第33話『動く理由』-2
文字数の都合により前の話からプラスして編集しています。
夜を徹して、村の片付けや怪我人の手当ては続けられた。結局、道行く途中途中での怪我人の救出に当たったシャルロット達は、その晩、宿に戻ることはなかった。
村人達には、軽症だった者もいれば、命を落とした者までいる。エディは村の医師達と一緒に寝ないで怪我人の治療にあたったが、シャルロット達はせいぜいその手伝いにあたることしかできなかった。夜が明けた頃、ようやくパスが宿に戻ると、部屋にはアイリーンが一人、窓辺に座っていた。
「何だよ、お前! ずっとここに居たのかよ!」
姿がないと思っていたら。一晩中働いたパスが悪態をつくと、返ってきたのは「……ああ」という外を向いたままのアイリーンの覇気のない返事だけだった。
パスは勢いよくベッドに座った。「オレらが走り回ってる間に一人で休みやがって……」反論のない背中に、言葉が自然と消えていく。最後には、パスは息をついた。様子がおかしいのは、気のせいじゃない。いつもなら既に自分には手が飛んできているはずなのだ。
「……お前、あいつが気になってんのか?」
アイリーンの肩が、わずかに反応した。――やっぱり。
最初にあの少女を見た時の事は、パスも忘れてはいなかった。アイリーンのそれは、あの時の自分とよく似ている。
「あいつ、なんて奴なんだ?」
振り向きもせず、アイリーンが言った。
「……シンナ=イーヴ。あの賊団の幹部らしいぜ。5千万の賞金首で……たぶんオレ達と歳は変わらないと思う。……そういや、お前初めてだったよな」
明るい日の差し込む部屋は、自分達だけだとなんとも広い。沈黙に、アイリーンが手を軋ませた。
「……あいつ、あんなに人を傷つけて何とも思ってねぇなんて……!」
――その怒りに同調するかのように。アイリーンの肩が、わずかに震えている。
その時、部屋のドアが開いた。
「あれ、パス、どこに行ったのかと思ったら……」
シャルロットを先頭に、ワットとニースが戻ってきた。アイリーンは窓の外を向いたまま、振り返らなかった。それを視界の端に入れながら、パスが顔を向ける。
「ついさっき。エディはまだ診療所?」
「うん、あそこもだいぶ落ちついたけど……エディはもう少し残るって」
シャルロットがベッドに腰掛ける。「メレイは?」場を続けようと、パスが言った。
「知らねぇな。昨日から見てねぇよ」
ワットが愛想も無く答え、ベッドに寝そべった。さすがに、昨夜から一睡もしていない疲れがあるのだろう。ワットはそのまま目を閉じてしまった。
「ノーマーニの所に行ったんだろう」
ニースがソファに腰掛け、顔に片手を当てた。重いため息と共に、その顔をうつむける。
「しかしまさかここを巻き込む事になるなんて……。奴らはの狙いは俺だけだったのに……」
「奴らの情報網はかなりのもんだぜ」
目を閉じたままのワットが言った。「俺達がこの村に入ったのは昨日の昼。それを当日の夜に狙われたんだ。それにあの男……ただモンじゃねぇよ」
その時、部屋のドアが開いた。入ってきたのは、エディとメレイだった。
「メレイ、一緒だったの?」
「下で会ったの」
いつもの調子で、メレイが椅子に腰を下ろした。その雰囲気は、まるで昨晩の出来事を消し去ってしまったかのようなものだ。
「診療所の方も落ち着いてきましたので戻ってきました」
「……暗いわね」
部屋を見回したメレイが付け加える。
「お前、昨夜のあの大男……知ってんのか」
ワットの言葉に、メレイは「ええ」と椅子に腰掛けた。
「知ってるわよ」
その言葉に、ワットがベッドから身を起こす。
「イガ=チファウタ。ルジューエル賊団の五人の幹部の内の一人、剛斧のファウター。名前くらい聞いた事あるでしょ?」
確かに、聞いたことがある。以前彼らについての話を聞いたとき、シャルロットはその名を聞いた気がした。
「奴もお前の事を知ってたのか?」
「あいつとは、会った事がある。私だって、あいつの顔は忘れない」
メレイが右腕の付け根に巻いたベージュのスカーフを外した。シャルロットは目を見張った。今まで同室だった事は何度も合った。しかし、その肌をよくよく見た事など無かった。確かにメレイはその場所にアクセサリーをしている事が多かったが――そんな大きな傷跡が、白い肌についている事など予想もしていなかった。
「メレイ、それ……!」
パスやアイリーンが、息を呑んでそれを見つめる。メレイの指が、その傷跡をなぞる。
「これをを負ったとき、あいつはあそこにいた。私も気を失っていたから、……死んだと思ったんでしょうね。これで私が生きていたってわかっただろうけど」
メレイが目を細めた。
「もう一度襲ってくれば、逃がしはしない」
「メレイは……」
アイリーンの声に、メレイが我に返ったように顔を上げた。
「あの一団を、無くしたいんだろ?」
「そうよ」
アイリーンは窓辺に座ったままうつむいた。
「……殺すのか? ……あの、シンナって奴も」
その問いに、わずかに沈黙が流れる。「私はなりふりかまわない奴らとは違う」メレイが言った。
「目的の人間以外に用は無いわ。あの子供の事は知らない。団にいて長いらしいけど、私は興味ないわ」
メレイの答えに、アイリーンはそのままうつむいた。
「……なぁ、あとどれくらいここにいるんだ? 片付け手伝うんだろ?」
暗い雰囲気を変えるように、パスがその高い声で言った。「いや」と、ニースが答える。
「今日中にはここを出る」
「……え?」
「また奴らが来るかもしれない。復興を手伝うどころか……また同じ事態になる事もありえる。これ以上人を巻き込まない為にも、集落にいるのは危険だろう」
「言えてんな」と、ワットが再び目を閉じる。
「すぐ支度を整えてくれ。皆にはすまないと思うがこれからは宿に泊まることは無いと思う。村は避けたい。……こういうことが二度とないように」
いつの間にか、メレイはノーマーニと別れを告げたようだった。昨晩以降、ノーマーニの姿を見る事は無いまま、シャルロット達はセーズナを出発した。海沿いであるセーズナの村からそのまま浜辺を通って大陸を南下し、国境を目指す。メレイがノーマーニからもらったと言う金で、ワットが荷馬車を買った。
「クイッドミィードで食料を買って……そのまま国境を目指す」
ニースが馬車を動かしながら、荷台を振り返った。空は晴れ、清々しいほどに乾いた空気と生暖かい風が肌を伝う。
隣でずっとうつむいたままのアイリーンに、エディが顔を覗き込んだ。
「どうかした?」
その言葉に我に返ったのか、「な、何でもない!」とアイリーンは大声で否定した。ごまかす様な手のひらにも、誰にだって考えている事は伝わってしまっているだろう。
「(ワット)」
小声で、シャルロットは隣のワットに身を寄せた。「昨夜の事だけど。……シンナの事、覚えてる?」その名前に、ワットが片眉を上げた。
「……あのガキ? ああ」
「(実はワット達と合流する前に……あの子、宿にいたのよ」
「何だって!?」
小声がまったく意味のないワットの返事に、全員が顔を向ける。「な、なんでもないわ」シャルロットは慌ててとりつくろった。しかしワットの驚きようは目に見えている。
「(……たぶん、私達を探してたんだと思うけど……)」
「話したのか?」
車輪の音にかき消され、二人の会話は周囲には聞こえていない。
「(……少しだけど。でもあの子、私達に……何かするっていうわけじゃなかった)」
言いながら、自分で何を言っているのかよくわからなくなった。だがそう思わずにはいられない。あの時はあまりの事態に気が付かなかったが、落ち着いて考えると、シンナには殺意というものがまったく見られなかった。
「殺そうと思えばいつでもできたのに……そうはしてこなかった」
「そういう命令を受けてなかっただけだろ。ファウターに言われたら、俺達を殺ろうとした」
その場が思い浮かぶのか、ワットが顔をそむけた。「でも」シャルロットは顔を上げた。
「命令を貰っていないあの子は……ただの子供だったの」
――そう。まるでただの知人を見つけたかのように。あの時のあの子は、ただの子供だった。
目を閉じて、口を結ぶ。なぜあんな幼い少女が、あんな奴らの仲間にいるのだろうか。なぜ誰も、それを疑問に思わないのか。そんな事は自分にはわからない。ただ、斜め前に座って膝を抱えるアイリーンが、心を痛めている事だけは手に取るようにわかった。
ふいに、頬にワットの手が触れた。その顔に、視線を上げる。
「俺はあのガキにどんな事情があるか……、そんな事に興味もねえ。でもあいつがガキだからって、同情だけはするな」
「何で……?」
胸が、チクリと痛む。
「あいつがどんなガキかなんて、そんな事どうだっていい。あいつがルジューエル賊団の一味である事に変わりはねぇし、こっちが情を移して甘くしたとしても、あいつの戦い方は普通じゃねえ。手のひら一つで、あいつは一瞬でこっちを皆殺しにできるんだぜ。油断すりゃあユチアやファウターなんかより、ずっと怖ぇ存在だ」
そのまま、ワットは黙ってしまった。シャルロットは、何も答える事が出来なかった。