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同じ天の下  作者: コトリ
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第6話『3人の候補者』-2




 案の定、というべきか。数分後、シャルロットは今いる場所も分からなくなり、途方にくれていた。商店街は広く、中央広場というくらいだから町の中心だろうと思っていたが、中心にたどりつくにも現在地がまったくわからない。

「…パスについてきて貰えば良かった…!」

 見晴らしの良い場所に出ると、どっ疲れがでた。その先端の手すりに手をかけ、しゃがみこむ。

「私って結構方向音痴なのかも…。私のバカ…」

 ここが何処かも判らない上に、このままでは宿にも帰れない。とりあえず、マンラの演説場所は人に聞こう。

「…うん、今度からもうちょっと慎重に行動しなくちゃ」

 言葉に出して小さく気合を入れると、シャルロットは勢いよく立ち上がった。

 ゴンッ!

「いっ!」「ぶっ!」

 途端に頭上を何かにぶつけ、再び地面に落ちた。頭を抱えて、痛さのあまり手すりを掴む。どうやら、背後にいた人の胸元と顎に直撃しようだ。ぶつかった相手も、よろけて手すりに捕まっている。

 痛みで謝るどころではなかったが、相手のうめき声に、シャルロットは涙目で振り返った。

「す…っすみません…!!」

「…いや…っ俺こそよく見てなかった…!」

 相手が顔を押さえて立ち上がった。歳の近い青年だ。しかし、そのまま顔を合わせた瞬間、シャルロットは痛みも忘れて固まった。しかし、それは相手も同じだったようだ。

「お、お前!」「ウ、ウソッ!」

 相手はイオード=ルキスの息子、ナードだった。シャルロットは口を押さえた。

「ナ、ナード!!…さん!」

 ナードは口元を少しヒクリとさせた。

「…付け加えんな。呼び捨てでいい」

「う…」

 思わず、言葉も詰まる。

「俺の名前、知ってんだな。イデルから聞いたか。それにしても…、イテテ…。女のクセに石頭だな」

 ナードが顎をさすりながら言うと、その言葉はシャルロットの頭に火をつけた。

「な、何よ!こっちだって痛かったんだから!」

「知るか!だいたいお前、何こんな所うずくまってんだよ!…それにしても一人で何してるんだ?…、ひょっとして迷子か?」

 何て嫌味ったらしい奴!とてつもなく腹が立つ笑みだが、図星なのは事実だ。まだ痛む頭に加え、それをこいつの前で認めるなんて一応存在するプライドが許さない。

「違うわよ!失礼するわ!」

 ナードに背を向け、シャルロットはその場から勇んで離れた。

「そっちは畑しかないぞ」

 背後の声に、シャルロットは足が止まった。思わず、目をつぶった。――強烈に悔しい。しかし、振り返らざるえなかった。

「素直に言えばいいのによ」

「…う、うるさい!」

 勝ち誇るナードに対し、シャルロットは顔が真っ赤になった。まったく、どうしてこんな事をしているのだ。ふいにその姿を睨んだ時、ナードの手が目に入った。包帯を巻いている。シャルロットは昨日、ナードに噛み付いた事を思い出した。

「…それって…」

「ああコレ?」

 ナードが包帯を巻いた手をヒラヒラとさせた。

「あんたに噛まれた跡」

 シャルロットは思わず、その手をとった。その勢いに、ナードが後ずさった。

「な、なん…」

「ご、ごめん…!私、思いっきり噛んじゃったから…。あの時ビックリして…」

「あ…?ああ…」

「…痛そうだね、ごめん」

 本気で手を見つめるシャルロットに、ナードはため息をついた。

「まぁ、あん時は俺の方もちょっと、出方が悪かったけど…」

「じゃあ、おあいこにしてくれる?」

 自分を見上げる目が、ぱっと輝く。ナードは調子がくるって目をそらした。

「…しゃーねーな。…いいよ」

「ありがと!」

 意外と話せるではないか。シャルロットはわずかに心が軽くなった。手を放すと、ナードが一人、手すりに寄りかかった。

「…ところで、本当にこんな所で何してたんだ?」

 話題を変えるように見返す顔に、シャルロットは目をそらした。

「…だから!…迷ったの」

 強く出ても、語尾は消えた。やはり、認めるのは悔しい。しかしナードは既にそんな事は気にかけていなかった。

「どこ行く気だったんだ?」

「えっと…、マンラさんが演説してる広場。そこにニース様が…、あ、私が付き人をしている人がいるかもしれなくって…」

「それならここからまっすぐ行ったところだ。連れていってやろうか?」

「ホ、ホント!?」

「ああ、どうせ暇だし」

「やった!ありがとう!」

 シャルロットは手を合わせて喜んだ。ナードも思わず吹き出して笑った。




「ニース!」

 ワットの声で、ニースが振り返った。マンラの演説が行われている中央広場は、多少の人ごみに溢れていた。ニースは人だかりから少し外れた場所にいて、壇上で話すレイシスを見ていた様子だったが、長身のニースは人目に突きやすい。ワットとパスは、すぐに見つけることができた。

 レイシスはイオードと同い年くらいの女性で、黒髪をきれいにまとめた落ち着いた雰囲気の聡明そうな女性だった。ワットとパスが一緒に歩いてくるのをニースも見つけた。

「ワット…、パスも。どうしてここに?」

「それよりシャルロットは?」

 パスがシャルロットの姿がないのであたりを見回した。

「シャルロット?シャルロットがどうかしたのか?」

 ニースが目を丸くするのを見て、ワットとパスは顔を見合わせた。

「やっぱり迷ったか」

 二人の声が、思わず重なった。




「ね、パスとは知り合いなの?」

 道を歩きながら、シャルロットが言った。ナードはさすが地元だけあって、大通りではなく近道の住宅街を進んだ。並んで話すと、思ったより話が通じる。シャルロットはすっかり気を許すようになっていた。

「パス?ドーティさんとこのパスか?最近ずっと会ってないけど…。お前知ってるのか?」

「うん。ここの町まで案内して貰ったわ。やっぱりね!ミントさんが知り合いだったから、ナードもきっと、って思ったんだ」

 ナードはわずかに眉をあげた。

「ミント?ミントに会ったのか?どうしてた?」

「どうしてたって?別に、普通に働いてたわよ?」

 ナードが何かを考えこむと、シャルロットは言葉が途切れ、わずかに沈黙が流れた。ふいに、シャルロットは思い出した事を口にした。

「ナードは、どうしてイオードさんと喧嘩してるの?」

「あ?」

 聞いた瞬間に後悔した。ストレートすぎた。しかし、もう遅い。だが意外にもナードは笑みをこぼした。

「“どうして”だって?ミントに会ったんだろ?気が付かなかったか?」

「え?ミントさん?」

 脳裏に、ミントとの会話が思い起こされる。

『フー?候補者のフーさん?』

『ええ、そうです。でも、父のことは…』

「ミントさんも、…お父さんと仲が悪そう…だった?」

「…フン、当然だぜ」

「…当然?」

 シャルロットはわずかに胸がむかついた。事情は知らないが、親の顔を知らないシャルロットにとっては、「父」を愚弄する言葉は許せない。

「ちょっとそう言う言い方って…」

「さあさあ、マンラさんの演説だよ!!」

 ナードの腕を掴んだ途端、別の大声で遮られた。

「選挙日最後!皆集まってー!」

「ついたぜ」

 つられて声の主を振り返った。いつのまにか、目の前が中央広場だった。多くの人たちが演説台の前に集まっている。

 ナードが振り返って掴まれた腕を見下ろした。

「何だ?」

 シャルロットは手を離し、首を横に振った。

「演説聞くのか?」

「…別に、私ここの町の人じゃないから」

 とげのある声に、ナードは意味がわからず片方の眉があげった。

「…ほら、捜す奴さっさと捜して来いよ」

「う、うん」

 足を踏み出したが、ナードはそこに立ったままだった。周囲を見回し、その人の多さにシャルロットは振り返った。

「一人じゃ探しきれないわ、手伝ってよ」

「しょうがねぇなぁ…」

 ナードがため息混じりに答える。それと同時に、レイシスが演説を始めた。

「皆さんご存じでしょうが、私が、レイシス=マンラです」

 セリフを聞き流しながら、シャルロット達は歩いた。

「ナードは誰に投票するの?」

「誰にもするつもりはないね」

「イオードさんが嫌なら、別の人にすればいいのに。私の国は国王様がいるから選挙なんてないもの。面白そうだわ」

「…オヤジだけが嫌って言うわけでもないさ」

「え?」

 シャルロットがナードを見て足を止めた。

「それってどういう…」

「シャルロット!」

 呼ばれた声に、シャルロットは振り返った。ワットとパス、ニースの三人がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。

「ワット、パス。ニース様も!」

 シャルロットがやっと見つけたことで喜んで三人に駆け寄った。

「広場に来れたのか!迷ったかと思ったぜ!」

 シャルロットは迷ったと言いたくはなかったが、後ろで事情を知っているナードの前では強がって嘘がつけないことはわかっていた。ニースがナードを見た。

「この人は?」

 パスが「あ」と口を開けた。

「ナード!?」

「お!パスか!」

 ナードが嬉しそうにパスに近付いて頭をグシャグシャと撫でた。

「見ねぇ間に大きくなったな!」

「ミントと同じ事言うなよ!」

 パスは手を振り払った。

「この人、イオードさんの息子さんのナードです」

「こいつ、一人で道に迷ってたぜ」

 一番言われたくないことをあっさり言われ、シャルロットは紹介した手でそのままナードを叩いた。

「もーっ!余計なことを…っ!!」

 ワット達がそれに笑っていると、急に周囲の人々がざわついた。壇上で、何かもめているようだ。よく見ると、レイシス、イオード、そしてもう一人同い年くらいの細い男性が壇上で言い争っていた。

「オヤジ…!」

 ナードが壇上を見つめて驚いた。

「何やってんだあいつら…っ!」


「レシー、どういうことだ!規則を忘れたか?」

 壇上でイオードがレイシスに怒鳴りつけていた。レイシスはイオードの事などまるで気にしていない様子だった。

「あーら、何の事かしら」

「とぼけおって!前日の運動は禁止にしただろう!」

「よく言うわ。ラダだってやってるじゃない」

「…なっ!あれはただのビラ配りで!」

 人だかりの壇上の上での言い争いを止めるべく、彼らの連れ達がすぐに壇上に駆け上がった。

「レイシスさん!」

「ラダさん!人前ですよ!」

「イオードさんも困ります!」

 離れたところにいたシャルロット達だったが、ナードがすぐに壇上に向かった。

「おい、何処行くんだよ」

「見てられるか!」

 パスが声をかけたがナードはそう言って壇上に向かった。残されたシャルロット達は顔を見合わせたが、一応、ナードの後を追った。しかし、先に壇上に上がったのは別の人間だった。

「…ミント!?」

 思わず、ナードが声を上げた。別の方面から現れたミントが、壇上にあがり、まだ言い争いを続けている三人に向かって行ったのだ。ミントが、思いっきりラダの手を引いた。

 パンッ!

 誰も止める暇はなかった。その音が周囲に響くと、騒ぎは一瞬にしてなくなった。ミントが、ラダの頬をひっぱたいたのだ。シャルロット達も呆気にとられて足が止まった。ラダも呆けていたが、引き換え、ミントは目に涙をためていた。

「パパ…!!いい加減にしてよ…!レシーおば様もイオードおじ様さんも!それでも友達?!」

「…ミント…」

 ラダは叩かれた頬を押さえた。

「どうしてよ!昔は皆で遊んでくれたじゃない!こんなことしてまで町長になんてなってほしくないわ!!」

 そう言い放ち、ミントは両手で顔を覆った。静まり返った壇上に、ナードが壇上に飛び乗った。

「…ナード…」

 イオードが呟いたが、ナードはイオードをわずかに睨んだだけで、返事もしなかった。シャルロットは壇上の手前で足を止めた。ナードが、泣いているミントの肩を抱いた。

「ナード…!」

 顔を上げたミントの涙は、止まっていない。

「行くぞ」

 そのまま、ナードはミントを連れて壇から降りてきた。

「ご、ごめ…。我慢できなっ…くて…」

「…あいつらにはいい薬だ」

 背を向ける二人に、イオード達の視線が集まっている。シャルロットが見上げると、レイシスの付き人が三人に小声で話しているのが聞こえた。

「(ルキスさん、フーさん、マンラさんも、落ち着いて下さい。公衆の面前ですよ!)」

 人ごみを分けて行ってしまうミントとナードを、シャルロットは追った。ミントが心配だ。パスも一緒についてきた。自分達に視線が注がれていることに気がつき、ワットはイオード達を見上げた。

「おっさんら、このままじゃ町長なんかになるより、ずっと大事なもんを無くしちまうぜ」

 ――別に自分の知ったことではないけど。そんな目で彼らを見回したあと、ワットもシャルロット達の背を追った。

「…失礼」

 ニースも、ワットと共に広場を去ることにした。



 広場から離れ、人の少ない透りで、シャルロットはナードとミントを見つけた。ミントの涙は、ようやく止まったようだ。それでもまだ、目が赤い。ナードがシャルロットに顔を向けた。

「判っただろ?俺のオヤジと、ラダ…ミントのオヤジ、それとレイシスは昔は親友だったんだ。なのに…!今じゃこの有様さ。親友をけ落とすような真似ばかりして!…最低だ!」

 あとからやってきたパス、ワット、ニースが顔を合わせた。どうやら、騒ぎでレイシスの演説は中断されたようだ。広場から、透りに人が流れ始めていた。

 流れる人々に混ざり、肩から布を身にまとった男達が数人、シャルロット達の集まりを遠めで眺めていた。明らかに町人のようには見えないが、賑やかな人々の中で、それは誰にも気づかれない。

「…今のがニース=ダークインか?」

「そうだ。火の王国の服の男…」

 小声の男達の視線が、白いシャツに濃紺のズボンの制服を着たニースに定まる。

「今度は毒なんてまどろっこしい真似はナシだ…。剣であいつを殺れば名が上がるぜ」

「滞在は明日までとか…。決まりだな」

 男達は小さく笑い合うと、それぞれ町の中へ消えていった。



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