第4話『森の少年』-4
「すみません、せっかくの頂き物だったのに…」
ニースに駆け寄り、シャルロットはひとまず謝った。
「そんなものはいい。誰も怪我はないか?早いうちにここを去ろう。山賊がたった十人だけとは思えないからな…」
「賛成だ。仲間が集まってくるかもしれねぇ」
ワットは川の水でさっと鍋を洗った。
「ね、パスも一緒に来た方がいいんじゃない?一人じゃ危ないよ」
「え?」
シャルロットの問いに、パスは目をキョロキョロとさせた。パスとしても、ここを離れたかったのは事実だろう。ニースがパスを見た。
「そうだな、この辺にはいない方が良い。家は?ファヅバックとウィルバックのどっちの方面だ?」
「…フ、ファヅバック」
ためらうように、パスが答えた。
「おい、まだ道の確認してなかったよな?」
ワットが鍋を馬に縛り付けつつ振り返った。ニースは地図を開き、パスの前に身をかがめると、地図をパスに見せた。
「私達は今朝ウィルバックから来てファヅバックに向かっている所なんだが、君はこの辺りの子なら道を知らないか?この先は土砂崩れになっていて通れなかったんだ。」
地図を受け取ると、パスはわずかに声を漏らし、首をかしげた。
「…この地図じゃファズバックには行けないぜ」
「え?」
「この地図ウィルバックで買っただろ」
パスが顔をあげ、地図をニースに返した。
「ああ」
「ここんとこの大雨でファヅバックへの道は5本中3本がだめになってんだ。そこの一番下の二本の道からしかいけねぇよ。ファヅバックよりの場所で崩れたからウィルバックまで話がいってねぇんだろ」
「え?じゃあファヅバックにはどうやっていけばいいの?」
驚いたシャルロットが思わずニースと一緒に地図を覗き込んだ。パスはそっぽを向いて、生乾きのシャツを着た。
「さぁね。地元の奴に道案内でも頼めばいいんじゃ…」
言葉の途中で、パスは言葉と動きが止まった。
「…?どうしたの?」
シャルロットが首をかしげたが、パスはそのまま進もうとした。しかし、何かを思いついたように笑うワットが、その腕を掴んで止めた。
「…へぇ、道案内ねぇ…」
パスは即座にワットの手を振り払った。
「な、何でもねぇよ!隣道を行けばつくんじゃねーの?!オレはこれから家に帰るから…」
シャルロットとニースは、顔を見合わせ、同時にひらめいた。目をそらすパスに対し、ワットはその前にかがむと、ニッコリと笑って肩を叩いた。
「じゃあ、お前に頼ませてもらうか」
簡単に反論できる理由が、パスには何も思い浮かばなかったようだ。目をキョロキョロとさせて思考をめぐらせているのが、ニースから見ても十分に分かった。
「パス来てくれるの?やった!よろしく!」
パスの心情になど気づきもしないシャルロットは、嬉しくなって馬にまたがったが、同時にワットがパスを持ち上げてシャルロットの後ろに乗せた。
「ぅわっ!」
パスが上ずった声を上げた。
「乗せてやれシャルロット」
「何すんだよ!」
パスが抵抗を見せたが、ワットが馬の尻を叩いた。
「ほら行け!」
馬はパスの了承を得る前に、前に歩き出した。
「ニース様、ワットも早く」
シャルロットが進みながら2人を振り返った。ワットも当たりに置いた荷や服を自分の馬にくくると、馬にまたがった。パスはシャルロットの後ろでじたばたしていた。
「お、おい!お前ら!オレは…」
「ゴチャゴチャ言うなって。さっきの非礼は、それで勘弁してやるよ!」
ワットはシャルロット達の後方で笑った。言葉を失ったパスに、シャルロットは笑った。
「とりあえず、進みながら話しましょ」
シャルロット達が川沿いの茂みからもとの道に戻った頃、ニースも馬にまたがった。
「行こうぜ」
ワットが声をかけた途端、突然、後ろから咳き込む声が響いた。
「ゴホッ!ゴホゴホッ!!」
普通ではない咳込みの声で2人は反射的に振り返った。見ると、さきほどシャルロットが足にスープをかけた男がむせ込んでいる。ワットは不思議に思って馬を降りて近くに寄ると、まだむせ込んでいた男はより強く、むせ込んだ。
さすがにニースも馬を近くに寄せた。
「どうした?」
「さぁ、急にむせ込んじまった。打ち所が悪かったかな?」
2人が呑気に会話して、ワットが馬から下りて男の横にしゃがんだ。丁度、頭からかぶった粉が目に入った。
「これは…」
ワットがそれを触ろうとした瞬間、男は胸を押さえると、突然吐血した。
「ゴブッ!!」
バシャッ
地面に飛び散った血に驚き、ワットは思わず立ち上がった。
「なっ!!」
「!?」
ニースも思わず馬から下りて、ワットに近寄った。男は、そのまま気を失った。ワットは立ちつくしたままだったが、しゃがんで男に触ろうとすると、ニースがワットの肩を掴んで止めた。
「待て、触るな」
ワットがニースを見た。ニースはかがんで、男を見た。それから粉を一本の指でスッと取ると指でこすり合わせた。ニースは無言でパラパラと落ちる粉を見ると、何かに気が付いたような顔をした。
「これを何だと言った…?」
「あ?何だったかな…、食えるもんだって言ってたけど…」
ワットは記憶もおぼろげだったが記憶をたどりながら答えた。
険しい顔で、ニースは近くにあったその粉の入ったビンを拾った。そしてその粉をビンにパラパラと少量だけだが戻した。ワットはそれを見ながら尋ねた。
「そんなもん…、どうすんだ?」
ニースは少しの間ビンを見つめていた。そしてキュッとビンに蓋をして、中身を空にすかして見た。
「断言はできないがこれは…、この粉はニクハルスと呼ばれる毒だ」
「…!?じゃあこいつ…。死んだのか…?」
「いや…、体内に直接含ませなければ死に至るものではないだろう」
ワットは声もでなかった。そこにシャルロットが茂みの向こうの道から2人を呼ぶ声がした。
「ニース様?ワットぉ〜?」
その声で、ニースが先に動いた。
「行こう。彼女には言わない方が良い」
「…あ?ああ…」
ワットは力無く答えた。ビンの中身が被っただけでこれほど吐血し、体内に含めば死に至る猛毒だったと言うことは、コレがどういうことを示すか、判っていたからだ。ニースとワットは馬にまたがり、茂みを抜けてシャルロットの所に行った。後ろでふてくされているパスを見たニースが言った。
「案内をしてもらえるか?」
ニースの問いに、パスはニースを見返した。そしてその視線がニースの剣に移り、そしてまた目に戻った。それから言った。
「…わかったよ。案内してやるよ。ただしファヅバックに着いたら、爆竹のことは誰にも言うなよ」
「わかった」
ニースは微笑んだ。が、それから先程の茂みの中を振り返って見た。シャルロットが気が付いて聞いた。
「どうかしたんですか?」
「いや、何でもない。それよりシャルロット、ビンを貰った商人のことを覚えているか?」
「商人…ですか?あ、すみません、マントを羽織っていたもので…。それにしてもせっかく頂いたのに!」
「いや、もういいよ。そうか…商人か」
ニースは会話を済ませると、先に進んだ。その会話を後ろで聞きながら、ワットはニースを見つめた。
(『そうか』だって?あれが猛毒だったってんなら、どういうことか判ってんだろ?)
ワットはシャルロットが言った言葉を思い出していた。
『ニース様に、だって』
(相手は絶対にお前の事を知っていた。お前、命を狙われたって事なんだぞ!?)
ワットがニースの背を見つめる中、三頭の馬に乗り、四人は道を進んだ。