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同じ天の下  作者: コトリ
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第26話『過去と呪縛』-3




 土の国の大地は、延々と続く赤茶色の大地だ。港町を出てからは草木はわずかなもので、大地は湿った土に覆われている。エディの言ったとおり、コートはまったく不要になり荷の中に押し込んだ。

 馬で進み、グリンストンに到着したのは、太陽がすっかり沈んだ頃だった。今朝の港町と比べると、格段に大きいグリンストンの町は、石造りの家々に、歩く道まできちんと石で整備されている。日の沈んだ時間だというのに、道には街灯が灯され、行き交う人も多かった。

「いい町ね」

 メレイが言った。確かに、治安の良さを伺わせる町だ。

 見つけた宿は、思いのほか混み合っていた。おまけに、急な宿泊客には食事はでないらしい。

「腹減ったなー」

 部屋の中で、アイリーンが荷物を放り投げて大きく伸びをした。「外に食べに行く?」メレイの提案にシャルロットも頷く。

「俺、先寝るわ」

 既にベッドに横たわっていたワットが呟いた。――珍しい。シャルロットは首をかしげてワットの顔を覗き込んだ。

「具合でも悪いの?」

「メシより寝てぇんだ。お前らで行って来な」

 まったく愛想のない態度で背を向けられると、シャルロットは頬を膨らませた。面白くない。

「じゃあ何か持って帰ってくるね」

 ため息混じりに言うと、ワットは背を向けたまま、軽く手を振った。




 翌朝、シャルロット達が起きて身支度を整えている間も、ワットはまだ眠っていた。

「出発はいつになる?」

 メレイが剣を背にかけ、ニースを振り返った。

「隣町のクィッドミードだ。馬で半日、午後からでも充分だな」

「じゃあ私はちょっと出てくるわ。昼には戻るから」

 誰よりも支度を早く終えたメレイは、ニースの返事を待たずにいつものように一人で宿を出て行った。――いつも、どこに行っているのだろうか。

 ちらりとニースを見ると、ニースはメレイの出て行ったドアを見つめている。あの夜、ニースとメレイの会話を聞いてから、シャルロットはいかにメレイがいつもどおりに振舞っても、その笑顔が心からの笑みには見えなくなってしまった。ひょっとしたら、ただの勘違いかもしれない。だが、それでも不安だった。

「私、ちょっと食料とか……買出しに行って来ますね」

 町に出れば、もしかしたらメレイと会えるかもしれない。

「ああ、すまない」

 立ち上がったシャルロットに、ニースが顔を上げた。

「俺は町の役場に行ってくるよ」

「オレ、シャルロットと一緒に行きたい!」

「あたしも!」

 パスとアイリーンが勢いよく手を上げた。

「ダメ。二人と買い物行くとすぐお金がなくなっちゃうんだもん」

「じゃあ、僕一緒に行こうか? 荷物持ちくらいにはなれるよ」

 エディが顔を上げた。「いいわ、パスとアイリーンだけじゃ何やらかすか心配だもん」提案はありがたいが、この二人を保護者なしにおいていくわけにもいくまい。シャルロットがパスとアイリーンを見ると、二人は互いに自分の事ではないという顔をした。

「ワットに来てもらうから」

 子守には役に立たないワットを振り返っても、ワットはいまだに一人でベッドの中にいる。シャルロットはため息をつきながら布団を叩いた。

「ね、起きて!」

 突然の衝撃に、ワットが「んあ?」と、意味もわからず顔を向ける。

「買出しに行くの。付き合って」

 シャルロットの声に、ワットは顔に手を当てたまま、無理矢理体を起こした。

「んだよ、そんなの……。他の奴と行けよ」

「ニース様もメレイも用があるって」

「……エディがいんだろ……」

「パス達と一緒にお留守番」

 シャルロットと目が合うと、ワットは顔を背けて再び寝転んだ。

「……腹が痛ぇんだ。昨夜のメシに何か悪いモンが……」

「昨日は食べてないでしょ!」

 口をついたような仮病に、シャルロットはワットから布団を取り上げた。

「げっ! ……ったく何だってんだよ……」

 髪をぐしゃぐしゃにしながらも、渋々ベッドから起き上がる。眠さも取れていない半眼で、床にいるパスとアイリーンが目に入った。

「何だよ! こいつらだって行ってねーじゃん!」

「さっき言ったでしょ! パスとアイリーンはお留守番!」

 寝起きのワットとは会話ないならない。シャルロットは苛立ちに腰に手を当てた。その突き抜ける声に、ワットもようやく頭が回り始めたようだ。

「……んだよ、じゃあ俺が残っててやるからホラ、行けよエディ」

 ワットがエディの背を軽く蹴った。「え?」と、エディが迷っている間に、シャルロットはもう一度ため息をついた。

「ワットの方が力あるじゃない。お願い、いいでしょ?」

 改まって頼まれると、ワットはやっと目覚めた顔で、諦めるようにため息をついた。




「いってらっしゃぁーい」

 パスとアイリーンの不満混ざった声に見送られ、シャルロットとワットは宿を出た。ワットは頭にバンダナを巻き、なぜか濃い色のサングラスをかけていた。背の高さも手伝い、シャルロットはすれ違う人々の目が気になった。

「何……? そのサングラス」

「前に知り合いから貰ったんだ」

 問いとは違う意味の答えが返ってきた。

「……目立ってるよ」

 ――明らかに。異国の人間というだけでも充分目立つのに。

「ほっとけ、バレるよりマシだ」

「バレる?」

「あー、いや、別に」

「ねぇ何が? ……って、ちょっと待ってよワット! ねえ!」

 詰め寄る前に、ワットはどんどん先に行ってしまう。後を追うシャルロットを、一人の女性が振り返ったが、そんな事にはまったく気がつかなかった。




 買出し先の店にから出る頃には、ワットは大きな紙袋を両手に抱えていた。食料、薬品、買いに買い揃えた品々は、ワットの腕を軋ませた。

「……これだけ買えばもう十分だろ」

 いくら腕力があるといっても、重さは変わらない。しかしワットのため息にはまったく気付かず、シャルロットは別の意味でため息をついた。――こんな広い町で会えるとは思ってなかったけど。

(メレイ……)

 少なからず、外に出ればメレイと会えるのではないかと期待していた自分が、馬鹿げていた気がした。

「もう戻ろうぜ」

「え? も、もうちょっと、いい? せっかく綺麗な町なんだし少し見て回りたいなー、なんて……」

 心のどこかで、メレイの事を諦めきれない。しかし、ワットは「重いんだよ」と、両手の紙袋を持ち直した。

「それにこれ以上この辺をウロつきたくねえ」

 そっけない答えに、シャルロットは目をまたたいた。いつもなら、散策には付き合ってくれるのに。そういえば、とシャルロットは顔を上げた。

「この町に来てから、なんか変」

覗き込まれた顔に、ワットが「そうか?」と目をそらす。

「何か隠してない?」

「別に? じゃ、先に行くぜ」

「あ! ちょっと待ってよ!」

 振り向きもせず、ワットはさっさと行ってしまった。

「ワットってば! ちょっと!」

 呼びかけている間にも、ワットは人ごみに混ざって見えなくなった。――仕方がない。シャルロットはメレイの事は諦めることにした。

「私も帰ろう」

 ため息交じりに足を踏み出した途端――。

「ねえ!」

「きゃあ!」

 突然の後ろからの衝撃に、シャルロットは驚きで声を上げた。抱きとめられた衝撃で、前にニ、三歩よろけた。相手からすれば、シャルロットを引き止めたかっただけかもしれないのだが。

 背中にくっついていたのは、シャルロットと身長も変わらない女性だった。ふわりと広がったドレスに、ぽっちゃりとした体、豪華に弾ませた栗色の髪に色白の肌が浮き立つ。歳も変わらないであろう女性と、無言のつりあがった目が重なった。

「ねぇ、あなた、今ワットって言ったでしょ? まさか今のってトリガー?!」

「……へ?」

 両肩を掴まれると、シャルロットは女性の勢いに圧倒された。

「え、……えっと。ト、トリガー?」

 頭の中で、記憶の中を一生懸命かき回す。それは、ワットの家名だ。

「……ワットの事……ですよね?」

 女性の顔が、一瞬にして期待から驚愕に変化した。

「ウソでしょ……! 本当にワット=トリガー!? ……信じられない、あの男……帰ってきたのね」

 女性の口走った言葉に、シャルロットは首をかしげた。

「ワットの事、知ってるんですか?」

「知ってるも何も……」

 ふいに、女性が何かに気がついたように目を大きくしてシャルロットに詰め寄った。

「ね! あいつ今どこにいるの?!」

「や、宿に戻ったと思いますけど……」

「ザリューさんの宿ね……! こうしてはいられないわ!」

 シャルロットが目をまたたいている間に、女性はドレスの裾を持ってきびすを返した。

「皆に教えなくちゃ! じゃあね!」

「え? あ、あの……!」

 呼び止める前に、せかせかと女性は歩き去って行った。シャルロットは再び一人で取り残された。

「何なの……」

 去った嵐に呆然とするも、空っぽの頭にある言葉がよぎる。

『昔、東の大陸に住んでいたことがある』

(……なるほど)

 頭の中で、今までのワットの行動がつながった。



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