第6話『3人の候補者』-1
三人で歩く町は楽しかった。良く晴れた日で、道行く人々も、店で仕事をしている人から選挙のビラ配りをしている人、色々いる。商店街まで歩いてくると、ワットは店を見たいという希望がほとんどなかったので、ほとんどシャルロットとパスが見たいところを見回っていると、あっという間に昼になった。
「ちょっと休もうぜ」
ワットが、近くの路上で開いているカフェを見つけて指差した。店はカウンターでお金を払い、その場で食べ物をもらって自分で席を取って食べるのだ。
「金ある?」
ワットの言葉に、三人は顔を見合わせた。
「ホラ、全員出す!」
シャルロットの掛け声と同時に、三人はポケットからコインを取り出した。コインの乗った手のひらがそろうと、シャルロットはため息をついた。ワットもパスも持っているコインの数はシャルロットの四分の一にも満たない。
「あ〜あ…、しょうがないから奢ってあげるわ…」
「やり!」
ワットとパスが顔を見合わせて笑った。
「なに食べる?」
三人でカウンターに続く列に並ぶと、シャルロットがパスを見下ろした。
「粉氷!最近この町ではやってんだ。粉々に削ったした氷に果物をしぼってかけたやつ!ウマイんだぜ!」
「へー!いいね、私もそれにしよう!」
シャルロット達の番になり、三つ注文すると、最初に一つおぼんにのった粉氷を手渡されたので、パスがもらった。
「先に行って席とってる」
「うん」
二人と離れ、パスは先に列を離れた。
「冷ってぇな!」
突然、男の声がしてパスは思わず足を止めて振り返った。椅子に座った柄の悪そうな男が店員の女の子を怒鳴っている。パスの位置からでは男の顔は見えないが、おさげの髪をしたシャルロットと同い年くらいの女の子が泣きそうに困っているのはよく見えた。
揉め事には関わりたくない。パスがそのまま足を進めた途端、怒鳴っている男が放ったグラスが、パスの頭に衝突した。
ガッ!!
パリーンッ!!
グラスは地面に落ちて割れた。
あまりの衝撃に頭を抑えたかったが両手で持っていたおぼんを落とさないようにするだけで精一杯だった。その衝撃が徐々に緩和されると共に、パスは頭に血が上った。
そんなことにはまるで気付かない男は、立ち上がって女の子を怒鳴り続けている。
「ふざけんよこの女!」
パスはお盆を近くのテーブルに勢いよく置いた。
「お前がふざけんな!!」
「…んだ?」
男が振り返った。いくらパスが勇んで男を睨みつけても、立ち上がった男との身長差はかなりのものだ。女の子はあたふたとしていたが、二人の勢いに負けて口が出せない。
シャルロットがお盆に粉氷を乗せて歩いていると、周囲の声が耳に入った。
「ちょっとあれ、山賊の男よ」
「助けてあげたら?」
「やだよ。山賊にゃ何人仲間がいると思ってんだ…」
何気なく周囲の視線の先を見つめ、シャルロットは口をあけた。
(やだ!パスの事じゃない!)
慌てて、パスの所まで走り寄った。
「どうしたの?!」
シャルロットは男を見上げた。柄の悪そうな男だ。山賊には森でも会ったが、彼もその一員なのだろうか、格好がよく似ている。男はシャルロットを足から顔まで品定めをするように見ると、睨みつけた。
「パスが何か?」
「知らねぇよ、こいつがいきなり突っかかってきたんだ」
男は面倒くさそうに答えた。
「いっいきなりじゃねぇよ!お前がグラスをオレの頭にぶつけたんだ!」
「はぁ?」
「それにそこの女にいちゃもんつけてただろ!?女にいちゃもんなんて見苦しいからやめろってんだよ!」
「…んだと?それはこの女が俺に水を引っかけたからだ!」
パスの勢いに、男も頭にきたようだ。女の子はおどおどしていた。
「で、でもワザとじゃありません!」
「何だと?じゃあ…」
男が女の子に近寄った時、シャルロットが男の肩を掴んで止めた。
「ちょと!ワザとじゃないって言ってるでしょ!?」
パスはシャルロットの勢いに一瞬呆気にとられたが、すぐに応援した。
「そうだぜ!言ってやれ!」
男はシャルロットの腕を掴んだ。
「テメーに関係ねぇだろ!?」
「この子は私の友達よ!」
一歩も引き下がる気は無い。シャルロットの言葉に、パスは思わず唖然とした。その時、シャルロットの手を掴んでいる男の手を、さらに別の手が掴んだ。
「なーにしてんだ二人共」
ワットが呆れた顔で、片手で男の手を掴み、もう片方の手でお盆を持っていた。
「ワット!」
「何だテメーは…?」
「その手を離しな」
男は鼻で笑った。
「この女の方が先に手を出したんだぜ?テメーこそ離せよ」
男と目を合わせた後、ワットはため息をついた。
「パス、持ってろ」
パスはワットからおぼんを受け取った。
「俺は離せといったぜ」
「何だと…」
男が言いかけたとき、ワットが男の腕を一気にひねり上げた。
「いっ!!」「きゃっ!」
男は痛みで思わずシャルロットを離した。ワットはそのまま勢いで男を離れた場所に転がした。
「くっ!」
男がすぐに起きあがって腕を押さえながら、ワットを睨んだ。
「くそっ!俺はランデージ賊団の一員だぞ!こんな事してただで済むと思うなよ!!」
周囲の人々が少しざわついた。
「ランデージだって?」
「ほら、最近森の中に出る山賊団の名前だよ。街中でもよく騒ぎを起こされてる」
「ひゃ〜、おっかねー」
シャルロットにもヒソヒソ声が聞こえてきた。
「知らねぇな。俺の気が変わらねぇ内にとっとと失せろ」
ワットは手首を振りながら男を見下ろして冷ややかに答えた。
「…くっ!」
男は悔しそうな表情をすると、そのまま人ごみを掻き分けてその場から消えた。
「やったワット!さっすが護衛じゃん!!」
シャルロットは手を合わせてワットに走り寄ってワットの背中をバシッと叩いた。ワットは背中をさすった。
「お前なぁ…。威勢がいいのも大概にしとけよ。一応女なんだから、何かあってからじゃ遅ぇんだぜ?」
「う…」
(一応って…)
シャルロットは言いかけたが、ある程度の自覚もあり、言葉には出さなかった。人だかりは、もう騒ぎが終えたと思ったのか、消えていった。パスはワットのお盆を持ったまま、シャルロットを見ていた。
「何?」
シャルロットが聞くと、パスは我に返った。
「なっ何でもねぇ!それより早く食おうぜ、溶けちまう」
パスは空いている席を探し始めた。
「あ、あの!ありがとうございました」
女の子の声に、三人は振り返った。おさげの女の子が申し訳なさそうに三人にお辞儀をした。
「気にしないで」
シャルロットが笑うと、女の子は安心したように微笑み、パスに視線を向けた。
「ね、パス君でしょ?久しぶりだね」
「…え?」
パスは少し女の子の顔を見入ったが、すぐに「あ」と言う顔をみせた。
「…ミント?ミントじゃん!気付かなかったぜ!」
パスと顔を合わせ、女の子が微笑んだ。
四人は一つのテーブルに座り、シャルロットは粉氷をつついた。
「ん〜、冷たくて美味しい!」
口に広がる冷たさが、肌の蒸し暑さを忘れさせてくれる。シャルロットが幸せそうにそれを味わうと、女の子は笑みをこぼした。
「それにしてもちょっと会わない間に、ずいぶん大きくなったね。パス君」
「ワット、シャルロット、こいつフーんとこのミントだ」
「ミント=フーです」
「フー?候補者のフーさん?」
名前に覚えがある。シャルロットが思わず聞いた。
「ええ、そうです。でも、父のことは…」
目をそらし、ミントが言葉を濁したので、シャルロットは首をかしげた。
「パス君、こんな所で何していたの?」
「ああ、こいつら砂の王国から来たんだけど、観光したいって言うから案内してるんだ」
「新しい商売?」
「違うって。ララんとこの客だよ。もう1人いるんだけど、今は…、あー、レイシスに会いに行ってる。選挙の…ことで…」
パスの声は不思議とだんだんと小さくなっていった。ミントの前で、選挙の話はタブーなのだろうか。シャルロットはふいに思った。
その時、近くの人だかりから、声が聞こえてきた。
「マンラさんが中央広場で演説をやるから皆聞きに来てくれー!」
「レイシス=マンラの演説だよ!」
若い男性二人が、声を張り上げて通り過ぎていった。
「今度はレイシスか」
パスが声の方を見ながら呟いた。
「ミント、ナードとは会ってるのか?」
パスがミントを見上げて聞いた。
「この前ここに来たわ」
シャルロットが気がつき、立ち上がった。
「あ!」
「何だ?」
「ニース様が会いに行ってるのってレイシス=マンラさんじゃない!ニース様が来てるかも!私行って来る!」
「は!?だってお前…」
ワットが次の言葉を言う前に、シャルロットはその場から走った。
「それ、私の分もったいないから食べて!」
「ち、ちょっと待て!お前…」
ワットは席を立って手を伸ばして言いかけたが、既にシャルロットには聞こえていない様子だった。
「…広場の場所判ってんのか?」
ワットがその場に立ち尽くして呟いた。パスがシャルロットの分の粉氷を自分の方に寄せて食べ始めた。
「もう遅いんじゃねぇか?」
少しの間、沈黙が流れた。




