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同じ天の下  作者: コトリ
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第35話『星空の誓い』-3




 イガの言葉で、男達はいっせいにかかってきた。

「エディ、シャルロット! 離れろ!」

 ワットが外を指差すのと同時に、アイリーンを乗せたエディは即座に馬を走らせた。「シャルロット!」振り向きざまに呼びかけるも、シャルロットはパスを自分の馬に引き上げているところだった。馬が、男達の壁を一足で飛び越える。

 パスが自分の背に捕まるのを確認してからシャルロットが馬の手綱を引いた。しかし――。

「ヒヒンッ!」

「きゃっ!」

 途端に、馬が悲鳴を上げて前足を高く上げた。「な!」誰かが、馬の尻にナイフを投げさしたのだ。振り落とされると同時に、パスは馬から飛び降りた。

「落ち着いて! 今取ってあげるから!」

 何とか手綱を引きながら馬の尻に手を伸ばすも、届かない。思い切って手を伸ばし、ナイフに触れた途端――。

「きゃあ!」

 馬が暴れ、ナイフを握ったままシャルロットは放り出された。「ウ!」パスがまだ起き上がりきっていないところに、シャルロットも転がり込む。馬はその場で足踏みをし、興奮したままあっという間に走り去っていった。

「エディ! 戻れ!」

 背後を振り返ったアイリーンが叫んだ。倒れたシャルロット達はニース達とは離れている。「くそ!」ワットが目の前の賊を殴り倒し、シャルロットに足を向けた途端、目の前に砂塵が吹き上がった。思わず、その足を止める。考えなくても、相手は分かる――。鋭く振り返ると、シンナは笑って銀色の玉を持った手を振っていた。

「……ガキが!」

 倒れこんだシャルロットの前で、賊達が駆け寄ってくる前に、パスがヌンチャクを片手に立ちふさがった。

「パス……?!」

「これくらいオレがやる! 先逃げろ!」

 ヌンチャクを両手に持って構え、パスが唇を噛んだ。かかってくる男達は三人だ。体はパスと比べ物にならないほど大きく、全員短刀やサーベルを持っている。「何言って……」とっさに起き上がりパスの肩を掴むも、シャルロットははっとした。――ぴくりとも動かない腕。その意思は、既に固まっている。

 素早く周囲に目を向け、シャルロットは付近に落ちていた木の棒を拾い上げた。両手に持ち、パスの横でそれを構える。

「おい!」

 ワットが叫んだが、シャルロットの耳には届いていなかった。パスがヌンチャクを回し、勢いをつけはじめる。――あと三歩。長めのヌンチャクを持つパスは、男達よりも間合いが広い。男達がそこに足を踏み入れた瞬間、パスはそれを放った。

 高い金属音と共に、男のサーベルがはるか頭上に飛んだ。その予想外の攻撃に頭上に視線をとられた男の顎を、ヌンチャクの第二撃目が打ち上げる。

「やった!」

 シャルロットは思わず言っていた。男が倒れると、残った二人が思わず足を止めた。

「シンナ」

 それを視界に入れたイガが、小さく言った。乱闘から離れた場所にいる事で少々退屈していたシンナが、何気なく顔を上げる。

「加勢してこい」

「リョーカイ」

 自分に向かない視線に、シンナはニッコリと笑ってその場から飛び上がった。木々を伝い、乱闘の男達の頭上を飛び越え、その中心に飛び降りた。その一番近い場所にいたワットははっとした。――まずい。この人数とシンナを一緒に相手をするのは――。

「ニース! シャルロット達を!」

 あいつらを助けねぇと――! 気持ちばかりが焦っているのか、ワットは目の前の敵を殴り飛ばすだけで精一杯だった。人数が多すぎる。ニースとメレイの剣も、一瞬たりとも休みなく舞っているのが見える。しかし何より今はこの子供が目の前にいる――。

 シンナに狙いを定めた途端、ワットの周囲から他の賊達が消えた。思わず周囲に目を向けるも、もはや自分にかかってくる賊達はニースとメレイの相手に回っている。――だよな。

 心の中で、ワットは当然だと思っていた。下手にシンナの戦闘に近づけば、どうなる事かは理解している。両手に銀の玉を握ったシンナに対し、ワットは血のにじんだ短刀を向けた。

「覚悟しろよこのガキ……!」

 鋭い眼光に、シンナが平然と笑んだ目を向けた。「お兄ちゃんじゃないよ」楽しげに笑ったその目に、ワットははっとした。その目が捕らえているのは、自分ではない。自分のさらに後ろ――。

「シンナの相手はあっち」

 その片腕が、すっと上がる。背筋の汗が、一瞬で冷えた。その後ろにいるのは――。

「やめろ!」


 雨で緩んだ地盤が、功を奏した。パスに向かって二人同時に向けられたサーベルは、それによって確実に速度が緩んでいる。何より、パスのほうが、大柄の男達よりも身のこなしが早かった。転がるように二人の背後に回り、一人の足をヌンチャクですくう。その拍子に倒れかけた男の後頭部を、全身の力を込めてヌンチャクで弾いた。男は泥に顔を突っ伏したまま、起き上がっては来なかった。

 もう一人の男がパスに向かう前に、シャルロットは男を後ろから棒で殴りつけた。しかし力が弱かったのか、怒りを持って振り返った男の腕に、あっさりと吹き飛ばされてしまった。

「きゃあ!」

 数メートル離れた場所に転がり込む。全身に泥がはねても、かまっている暇はない。男がこちらに足を向けた途端、自分と男の間に、馬が割って入った。思わず、男が足を止める。

「エディ! アイリーン!」

 アイリーンが即座に馬から飛び降り、シャルロットに手を貸して起こした。「何だお前ら、やろうってのか」男の眼光に、思わずエディが顎を引く。しかし――。

「ぐっ!」

 エディの馬に手を伸ばす前に、男は倒れた。背後からのパスのヌンチャクの攻撃が、後頭部に衝突したようだ。

「シャルロット、早く」

 エディの馬に、シャルロットはアイリーンと一緒に慌てて駆け寄った。「パスも……」顔を向けた途端、シャルロットは言葉が止まった。同時に、同じものをとらえたエディとアイリーンの顔が凍る。パスの背後、その少し後ろにシンナが降り立ったのだ。一瞬、シャルロット達の顔にパスが「ん?」と眉をひそめる。

「パス! 後ろ!」

 アイリーンの叫び声にパスが振り返った時は、数メートル目前でシンナが腕を振り上げたところだった。シンナから自分、シャルロット達に対し、位置は一直線。障害物は何も無い。一瞬、パスにはシャルロット達を振り返る時間があった。あの腕が再び振り下ろされればどうなるかなど知っている。そして自分が避けたら――。

 パスが背を向けた瞬間、シャルロットは声が出なかった。歯を食いしばったその顔が、何を決意したのかすぐにわかった。パスはヌンチャクを両手に広げて目前に張ると、そのまま顔を下げた。

「やめろ!」

 アイリーンの叫び声が響いた瞬間――。

「あ!」

 同時に、シンナが背後からの重みによって前に倒れこんだ。同時に、泥が跳ね上がる。その小さな体に飛び乗ったワットが、シンナの細腕を締め上げたのだ。銀の玉は、シンナの両手に握られたままだ。

「こんのクソガキ! ナメた真似しやがって!」

 きつく腕を締め付ける。「イタイ!」地面に腹ばいになったシンナが顔をしかめてワットを振り返った。

「ったりめーだ覚悟しやがれ!」

 ワットが片手でシンナの両腕を捕まえたまま、もう一方の手で腰につけたロープを取り出そうとした途端――。

「げ!」

 シンナが両手に持った銀の玉から数十センチ前後の長針が飛び出し、ワットは反射的に避けてしまった。同時に、その重みから逃れたシンナが付近の木の上に飛び上がる。

「おい!」

 両腕を広げたまま一向に動かないパスの肩を、アイリーンは全力で引いた。「お前今……!」――許せなかった。今のは絶対に――。

 しかし、パスはその勢いに引っ張られ、そのままアイリーンにぶつかった。「うお……!」思わぬ軽さに、アイリーンの言葉が止まる。パスの顔は、周囲の闇に浮き立つほどに真っ青だった。ひとたび崩れた体勢は、力のない人形のようにアイリーンの体にもたれかかる。パスを支えきれないアイリーンは一緒にその場に座り込んだ。

「お、おい……!」

「……な……さけねぇ。力……はいんねぇや……」

 へへ、と口元を引きつらせ、パスは目線も上げずに笑いをこぼした。アイリーンは胸が詰まった。奥歯を噛みしめ、涙をこらえてその体を全力で抱きしめた。

「……ばかやろう……!」

 シャルロットはその場を立てなかった。もはや泥まみれになった体の事など一瞬たりとも頭に入らなかった。自分と同じくパスとアイリーンを見つめるシンナに目を移す。シンナはただ力なく抱き合う二人を見つめていた。その顔に、いつもの笑みはない。しかし、シャルロットの視線に気が付くと、その白い顔に意識が戻った。目を細め、先ほどと同じ場所で自分を見上げるワットを睨みつける。開放された両の手首をフラフラと回した。

「……今のはちょっと痛かったよ」

 いままでよりも、わずかに低い声。ワットが躊躇無く短刀を構える。ほぼ同時に、シンナは足元を蹴ってワットに飛び掛った。

 ――ドォ! ワットの周囲から、轟音と共に泥が飛び上がった。雨を含んだ土がにわかに重いのか、泥は腰の高さほどにしか上がらない。しかし、それに当たれば命はない。

「ワット!」

 エディに起こされながら、シャルロットは叫んだ。それが届かない場所で、シンナの猛攻と長針がワットを襲う。それでも接近戦となれば、ワットの方がはるかに有利だった。その上、降り続ける雨のおかげでシンナの攻撃の線が目に見えて分かる。ワットが短刀を振り抜くと、シンナの腕にも赤い一線がついた。

 ニースは賊の相手で手がいっぱいだった。しかし、女のメレイには賊の魔手は少なく、既に周囲の男達を切り捨てていた。その目がとらえるのは、たった一人――。

イガの目前に立ち、メレイは剣を構えた。

「覚悟しろ……!」

 その形相に、イガは笑みも無くメレイを見据えて腰の両斧をゆっくりと抜いた。雨が、二人の間をひたすらに打ちつけ続ける。

「ニース様!」

 突然、男の声が周囲に響いた。思わず、それに振り返る。その瞬間、シャルロットは感激に声が漏れた。――天の助け。ニノーラの古城跡で別れた兵士達が、追いついてきたのだ。

「カルディ!」

 同様に、ニースが声を上げる。「加勢致します!」カルディを先頭に、馬に乗った兵士達が十数人、サーベルを抜いた。

「……反逆者か」

 駆けつけるカルディ達に、イガがにやりと笑った。

「裏切り者だ。殺しておけ」

 イガの命令に、男達が兵士達に襲いかかった。

 一瞬にして、周囲は戦場と化した。既に先ほどからそうなってはいたが、これではますますだ。――ワット。

 シャルロットには、ワットしか見えていなかった。シンナと戦って無事で済むわけがない。飛び出していこうとしたが、エディに腕を掴まれた。

「離して!」

「だめだ! 今は……」

 シャルロットとエディのもみ合いを、アイリーンがパスを支えて座り込んだまま見上げる。

 シンナの猛攻を避けつつ、ワットは地面に転がった。ワットが転がるたび、直後にその大地が切り裂かれ、泥が舞い上がる。――息が切れる。手を付いて起き上がるところに、ニースが隣に立った。

「メレイの加勢をしてくれ! シンナは俺が……!」

 その言葉に、初めてメレイの事を思い出した。とっさに、あの赤毛のポニーテールを目で探す。男達と兵士達の乱闘の向こうで、メレイは一人でイガと戦っていた。

 シンナを振り返ったあと、ワットはニースに頷いた。――あのままではまずい。ワットはメレイに向かって走り出した。兵士達が流れ込んだ今、自分に向かってくる賊はいない。数では、自分達の方が有利だ。

 既に、シンナは背を向けて走るワットを目でも追っていなかった。その一直線上に剣を向けて立つニースを、じっと見据える。

「……こりないお兄ちゃん達だね」

 その顔に、笑みはない。わずかに、言葉の端が揺れた。まるで、苛立ちを含むかのように。

 

 周囲が見えていないメレイと、それに応戦するイガは互角だった。イガの剛力の斧を一撃でも食らえばひとたまりもないが、メレイはそれを全て受け流した。――ギン!

 イガの背をすり抜けて突き出た短刀に、メレイがはっとした。イガの背後から、ワットが狙って短刀を突き刺したのだ。もっとも、僅差で避けられてしまったが――。

「ワット!」

 メレイの声を耳に入れず、避けられた事にワットは舌を打った。続けて短刀を構えるワットに、メレイは唇を噛んだ。

「手を出すな! こいつは私がやる!」

「こいつが仇なのはお前だけじゃねんだよ!」

 イガを見据えながら、怒鳴り返す。「グリンストンの連中だって大勢殺されてんだ!」イガを見つめながら、メレイは聞き入れないワットを一瞬だけ視界に入れた。しかし、それにかまっている暇はない。

 先を競うように、メレイとワットはイガに斬りかった。




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