第6話『3人の候補者』-3
「しっかしナードもミントもずっと家に帰ってなかったなんてな!」
日の暮れた帰り道で、パスが空を仰いだ。
「あんな親じゃしかたねぇよ」
「そんな言い方!何か理由があるかも知れないでしょ?」
ワットが言うと、シャルロットは非難の声を上げた。親を批判する言葉は、なぜか聞いていて許せない気持ちになる。
「だが、ナード達にとってはそうは映らない。…難しいものだな」
ニースが呟くと、シャルロットは次の言葉が出てこなかった。
「二人とも、友達の家に転がり込んでるんだってさ」
ララの宿屋に到着すると、パスが一番に玄関を開けた。
「ただいまー。あー…疲れたー」
「お帰り」
「おや、パスかい?」
食堂から、ララと柔らかい雰囲気の見知らぬ男が笑顔を向けた。向かい合わせで座り、ララと話していたようだ。五十前後の小太りの男で、髪が少ない。
「あ、おっちゃん!」
パスに続いて入ったシャルロット達は、見知らぬ客の存在に立ち止まった。
「皆さんも、お帰りなさい」
ララが立ち上がった。
「食事の支度しなきゃ」
ララと入れ替わるように、パスが素早く男の隣に座った。
「何だよ、めずらしいなおっちゃん」
「近くまで来たものだからね。久しぶりにラリアとジーンの顔を見に来たんだよ。残念ながらジーンは留守だったけど。代わりにパスの顔が見れたから良しとしよう」
男が笑ってパスの頭を撫でる。ララがお盆に載せた四つのグラスをテーブルに置いた。
「皆さん、どうぞ」
テーブルに落ち着いて水を口に含むと、シャルロットはわずかに日中の疲れが癒された。
「このおっちゃんは、東門の宿屋のおっちゃんなんだ」
「こんにちは。東門からどこかへに向かうときにはぜひ、うちの宿屋をご利用下さいな」
パスの紹介と同時に、男が商売笑顔を向ける。正面のシャルロットは「はあ」と、小さく返した。
「ファヅバックに宿屋は四つだけだからな!東西南北の門のそばに一つずつ!まぁこいつらは明日になれば西門から帰っちまうよ。それにしてもこんな時間に来るなんて、東門の宿屋は暇なのか?」
パスの問いに、おじさんは大声で笑った。
「そうでもないぞ!盛況してるさ。そうそう、今ラリアとも話していたんだけどね。今、うちの宿にちょっと変わった女性の客がいるんだよ」
「へぇ?」
「二日程前からいらしてる女性でね。詳しくは知らないが、どうやら東の大陸から一人で来たみたいなんですよ」
「あぁ?東の大陸からここまで?」
思わずワットが口を挟んだ。ニースもわずかに視線が男に向いた。
「女性が一人で東の大陸…火の王国からですか?」
「いやぁ、火の王国からかまでは知りませんが…。まぁこの大陸に一番近いのは東じゃ火の王国でしょうな!」
男が笑顔で答えた。
「それで、これがまたお綺麗な方なんですよ!あんなお綺麗なご婦人がよく護衛も無しに一人で無事でいられるって感心するくらいですよ!」
「へー、そんなに美人なのか。な、その女ってまだ宿にいんの?」
別の意味で興味を持ったのか、ワットが身を乗り出したので、シャルロットはテーブルの下からワットの足を蹴り飛ばしてやった。
「イテッ!何すんだよ!」
まったく、女の事しか頭にないのか。ワットが睨んでも、シャルロットはそ知らぬ顔でグラスの水を飲んだ。
男が席から立った。
「まぁ、お話もこの辺で…。私はこれくらいにしておいとましますよ。妻を一人で宿に残してるんで…。ラリア、ジーンによろしくな。またな、パス」
「ええ、またいらして下さいね」
「またな、おっちゃん!」
ララとパスが笑って手を振ると、男は手を振り返して出て行った。
「…おいこら。シカトしてんじゃねーよ、今俺の足蹴っただろ」
「知っらない。どっかのスケベの足にならぶつかったかもね」
つんと顔を背けるシャルロットに、ワットは口元を引きつらせた。言いたい事があるならはっきり言えと小言が聞こえたが、シャルロットは無視を決め込んだ。
少しばかり、ワットとはいい友達になれそうな気がしていたが、見境の無い女好きに関しては理解できない。真面目で固い兄と一緒に育ったせいか、つい反感を持つのは押さえられないのだ。
(こーゆートコはお兄ちゃんとは大違い)
ワットから顔を背けたまま、シャルロットの視線はちょうど窓の外を見ているララに当たった。
「明日…、とうとう選挙日ね」
小さく呟いたララの言葉に、自然と皆の口数が無くなった。
「…誰が町長になるのかしら…」
言い合うのを忘れ、シャルロットはワットと顔を合わせた。
(ナード…。ミントちゃん…)
その視線が、ララの覗く窓の外に向かう。暗くなった窓の外――。あれが再び明るくなれば、この町の町長が決まるのだ。二人の事を想うと、明日が来なければいいのに、と思った。
ポーンッ!ポーンッ!ポーンッ!
良く晴れた朝の空に、三発連続の花火が上がった。選挙当日、町はいつもよりの倍は活気に溢れ、いたるところに候補者達の貼ったビラ、もしくは『不正厳禁!正々堂々!』と書かれたビラが貼られていた。
通りはほとんど食べ物屋の屋台などで埋め尽くされ、通常の店も閉められていた。選挙会場となる町の中央の広場では紙吹雪が舞い、それを子供達が楽しそうに集めるのが目に入った。この日に合わせ、稼ぎを狙った商人も大勢いるようだ。
ララの宿屋で朝食を取り終えると、シャルロット達も町に出た。町長が決まると同時にディルートからの書状を渡す予定のシャルロットは、書状を小さな布バックに入れて持ち歩いた。
「ララは何で来なかったんだ?」
ワットの言葉に、先を歩くパスが両手を頭の後ろに付けながら振り返った。
「午後から来るってさ。隣のおばちゃんと一緒に来るって言ってたぜ。聞いてなかったのかよ」
思い当たるふしがなかったのか、ワットは小さく「へえ」と返事をした。都合の悪い話題は、早く変わって欲しいらしい。しかし、いつも良く喋るシャルロットに、それは期待できなかった。シャルロットは昨夜からずっと、ナードとミントの事が気にかかって、賑やかな空気を楽しみきれていなかった。
「彼らのことが心配か?」
「え?」
ニースの言葉に、シャルロットは我に返って顔を上げた。どうやら、気付かれいたようだ。思わず、顔が曇る。
「は、はい…。…心配…です」
「シャルロットが気に病んでいても仕方のないことだ。今日の夕方には町長が決まる。そうしたらそのディルート殿から預かった書状を渡して、この大陸での仕事も終わりだ」
「あ…」
そうだ。自分が何の為にここにいるのか忘れるところだった。今日ここで、仕事の目的が終わることなど、とうに忘れていた。
「そう…ですよね。町長さんが決まったら…私達も帰るんですよね」
夕方には全てが終わり、国に帰るのだ。そして、ニースとの旅も終わる。パスとも、ワットとも別れるのだ。
(ちょっと…寂しいな…)
せっかく仲良くなったのに。そんな視線をワットに向けると、ワットは自分に向かって手足をじたばたさせているパスの頭を掴んでいるところだった。
「ちょっ…何してんの!?」
いつの間に喧嘩など始めたのか。シャルロットは慌てて駆け寄った。もっとも、一方的にパスが怒っているだけなのだが――。シャルロットがパスとワットを引き離すのを見ていたニースが笑った。
「さぁ、そろそろ広場に行かねば…。のんびりしていては始まってしまう」
「あ?…ああ」
「お、おう!」
ニースの言葉に、ワットとパスも我に返ったように返事をした。




