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同じ天の下  作者: コトリ
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第28話『火の国へ』-2




 葵の館を出る時、ケイはメレイの口利きだからと、宿代を断った。忙しそうなケイはそのまま店にこもり、姿を見せることはなかった。仕方なくシャルロット達は、そのままクィッドミードの街を出た。

「メレイ……歩いて行ったのかな……」

 クィッドミードに入る時にはメレイと一緒に乗っていた馬を、シャルロットは今は一人で乗っていた。自分達の馬は減っていない。ニースの言葉からも、歩いて街を出たと思うのが自然だろう。いつもと違う違和感に、寂しさはぬぐえなかった。隣の馬上で、ニースが顔を上げた。

「昨夜、メレイが言っていた。男が父を殺したと……。その男がルジューエルで、メレイの父はゴーグス=ギャレット」

「ゴーグス=ギャレット……」

 ワットが繰り返すように呟いた。

「昔、この地で名を馳せた盗賊団のリーダーだ。メレイはその娘……」

「メレイが……」

 アイリーンが呟き、エディの背中に強く捕まった。「アイリーン?」エディが振り返っても、アイリーンは顔を上げなかった。

 メレイの話に、アイリーンは強いショックを受けていた。自分と同い年ほどで何もかも失い、たった一人で、メレイはどうやって生きてきたのだろう。それは、アイリーンには想像もつかない事だった。――しかし、決して他人事ではない。

 あの雪山で、シャルロット達に出会っていなければ自分だってどうしていたかはわからない。

「ルジューエルがでかい盗賊団のリーダーの首を取ったことで名を上げたのは、有名な話だぜ……。まさかそれが、メレイの父さんだったなんてな」

 ワットがこぼした。

「……ああ。その話は、俺も知っている。当時、国でもかなりの話題になった。ルジューエルの一味はまだ小さな賊団だったが、その二分の一にも満たない人数で、奴らはギャレットの団を壊滅させた。メレイは父親達を殺したルジューエルを追って……」

 ――復讐を。ニースが語尾を濁らせると、シャルロットはまた吐き気が胸をかすめた。

「ルジューエルの情報は、ケイが渡したんだろうな。……ルジューエルが火の国にいる。マジだと思うか?」

 ワットがニースを振り返った。

「火の国にいた頃に、そういう噂はなかったのか?」

 ワットの言葉に、ニースは首を横に振った。

シャルロットは、ふいに疑問が浮かんだ。

「でも、あのユチアって人は風の王国にいましたよね。……あの女の子も。ルジューエルって人が一番偉いなら……同じ賊団なのに、そんな離れた所にいたりするんですか……?」

 もっとだ、とニースは思った。ユチア=サンガーナとシンナ=イーヴ。彼らはただの団員ではなく、団の中でも上位に位置する人間だ。ルジューエルが火の国にいるなら、ふらりとそこから離れたりするだろうか。

 何より、ルジューエル賊団自体の動きが最近は表に出ていない為、ケイがどこからその情報を掴んだのかすら、憶測にすぎなくなる。

「……でもさ」

 沈黙を破るように、アイリーンがエディの背から顔を上げた。

「メレイも同じとこに向かってるんなら……どっかで会えるかもしれねぇよな。……な?」

 同意を求めるように、パスを振り返る。「あー」と、パスは記憶をめぐるように視線を斜めに上げた。

「そーだな。あいつは、前にもそうやってゴール砂漠でばったりだったからな」

 シャルロットは、メレイから貰った青い半透明の石を、紐を結んで首にかけた。――いつでも、一緒にいられるように。

 それを握ると、思い出すメレイの顔は、いつもの笑顔だった。優しい笑顔、人をからかうような笑顔。しかしその奥で、彼女は苦しんでいたのだろうか。

 突然、自分の頭に手が置かれ、シャルロットは我に返った。

「ブスになってんぞ」

「……へ?」

 ワットが、いつの間にか馬を横につけていた。気がつかぬ間に、思考にとらわれていたようだ。ワットはその手でシャルロットの頭を軽き、並んで進んだ。

「お前が心配してどうなる事でもねぇよ。あいつの剣の腕、知ってんだろ?」

「……うん」

 ――そうだ。シャルロットは小さく頷いた。メレイは、同じ女でも守られているだけの自分とは違う。

「あいつは知恵もあるし、無茶するようなバカでもない」

 ワットの言葉に、シャルロットはわずかに胸が軽くなった。

「……うん。……そうだよね」

 自分なんかより、彼女はずっとしっかりしている。シャルロットは石を握り締め、空を仰いだ。

 昨夜の雨の余韻よいんか、空はまだ少しだけ曇っている。この同じそらの下で、彼女もこの赤茶色の大地を踏んでいる事だろう。――メレイ。

 心の中で、シャルロットは呼びかけた。

(……何があっても、無茶はしないで。……どうか……。もし、次に会えたなら、……その時は……無事でいて)

 祈りに目を閉じながら、シャルロットは馬を進めた。




 正午を過ぎる頃になると、前方の大地を区切るような大きな河が視界に入り始めた。河の手前にはクィッドミードよりもさらに寂れた小さな村があるが、高い木の柵に囲われていて村の中は見えない。

 村があり、その奥が河、さらに向こう側には、巨大な森が広がっていた。その両脇には大きな岩肌が飛び出し、人が登れる雰囲気はない。木々で埋め尽くされ、その先は何も見えなかった。

「この村、寄るのか?」

 頭上よりもはるか高くに延びた柵の目の前まで来ると、ワットが言った。隣に河を渡れる大きな橋があるところを見ると、村には寄らずとも先に進める。しかし、ニースは「ああ」と答えた。

「ここで泊まらないと、森で夜になる。……どちらにしろ、あれは一日では抜けられないけどな」

 ニースの言葉に、ワットは「ふーん」と、馬を進めた。柵の一部にある門を、ワットが強く叩いた。

「開けてくれ」

 返事が無かったので、もう一度ドアを叩く。叩いている途中に、その門の小さな覗き窓が音を立てて開いた。

「お……」

 目元だけの覗いた顔は、若い男だ。しかし、その目は先頭のワットを始め、全員を鋭く睨みつけている。

「……何の用だ」

 男が愛想も無く言った。「何のって……」ワットが、返答に困ったようにニースを振り返る。

「名を名乗れ!」

 男から、さらに声が飛ぶ。ニースが前に出た。

「私は……」

「おい、そう突っかかるな」

 門の向こう側から、男の声が割って入った。その声に、若い男が覗き窓から離れる。次に顔を出したのは、四十歳前後の男だ。

「すまんね、君達はどういう理由でこの村に?」

 男の目は、先ほどの若者とは違った穏やかなものだった。

「火の王国に向かっている途中です。今晩ここに泊めてもらおうと思いまして……」

 ニースが言うと、男の目線がニースの服に移った。「……火の王国の軍人か」男が覗き窓から、後ろを向く。

「開門する!」

 男が叫ぶのと同時に、門の錠が外れる音が響き、ゆっくりとそれが開いた。

「どうぞ」

 男が、中から顔を出した。思ったよりも小さな男だ。穏やかな声に似合った雰囲気に、服は擦り切れ、容姿に気を使うことなど塔の昔に忘れてしまったかのような。

 シャルロット達が門をくぐると、そばにいた先程の若い男がすぐにドアを閉め、太い木の棒を三本たてかけて錠を直した。

「(小せぇ村なのにずいぶん厳重だな)」

 馬で進みながら、ワットが小声で呟いた。

「(……隣接している森林地帯はゴルネオ砂漠に匹敵するほど賊が多いことで有名だ。これだけ厳重でも仕方がないだろう)」

 ニースが、同じく小声で説明する。門から広がる村は、確かに小さな村だった。木造りの家々も全て平屋で、行き交う人々は一目で裕福ではないと感じさせる。村全体を囲う高い木の柵が、一層に村の閉塞感を際立たせていた。

 シャルロット達が進むと、門番の二人はシャルロット達がどこに行くのか、その様子をずっと伺っていた。

「(何であたし達、こんな見られてるんだ?)」

 アイリーンが小声でエディを見上げた。――確かに。見ているのは、門番だけではない。通りかかる村人も、馬で通る自分達を人目も気にせずにジロジロと見ている。しかし、エディは気がついていた。――自分達をみているのではない。

(……僕達じゃない。ニースさんを見てるんだ)

 それがなぜなのかは分からないが、それだけは確かだ。ちらりとニースに視線を向けても、気づいているのかいないのか、ニースは村人に目をやる様子は無い。

 門を離れるとき、シャルロットは門番の男達を振り返った。「……あの」馬上のシャルロットに、門番の二人が目を向ける。

「お二人は、ずっとここで門番を……?」

 若い男は、シャルロットを睨むように見ただけで、答えなかった。代わりに、中年の男が「ええ」と頷いてくれた。

「女の人が通りませんでしたか? 赤毛をポニーテールに結った、背の高い……」

「ここ最近の客は、あんたたちぐらいだよ」

 中年の男が首をかしげた。――やはり、か。

予測はしていたが、それでも気持ちが沈んだ。――村にも寄らず、まっすぐに日の王国へ向かったのか。

「そう……ですか」

「何してんだ、行くぞ」

 いつの間にかはるか前方に進んでいたワット達の声に、シャルロットは馬の向きを変えて馬を早めた。




 閉鎖的な村にも宿屋が存在していた。それだけでも、村に立ち寄った価値はあっただろう。

「……戦?」

 狭い宿屋の食堂には、何人かの村人はいるものの、空席が目立つ。全員が同じ食卓につく中、隣の席の見知らぬ男に、ワットが顔を向けた。「ああ」と、隣の中年男は噂話を楽しむように身を乗り出した。

「近頃、火の王国の動向が怪しいんだ」

 自然とシャルロット達にも届くその会話に、ワットはそこまでの感心は寄せていない。シャルロットは食事を続けながらも、ちらりとニースを盗み見た。もっとも、同じテーブルに着くニースは、いつもの火の王国の上着を着ていなかったので、男もニースが火の国の軍人だとは気がつかなかったのだろう。

「怪しいって?」

 比較的男に近かったパスが、食事を口に運びながら言った。話に食いついた事で、男の笑みが一層広がった。

「国の軍人がこっちまで足を伸ばしてきたり……、クィッドミードじゃいざこざはしょっちゅうだって聞くな。森林地帯の警備が薄くなったって、村の連中もよく言ってる。火の国がこっちに攻め入って領土を拡大しようとしてるんじゃないかって、もっぱらの噂だ。あんたら、あそこに行くんだろ? あんなとこ行かねぇ方がいいぜ」

(それでさっき……)

 エディは、ニースが村人の視線を集めていた理由が分かった気がした。――火の王国の、軍人だったから。

 ニースは会話は聞こえているだろうが、伏目がちに黙って食事を続けていた。「そんなバカな話あるかよ」ワットが鼻で笑った。

「ここ数年、どこの国だって戦なんざ起こしちゃいない。今更そんなバカな真似、誰がするかよ」

「けどよ、戦をしたら五大国の中じゃ火の王国が一番だぜ」

 男が負けずに言った。「一番軍事力に優れているのはあの国だ。他の国を狙ったって、不思議じゃねぇよ」男の言葉に、ワットはニースをちらりと見てから手元のスープに視線を落とした。

「……心配しすぎだぜ」

 それ以上、会話を続ける気はなかった。

「そうだぜおっさん、あんた来る客来る客に同じ事言ってんじゃねぇか」

 また、見知らぬ男が口を挟んできた。ワットの隣の男は一瞬口を閉じたが、別の話題を見つけたように指を立てて再び身を乗り出した。

「どっちにしろあんたら、裏の森を抜けるのなら用心しなきゃいかん。あそこは賊の溜まり場だからな!」

「賊の溜まり場……」

 パスが、思い出したように呟いた。「ゴルネオでもそんな事言われたよな。どっちのがやばいんだろうな」そう言って、隣のシャルロットを見上げる。「さあ」と、シャルロットは首をかしげた。

「へぇ! ゴルネオって西の大陸のゴルネオ砂漠だろ? あんなとこにも行った事あんのか!」

「へへー、まぁな」

 男の驚きように、パスが得意げに笑った。

「森林地帯とゴルネオ砂漠の危険さは大差ない」

 ニースが視線を上げずに呟いた。「ゴルネオなら賊のたぐいはほとんどがオアシスに集中しているが、森林地帯は至る所に分散してる分、タチが悪い」

「へぇ、兄ちゃん詳しいな!」

 感心を見せて身を乗り出した男に、ニースは返事どころか、視線すら向けなかった。その雰囲気に、男が自然と身を引く。

「ニース様……?」

 不安になって、シャルロットはニースを覗き込んだ。普段から、ニースは愛想がいいわけではない。だが、見知らぬ人間に無礼な態度を取るような事はしない。シャルロットの声に、ニースは一瞬目を大きくした。しかしそれも、すぐに戻った。たった今、我に返ったように。

「何でもないよ」

 ニースはそう言って微笑んだ。しかし、すぐにまた、黙って食事をしていた。

 戦など、シャルロットには遠い言葉だ。数十年前にはいくつもの戦があったらしいが、それは自分が生まれるずっと前の話だ。そんなことよりも、今はニースの方が気にかかる。メレイが消えてから、ニースはどこか様子がおかしかった。

(ううん、メレイちゃんがいなくなる前からかもしれない。火の王国に戻れば、ニース様の旅は終わる。……嬉しくないはずないのに)

 東の大陸に入ってから、ニースが一人で考え込んでいる姿を、よく見かける。――しかし。

シャルロットは、その力になれないことは分かっていた。火の王国の軍人として最高位に近い存在のニースは、砂の王国の宮殿で使用人だったシャルロットにとって、本来、口を利く機会も無いに等しい存在だ。ニースが政治的な面で悩んでいたとしても、力になれるはずが無い。――それでも。力になりたいと思ってしまうのは、当然の事だった。

「……ね、これおいしいね。アイリーン!」

 話題を変えるように、シャルロットは勤めて明るい声でアイリーンに目の前の皿を指した。「ん? ……そ、そうだな」突然のシャルロットの言葉に、アイリーンが目をまたたく。

「ニース様も、これ食べません?」

「あ、ああ……」

 笑顔で料理を勧めると、ニースは優しく笑ってくれた。――そう、自分にできることは、ほんの少しだけだ。

 少しでも、ニースの気が晴れてくれるように。頑張ろうと、心に決めた。



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