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同じ天の下  作者: コトリ
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第36話・最終章『同じ天の下』-2




文字数の都合上前話から編集しています

更新まで間が開いてしまいました<(_ _)>




 ――ここは、一体どこだろうか。

 なぜだか分からないが、不安が胸のうちを渦巻いている。

手に、わずかな温かみがあった。体はふわふわと気持ちのいい感触に包まれ、こんなにも心地いいというのに。

 シャルロットは静かに目を開けた。ぼんやりと浮かぶ景色は、知らない天井だ。わずかに顔を傾けると同時に、シャルロットは動くのをやめた。ベッドの横の椅子で、自分の手を握ったまま、ワットがベッドに顔を伏せて眠っていた。握られた手に視線を落とし、シャルロットには不安だった理由が分かった。

(……心配、してくれてたんだね……)

 流れ込んでいたのはワットの感情――。シャルロットは小さく笑みがこぼれた。しかし、すぐにその笑みも消える。ワットの緩やかに着た着物の隙間から、あちこちに包帯が覗いていた。

「……ワット」

 呟くと同時に、ワットが飛び起きた。「気がついたか……!」大きく目を見開き、まばたきもせず。

「……ここは?」

「火の城だ」

 ワットの言葉に、まだ頭の晴れないシャルロットは周囲を見回した。広い部屋――病室だろうか、ベッドが綺麗に八つ、間隔をあけて並んでいる。しかし、そこで寝ているのは窓辺のベッドである自分だけだ。

「お前あそこで気を失って……ここの奴らが運んでくれたんだ。……二日近く眠ってた」

「二日……?」

 ――そうだ。そういえば、あの後の記憶がまったく無い。それに、長い事体を沈ませていた気がする。そう思った途端、シャルロットの脳裏に記憶がどっと蘇った。

「メレイ! ニース様は!? 皆は……ウ!」

 起き上がった途端の腕の痛みに、シャルロットは腕を押さえて言葉が詰まった。

「無理すんな! お前もあちこち傷だらけなんだ……!」

「皆は無事なの!?」

 ワットが支えてくれるのも無視し、シャルロットはワットに掴みかかった。今はそれどころではない。一瞬口を開け、ワットが優しく微笑んだ。

「……無事だ。皆、ここにいる」

 シャルロットは体の力が抜け、ワットを掴んだ腕もベッドに落ちた。――良かった――。

 足を起こしてベッドから降りようと試みたが、思ったより体が痛む。すると、ワットが肩を貸してくれた。

「動けるのか?」

「皆に……会いに行きたいの」

「わかった。皆、違う部屋にいる」

 靴を履いて他のベッドの前を通り過ぎるまで、シャルロットはずっとワットに肩を借りていた。しかし、よく見れば自分よりもワットの方がずっと包帯の域が多い。そう思うと、シャルロットはできるだけ自力で歩こう努力した。

「シャルロット!?」

 廊下に出た途端、驚きの声が響き渡った。振り返ると、同じく火の国の服を着て、体中のあちこちに包帯を巻いたパスが、かじりかけのリンゴを片手に目を見開いて立っていた。

「もう平気なのか!?」

 病室の入り口に、パスが喜びに溢れた顔で駆け寄った。

「うん、パスも! 傷だらけね……」

 互いの傷だらけの体を見て、シャルロットは笑いがこぼれた。しかし、パスの顔がわずかに曇った。

「……オレは平気だ。それより……」

「……え?」





「メレイさん! ダメじゃないですか!」

 着物姿のメレイが、エディの言葉を聞かずに病室の外に向かって歩いていた。しかし、その出口に現れた人影に、それを諦めて元来た道をふらふらと戻った。「ニースさん」代わりにエディが、安堵の息をつく。

「絶対安静にするっていうから個室に移してもらったんですよ?」

 ベッドに戻ったメレイに、エディが言った。それでもメレイは、顔も向けずに窓の外を眺めるだけだ。広い個室に唯一あるベッドは、窓辺に置かれている。他はほとんど、城の客室と変わりないだろう。今日で何回目か、エディはまた息をついた。隣に立ったニースを見上げ、小声で呟く。

「(ニースさん、時間あるんですよね)」

「(……ああ、少しなら)」

「(じゃあ、メレイさんについていてもらえますか? 一人にしておくと、またどこかへ行こうとするかもしれないし……。僕、他の患者さん見に行かなくちゃ……)」

「(……ああ)」

 ニースが答えに、エディはそのまま部屋を出ていった。

「エディを困らせたら駄目じゃないか」

 優しくかけた言葉にも、メレイは振り向きもしなかった。ニースはメレイの体に視線を落とした。着物の隙間から見える肌には、そのほとんどが包帯で巻かれている。頬には布を貼り、頭にも包帯を巻いている。いつもポニーテールに結っていた長い赤毛は、腕の下まで垂れていた。

「……何で助けたりしたの」

 小さく、メレイが呟いた。

「俺を助けたのは、君の方だろう」

「そのことじゃないわよ!」

 突然、メレイが振り返ってニースのむなぐらを掴んだ。その拍子にメレイの着物がずれ、掴んだ腕ではない方の肩があらわになった。ニースが、それに片眉をひそめる。何度も見たはずなのに、痛々しいそれはまだ慣れることはない。

 ――エフィウレからニースをかばったときに受けた左腕の傷。今は、その肩から下は存在していない。多量の出血と損傷した傷口が原因で、メレイは腕を切断せざるえなかった。

「なんで私を生かしたの!? 私は……!」

 言葉に詰まり、メレイが顔を下げた。「……あのまま死のうと思ったのに……」そのまま、ニースを掴む力が弱くなる。うつむいてベッドに腕を落とすメレイは、とても小さな女性だった。

「私は……あいつらを殺す為だけに生きてきた。その為だけに生きて、旅をして……剣の修行をした。あいつらが死んで……私にはもう何もない。死んで父様達のところへ行こうと思った。ここには……大事なものも……帰る場所すら、どこにもないのよ」

 メレイはそのまま動かなかった。ニースがそっとメレイの着物を直すと、腕の傷跡は着物で隠れて見えなくなった。ふいに、ニースは背後の気配に気がついた。振り返らず、ニースはメレイの頬を優しく触った。

「お前は……ずっと一人で走り続けてきたんだ。……そろそろゆっくり休んでもいいのではないか」

 顔を上げ、メレイの無機質な目がニースの優しい目を見つめ返す。

「お前はもう、一人じゃないんだ」

 ニースが部屋の入り口を振り返ると、メレイもつられて目を向けた。部屋の入り口には、メレイを見て言葉もないシャルロットと、後ろにはワットとパスが立っていた。

 傷だらけなのはお互いさまだ。しかし、シャルロットは傷だらけのメレイの姿を見て、心の底で何かが溶け出したように安心が広がった。――生きていた。あんな重傷を負っていたのに。生きていてくれた。

「……うっ」

 シャルロットの目に、涙がこみ上げた。メレイに駆け寄り、その体を思いっきり抱きしめた。それが互いの傷を傷める事だということすら、頭から抜けていた。メレイは一瞬驚いて目を開いたが、自分の胸に抱きついたままぼろぼろに涙をこぼすシャルロットを見て、何も言えなくなった。

「メレイ……良かった……! 生きてて……、生きててくれて……!」

 子供のように泣きじゃくり、それでもシャルロットはメレイから離れられなかった。メレイは思わず、ニースを見上げた。ニースが優しく微笑む。メレイは自分の胸で泣き続けるシャルロットに視線を落とすと、その頭を優しく撫でた。

「……バカ。泣き虫なんだから……」

 その片腕でシャルロットを抱きしめると、メレイの頬には涙が伝った。




「エディが言ってたんだけど、メレイはしばらく“絶対安静”なんだってさ」 

 火の城のバルコニーのベンチで、シャルロットとワット、パスは腰を下ろした。――片腕を失うほどの怪我だ。考えなくても、それは当然の事だろう。シャルロットは顔が曇った。

 よく晴れた空の下ではあの日の出来事が嘘のようだ。あの激しい戦いの痕跡は、この静かなバルコニーと、そこからのぞく穏やかな城下町、そして遠方に見える森林地帯からは想像もできない。「お前ら知らねぇだろうけど」パスが、ポツリと呟いた。

「兵士達に運ばれてる姿を見たら、オレ、メレイは死んじまったかもって思った。すげえ血がでてて……生きてただけでも十分だよな……」

 シャルロットは静かに頷いた。――その通りだ。生きていてくれただけで充分だ――。

「……ルジューエル達の事だけど」

 ワットの言葉に、シャルロットは思わず体が反応した。わずかに、空気が張り詰める。

「奴は死んだ。……鉄釜に落ちて。ルジューエルの遺体は跡形も無かったらしいぜ。エフィウレの遺体は……衛兵が回収したそうだ。ユチアは衛兵達があそこを通ったときにはもういなかったらしい」

「いなかった……?!」

 思わず目を見開いた。最後にあの男を見た時の、血池に横たわるユチアが脳裏に浮かぶ。――自力で動けるわけがない。ああ、とワットが息をついた。

「あんな傷で一人で歩ける訳がねぇ。それに俺らがあそこを去って、兵士達が通るまで大した時間はなかっただろうし……誰かが手引きしたんだろうな。あん時はどこまでが連中の仲間かわかりゃしねぇ状態だった」

「じゃあユチアは行方はわからないの?」

「国でユチアの手配はそのままかけておくそうだ。……けどあの足じゃ余計な事をしようとは考えねぇだろうし……。ま、見つからねぇだろうな」

 ごろりと寝返りをうつワットに、シャルロットは言葉が浮かんでこなかった。確かに、ユチアの事は大嫌いだった。しかし、死んだとなれば気にはなる。だが、生きていて行方が分からなくなるというのも何とも歯切れが悪いものだ。「ニースが言ってたけどさ」パスが顔を上げた。

「ユチアがルジューエルのために何かするってことはないだろうって。ちょっと安心だよな」

 ――このまま、再び表に出てくることもなく。

「ユチアは……どうしてルジューエルの一味にいたのかな」

 ふいに、シャルロットは胸が寂しくなる気がした。――あの男の心など考えた事も無かったけれど。どうして、彼は手配犯などになってしまったのか。

 一瞬、ワットが顔を向けたが、目が合うと、その視線は静かに閉じられた。

「……さぁね。聞いた話じゃ、あいつらは最初、ルジューエルとエフィウレ、イガの三人で作った団だったらしいぜ。それがだんだんでかくなって……ああなっちまって……。ユチアは特別思想を持ってるようには見えなかったけど……あんなとこにいたんだ。あいつなりに、何かはあったかもしれねぇな」

「……ルジューエルは何をしたかったのかな。王家を無くして……あの人が得るものって……何だったの?」

 シャルロットの言葉に、バルコニーに沈黙が流れた。そよぐ風に、鳥の声が波の音に混ざって運ばれてくる。「さあな」ワットが呟いた。

「俺達が考えたところで、わかる筈もねぇさ。……でも」

「……でも?」

「どんな思想があったって、奴らのした事は許されることじゃない。奴らのせいで大勢の人間が何かを失ったことは……変えられねぇんだ」

 シャルロットは胸が痛んだ。――そうだ。例え彼らが死んでも、彼らに向けられていた恨みが消えるわけではない。忘れられない傷を負った人間だっている。

「それともう一人……」

 パスが重く口を開いた。



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