第7話『結末』-1
まさにあっと言う間、ニースは四方を四人に囲まれた。
四人の男たちは全員剣を構え、ニースに狙いを定めている。ニースは、握った木刀を足元に捨てた。
「…なんだ?」
それを見て、男の一人が思わずこぼす。ニースは腰の剣をゆっくりと抜いた。
刃は白銀の光を放ち、柄には火の王国の紋章である燃えるような鳳凰の刻印が入った立派な剣――。それを構えると、男の1人が地に伏している仲間に視線を落とし、笑った。
「…さすがだな。おれ達はこれでも剣には自信があるんだが…」
「…貴様ら…」
「俺がやる!手ぇ出すなよ!――ハッ!!」
言葉の途中で、左の男が剣を振って飛び掛ってきた。
ギインッ!!
振り下ろされた剣を、ニースが下段から弾いた。
「な…っ!?」
男が信じられないくらいの速さと力だった。剣とともに男の両手が上がったが、力でそのまま頭上から剣を振り下ろした。
「うおりゃあっ!!」
ガッ!!
しかし、ニースはそれを横にかわし男の剣は地面に刺さった。ニースの剣が、男を横から斬った。
「ぐは!」
男の腕から血が吹きでて、男は腕を押さえて倒れた。ニースが他の三人を見据えると、男達の顔からは笑みが消えていた。
「ちっ…ダークイン相手に1人ずつって方がどうかしてるぜ!」
男の1人が口走った言葉を、ニースは聞き逃さなかった。
――今、確かに名を口にした。
「パス!!何してんだお前!!」
ワットの声で、広場の中央に走っていたパスは足を止めた。駆け寄るように、ワットがパスの肩に手をかけた。パスがその腕を掴み返す。
「ワット!いいとこに来た!!」
「隠れてろって言ったろ!!…なんで一人なんだ?シャルロットは!?」
「二人ともはぐれちまったよ!言う事なんて聞きやしねえ!!」
「んだと…!?」
「シャルロットはこっから逆方向…東の入口の方に行ったはずだ。でもあいつが追っていくのを見たからヤバイんだけど…!俺は今ミントを探してて…」
「あいつって!?」
「昨日の茶店の男だよ!お前が追っ払った奴!」
「あぁ?!」
ワットはまったく思い当たらず、イライラした様子で聞き返した。
「一人ならともかく途中で泣いてる子供拾ったんだよ。抱えてるからそんなに早く走れないはずなんだけど…!」
それを聞いて、ワットが顔色を変えた。
「バカ野郎…っそれを早く言えよ!!東の入口だな!?」
「ああ!」
ワットは東の入り口に向かって、パスはまた、壇上に向かってそれぞれ駆け出した。
「おやめ下さい!逃げましょう!」
ラダの連れの言葉に、レイシスが振り返った。連れ二人に抑えられているラダが、今にも壇の上へ行こうとしている。
「何を言ってるんだ!好き勝手にさせておくつもりか!」
「奴らはすぐに去ります!大人しくしていれば…!!」
「何しているのよラダ!!」
レイシスが思わずラダの腕を掴んだ。
「レシー!!フンッお前こそ!!何処かに行ってるんだな!!」
嫌味を含んだ言い方に、レイシスは目を細めた。
「バカなことを…!あなた一人でかなうとでも思ってるの!?彼らの言うとおり大人しく…」
「奴らが帰るころには町はめちゃくちゃになる!!」
レイシスの言葉を遮るのと同時に、ラダが自分を抑える腕を振り払い、走った。
「ラダ!待ちなさい!!」
伸ばしたては、ラダの腕を掴みそこね、レイシスはラダを追って走った。
「行くぜ!」
男が三人、同時にニースに斬りかかった。
しかしニースは、三人の刃が届く前に、一人の間合いに飛び込んだ。低い大勢で、すれ違いざまに腹に剣を入れた。
「ウァァッ!!」
吹き出る血と同時に男が倒れると、ニースが三人の輪から抜け出した。
「くっ…!」
振り返ると、男の一人がニースを睨んだ。しかし、もう一人の男には迷いが見える。ニースの強さと速さに、戦意を失いかけていた。
「おい、ど、どうする…!?」
「引くわけにはいかねぇ!失敗したらおれ達が殺されちまう!」
目を泳がせる男に対し、ニースを睨む男は強い意志で声を上げた。再び剣を構え、ニースに斬りかかる。
「死ねえ!!」
ニースはそれを、剣で受け止めた。激しい刃の音と共にそれを受け流し、男の背を斬った。
「ぐはっ!!」
わずかによろけ、男が倒れた。剣を下げたニースの視線が、最後の一人を捕らえた。
「ヒッ!」
わずかに声を上げ、男は血の気が引いたような顔色になった。一瞬、引くかと思ったが、男は何かに突き動かされるようにニースを強く睨んだ。
「く…っそぉぉー!!」
男が、ニースに向かって突進してきた。ニースは思わず眉をひそめた。男は、剣さえ構える事を忘れているようだ。衝突と同時に、ニースは男の打撃を避け、剣の柄で男の肩を上から殴った。男はその勢いで倒れ、気を失った。
「…何だったんだ…一体…」
自分を知っているようだったが――。
「大丈夫かい!?」「強いな兄ちゃん!」
「え?」
男達に視線を落としていると、いつの間にか、家の陰に隠れていた町人達が出てきていた。
「こいつら縛っとくぜ!」
ニースが答えるまでもなく、町人達は既に男達の手足をロープで縛り始めている。
「キャアアアーッ」
遠方からの悲鳴に、ニースは顔を上げた。広場の中央からの悲鳴だ。そして、その壇の上では――。
「ラダ殿!?」
山賊達と言い争っているのは、ラダとレイシスだ。ニースは壇に向かって駆け出した。
ドキンッ ドキンッ
「ちっ何処に行きやがった…」
男が、周囲を見回しながら歩き進んでいる。それを一瞬だけ盗み見ると、シャルロットは再び家の影に隠れた。
いつの間にか、広場から離れて人気のない裏路地に入り込んでしまっていた。抱えた女の子と一緒に家の影にしゃがみこんだが、女の子は今にも泣き出しそうだ。シャルロットは小声で女の子をあやすのに必死だった。女の子は自分の足で立っているので、何も知らずに陰から出ようとしてしまう。
「(お願い、お願い、ほんのちょっとでいいから静かにしていて…!)」
「ふぇ〜…」
シャルロットの小声に、女の子は顔をしかめるだけだった。
心臓が飛び出るような緊張の中、シャルロット達に気が付かず、男が前を通過した。目を閉じ、男が去ってくれるのを待つ――が。
「…キャッ!!ィタッ!!」
女の子が、シャルロットの髪を思いっきり引っ張ったのだ。
――しまった。そう思うには、既に遅かった。男と目が合ってしまった。その目が、ニヤリと笑った。
「…そんなところにいやがったか」
「やば…っ」
シャルロットは再び女の子を抱きかかえて走った。――男が駆け足で追ってくる。このままではすぐに――。その瞬間、男が何かにつまづいて勢いよく前方にひっくり返った。
「え?!」
思わず、シャルロットは振り返って足を止めた。倒れ込んだ男の後ろに、赤毛の長いポニーテールの女性が立っている。肩から大きめの荷をかけ、背に大きく長細い布に包まれたものをくくりつけた女性だ。見たところ町人ではない。
「――誰だっ!!」
男が怒りに顔色を変えて立ち上がった。その勢いで女性を鋭く睨んだが、女性は何が起こったのかわかっていない様子で、頬に手を当てて男と目を合わせた。
「あ…あら、ごめんなさい。ぶつかってしまいました?」
どうやら、男が女性の足に引っかかったようだ。しかし、男はそんな事も一瞬忘れてしまうほどに目を見張った。女性が、思わず見入ってしまうほどの美人だったのだ。
大きく茶色い瞳に、長いまつ毛。その上睨み合わせた男と同じくらい背が高い。化粧と分かる印象的な赤い唇に、裾の短い羽織りものからは腿が覗き、足元はショートブーツだ。男は一瞬見とれたが、すぐに我に返って女性の羽織りもの襟元を掴んだ。
「ふ…、ふざけんなよテメェ!!タダで済むと思ってんのか!?」
「え?い、いえ、そんな…」
女性がにわかに困った様子で目をそらした。唖然とするシャルロットの背後で、突然、小声が聞こえた。町の老婦人が、背後の物陰から手招きをしているではないか。
「(ターちゃん!ターちゃん!こっちへ来なさい!)」
知り合い!女の子が笑顔で手を伸ばしたので、シャルロットは抱えていた女の子を下ろした。女の子は、すぐに老婦人のもとへ歩いていった。シャルロットも隠れるチャンスだったが、あの女性を見捨てるわけにはいかない。
「(あんたも…)」
言葉の途中で、老婦人は身を引いて再び隠れた。別の山賊の男に、シャルロットが見つかったのだ。――まずい。できるだけ、老婦人達の家から離れようと思った。
男から目を離さず、シャルロットはできるだけ壁づたいに後ろに下がった。男は、ニヤニヤと笑っている。その目が、シャルロットの頭から足の先までを見つめ、シャルロットのずっと後ろにいる方面へ向いた。男が、「へえ」と息をついた。
「こっちの田舎娘はともかく…そっちはかなりの上玉だな。いい値で売れるぜ。捕まえとけよ」
「トーゼンだろ…。こっちは商売用だ。ランデージに差し出すさ。遊べるのはせいぜいそっちのガキくらいだな」
背後から、男の声が返ってくる。その視線が自分に向いたと感じると、シャルロットは背筋が凍った。自分に対し、彼らがどういう目を向けているかは分かる。――どうしよう。
男の足が、一歩自分に近づくのが見えた。しかし、足が動かない。逃げなきゃいけないことは分かっているのに、シャルロットは足がすくんでしまっていた。
(何してんの…!動いてよ…!!)
頭で思っても、足が動かない。
「痩せガキだな」
「さ、触んないで!!」
男の手を、反射的にはたいた。何とか数歩下がれたが、すぐに家の壁にぶつかった。
「あっちいって!」
壁に立てかけてあった木の枝を、手当たりしだい男に投げつけた。
「ぅわっ!…と!」
しかし、簡単に弾かれてしまう。
「…終わりか?」
武器は、それしかなかった。あっという間にそれを尽かせたシャルロットは、壁にへばりつくしかない。
女性の襟元を掴んだ男が、それを見て笑った。
「お前は大人しくしてろよ?」
「――――」
「ん?」
女性が、男には聞き取れないほど小声で何かを言った。
シャルロットにはこれ以上逃げ場がなかった。
「来いよ、大人しくしてりゃあ痛い目は見ないぜ」
シャルロットは目をつぶった。――嫌だ!声も出ないまま、壁に向いてしゃがみこんだ。
男の手が、肩を抱いている――。シャルロットには何も見えなかった。その腕を、思いっきり引っかくも、肩を強く抱かれている。
「離し――」
「シャルロット!!」
その声に、シャルロットは思わず顔を上げた。自分の肩を持って目の前にいるのは、ワットではないか。
驚きのあまり、シャルロットは口を開けても声は出なかった。なぜ――?
見開く目でワットの背後に、男が倒れているのが目に入った。遠目だが、その服装から先程の男だと判る。ワットを見つめるだけで、シャルロットは何も言えずにその腕を掴んだ。ワットの息は上がっている。
「大丈夫か!?」
その声は、とても遠く感じた。しかし、ワットを凝視するだけで、シャルロットは声が出ず、やっとで二、三度うなずいただけだった。
「よし」
その返事に、ワットはシャルロットを壁に寄りかからせた。
「ちょっと待ってろ」
その視線は、既にシャルロットではなく向こうの女性と男を捕らえている。ワットが駆け出して行った後も、シャルロットはまったく足腰が立たなかった。ただ、その背を眺めることしかできない。自分の心臓の音が、頭まで響き、頬が熱くなった。
ワットが走って二人に向かうと、直前で男が女性を突き放した。
「な、何…!?」
男が、わずかによろけたように見えた。状況は読めなかったが、それは都合のいいことだった。離れたのなら――。
男がワットに気が付いた時には、もう遅かった。男が反応する前に、ワットは男を蹴飛ばした。走ってきた勢いもあり、男は軽く吹っ飛んだ。男が動かなくなるのを見て、女性が手先を口に当てた。
「まぁ、すごいわ」
「…平気か?」
肩で息を整える。女性と視線が合うと、一瞬、その美しさが目を引いた。しかし、今のワットにはそれは重要ではなかった。女性が、ニッコリと笑った。
「はい、ありがとうございました。…それより、彼女は大丈夫かしら…」
女性がシャルロットを遠目で眺めると、ワットは思い出したようにシャルロットのところに戻った。シャルロットは壁に手をつき、何とか足を立たせていたところだった。
「…大丈夫かよ?」
「へ、平気!あ、ありがと…!」
その手に支えられると、シャルロットはワットの顔が見れなかった。先ほどのまでの恐怖と今の安心が混ざり、混乱で顔が熱くなる。それを、見られたくなかった。
「何のための護衛だと思ってんだ?」
ワットの手が、乱暴にシャルロットの頭を撫で付けた。当然のごとく、視界がぐらぐらと揺れた。
「少しは役に立ったろ?」
「ちょ…っ何すんの!」
思わず、正面からワットを怒鳴なりつけた。
「怒るなって!」
「あのー…」
シャルロットが怒りで顔をさらに赤くしている間に、女性が歩き寄ってきていた。シャルロットは女性を見て、お礼を言うのも忘れて思わず見とれた。――なんて綺麗な人だろう。年上だろうが、ワットと同じくらいだろうか。
シャルロットの熱視線に女性が首をかしげると、何かに気がついたワットが近くの家の屋根に軽く登って広場の中央の方角を眺めた。
「騒ぎが少なくなってる…。ニースが片付けたのか…?」
シャルロットと女性がワットを見上げた途端、ワットの顔が変わった。
「ラダとレイシスか…!?何してんだあいつら!」
口走った途端、ワットはシャルロット達とは逆のほうに屋根から飛び降り、広場に向かってあっという間に走った。
「ちょっ…ワット!?」
慌てて家の裏側に行ったが、ワットは既に小さい後ろ姿が見えるだけだった。




