第5話『町長選挙』-3
「パレードは朝の一時間だけに限定されてるんだ。結構うるさいからな。次の昼まで、候補者はなにもしちゃいけない決まりだから、みんな家にいるはずだぜ」
パスの案内で、四人は並んで町を歩いていた。綺麗な町並みだ。木造の家が多い中、道中に植えられた木も多い。ファヅバックの町は広く大きかった。中心に商店街があり、それを囲むようにして住宅街が広がり、町の周囲は途切れ目のない木の柵に覆われている。森に住む獣や賊達の侵入を許さないようにするためらしい。
ララの宿屋を出て住宅街をしばらく歩くと、商店街が見えてきた。地面に物を並べて商売をしているものもいれば、パラソルを使ってガーデン風に食堂を開いているところもある。中には旅商人のような者も多く、その場にそぐわない格好はシャルロット達と同じくよそ者な事は一目瞭然だ。
「ここだ。イオードの家」
商店街に入る目前、住宅街のはずれにある一軒の家の前でパスが足を止めた。木造の家だが、ララの宿屋とはまるで違う大きな家だ。家の周りには木の囲いがあり、広い庭に大きな家で、奥には納屋まである。
「でかい家だ。候補者の中でも、一番金持ちさ」
パスが敷地内に入り、玄関口から庭に敷かれた石の道を進んでドアを叩いた。
ドンドン!
すぐに、太り気味の女性が顔を出した。
「どなた?」
女性の視線が背の高いニース、ワット、それからシャルロットと最後にパスを見た。
「あら、ドーティのところのパスじゃないの。ヴィンオーリさんかラリアさんは一緒じゃないの?」
「父ちゃんもララも家だよ。ルキスさんに客が来てるから案内してきたんだ」
「お客?この方達?」
ニースが前に出た。
「突然のご訪問で失礼致します。私は火の王国からの使者、ニース=ダークインと申します」
「あっ!私は砂の国の使者のシャルロットと申します!」
シャルロットも慌てて名乗った。
「ルキスさんにお目に掛かりたいのですが…」
女性は少し唖然としたようだったが、すぐに我に返った。
「え、ええ。もちろんよろしいですわ。お入り下さい、今イオード様をお呼びいたしますわ」
四人は女性に案内されて、家の中に入った。
通されたの客間は、木の壁に囲まれた広い一室だ。大きな絨毯に、中心に置かれた丸いテーブル。シャルロット達は自然とそれを囲むように座った。並んで飾られた背の高い観葉植物はこの部屋の優美さをあらわすようだ。部屋の入り口はドアがない。代わりに、きれいな赤や黄色の刺繍の入ったのれんで区切られている。
「この家にはいるのは久しぶりだ」
パスが言った。
「さっきの人、知り合い?」
「ララの知り合いなんだ。この家の使用人だよ」
「やぁ」
入り口から男の声がして、皆が振り返った。男性は笑顔で言った。
「初めまして、イオード=ルキスです」
四十半ばくらいだろうか、黒く短めの髪に優しそうな雰囲気を持ち、歳の割には背も高く、体もしっかりしていた。ニースが立ち上がった。
「ニース=ダークインです。突然のご訪問、失礼いたします」
「…ほぅ?もしやあの有名な剣士のダークイン殿か!」
イオードは少ししわの入った顔を興奮させた。ニースは小さく会釈をしただけだった。シャルロットも慌てて立ち上がった。
「私はシャルロットと申します!国王様の命により、砂の王国から参りました!」
「ハハ…ッ。かわいい使者殿だな、よろしく」
つられてワットも立ち上がって首に片手を置いて軽く会釈をした。
「…どうも、護衛のワットです」
「よろしく」
イオードの挨拶は丁寧だった。
「こんちは…」
パスが座ったまま気まずそうにイオードを見上げた。
「おお、パスか!久しぶりだな、しばらく見ないうちにまた大きくなったか。ヴィンオーリはどうしている?」
「元気だよ」
パスは普通に答えた。
「そうか、たまにはこっちまで足を運べと伝えてくれ。また冒険話を聞かせてくれとな」
「うん、判った」
イオードがあいた場所に座ったので、シャルロット達も座った。
「…さて、はるばる火の王国からいらして下さったようで…、さっそくご用件を伺いましょう」
「はい。まず、ご説明しておきたいのですが、私は我が国の世界視察に任命されています」
「…ほう、それは素晴らしい…」
「我が国の王から、ファヅバックの町長殿へ、伝えたいことがあって参ったのですが…」
「そうか。では町長不在では申し訳なかったな」
イオードは笑った。
「先程も申し上げたとおり、できれば先を急ぎたい旅です。とはいえ、ファヅバックの町長殿に、ということですから今のあなた方お一人ずつ全員に王のことづてをお話しするわけには参りません」
「では、どうしようと?」
「三日後の選挙まで待つつもりです。そのことをお伝えに参りました」
シャルロットが驚いて口を挟んだ。
「ニース様?大丈夫なんですか?」
(だってあの時は…)
シャルロットはニースがバントベル宮殿で、兄の代わりの従者を捜すというたった一日も待てないといった事を思い出したのだ。それを、三日も待つなんて。
「(急ぎすぎても任務をちゃんとこなしていなけりゃ意味ねぇからな)」
ワットがシャルロットに耳打ちをした。
「ルキスさん、ひとつ、お尋ねしたいことがあるのですが…」
ニースが言った。
「何かね?」
「こちらのシャルロットは砂の王国からの使者ですが、以前にも砂の王国からの使者は何度かいらしていると伺っています。最後にいらしたのはいつ頃ですか?」
ニースの問いに、シャルロットとワットは不思議に思った。
『ここ最近の使者のことを知っているか?』
『確か一ヶ月くらい前だったと…』
ニースと船上で交わした会話は覚えている。ワットもその話はシャルロットから聞いてたのだ。イオードは顎に手を当てて少しと考え込むと、首を傾げてから言った。
「はて…、余り良くは覚えていないが…。三ヶ月くらい前だったかな?それが何か?」
「え!?」
シャルロットは思わずニースの顔を見た。
(三ヶ月前…?!)
驚いているシャルロットをよそに、ニースがお辞儀をした。
「いえ、ありがとうございました」
パスは既に、話の内容がよくわからず、退屈しているようだった。その時、先程の女性が入ってきた。
「イオード様…」
「何だ?」
女性は少し言いにくそうにした。
「それが…、フー様の使いの方がいらっしゃって…」
「何?」
「イオードは立ち上がると女性の近くに行った。2人が何かボソボソと話すと、イオードは急に怒った様子になった。
「またか!ラダめ…!」
イオードが呟き、シャルロット達を振り返った。
「すまないが急用ができてしまった。すぐに戻るから待っていてくれぬか。イデル、彼らにお茶と何か出してやってくれ」
イオードは女性に言うと、のれんをくぐって姿を消した。イデルと呼ばれた女性が微笑んだ。
「申し訳ありません。今お茶をお煎れしますわ」
シャルロットが立ちあがった。
「あ、私手伝います」
「いえそんな!お客様にそのようなことは…!」
「大丈夫です。私、砂の王国の宮殿で使用人をやってるんです。こういうことは、得意ですから!」
シャルロットはイデルをぐいぐいと押して部屋を出た。三人になると、ワットがニースに言った。
「さっきのってどーゆー事だ?使者が来てないって…。シャルロットが言ってたぜ?最後の使者は一ヶ月前だって」
「おそらく…、普通の使者ではこの町までたどり着けなかったのだろう」
「…たどり着けない?」
パスが理解できずに聞いた。
「ディルート様の言い方だと、通常の使者はおそらく普通の警備兵か使用人だ。それも一人か多くても二人の道。道中で襲われればひとたまりもないだろう。私達も会ったように、すぐそここの外の森も、山賊が徘徊していた。道中は安全とはいえない」
パスは言葉もでず、ワットは唖然としていた。
「この仕事って、シャルロットがやる前はシャルロットの兄貴がやる予定だったんだよな?」
ニースが頷いた。
「まぁあの兄貴なら大丈夫だと思うけど…、シャルロットについてきておいて良かったぜ。バントベル王もどうかしてんじゃねーか!?それくらい、何回か使者を送れば判ることだろ?それをコマみたい何度も送りやがって、皆途中で死んじまってたってことだろ!?」
ワットがテーブルを叩いたので、パスは体が驚いた。わずかに沈黙が続くと、ニースが言った。
「だから、対策を打ったのだろう」
「対策?」
ワットはニースを見たが、すぐに気がついた。
「…そうか」
「どういうことだ?」
パスはよく判らず、聞き返した。
「バントベルはニースを利用したんだよ。あんまり自分とこの使者が賊に襲われてこっちの大陸まで届かないもんだから『東の大陸一』といわれる剣士がファヅバックまで行くとなりゃ、絶好の機会だよな。ましてニースは見かけによらずこの性格だし、ついて行かせりゃ確実に守ってもらえる。元はシャルロットの兄貴が行く予定だったんだし、護衛と付き人って言っても誰も疑問はないよな。でも実際は、自分とこの使者を護衛をさせてるってわけさ」
「はー…」
パスの感嘆の息の隣で、ニースは何も言わなかった。また沈黙が続いたのでワットがパスに話しかけた。
「…なぁ、ルキスが言ってたラダって別の候補者の事だろ?あんま仲良いいってワケじゃなさそうだな」
「トーゼンだよ、みんな知ってる。候補者の三人は、すっげー仲が悪いんだ。顔を合わせれば喧嘩ばっかりさ」
「へぇ…」
とワットは気のない返事をした。