表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
同じ天の下  作者: コトリ
113/148

第29話『地図の行方』-1




(……八、九……全部で十一……)

 ニースが腰の剣を握り、目を配らせた。自分に剣を向けている男は、まだ動く気配はない。他の男達も、それは同様だ。

 殺された馬からは、なおも血が流れ出ていた。その光景に、シャルロットは体の奥から怒りが沸き立った。

「よくもこんな……!」

 ――酷いことを。男達を睨んでも、反応はない。それどころか、男の一人が笑った。 

「茶髪の女……お前だな」

「……え?」

 一瞬聞こえた言葉に、シャルロットは眉をひそめた。

「手持ちの金は無い。襲っても利益は無いぞ」

 腰の剣に手を当てたまま、ニースが声を上げた。しかし、彼らに反応はない。マスクで顔を隠している分、雰囲気も分かりづらかった。

「……ニース=ダークイン」

 男の一人が、呟いた。「……なぜそんな事を知っている」ニースが、目を見開いた。

「それはお前が知らなくてもいい事だ」

 短刀を構えたその男が、わずかに笑む。「……始めるか」男が、周囲に目を配らせた。男達の剣を握る手に、力が入る。

「シャルロットは下がれ! エディ! そのまま逃げろ!」

 ニースが叫んだのと同時に、自分に向かって振り下ろされた剣を、自らの剣で防いだ。

「行け!」

「おわ!」

 ワットがパスを突き飛ばすのと、そこに男がかかってくるのは同時だった。素早く、ワットが短刀でそれを受け止める。そのまま足をすくおうと、蹴りを出すも、避けられた。

 転がったパスは、すぐに身を起こした。ポケットからヌンチャクを取り出し、構える。エディはアイリーンを乗せたまま、男達を振りきり、シャルロットのそばに行った。

 ニースが自分に斬りかかる男の攻撃を防ぐ。それを流し、別の男の剣を受け、切り替えすのと同時に相手の腕を切った。しかし、男達はそれにも動じずに襲ってきた。

(こいつら……!)

 ――ただの山賊じゃない。うぬぼれるわけではないが、自分がこの東の大陸でどう呼ばれているかは知っている。

(俺を知っているのにかかってくるという事は……!)

「ニノーラに戻れ! パスも行け!」

 ニースが、シャルロット達を振り返って叫んだ。とっさの事に、パスも慌てて言うことを聞いた。

「おっと、逃がすわけにはいかねぇ」

 パスの動きに、男の一人が足を向けた。「全員の首を持ち帰れって言われてんだ」背後に迫るその手には、剣が握られている。

 シャルロットは足がすくんだ。立ちふさがった男は、たった一人だ。今まで相手が剣を持っていようが、怖いと思ったことなどなかったのに。旅をするうちに、いつのまにか知ってしまった。自分がいかに、非力な存在かという事を。――しかし。

「なんだ、そう睨むな」

 ここで引くわけにはいかない。こういう場面で引いてはいけないことも、一緒に学んだ。男から目を離さず、シャルロットは一方後ろに下がった。

「安心しな、テメェは殺すなって言われてんだ」

 ――何? シャルロットは目を細めた。――今、何て言った?

 後ろから体を引かれ、シャルロットは我に返った。「……パス?」気がつくと、ヌンチャクを握ったパスが自分よりも前に出ていた。

「先に行け」

「……え?」

「先に行けって言ってんだよ!」

 背を向けたまま、パスが怒鳴った。そのままさらに、一歩前に出る。

「お、おい!」

 エディと一緒に馬に乗っていたアイリーンが、声をあげる。しかし、パスはヌンチャクの片方を回転させ始めた。

「お前が戦うってのか?」

 ヌンチャクの先端が円状に見え始めると、男が笑った。パスの目は、男から一瞬も離れていない。「パ……」言いかけで、シャルロットの足は止まった。その背に伸ばそうとした手が、自然と戻った。その背に感じたのは、――気迫だ。

 男が一歩、前に出た。そして、次の一足で急速にパスとの間合いを詰め、剣を突き出した。しかし、パスはそれを体を横にそらして避けた。

「へぇ……!」

 男は余裕に笑った。「よく避けたな!」そのまま、剣先をパスに引き戻す――が。

 それが届く前に、パスのヌンチャクが男のあごを打ち上げた。男の一撃目、その時点で、ヌンチャクの片割れはパスの手から離れていたのだ。

 一瞬で、男は視界を失った。男の剣が、シャルロットの近くに音を立てて転がる。

「……は」

 男が倒れるのと、パスが目を大きく開いたまま息を漏らすのは同時だった。

 口を開けたシャルロットだったが、それは一瞬の事だった。パスの行動は、他の男達の気を引いた。

「あのガキ!」

 付近の男がパスを睨んだのに、ワットが気が付いた。

「パス、そいつらにかまうな! 行け!」

 怒鳴り声に、パスは我に返った。気が付けば、他の男達が自分の方に向かってきているではないか。「やべ!」パスはすぐ後ろのシャルロットの手を引いた。

「逃げろ!」

「う、うん!」

 シャルロット達を尻目に、ワットは苦戦を強いられていた。殴っても蹴っても、相手が倒れないのだ。戦い慣れているのか、男達のそれはそこらの山賊とはまるで違っていた。人数も多い。

(……クソ!)

 唇を噛み、ワットは短刀を逆手に持ちかえた。その勢いのまま、それを相手の腕の付け根に突き立てる。

「うあ!」

 男の悲鳴に躊躇ちゅうちょせず、それを一気に抜いた。同時に、その頬に返り血が飛ぶ。

「……野郎!」

 燃えるような目で、地面に膝をついた男が顔を上げた。しかし彼はもう相手にはならない。それに目を向けず、ワットは次の相手に向かった。――加減などできるか。

 横から切りかかってきた男を振り向きざまに切り返す。腹に入れた一閃は、男の勢いを殺すことなく吹き出す血と共に男を地面に倒した。しかし、それを確認している暇はない。――あと四人!

 ニースが、正面の男を切り倒した。相手が倒れるのを確認する前に、背後から剣を振りかぶった男の足を貫く。

「ぐあ!」

 ニースが周囲に目を向けた途端、背後に倒れた男が顔を上げ、叫んだ。

「××××××! ×××××××!」

 シャルロット達にも、言葉は聞こえた。しかし、何と言ったのかまったく分からなかった。

「×××!」

 別の男が同じように答える。その途端、シャルロット達に視線が集中した。

「な、何!?」

 思わず、身が固まった。

「何だ……ぅお!」

 同時に、ワットとニースに別の男が襲ってきた。

 シャルロットは動けなかった。ワットとニースにかかった男達のうち、二人がこちらを追ってきている。

「こっちに!」

 エディに腕を引かれ、はっとした。「パス! こっち乗って!」続けてエディが、パスを掴む。

「お、おい?!」

 パスが動揺している間に、エディはパスをアイリーンの乗った馬の前に乗せた。

「オ、オレ馬は乗れね……」

「大丈夫だ!」

 言葉と同時に、エディが馬の後ろ足を叩き、走らせた。

「げ! マジかよ!」

「おい! お前乗れねぇんじゃ……」

 後ろのアイリーンの声など、聞いている暇はない。とっさに手綱が取れただけでも、パスにとっては褒めて欲しいほどだった。

「ちょ……、パスは馬には……!」

「いいから!」

 エディが、シャルロットの手を引いた。

「狙われてるのはシャルロットだ!」

 そのまま、馬が走っていった方向とは逆に足を踏み出す。「え?」それを聞き返す前に、シャルロットの足も一緒に走っていた。確かに、男達はパス達には見向きもせずにこちらを追ってきている。ワットとニースもそれに気がついた。シャルロット達が散ると、その姿はあっという間に見えなくなってしまった。

「シャルロ……」

 ワットが気を逸らした瞬間、交戦していた男が距離を取り、草むらに消えた。ニースと交戦していた男が背を見せて逃げ出したのも、同時だった。一瞬、呆気に取られたものの、今は深追いをしている場合ではない。既に、自分達の周りに敵はいなかった。残りはシャルロット達を追ったのだ。

 シャルロットとエディの足では、あっという間に男達に追いつかれた。

「きゃあ!」

 後ろを走っていたシャルロットの腕が、男に掴まった。「シャルロット!」その拍子に、エディとの手が離れてしまった。

「やだ!」

「来い! ユチア様の命令だ!」

 一瞬、シャルロットは耳を疑った。――ユチア?

「……いや! 離して!」

 エディが、シャルロットと格闘する男に掴みかかった。

「彼女を離……うわ!」

 しかし、エディの腕は簡単に振り払われ、突き飛ばされた。その拍子に、エディは後ろに倒れた。

「エディ! ……きゃ!」

 エディに手を伸ばした途端、体が浮いた。男に腰から持ち上げられ、その肩にかつがれたのだ。

「やめ……」

 その途端、ひゅっと風を切る音が耳をついた。同時に、男が「う!」と、苦痛の声を上げる。

 同時に、その原因に気がついた。

「エディ! てめぇ後で覚えてろよ!」

 パスが、男の背中にくっついていた。その両手にヌンチャクを握り、ロープを男の首に引っ掛け、その体重をかけたのだ。

 慌てて首のロープを掴んだ男が、シャルロットを手放した。

「キャア!」

 腕から、地面に落ちた。

「ガキが!」

「うわあ!」

 パスが優位だったのは、一瞬だけだった。あまりに違う体躯の差に、背後のパスは軽がる持ち上げられた。「げ! 何すん……」パスの言葉が終わる前に、パスの体は男の片腕に投げ飛ばされた。

「うわあ!」

「パス!」

 シャルロットの声と同時に、パスは遠くの草むらに落ちて姿が見えなくなった。

「×××、×××!」

 別の男が、さらに何かを叫んだ。シャルロットがそこに目を向けた途端――。

 一瞬の事で、目をそむける暇もなかった。叫んだ男の胸元に、投げつけられた短刀が突き刺さのだ。

「……あ!」

 思わず口を押さえるも、悲鳴に近い声が漏れた。

 男の時は、一瞬止まっていた。わずかに胸を見下ろし、そのまま声も無く地面に倒れた。

 目を見開いていると、背後に何かが落ちる音に、振り返った。たった今まで自分の真横に立っていた男が倒れたのだ。その首の後ろには、小さなナイフが刺さっている。――見開いたままの目。手足が、まだ痙攣けいれんを見せていた。

「ひあっ……!」

 とっさに、立てない足のままあとずさった。――死んでいる。

「大丈夫か!?」

 遠くからのワットの声で我に返った。木々の向こうから、ワットが駆け寄ってくるのが見えた。前に伸ばしたままの片手から、あれはワットが投げたのだろう。その体には、腰から足先にかけて血が付着していた。

 ワットに手をかりて、立ち上がった。

「け……怪我……」

 赤黒いそれに手を伸ばすも、たった今までの動揺で口が回らない。「俺の血じゃない。怪我は?」落ち着いた声のワットに、シャルロットはやっとの事で何度か頷いた。今更、足が震えてくる。

 ワットに寄りかかると、安心感からようやく思い出した。

「こ、この人達、あいつの仲間なの……!」

「あいつ?」

「ユチアって言ったの!」

 倒れた男を見下ろしても、既に死んでいるのだろう、動く様子は無い。

「あ!」

 後ろからの声に、シャルロットは振り返った。アイリーンの乗った馬と、もう一頭を引くニースが、木陰から現れた。

「し……死んでんのか?」

 アイリーンが、眉をひそめて口を押さえた。「ああ」と、ワットが答える。

「こいつらルジューエル賊団だ」

 その言葉に、エディを起こすのに手を貸していたニースが振り返った。

「……完全に待ち伏せてたな。お前を狙って。……でも、何でシャルロットまで……」

 執拗に狙うなら、全員でニースだけを狙うはずなのに――。

 迷わず自分達を襲ってきた男達を思い出すと、シャルロットは思わず背筋に寒気が走った。もし、あのまま連れて行かれたら――?

「……大丈夫?」

 エディが、腕を押さえながら言った。

「エディ……。ありがとう……」

 ――本当に。エディが連れ出してくれなかったら、どうなっていたか。「こいつらがシャルロットに来るって、よく分ったな」ワットが死んだ男を見下ろした。

北端ほくたん語で……そう言ってました」

 エディの言葉に、ニースが顔を上げた。

「北端語が分かるのか?」

「本で読んで学んだ事があるんです。話せないけど、聞き取るくらいなら……」

「他に何か言ってたか?」

 ワットの言葉に、エディは眉をひそめた。

「……分りません、必死でしたから……。でも、ニースさんが駄目ならシャルロットだけでも、て……」

 シャルロットと目が合うと、エディは気を使ったように語尾を濁らせた。

「……何だってんだ……? あの野郎が……何でシャルロットを狙う?」

 ワットの言葉に、シャルロットは身を抱きしめた。――そんな事、こっちが聞きたい。だいたい――。

「おいい!」

 静寂を破る突然の怒声に、シャルロット達は驚いて顔をあげた。草むらから上半身だけを突き出したパスが、憤怒の形相で両腕を上げていた。

「オレは無視かよお前ら!」

「あ! てめー、んなとこ隠れてやがったのかよ?!」

「はぁ?!」

 アイリーンの口調が、一層パスに火をつけた。「ざけんな! オレは戦ったんだよ! てめーこそモタモタしやがって!」ズカズカと草むらをなぎ倒し、髪に葉をつけたままパスがアイリーンに詰め寄った。「は!」アイリーンは、馬上からそれを鼻で笑った。

「男のクセに馬にも乗れねぇ奴がよく言うよ」

「ぐ……っ! てんめー……っ!」

「ち、ちょっとちょっと二人とも」

 シャルロットはぎりぎりと歯を軋ませるパスとアイリーンの間に入った。「アイリーン、言いすぎよ。パス、さっきはありがとうね」肩を叩いて感謝を伝えると、パスの怒りも自然と鎮火したようだ。わずかに目をまたたき、「ああ」と呟いて顔をそむけた。

「何だ、お前馬乗れたのか」

 ワットが意外そうにアイリーンを振り返った。――そういえば。先ほどからニースが離れても、アイリーンは一人で馬にまたがったまま、手綱を握っている。

「簡単だよ、こんなの」

 平然と言うアイリーンを、パスが横目でジロリと睨んだ。「……だったらなんでいつもエディと乗ってんだよ」とげを含んだ言葉に、アイリーンはわずかに頬を赤く染めて言葉を詰まらせた。もっとも、パスはそんな事は見てもいなかったのだが。

「これから……どうします……?」

 エディが、ニースを見上げた。馬は一頭殺され、もう一頭はどこかへ行ってしまった。ここにいるのは残った二頭だけだ。ニースは誰もいない自分達がいた場所を振り返った。当然、木々に邪魔されてそこまでの距離は見えない。

「すぐにここを離れる。……奴らのうち二人を逃がした。仲間を連れて戻ってくるかもしれない」

「賛成」

 ワットが、片方の馬の手綱をシャルロットに渡した。

「お前は乗れ」

「え……、でも皆は……」

 当然、この人数では全員は乗れない。シャルロットが戸惑っている間に、「パスもだ」と、ニースがパスをアイリーンの後ろに座らせた。アイリーンはパスを後ろに乗せる事を渋っていたが、この状況でそこは妥協したようだ。小さく舌打ちして心を静めていた。

「それからワット」

 ニースの言葉に、ワットが振り返った。

「お前もだ。足をやっただろう」

「え……?」

 シャルロットは思わずワットの足下に目を落とした。確かに血はついているが――。

「やだ、さっき……!」

「全部が俺の血じゃねぇよ」

 ワットが、バツが悪そうに顔をそらした。「軽く切っただけだ、……エディ、お前乗れ」ワットが顔を向けるも、エディは首を横に振った。

「僕は平気です。それより傷の手当ては後でしますから……それまでワットさんが乗って下さい」

 ワットは返事をしなかった。しかし、顔を背けると、黙ってシャルロットの馬の後ろにまたがった。――珍しい。人の言う事を、受け入れるなんて。

 そう思ったのは、シャルロットだけではなかっただろう。ひょっとしたら、本当に足が痛むのかもしれない。

 そう思ったが、それを口に出すのはやめておいた。アイリーンとパスの馬の手綱を、ニースが横で歩きながら引く。

「行こう」

 やっと、森は半分まで抜けたところだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ