められていた。いくつもの部屋に、数人ごとに分けて、手足の自由が利かないように柱に座った形で縛りつけられている。ほとんどの者が、まだ気を失っていた。
頭上のわずかな物音に、異国の服を着た男が一人、目を覚ました。この部屋に集められた山賊は、他の山賊とは服装が違っていた。自分の前に影が降り、男は息を呑むように顔を上げた。
「だらしがないわね」
男は一瞬で顔色を失った。目の前にいたのは細く、色の白い女性だ。いつのまにか、牢獄のドアがわずかに開いている。どうやってここに入ったかなど、もはや男にとっては問題ではなかった。白い生地に赤い花模様の入った派手な着物だが、袖はなく、裾も膝よりかなり上。暗い金色の帯に、体の線が出ないほどに着物をだぼつかせている。そこから伸びる手足が、着物によってさらに細く、白く見えた。
女性が目を細めて男を見下ろした。まだ若く、二十歳前後だろう。女性の手が、ゆっくりと自分の着物の隙間に入れた。小さく、金属の音がした。取り出したのは、手のひらに収まるほどの、刃物だ。男が慌てて口を開いた。
「ま、待ってください!!おれ達はまだ命令をしくじったわけでは…」
「無いといえるの?この有様で」
女性の落ち着きつつも強い口調に、男の言葉は遮られた。そして、次の言葉すら思い浮かばない。女性がわずかに口元に笑みを浮かべた。
「ユチア様からの伝言よ。『命令の一つもこなせないような奴はいらない』。命令は自分の命よりも優先させる。あなた達ヒラの掟でしょう?」
女性が刃物を男の首につけた。ひやりとする感触に、男の目が見開く。
「まっ!待て!待ってくれ!!!次は必ず…」
言葉の途中で、女性は同じ顔のまま刃物を横に振りきった。