第35話『最後の戦い』-3
扉の向こうは薄暗い廊下だった。左右に一定間隔で飾られるランプが、唯一の明り。城中とは思えないほどに殺風景なそこは、途中に一切出入り口のない一直線の廊下だ。前方には、先を走るメレイの姿しかない。
「南の洞窟って何だ! 何がある!?」
走りながら、ワットが声を上げた。
「……製造場……」
「製造場?」
ワットが眉をひそめた。「ああ」とニースが答える。
「この国の武器を作っている製造場だ。ここから先の洞窟を抜けたところにある」
その言葉に、シャルロットは最初にこの城を訪れた時の事を思い出した。――城の奥に見えた赤茶色の岩肌。その奥に何があるのか、気にかかった。城の裏が崖で、先が海なら、あのような視界を遮る山岳など必要ない。事実、砂の王国は城の裏手がすぐ崖、そして海だ。
城の外観を考えれば、まず取り壊す。にも関わらずそのままだということは、何かがある証拠だ。
「……昔からこの国が軍事国家と呼ばれる由縁……。いかに強い武力を生み出せるかを常に追求している。…今となっては誇れることではないな」
ニースが呟いた。
手を付くと、ひやりとした感覚が肌を伝った。廊下を抜けた途端、シャルロット達は赤茶色の岩に囲まれた洞窟に出た。通路だけをくりぬいて作られたような道が広がり、数え切れないほどの分かれ道がある。通路の所々にランプが飾られ、それらを照らしていた。メレイが、廊下の出口に立っていた。
「メレイ」
多少の息切れを交えながらのシャルロットの声に、メレイが振り返った。
「奴らはどっち?」
――自分達を待っていたわけではない。いや、ある意味待っていたのだろうが――。
激しく上下する肩で、シャルロットは頭の中に余計な考えが渦巻いていた。この分かれ道だ。むやみに進んでも、迷うだけ。ワットの腕を掴み、シャルロットは目を閉じた。ここを通った事はわかる。だが――。
「……待って……」
ニース達に合わせて走ったせいで、胸が痛い。胸を押さえ、肩を上下させる。その時、掴んでいたワットの腕に力が入った。同時に、わずかな物音。顔を上げたシャルロットは、目を見張った。
「……ウソ」
――何で。いや、ありえなくはないのだが――。
「よう」
分かれ道の影から出てきた男が言った。相変わらずの、人を見下す声。
古びた服に、半そでのコート。背には人一倍長い長剣をかけている。黒髪の隙間からのぞく茶色の鋭い目は、シャルロットの大嫌いな目だ。
「ユチア……!」
目を細めたシャルロットとは対照的に、ユチアの目が笑みを含めて細まる。「ホントしぶとい奴らだな」鼻で笑いながら、ユチアが言った。
「ドンとエフィならこの先だ」
自分の後ろの道をあごでさし、シャルロット達四人をゆっくりと見回す。
「お前らも凝りねぇよな。わざわざ戻ってきて……バカな奴らだぜ」
呆れるような、嘲るような言葉。ワットの腕を掴んだまま、シャルロットはワットを見上げた。ワットを始め、ニースもメレイも、ユチアから目を離してはいなかった。
「……イガと、シンナをとったんだってな」
その声色が、わずかに低くなった。その手が、背の剣を掴む。
「妙なもんだ」
ユチアが自嘲するように笑った。
「……あんな野郎でも、少しは敵を討ってやるかって気になるもんだ」
わずかな金属音と共に、ユチアの背からすらりと剣が伸びる。ニースが、腰の剣に手をかけた。――しかし。
「先に行け」
ワットの腕が、それを遮った。抜くな、という意味。シャルロットはワットを見上げた。その言葉が何を意味するかはわかる。
「ここまで来て逃げられるわけにはいかねぇだろ。……シャルロットを連れて早く行け!」
「な! 何言ってんの!?」
腕を引くも、ワットはシャルロットを見なかった。その視線はまっすぐに、ニースを見つめたままだ。その目が、ワットの腰にくくられたサーベルに移る。
「……わかった」
ニースがしっかりと言った。「ニース様……!」ニースがメレイを振り返る。メレイは小さく頷き、ワットに視線を移した。
「まかせるわ」
「……ああ」
小さく答え、ワットはサーベルを抜いた。
「ワット……!」
シャルロットはワットの腕を離せなかった。――どうして。何を言っているの? あの男が強いのは、ここにいる誰もが知っているではないか。
ワットが、シャルロットを見下ろした。
「心配するな」
その声は、穏やかでとても優しいものだった。先程までの決意を表す声とは、まるで違う。その同じ優しさの手が、肩に下りた。
「ニース達を案内してくれ。お前ならできる」
ワットの言葉に、シャルロットは答えることができなかった。しかしその目が、彼の決意を既に語っている。シャルロットは、ワットの腕から手を離した。
――そうだ。ここまで来たのは、一体何の為だというのだ。皆の役に立つ為だった筈だ。死んでいった者達の為にも、ルジューエル達を逃がすわけにはいかないのだ。
ワットを見上げ、シャルロットは目を伏せると同時に頷いた。その顔で、ニースを振り返る。
「……行きます」
シャルロットの声に、ニースとメレイが頷く。シャルロット達の刺すような視線を浴びながらも、ユチアはそれを壁によりかかり、ニヤニヤと笑いながら見過ごした。自分の横を通り過ぎるニース、メレイ、シャルロットには目もくれず、サーベルを持って構えて動かないワットだけを見据えている。ユチアの間合いから完全に抜けると、ニースを先頭に、シャルロットは走った。追ってくる気配もない。
「アイツ……、何で私達を見すごすの……!?」
思わず後ろをちらちらと警戒しながら、メレイの背に言った。
「さあね、でも通してくれるんならそうさせてもらう! それよりシャルロットこっちで大丈夫なの!?」
メレイの声に、シャルロットは周囲を見渡した。――ひんやりとした赤茶色の洞窟。そして、間違いようのない確信。
「ユチアの言うとおりよ。……この先にいる!」
壁から背を離し、ユチアが道の中央に立ち塞がった。その表情には、変わらずに笑みがある。
「あいつらを、止めねえんだな」
サーベルを握り締め、ワットは言った。
「全員を留めろとは言われてねぇからな」
屁理屈のような言葉に、思わず鼻で笑う。――同じ賊団でも、従順な僕じゃねぇんだな。
こんな時だというのに、余計な事に頭が回る。足を引き、サーベルを構えた。――扱いにくい。
わかってはいたことだ。使い慣れた短刀でないこれでは、武器というほどに扱う事はできないだろう。引き換え、ユチアは自前の長剣をまっすぐに伸ばし、ゆっくりとした動作で構えた。「それによ」笑った声で、ユチアが言った。
「ダークインはドンの獲物だろ? そしてお前は……俺の獲物だ」
その鋭い目が、ワットをとらえる。それと同時に、笑みが消える。
サーベルを握る手に、汗がにじむのを感じた。――勝てるのか?
この男が強い事など、嫌と言うほど知っている。ユチアの片足に、力が入るのがわかった。それでも、弱みを見せるのはまっぴらだ。ユチアを見据え、ワットは口の端を上げた。
「見えてきた、出口だ!」
暗がりを裂くようなニースの声で、シャルロットは我に返った。ワットを残した事が心配で、たった今まで上の空だった。――あいつは強い。それに、ワットは前の戦いで既に怪我を負っている。
「シャルロット?」
前方のニースが足を止め、振り返った。それにつられ、メレイも振り返る。
「あ……、ごめんなさ……」
遅れをとっていた距離に、慌てて足を踏み出す。しかしその途端、シャルロットは足を止めた。――だめだ。
今、離れるわけにはいかない。――離れてなどいられない。
「ごめんなさいニース様……!」
シャルロットの顔を見た瞬間、ニースにはその意味が分かった。
「シャルロット!」
しかし、シャルロットの意思は既に決まっていた。ニースの声と同時に、シャルロットはきびすを返し、一目散にたった今まで走ってきた道を走り出した。
「待て! 一人で……」
「ニース!」
追おうとしたニースを、メレイが止めた。その間にも、シャルロットは洞窟の先にその姿を消していく。
「追ってる暇はないわ。あっちにはワットがいる」
「だからこそ! ワットがどうして一人で残ったか――……!」
「あいつがどういうつもりかなんて知らないけど! あいつは、あんな青二才にやられるタマじゃないわ」
――議論の余地など無い。
「あんただって分かってるでしょ。ここでルジューエルを逃したら……二度と捕らえる事なんてできないわよ」
メレイの背後は、既に出口の明りが見えている。――その通りだ。ここで、彼らを逃がすわけにはいかない。
既にシャルロットの姿は見えなくなっていた。――信じるしかない。
その目を、光の指す洞窟の出口へと向けた。
「……行くぞ」
出口に向かったニースに、メレイが続いた。