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同じ天の下  作者: コトリ
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第34話『二局の戦い』-1




「うあー!」

 町中は、思ったよりも障害が多かった。通りすがりに叫び声の主を助け、目指す先は町で一番目立つ青い屋根の白い屋敷。

 ミジベンド家にたどり着くと、ワットは馬から飛び降りた。昔の記憶が、瞬時に蘇る。何度も何度も訪れた屋敷だ。美しく整えられた緑溢れる庭。芸術的な造りの玄関の鉄柵。それに手をかけ、飛び越える。――人気がない。

 しかし、確実にそれは日常とは違っていた。正面玄関の扉が、――無い。奥に向かって、その残骸が転がっている。それはつまり、侵入された跡。

「スー……」

 顔を上げた瞬間、切り裂かれんばかりの女性の悲鳴が屋敷を飲み込んだ。同時に、ガラスの割れる大きな音。

「スーディー?!」

 中に駆け込むと、ワットは思わず足を止めた。――酷い。美しかった内装は全て壊され、家具もボロボロだ。しかし人はいない。だが二階建てのこの家の構造は良く知っている。とっさに、階段に向かって足を向けた。スーディーの部屋だって、足が覚えている。――その途端。

「助けてくれ!」

 男の声が、ワットの足を止めた。聞き覚えのある声。

「あなた!」

 ワットがその部屋に踏み込んだと同時に、女性の悲鳴が響き渡った。勢い良く飛び込んできたワットに、身なりのいい中年の夫婦が涙ながらの顔を向ける。彼らに剣を向けていた男達が、驚きに目を見開いた。

「な、何だテメエは!」

 男の言葉を無視して、ワットは短刀を振って一人を斬り飛ばし、一人は腹から蹴飛ばした。

「おい!」

 ワットがかがむと、中年の女性の方が夫らしき男性に肩を貸した。その途端、ワットは目を見張った。――なぜ気がつかなかったのか。

「ああ……ありがとうございま……」

 ワットが顔をそむけて立ち上がった途端、男性の言葉が止まった。

「お、お前……?!」

「……怪我がないなら、俺はこれで……」

「キャー!」

 ワットの言葉の途中で、若い女の声が響き渡った。

「スーディベル!」

 男――ミジベンド氏が顔を上げた。とっさに、女性が座ったままワットの足にすがった。

「お願い! あの子を助けて! お願い!」

 遠くのガラスが割れる音が響くのと同時に、ワットは女性の手を振り払って部屋を飛び出した。廊下に出て階段を駆け上がる。

「嫌ー!」

 スーディベルの声に、間違いない。ワットはその部屋のドアを蹴り破った。賊の男が二人、それに思わず振り返る。バルコニーの窓ガラスが割られ、そこから激しく抵抗するスーディベルが無理矢理室内に引き入れられているところだった。

「スーディー!」

「ワ、ワット……?!」

 スーディベルが、栗色の長い髪の隙間から涙でグシャグシャになった顔を上げた。スーディベルを引き入れていた男は、一人で乗り込んできたワットに対し、相手になるとも思わなかったようだ。無視して、スーディベルを引き入れる。しかし、ワットが一瞬で仲間二人を蹴散らすのを見て、笑いが消えた。

「ち、近寄ると女を殺すぞ!」

「あ!」

 スーディベルの首に腕を回し、人質に取って男はバルコニーに背を向けて後ろに一歩ずつ下がった。後ろに逃げ場があるわけではない。ここは二階だが、大きな屋敷だ。バルコニーから下は、通常の二階の高さより高いことを、ワットはよく知っている。その先が、庭である事も。

「武器を捨てろ!」

 狂ったように、男が叫ぶ。いつもなら、聞きもしない要求だ。――しかし。

「ワ、ワット……!」

スーディベルの苦しげな顔に、ワットは短刀を捨てざるえなかった。短刀を目の前に出し、それを相手に向かって軽く放る。からん、と乾いた音でそれが床に落ちた。相手の視線が、同時に落ちる。――その途端。

「うあ!」

 男は痛みでスーディベルを手放した。ワットのもう一方の手から放たれた、小さなナイフの攻撃によって。スーディベルにあたることを恐れて放ったナイフは、ほんの少し男の肩を掠めただけだったが、既におびえていた男にとっての効果は充分だった。スーディベルが倒れた拍子に後ろによろけた男は、バルコニーから転落した。

「スーディー……!」

 よろけるスーディベルが倒れる前に、ワットが支えた。――ひどく懐かしい手だった。鼻先に触れる柔らかい栗色の髪の香りが、遠い記憶を蘇えさせる。

「う……!」

 嗚咽を漏らし、スーディベルはワットの腕にしがみついていた。

「スーディベル!」

 ミジベンド氏の声に、ワットは振り返った。途端に、ミジベンド夫妻がワットに代わり、スーディベルを抱きしめる。

「パパ……!」

 ミジベンド婦人は安堵のあまり座り込み、泣き出してしまった。

「ありがとう、ありがとう……! 私達はあなたにあんな仕打ちをしたのに……!」

「……昔の事です。ミジベンドさん」

 ワットは顔をそむけ、短刀を拾って腰に納めた。

「ま、待って!」

 部屋をあとにする直前、スーディベルに呼び止められた。

「私とここにいて! ずっと一緒に……! 私達がした事の……この数年の償いもさせてほしい……!」

 背に注ぐ言葉にワットは胸が締め付けられるのがわかった。――どれほど、過去の自分がそれを望んでいたか。六年前、この町を出た時、彼女を呪うと共に、どれほどその言葉を望んでいたか。

 しかし、今はそれが新しい傷となる。「……俺は」ワットは、振り返れなかった。

「外の奴らを片付ける為にここに来た。ずっとこの中にこもっているわけにはいかない。奴らを片付けた後も……な」

 その言葉に、スーディベルが硬く口を結ぶ。

「今はもう、ここで働いていた頃の俺じゃない。……前は、こんな風にお前を守る事なんて、できなかっただろ?」

 その目を、スーディベルに向ける。スーディベルの美しい涙は、以前とまったく変わっていない。同時に、スーディベルの目は、昔となんら変わっていないその優しい目を見つめていた。

「今の俺には、大事なやつがいる。そいつは今、クィッドミードの解放に手を貸してる。俺は一刻も早く……あいつのところに戻りたいんだ」

「……愛して……いるのね」

 スーディベルの言葉に、ワットは答えなかった。ただ、その和らいだ目だけをスーディベルに向ける。一瞬、スーディベルは顔を伏せた。

「わかってた」

 すぐに明るく言った顔を上げる。「本当は私、わかってた! だから、ちょっと言ってみただけ。本当は……前にあった時から、もうわかってたの。……ワットはもう……違う道を、ちゃんと歩いてるって。……わかってた」

 笑顔から、涙がこぼれ落ちた。ワットはそのまま入り口の縁に手をかけた。

「お前を助けられて良かった」

 泣き崩れんばかりのスーディベルを、ミジベント婦人が支える。

「この町で……またお前に会えて良かった。スーディー」

 ワットはそのまま振り返らずに、部屋を出た。




「ワット!」

 鉄柵を飛び越え、ミジベンド家から出た途端に、聞きなれた声に呼び止められた。ニースが、剣を片手に馬を駆ったところだった。

「知り合いの娘は? 無事だったのか?」

「ああ、ここはもう心配ない」

 ワットが短刀を抜いた。「さっさと片付ける。早くクィッドミードに戻ろうぜ」

「ああ……、そうしたいんだが町が広すぎる……。相手があとどれだけいるかもわからないし……」

 周囲を見回すニースに、ワットはにやりと笑った。

「いい考えがある」

「……ん?」

 ニースが顔を向けた途端、ワットは大きく息を吸った。

「てめえらがルジューエル賊団ってのは判ってんだ! さっさとかかってきやがれ!」

 思わぬ大声に、ぎょっとニースが目を丸くする。

「俺とニース=ダークインがまとめて相手になってやる!」

「お、おい!」

 思わずその肩を引くも、ワットはにやりと笑った顔を向けただけだった。

「これが一番手っ取り早えだろ。……ほら、早速お出ましだ」

 通りの向こうから、馬に乗った賊達が四、五人姿を現した。全員が剣を片手に、相当殺気立っている。

「ニース=ダークインだと!?」

「ああ! コイツがな!」

 平然と、ワットが隣のニースをあごで指す。

「お前らの頭達が血眼で捜してる。首を持って帰りゃあ、たっぷり褒美が出るだろうよ!」

 男達は一瞬顔を見合わせると、簡単にワットの挑発に乗ってきた。それを見て、ワットが足を引いて短刀を構える。ニースは思わず息をついた。

「……まったく、無茶をする……」

 もっとも危険で、もっとも手っ取り早い方法。剣を握りなおすと、ニースはワットの隣で馬を駆った。




「あとは……ここだけね」

 鮮血のにじんだ剣先を地に付け、メレイが物陰に隠れながら役所を眺めた。

(……ホントにすげえ)

 その後ろにしゃがみ、パスが思わず固唾を呑む。前言通り、メレイは一人で賊達を一人一人確実に仕留めていった。一応、パスもヌンチャクを持って心の準備をしていたが、シャルロットとアイリーンに同じく、出番はまったくなかった。

「……外に四人か。中までは判らないわね……。エディにそっちの情報も頼んどけば良かったわ……」

 親指の爪を軽く噛みながら振り返った視界に、アイリーンの不安げな顔が入った。その目が合うと、メレイが優しく微笑んだ。「大丈夫よ」アイリーンは、特別いつもエディと一緒にいる。アイリーンがエディの事がとても好きなのは、メレイも良く知っていた。

「大丈夫よ。いざとなったらあいつら全員殺してでも、エディは助けるから」

 アイリーンの後ろにいたシャルロットは、思わず口を結んだ。殺す、という単語。

 パスやアイリーンにすれば、聞き流せる言葉だったかもしれないが、メレイはその言葉をいつでも実現にできる事を、シャルロットは知っている。

「ここからは一気に行くから、あんたたちは隠れてな」

 突然、メレイが物陰からあっさり立ち上がった。

「え?」

 シャルロットが顔を上げた時には、既にタイミングを逃していた。「メ、メレイ?!」伸ばした手が届く前に、メレイは剣を背に納め、髪を振ってまっすぐに役所に歩いていってしまった。

 思わず声を上げそうになるのを、両手で押さえる。待っていろと言われても――。

見張りの男が一人、メレイに気がついて声を上げた。

「××××××!?」

 物陰から覗くシャルロット達にも言葉は聞こえたが、意味は聞き取れなかった。少なくとも、驚いた様子は伺える。メレイがそのまま歩き進み、ニッコリ微笑みかける。

「ハーイ」

「×××……が!」

 男の言葉の途中、シャルロット達は思わずそろって「あ!」と声を上げてしまった。一瞬、体勢を低くしたメレイが、背の剣を抜き、男の腹に剣の柄を入れたのだ。男は、声も無くその場に倒れこんだ。当然、メレイの姿が見えた他の見張りの男達が、声を上げて駆け寄ってきた。

「な! 何だお前!」

「×××××!」

 理解できる言葉と、そうでない者がいる。しかし、今はそんな事はどうだっていい。物影に隠れるのも忘れ、シャルロット達は息を呑んだ。その心配もつかの間、メレイは身を翻し、その剣で集まってきた三人――つまり外の見張り全員を、あっという間に切り伏せた。

「何かしら……」

 外の騒ぎ声に、集団の中でうずくまったケイが呟いた。

(……ニースさん)

 隣に座るエディはちらりと窓辺に目をやった。耳をませていたいた分、周囲の人々よりは情報を感知しているつもりだ。――今のは争いの声だ。

 エディはケイに身を寄せた。

「(たぶん……これから混乱になります。構えておいた方が……)」

小声で言いかけたのも束の間、ほぼ同時に、入り口とは反対の窓ガラスが大きな音を立てて割れた。

「××××!」

 室内の賊達が顔を見合わせながら落ちたガラスの破片に足を向ける。

「な、何だ?」

 周囲の町人達にも、わずかにざわめきが走る。その一方で、別の男が仲間に外を指差して何かを叫んでいた。それに合わせて男の一人が玄関から外に出ようとした途端――。

 そのドアが、音を立てて外側から蹴破られた。その勢いでドアを開けようとした男が声を上げて吹っ飛ぶ。室内の男達がそれに対していっせいに腰の剣に手を当てた。晴れ始める土ぼこりの向こうに立っているのは、たった一人の女だ。長い赤毛のポニーテールに、その肩には女が持つには大きい見事な剣――。

 メレイはすばやく室内に目を配らせた。広いワンホールに、中央に集められた人質達。その周囲を囲うように点在する、賊の男達。

(……八、九、……十二……思ったより多いわね……!)

 小さく舌打ちすると同時に、即座に足に体重を乗せた。――問答無用。相手が剣を構える前だろうが、待てと手を出すそぶりを見せようが、知った事ではない。

 身をひるがし、足を踏み込む。間合いに入った敵を、メレイは一瞬で床に切り伏せ、その剣についた血を一閃で振り払った。四、五、六――。

 慌て始める標的達に目を走らせた途端、メレイは人質の中に重なったらはずせない視線と出会ってしまった。

「メレイ?!」

「……ケイ!」

 九、十――。

 思わず立ち上がったケイに、賊の男の一人が目をつけた。

「座ってな!」

 手を伸ばして叫ぶも、遅かった。自分とケイとの距離は、あまりに開きすぎていた。ケイの後ろから、男の手が伸びた。

「あ!」

 付近にいたエディ、剣を振るメレイ、そしてケイ自身の声が重なった。ナイフを手にした男の腕が、ケイの首に回っていた。その刃先が、ケイの首筋に固定される。

「武器を捨てろ! この女の命はねぇぞ!」



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