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同じ天の下  作者: コトリ
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第31話『交錯の誓い』-3




「ありがと、これ」

「……参加賞だけど?」

 手に持った小さな一輪の赤い花を、シャルロットは胸に当てた。通りかかった出店。店主に声をかけられ、ゲームに勝てば商品を貰える。ただ、声をかけられたのは、明らかにゲームには勝てないと判断されたからだろう。予想通り、ワットはゲームに参加した記念品――花を一輪、受け取った。この大陸では多く見られる種、ハイビスカスといっただろうか。

 町の中心にあった広場から順に町をめぐり、今は町の外れ、祭りの太鼓も遠い通りにいた。中央の賑わいから外れているだけあり、周囲を歩く人々も、祭りを楽しみ終えて家路に着くのであろう者達くらいだ。

 町明かりから離れると、空にはその手を伸ばせば掴めそうなほどに近い星々がきらめいている。前を歩くワットの背を見つめ、シャルロットは口を開いた。

「私……これからどうすればいいんだろう」

 シャルロットの言葉に、ワットは足を止めて振り返った。

「帰るしかねぇんじゃねぇか、国に」

「そんな……だってニース様は……」

 胸の痛みで、言葉が消える。――ニースは、再びあの国に戻る。

 インショウを想うニースを見るたび、シャルロットは胸が痛んだ。ニースのあんな顔を、今まで見たことはない。その肌の下に悲痛なものを押し隠し、その骨に刻み込む。――決して、痛みを見せぬように。

「何でなのかな……!」

 ――弱きものを守る為なら。ニースがいくらでも尽くせる事を、シャルロットは知っている。奥歯を、強く噛みしめた。自分達がそうさせてしまう事が、悔しい。何で、自分はこんなにちっぽけなのだろうか。

 ニースは自分達を安全な場所まで連れてきて、自らは再びその地に戻るのだ。そんな彼を、一人にできるわけがない。

 それに、もし、罪人として捕まってしまったら? インショウが最後にニースに何と言ったか。あの場にいなかったシャルロットはエディから聞いていた。

「あそこには、ルジューエル達もいるのに……」

 ぎゅっと目を閉じると、何かが胸の奥を締め付けた。あの時の恐怖は、まだ鮮明に思い出せる。

「……私、あの人達が怖い……! ユチアもだけど……あの、ルジューエルって人も。あの人に触った時、今まで見たことのないものが見えたの……」

「……見たことのない?」

 ワットが、片眉を上げた。その目を見つめ、小さく頷く。目を閉じて思い出すのは、一面に広がる黒い野原。両手をついた体に触る、柔らかい芝生は心地のいい草むらではない。あれは――。

「……炎。黒い炎が……揺らいでた」

「炎?」

 ワットが眉をひそめた。

「今まであんなのもの……見えた事ない。あの人が見たものかもしれないし、これから見るものかもしれない……。でも……私には、あれがあの人の……。何て言ったらいいかわかんないけど……。あれは、あの人を見た時と同じ……、あの人自身のような気がしたの」

 手に握ったハイビスカスの茎が、その熱にやわらいでいく。胸のうちを渦巻く何かが、そう予感させた。

「……不安なの。あの人達に……ニース様には関わって欲しくない。嫌な予感がする……」

 シャルロットの言葉を聞いたあと、ワットは背を向けた。

「あいつには、無理な話だ」

 その足を、再び前に進める。シャルロットの胸の奥に、何かが小さく引っかかった。

「ワットは……?」

 小さな声に、ワットが足を止めた。「ワットは……どう思ってるの?」シャルロットの問いに、ワットはシャルロットに歩き寄った。

「俺……いつも口ばっかだよな」

 その手が、シャルロットの手からハイビスカスを取り、シャルロットの一本に結った髪に飾った。自嘲的な声に、シャルロットはワットを見上げた。視線が重なると、ワットの手が優しく頬に触れた。

「守るって言ったのに……また、お前をあの野郎に渡しちまった」

「でも助けてくれたじゃな……」

 途中で、シャルロットの言葉は途切れた。ワットの口が、シャルロットの唇に触れたからだ。口が離れると、シャルロットは言葉が出てこなかった。

「……ごめんな」

 ワットの腕が、強く体を抱いた。痛いと思えるほどの力なのに、それはとても優しく、暖かい。

「私は……ワットがこうしてくれるだけで嬉しい。安心するの……」

「……ああ。……ごめん」

 一瞬見上げたワットの顔が、歪んで見えた。しかし、それはすぐに見えなくなった。ワットの腕に抱かれ、その優しいキスに身をゆだねた。




「何でだよ!」

 祭りに浮かれた部屋の賑やかさを打ち消す怒声が、部屋中に響いた。両手を握り締めて立ち上がったままニースを見下ろすパスに、周囲の人々が何事かと顔を向けている。部屋の入り口で、シャルロットとワットもそんな客達に混ざって足を止めていた。パスがあんなに怒っている理由は、聞かなくてもわかる。

「いきなりそんな事……! つーか、何で黙ってんだよエディ!」

「え……?」

 パスに怒鳴られ、その隣に座っていたエディは初めて我に返った。唐突なニースの話に驚き、質問する前にパスが怒鳴ったのだ。エディが見上げると、ちょうどワットがパスの頭を後ろから掴んだところだった。

「黙ってろ」

「んな……!」

 パスの抗議を無視して、ワットが一緒にパスを座らせる。シャルロットも、横に小さく座った。

「早かったじゃない」

 まったく何事もなかったかのように、メレイが言った。

「……そ、そうかな。結構見て回れたけど……」

 思わず、顔が赤くなる。ワットは、なぜ普通にしていられるのだろうか。同時に視界に入ったパスは、歯をむき出して怒っている。しかし、シャルロットは一緒に怒鳴る事はできなかった。

 ――わからなかった。自分が、どうしたらいいのかも分からない。どうしたいのかも。

 もちろん、ニースを一人になどできはしない。だが、自分達が付いていけばそれはニースにとって、重荷にしかならないだろう。そう考えるうちに、体の内側からじっとりとした重さが広がった。

(明日……ゆっくり考えよう)

 二日に及ぶ船旅は、確実に体を疲労させていた。祭りの賑わいで一時は疲れも忘れていたようだ。気がつけば、それがどっと体を支配し始めていた。パスとアイリーンの抗議が耳を付く中、シャルロットは横になった。疲れた体では何も考えられない。隣に座るワットが、肩を撫でた気がした。




 じっとりとした汗が、肌についていた。

 加えて、カツカツと窓に当たり続ける雨音。――気持ちが悪い。蒸し暑さに体を動かした途端――。

「おい! 起きろ!」

 夢とうつつを裂く声に、シャルロットは目を覚ました。同時に、腹の上に乗せた手のひらに当たる感触。それを握り締めながら、体を起こした。

 部屋は、まだ朝も早い時間なのかほとんどの者達が床にねそべり、眠っている。昨日の天気と賑わいが嘘のように、外は大雨が降っていた。

「……あれ」

 気がつけば、手のひらにはハイビスカスの花。昨夜、ワットからもらったものだ。

(持って寝て……なかったよね?)

 不思議に想いながらも、周囲を見回す。隣には、誰もいなかった。

「シャルロットってば!」

「わ!」

 突然、アイリーンに正面から肩を揺さぶられ、目の前が白くなった。「な、何……?!」頭ががくがくとなりつつも、何とか答える。アイリーンの顔は、張り詰めていた。

「エ、エディ達がいないんだよ! ニースもメレイもワットも!」

「……え?」

 一瞬、何を言っているのかわからなかった。しかし、ほぼ同時にそれを頭が理解する。――ぎっしりと込み合った部屋。それなのに、自分達の周りだけがいやにいている。まるで、たった今まで誰かが座っていたかのように。

 体にまとわりついた汗が、一気に冷え込んだ。

「荷物もないんだ。あいつら、オレ達が寝てる間に行きやがった……!」

 アイリーンの隣で、パスが両のこぶしを合わせる。

 あまりの事に、シャルロットは言葉が出なかった。その場に座ったまま、動けなかった。ふいに、床に落とした手先に何かが当たった。

 小さな四つ折りの紙だった。加えて、硬質の音が鳴る小さな布袋――。シャルロットがそれを手に取ると、アイリーンとパスが顔を近づけた。

「……金か? 手紙も……」

 ゆっくりと、シャルロットは手紙を開いた。流れるような整った文字が、三行ほどに渡って書かれている。

『今まで世話になった。こんな形で別れる事になってすまないと思っている。少しだが金を置いて行く。通行費としてなら十分間に合うだろう。分かってくれ。 ニース=ダークイン』

 目で追いながらも、早口ながら口先だけが小さく動く。

 手紙は、二枚あった。ニースの手紙をアイリーンに回し、シャルロットはもう一枚に目を通した。ニースの文面とはまったく違う、かくばった下手な字。

『送ってやれなくてごめん。ファヅバックで町長達に頼めば砂の城まで送ってもらえる。 ワット』

 アイリーンが手を伸ばしたが、その手紙に触れる前に、それは目前で潰れた。

「あ!」

 シャルロットの手ので小さくなったそれに、アイリーンが声を立てる。一瞬、無言が漂う。

「……火の王国に……行ったんだよな」

 パスが、ポツリと言った。「……けど、こっちからは船も出てねえって言ってたのに……」その目で、シャルロットを見上げる。

「何であたし達だけ置いてっちゃったんだよ! ひどい! エディは連れてったクセに!」

 じだんだを踏むアイリーンに、シャルロットははっとした。慌てて、記憶にあるそれを目で探す。――あった!

「わ! 何だよ!」

 突然立ち上がり、寝ている他の客達の合間あいまっていくシャルロットに、慌ててパスとアイリーンが続いた。

 この部屋の入り口のには、小さな世界地図が貼ってある。上質のものではないが、各国の位置関係くらいは把握できるように。もっとも、ニースと行動していたシャルロットは、そのくらい頭に入ってはいたが――。

 その目前で立ち尽くしたままのシャルロットを、アイリーンとパスが見上げた。

「どうしたんだよ」

「……水の王国……」

「え……?」

 呟くような声に、パスが眉をひそめた。シャルロットはその指で、この南の大陸からまっすぐ北、水の王国へと海をなぞった。

「……水の王国に向かったのよ! ここから火の王国へ入れないなら、また土の国から入るしかない……。ここからあそこに行くなら、水の王国を通っていくはず……!」

「何でわざわざ! 行くなら直で土の国だろ?」

 斜め上、北東に当たる土の国。直線に辿れば、そちらの方が確かに近い。――しかし。

「そうはしないわ」

 シャルロットには確信があった。「エディを家に送るはず」パスとアイリーンが顔を合わせた。――なるほど。

 エディは自発的に旅へ同行していたわけではない。ニースが声をかけ、連れてきた。自分達でさえ置いて行く旅路に、ニースがエディを同行させるはずが無い。シャルロットは乱暴にパスの肩を掴んだ。

「ここから水の王国に行くには……、港はどこ?!」

「こ、ここからもっと北にある、カッチノーバックって町に……」

 シャルロットの勢いに、パスが思わずどもる。「あそこから水の王国に行く船がいくつか出てる。……でも……」

 その目に不安を含ませ、パスが顔を上げた。その先は、聞かなくてもわかる。――追ったとして。そこにニース達がいるとは限らない。パスから手を離し、シャルロットはこぶしを握り締めた。

「……許せない」

 ――迷っていた。確かに迷っていたけども。

「追うわ。国になんて帰らない。……一緒にいるって、言ったばかりなのよ……!」

 意思は固まった。絶対、一緒に行ってやる。自分にだって、できることはあるはずだ。

「……オ、オレも!」

 パスの声に、シャルロットは顔をあげた。

「オレも行く! オレだって、前より強くなったんだ! ここで行かなきゃ……意味ねえよ!」

「あたしも! エディをこてんぱにしてやらなきゃ気がすまねえ!」

「……行こう、皆で」

 顔を合わせ、シャルロットは頷いた。




「……おい、ずいぶん金が減ったぞ」

 他の乗客三人に混ざった馬車の車内。その声に不満を感じ取り、シャルロットは窓の外を眺めたまま振り返らなかった。

 正面に座るパスが、小さな布袋を覗き込んだ顔を上げる。「シャルロットの交渉が下手なんだよ」アイリーンが横から加えた。――言い訳できないのが悔しい。

 パスとアイリーンを連れた自分達だけでは、移動手段は無いに等しい。馬を借りる事も考えたが、この大陸の中心である森を自分達だけで抜ける事は無用心この上ない。結局、ニースの残してくれた金を頼りに、シャルロットはパックバックの町のはずれで、馬車を呼び止めた。思ったより金を使う事になったのが痛かったが、これが一番手っ取り早い。

 町を出ると、あっという間に生い茂る木々でパックバックの町は見えなくなった。南の大陸の中央に位置する巨大な森林。そこから四方にある町の一つ、北の町が、これから目指すカッチノーバックとなる。同じ森林の中にファヅバックがあると思うと、何とも不思議なものだ。

「これなら……夕方には町に入れるな」

 パスがぽつりと呟いた。「……ニース達はいつ頃ここを出たんだろうな……。もしオレ達が寝てすぐ出発してたら……」目を細め、そのまま語尾が雨音を踏む馬車の車輪の音にかき消される。

 ――もし、カッチノーバックで追いつけなければ。町に入るよりもニース達の出航にが早ければ、その先を追う手段は無い。金も無ければ、頼る人間もいないのだ。

 他の乗客は三人、ずっと無言のままだ。車内の中は、雨音と車輪の音だけになった。シャルロットは力なく窓辺に頭をつけた。その窓に映るのは、無気力に見える自分の顔だけだ。――ワット。 

 昨夜の事を、思い出していた。強く、自分を抱いてくれた腕。

『……ああ。……ごめん』

――細い声。あの時、もう決めていたの?

(私達を置いて……。私と別れても……)

 膝の上で強く手を握った。思い浮かぶのは、彼の笑顔。――その下に、いつも本当の心を隠した顔。

(……ばか……! 本当に……勝手なんだから……!)

 のどの奥から漏れる声を、車輪の音がかき消した。



かなり長い物語にお付き合いいただき、感謝しております<(_ _)>

まだもう少し、もう少し続きますので、これからもお付き合いくださいませ

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