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同じ天の下  作者: コトリ
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第32話『懐かしい顔』-1




 カッチノーバックの港から出発して三日目の夜、シャルロット達は水の王国の最南の港へと上陸した。

 ――月夜の元、王都ノマラン・ラナの城を囲む城下町。月と城を囲う湖の光に反射した純白の城は、以前見たときとまったく変わらぬ美しさを保っていた。

「すっげぇー……!」

 初めて目にする水の城に、船から降りたアイリーンは開いた口が塞がっていなかった。同じように城を見上げ、シャルロットも息が漏れた。何度見ても、あの美しさは変わらない。

 夜の港町は人通りももとんどなく、船に同乗していた乗客たちもいつの間にか町へと溶け込んでいった。城下町に入ると、ニースが歩きながら地図を開いた。

「土の国には城下町の東にある港から出る。……ただし、これには通行証が必要になる」

 先頭を歩くメレイが「また密航?」と振り返る。

「いや、それは危険すぎる。それにこの国は警備も厳しい……」

 ニースが言葉の先を濁らせた。シャルロットは人差し指を立てた。

「大丈夫ですよ。ニース様が取れなくても、通行証なら私だけでも人数分とってこれますし!」

「じゃあ役所まで行きましょうよ。そうすれば朝一で証書を用意してもらえるわ」

「……いや」

 思いついたようなニースの声に、メレイが足を止めた。

「……実は、ルビー殿に会おうと思うんだ。どうしても、話しておきたいことがある」

「……ルビー様に……?」

 懐かしさもすら覚える名に、シャルロットは目を見開いた。――水の王国の女王、ルビー。あの美しい少女が、脳裏に蘇る。

「全員で行く必要もないが……」

「一人はやめた方がいいわ。だいたい城に行くのも賛成できない。火の王国での一件が伝わっていたら、あんたは手配されてる」

「……わかっている」

 見据えた返事に、メレイは息をついた。忠告を、聞き入れるきはなさそうだ。足を止めた二人の隣を、ワットが追い越した。

「じゃ、城でいいんだな」

「ルビー様に会うの久しぶり!」

 そう思うと、胸が躍る。シャルロットはアイリーンの手を引いてワットの後ろに続いた。

「どんな奴なんだ? ルビーって」

「そっか、アイリーンは知らないんだよね。えっと……、私より年下の女の子なんだけど……とっても綺麗で、とってもいい女王様よ」

 ニースが足を進めると、メレイは腰に手を当ててそれを横目で眺めた。

「最近気がついたんだけど、あんたって自分の考え皆に伝えるの遅くない?」

 ニースの答えを待つ前に、メレイはニースを追い越して先に進んだ。




 ノマラン・ラナの城は、湖に囲われるようにその中心にある。そこから伸びる四方の橋が、唯一の入城方法だ。月明かりと湖の光に反射する城は、一層美しく見えた。一番近い南の橋の入り口で、門番の若い兵士四、五人に呼び止められた。

「そこの者、止まれ」

 呼び止められたのはもっともだ。こんな夜中に城に近づく人間など、怪しいに決まっている。兵士達の言うとおり、シャルロット達は足を止めた。兵士にランプを向けられると、眩しさに目が細まる。

「……まさか」

 兵士の一人が、信じられないというような声をこぼした。顔を合わせた兵士達が、一番後ろのニースをしきりに見ている。

「あなたは……火の王国のニース=ダークイン殿ですね」

 シャルロットは隣のワットを見上げた。――やはり、ニースの顔は以前の一件で水の城中に知れ渡っている。「はい」と、ニースは頷いた。その返事に、兵士達は信じ難い事実を受け入れざる得なかったようだ。

「まさかこの国におられるなんて……」

「……ご用件は」

 目を瞬く兵士の前に、別の兵士が立った。

「ルビー女王に面会を願いたい」

 ニースの言葉に、兵士達はまた顔を見合わせ小声で話した後、シャルロット達を全員ゆっくりと見回した。

「……失礼ですが、すぐにご面会は通りません」

「(……何かやばくねぇ?)」

 張り詰めていく空気に、パスが隣のアイリーンに耳打ちした。背の低い二人は、ニースを見つめる兵士達の視界には入っていない。

「ダークイン様。おそれながら申し上げます。あなた様は火の王国から手配されています」

 その言葉に、シャルロットはニースを振り返った。火の王国を出てまだ数日。これだけの期間に、こんな遠い国にまで手配が回るなんて――。

 兵士の一人が前に出た。

「あなた様を発見次第、我々は火の王国に報告する義務があります。しかしここはノマラン・ラナ。女王のご指示が全てです。規律に従い、あなた方の身柄を一時拘束させていただきます」

「おいおい……、冗談だろ?」

 ワットが口を引きつらせると、その横でメレイは「だから言ったのに」と視線を斜め上に上げて息をついた。

「言われるとおりに」

 ニースが特にワットとメレイを見て声をひそめた。兵士が腰に持っていたロープでニースの片手を縛る。加えて、ニースの腰から剣を抜き取った。他の兵士も同様に、ワットの腰の短刀とメレイの背中の剣をすらりと抜き取る。

「失礼」

 女性に気遣ったのか、メレイには一声かけている。「来なさい」兵士に背をうながされ、シャルロットも前に出た。乱暴にするつもりはないようだ。

 こちらに抵抗の意思はないと見ると、兵士達は二人を橋に残し、前後に二人の四人でシャルロット達を橋へ進ませた。

 深夜の城は、日中の賑やかさを失い、聞こえるのは湖のせせらぎだけだ。橋を越え、小さなドアから城内に入ると廊下には一定区間を置いて警備の兵士が立っていた。廊下を導くような青い絨毯も、磨き上げられ反射する城の外壁と同じ美しい石の壁も、以前とまったく変わらない。

「この時分です。明日朝一番に、女王に報告致します」

 廊下を進みながら、兵士が振り返って言った。

「それまではダークイン殿を含め、皆様全員城のろうに入っていただいて……」

「おい!」

 突然、静寂の廊下に男の声が割って入った。一瞬言葉を止めたものの、「……それから」と話を続けて歩き進む。

「待て! そこのあんた達だよ! 止まれって!」

 その言葉に、自然と全員の足が止まる。あんた達、と呼ばれるような人数は見回さなくても自分達だけだ。反射する声の主は廊下の前後には見当たらない。

「ここだよ、ここ!」

 それを探しているらしい事が伝わったのか、男の声が先程よりもはっきりとする。頭上から響く声に、シャルロットは顔をあげた。吹き抜けになった天井の向こう、上階の廊下。手すりにてをかけて、男が自分達を見下ろしている。透き通るような金髪の髪を無造作に一本で縛った、飾り気がなくても鮮やかな薄い水色の上質の服を着た青年――。

「ワットじゃないか?!」

 青い目を大きく見開き、同じように口をあける。その声の主に、シャルロットは同じように口が開いた。

「ニースに……シャレルちゃんも!」

「クルー?!」

 唖然と声を上げたシャルロットに、クルーは「はっ」と声を上げて笑い、手すりから姿を消した。途端に、シャルロットは拘束されている事など忘れて胸が躍った。――ノマラン・ラナ。そう、ここはクルーと別れた場所でもあった。しかし、こんなところで会えるなんて――。

「お前達、何をしている?」

 すぐそばの階段を駆け下りながら、クルーが兵士達に言った。

 その足がすぐ傍の来る頃、兵士達が慌てて背筋を伸ばす。

「あ、あの……! 南門の警備ですが、先ほど、こちらのニース=ダークイン殿が女王に面会したいと現れまして……!」

「火の王国から手配されている方です。一時身柄の拘束を……」

「そんな事は知っている」

 続けて話す兵士の言葉を、クルーが腕を組んで遮った。

「しかし、彼らは女王の友人でもある。縄をとくんだ」

「で、ですが……」

 言いかけで、兵士達の言葉が止まる。じっと自分達を見据えるクルーに、兵士達は観念したようだ。

「クラディス様のご要望であれば致し方ありません」

 兵士達がそれぞれ、シャルロット達をつないだ縄をほどいてくれた。

「女王には私から話を通す。君達は門の警護に戻ってくれ」

「……は、はい」

 兵士達は顔を見合わせつつも揃って頭を下げ、もと来た廊下を戻って行った。

彼らの姿が見えなくなると、クルーは小さく息をつき、屈託のない笑顔を見せた。

「久しぶり。驚いたよ」

 それはまるで、先ほどまでの真剣な顔つきとは別人だ。

「そりゃこっちのセリフだぜ! まだここにいたのかよ!」

 嬉しく思うのは、誰もが同じだったようだ。ワットが笑ってクルーの腕をこづくと、クルーはその腕を撫でた。

「父上には連絡済だよ。……今度はね。こっちの情勢も理解しているし……。俺がいて役に立つのならってな」

「なるほどね」

「クルー、久しぶり!」

 シャルロットは飛びつく勢いでクルーの腕を引いた。「おー、久しぶり! 相変わらず可愛いね、シャレルちゃん」その手が笑ってシャルロットの頭を撫でる。子供のように、シャルロットは笑いがこぼれた。

「……ルビー殿に面会したいのだが……」

「ああ……」

 ニースの言葉に、クルーから笑みが消えた。

「その話は俺もじっくり聞かせてもらいたい。あいつもまだ起きてるだろうから、そこの部屋で待っててくれ」

 クルーはすぐそばの部屋を指差すと、もときた階段を駆け上がって行った。




 指示された部屋は、客間らしかった。部屋に明かりを灯し、シャルロット達七人が入ってもまだ充分に広さを感じさせる部屋だ。ソファに腰掛けてルビーを待っていると、部屋のドアが開いた。

「クルー」

 シャルロットが立ち上がった。入ってきたのはクルー1人だ。

「すぐ来るよ。あいつ、歩くの遅いんだ」

 笑いながら、クルーがあいたソファに腰掛ける。すると、正面のソファに座るエディに気がついた。

「……あれ。お前、一緒に旅してるのか?」

「え? は、はい……」

 エディは首をかしげながらぼやけた返事をした。エディがクルーと会ったのは、ルビーが倒れたあの晩だけだ。すがる思いでエディを見ていたクルーと違い、エディはうろ覚えだったようだ。

「エディはお医者様として一緒にいてくれてるの」

 シャルロットがエディに手のひらをかざした。「(あの兄ちゃん誰?)」アイリーンが隣のメレイに身を寄せた。しかし声を潜めたにも関わらず、その声は全員に聞こえていた。

「そっか、アイリーンは知らないのよね」

 メレイがクルーをあごで指した。「風の王国の皇子よ。一応」メレイの言葉に、「一応って……」とクルーがへらりと笑う。

「げろ、まじで?」

「へぇ……今はこんなちっこいお嬢ちゃんも一緒なのか。雪の国の子?」

「あ、ああ」

 クルーの笑顔に、アイリーンは少し身を引いた。見知らぬ大人には、アイリーンはいつも最初は一線を引く。気を取り直し、クルーがニースに顔を向けた。

「お前の報告がここに回ってきたのはほんの三日前だ。月例の手配犯の通達とは別に、速達で伝えられた。水以外にも、おそらく風と土、砂にもな」

 ――砂の王国。シャルロットは兄のエリオット達がそれを見ていないか不安に思った。それを知れば、心配するに決まっている。その時、部屋のドアが開いた。

 白い薄地のロングドレスに灰色のショールを羽織った少女が、入ってきた。わずかに肩にかかる細かいウェーブの輝くような金髪に、陶器のように透き通る白い肌――。

「うおー……」

 その神秘的な美しさと雰囲気に、アイリーンが思わず声を漏らした。

「お久しぶりです、ルビー女王」

 ニースが立ち上がって頭を下げた。ルビーの神秘的な美しい顔が、ほころんだ。

「皆様……!」

 その緑に近い青色の大きな目が、ソファの面々を見渡す。「こちらこそお久しぶりです、ニース殿。皆さんも! ……まぁ、あなたは……!」その目にエディが留まると、ルビーはドレスの裾を持って逆の手で座ったままのエディの手をとった。

「あの時は本当にありがとうございました。……ずっと直接にお礼も言えず……あなたには感謝してもしきれません」

「と、とんでもありません!」

 一瞬で顔を赤くしたエディは、飛び上がるように立ち上がり、頭を下げた。ルビーが微笑み、ニースを振り返る。その顔から、次第に笑みが消えた。

「……大体の事は、クニミラ氏より書状を頂いて知っています。ですが、あなたのお話をお聞かせ下さい」




 ニースの話には、途中で誰も口を挟まなかった。語り継がれる事実に、ルビーはずっとソファで目を伏せていた。

「……そうですか、そのような事が」

 話が終わると、すぅっと息を吸い込むように目を開けた。「ルジューエル賊団……、名前は聞いた事がありましたが……」

「インショウ国王はルジューエルにかなりの信頼を寄せています。……戦の話も本気でしょう」

 ニースの険しい表情に、ルビーが目を伏せた。

「私達はまた火の王国へ向かいます。土の王国を経由する予定です」

「わかりました。その点は手配しましょう。明日までに船を用意させます」

「……ありがとうございます」

 ニースが深く頭を下げる。「……それにしても」ルビーが眉をひそめた。

「我が国でも賊の侵入を許してしまっていたなんて……」

 エフィウレの件も、今しがたルビーには伝えてある。

「実は、頼みがあってこちらへ寄らせていただいたのは折り入って頼みたい事がありまして……」

 ニースの言葉に、ルビーが目を上げた。

「……水の王国……、ルビー殿は火の王国が戦を起こした場合、我が国を鎮める事に協力はしていただけないでしょうか」

 シャルロットは驚いてニースを見つめた。――ルビーに伝えたい事とは、この事だったのか。考えてみれば、ニースが真実を伝える為だけに城を訪れるわけがない。ルビーはニースを見つめると、その視線を静かにテーブルに落とし、目を伏せた。少し間を開け、その目が静かに開く。

「あなた方には、以前の件で大きな恩があります」

「では……」

 ニースが口を開きかけた。「しかし」眉間に皺を寄せ、ルビーがそれを遮った。

「本当に戦が起これば、我が国は参戦出来ません。もし攻撃を受けるような事があれば、防衛はします。土や火の王国から難民が出れば保護もします。……ですが、こちらからの攻撃は、一撃たりとも致しません」

 ルビーの声は、細いがしっかりとした意思を感じられるものだった。

「祖父の代で決めたことです。……戦とは手を切ると。それ以来、わたくし達はその方法を自らで断ち切っています」

「それは存じています。はるか昔の戦争で……ほとんどの国が二度と戦をしないと誓いを立てていることも」

「ええ、あの戦争で、わたくしたちは多くの事を学んだはずです。その知識を、受け継いでいるはず……! なのに何故クニミラ家は!」

 口走る言葉に気がついたのか、ルビーは唇を噛んで口をつぐんだ。小さく息をつくと、先程までの冷静さを取り戻していた。

「個人的にはわたくしはあなた方の力になりたい。……ですがこればかりはどうすることもできません。わたくしは……この国を脅かす選択は出来ません」

 目を合わせると、ニースは静かに頷いた。――最初から、答えは分かっていたのかもしれない。それでも、伝えておきたかったのだろう。

「ですがニース殿、危険をおかしてまでよく報せてくれました。クニミラ家そのつもりなら、早急に対策は練るべきでしょう。レビレット家、バントベル家、ミラスニー家に書状を送ります。お兄様、おじ様への連絡をお任せしてよろしいですね」

 ルビーの目に、クルーが頷く。シャルロットには、とてもルビーが自分より三つも年下とはとても思えなかった。

「今夜は城にお泊まりください。異国の服で外を出歩くと人目に付きます」

「……ありがとうございます」

 膝に手をのせたまま、ニースが頭を下げた。



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