第5話『町長選挙』-2
翌朝、シャルロットは一階の食堂でララの朝食の支度を手伝っていた。ララが料理を皿に盛り付け、シャルロットが皿をテーブルに並べている最中、ニースは席でグラスの水を飲んでいる。そこへ、パスがイライラした様子で階段を下りてきた。
「ワット起きた?」
シャルロットがパスに聞いたが、パスは不機嫌そうに椅子に座ってテーブルのミルクをグラスに注いだ。
「知らねぇ」
「えー?起こしに行ってくれたんじゃないの?」
パスは答えず、ミルクを一気に飲んだ。
「しょうがないなぁ!せっかくララさんがご飯作ってくれたのに!」
シャルロットはテーブルに皿を置くと、小走りに2階に上がった。パスがミルクのグラスを置いた。
「さっきオレが起こしに行ってやったら『また起こしたらぶっ飛ばすぞ』だってよ!あいつ絶対寝起き悪いぜ!せっかく人が起こしに行ってやったのによ!」
パスが怒っているのをよそに、ニースとララは無言で顔を見合わせた。そういうことは、シャルロットに言った方がよかったのでは。同時に思ったが、互いに口には出さなかった。
「ワット、入るわよ!」
返事を待たずにドアを開けて部屋にはいると、ワットはまだ布団を被って寝ていた。パスがあけたのか、部屋のカーテンは既に開いていて、光が差し込んでいる。ニースの方のベッドは布団がきれいにたたまれていて、荷が置かれていているというのに、この差はなんだ。シャルロットはため息をついた。
ベッドの横まで歩き寄ると、手を腰を当ててワットを見下ろした。
「起きてよ!ほら、起きなさい!朝ご飯が出来てるわよ!」
これでは実家にいて兄を起こしているのと変わらない。シャルロットは布団の上からワットを叩いた。
「ん…?」
「ワット、起きてよ!ワットってば!」
ワットはシャルロットの方を見ていなかったが、急にシャルロットが布団を叩いている手首を掴んだ。
「やっと起きた?」
ワットはいままで壁側をむいていた顔を寝ぼけ混じりにシャルロットに向けるとた。
「…スー…ディ…?」
シャルロットは呆れて一瞬言葉が途切れた。
「あ…っきれた!女の子の夢でも見てるわけ!?」
ワットはまだムニャムニャと何か呟いていたが、シャルロットはこれ以上聞く気は無かった。ワットの枕を引っ張って取ると、それを顔の上に叩き付けた。
「ぶっ!!」
「さっさと起きろ!このバカ!」
ワットは飛び起きて、枕を掴んだ。
「なっ何だぁ!!?」
やっと目が覚めて初めて起こされていたことに気がついたワットは枕を持ったままあたりを見回したが、ちょうどシャルロットが部屋から出て行くところだった。シャルロットは勢いよくドアを閉めると、部屋を出た。
朝食の席で、シャルロットはずっと不機嫌だった。朝食の席はララを含めて5人しかいなかったので、自然と全員にシャルロットの空気が伝わり食事は気まずくなっていた。
パスが横目でシャルロットを見て、隣で黙々と朝食を食べているワットに小声で話しかけた。
「(おい、あいつ、なんであんなピリピリしてんだよ)」
「(俺が知るか…)」
ワットは自分のせいだということは薄々感じていたが、理由はまったくわからなかった。ララは場を和ませようとぎこちなく微笑んでニースに話しかけていた。
「おかわりは如何ですか?」
「あ、お願いします」
ワットは先ほどから気になって仕方がないことを口にした。
「それにしても、何だったんだろうな…」
「何が?」
パスが何気なく答えた。
「夢だよ夢。ついさっきまで見てたのに、起きたらすぐ忘れちまうってやつ、あるだろ?そういうのって、俺結構気になるんだよなぁ…」
シャルロットがベーコンを口に入れてワットを見ずに冷ややかに言った。
「女の子の夢じゃないの?」
ワットはシャルロットを見て笑った。
「それはないな!何か嫌な夢だったって事は覚えてるし!女の夢なら悪いわけは…」
ワットは言いかけたが、シャルロットの目線に笑いと共にだんだん言葉も消えた。その気まずい雰囲気の中、ニースがララに聞いた。
「今日、町長の家を尋ねたいのですが、家をご存じですか?」
「あら。…そうね。あなた達は昨日着いたばかりだったからまだご存じないのね」
ララの言葉に、ニースが不思議そうな顔をした。パスが代わりに続けて答えた。
「もうすぐわかるさ…、ほら!」
パスがそう言ってフォークを置くと、なにやら外から明るい音楽が聞こえてきた。
「何だ?この音は」
ワットが窓の外を見た。
「パレードよ」
「パレード?」
シャルロットがワットの事を忘れ、ララに聞き返した。ララが席を立った。
「町長の選挙のパレード」
「町長の選挙?」
シャルロットとワット、ニースが同時に聞き返した。ララが玄関のドアを開けたると、シャルロット達もララの後に続いた。外は、家という家に紙でできたカラフルな飾り付けがされており、あちらこちらに張り紙が貼ってある。音の原因であるパレードの一団が、丁度家の前を通過したところだった。小さな子供から四十近い大人までの十五人前後の小さな団体だ。楽器を吹いているものもいれば声を張り上げている者もおり、ハデな衣装をまとって町を歩く一般町民に手を愛想良く振っている。
「ルキスに一票を!」
「いい町作りを目指して!」
「イオード=ルキスに一票を!」
「な、なにあれ!?」
シャルロットは思わずララに尋ねたが、シャルロット達に気がついた一団はこちらに向かって手を振り、声を上げた。
「ルキスに一票、よろしくお願いします!!」
シャルロットはどう答えていいかわからず戸惑っている間に、ワットはヒラヒラと美人の選挙委員に手を振り替えしていた。一団はそのまま通り過ぎた。
「何だありゃ?」
ワットが一団の後姿を見ながら言った。
「楽しそうね!昨日は暗くて気が付かなかったけど、町中キレイな飾りじゃない!」
シャルロットが改めてあたりを見回すと、昨夜は見えなかった町の様子が良く見えた。木造の二階建ての家々に広い道、行き交う人々を見ると、ここは住宅街だということがわかる。遥か遠くのほうに見える森は、ここが森に囲まれた町だということを思い出させた。行き交う人々は、ウィルバックの港町の人々と似たような格好をしていたが、こちらの町のほうがさらに気温が高いせいか、より涼しげな格好をしており、まさに南国の町だ。
「町長の選挙とは…?」
ニースがララに聞いた。皆はとりあえずまた席に戻った。
「ええ、ファヅバックの町長を決める選挙よ。前任の町長がお亡くなりになってから半年以上立つけど、ずっと決まっていなかったのよ。だから一ヶ月くらい前から候補者を集めて、三日後の選挙で決める事になっているわ。今のも候補者の一人、ルキスの応援団よ。あと三日だから、パレードも一層ハデになってきたわね」
「三日後?じゃあ、それまで町長は決まらないのか?」
ワットが口を挟んだ。
「そう言うことになるわね。あなた達は町長にお話があったのでしょう?三日後まで決まらないけど…、どうするの?」
シャルロットはニースと顔を合わせた。
「候補者というのは、何人いるのですか?」
パスが代わりに言った。
「三人だ。イオード=ルキスとラダ=フーとレイシス=マンラ」
「三日もいるのは退屈じゃねーか?三人全員に会ってさっさと用件済ませちまえば?砂に帰るのもそれだけ遅くなるだろ?」
ワットがシャルロットを見た。
「帰るのが遅くなるのは構わないけど…。でもディルート様からの書状は一つだもの。全員に見せるわけには…」
「…そうか、そういうことか」
急にニースが呟いたので、皆がニースを見た。
「…何が?」
「…あ。…ああ、すまない。気にしないでくれ」
ワットの問いに、ニースは席を立った。
「シャルロット、朝食を終えたら仕度をしてくれ。とりあえず候補者の一人に会いに行く」
「は、はい…」
シャルロットは慌ててゴクリと水を飲み込んだ。
「あ、俺も行くよ」
「オレも行きたい!」
ワットが言うと、パスも便乗して手を挙げた。
「だめよ、ご迷惑でしょ?」
ララが、パスの手を掴んで下げさせが、ニースは笑った。
「かまいませんよ。それにパスなら町をよく知っているでしょう。案内してくれるか?」
「おう!」