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同じ天の下  作者: コトリ
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第26話『過去と呪縛』-1




 日が落ちる前に、シャルロット達はイーバ呼ばれる港町に到着した。

 ミラスニー・ノラから一路戻り、雪の王国の国境の町から北東、この国一番の東に位置するこの町は、他の町に例外なく雪に覆われている。港町なだけあって、一目では見渡せない大きな町だった。

 雪のちらつく中で、凍るような風が肌を撫でる。町のはるか外れ、水平線より手前には、大きな船が何隻なんせきも見えた。

「おっきい船ー!」

 馬上から、シャルロットは額に手をかざして遠方を眺めた。「東の大陸とつながる港だ。雪の王国では一番の港らしい」ニースが振り返った。

「なぁー腹減ったー。何か食おうよう」

 アイリーンが、エディの背に寄りかかったまま呟く。シャルロットもそれには賛成だった。一日馬を走らせ、朝以外、ロクな物も食べていなかった。

 大きな町だけあり、食堂を選ぶにも苦労はしなかった。店の前に馬をつなぎ、小雪を払いながら食堂に入ると、ドアについた鐘の音が鳴った。夕食時なのか、いささか込み合っている。客層は、ほとんどが男性だった。

「近くに力仕事の職場でもあるのかしら」

 一番後ろで、メレイがポツリと呟く。どうやら宿も経営しているらしいその店に、シャルロット達は、宿泊も決めることにした。

「いらっしゃいませ」

 ひらひらのエプロンに黒髪の少女が、慣れたしぐさで先頭のアイリーンとエディに話しかけた。「皆さんは……五、六、七名様ですね? こちらへどうぞ!」そのまま、どうやら唯一空いていたであろう一番奥の席に案内された。シャルロット達が店内を歩くと、通り過ぎた後のテーブルの男達が自然と振り返った。

「ひゃー、綺麗な姉ちゃんだなー!」

「こっちに来ねぇかー?」

 口笛とともに、笑ったような声が飛んできた。確認しなくても分かるのは、視線を集めているのはメレイ一人だということだ。背に剣をかけているにもかかわらず、彼らには、その魅力的な外見しか目に入らないらしい。メレイは、まるで耳も貸さないまま、振り返りもしなかった。一番後ろを歩くパスは、男達に憐れみの目を向けた。――こいつがその気になったら、てめえらなんか瞬殺だぜ。

 席に座ると、先程の少女がテーブルに水を並べた。少女が去ると、ニースはテーブルに地図を広げた。「明日には港を出て、東の大陸……土の国に入る」地図上で、ニースの指が現在地のイーバから、となりの東の大陸へとなぞる。

「土の国は王政が無いから火の王国まで通過する町を見回るだけだ」

「王家の無い国……」

 宮殿で暮らしていたシャルロットには、実感のわかない言葉だった。王家が無くて、国民はどうやって生活しているのだろうか。シャルロットの疑問をくんだのか、ニースが続けた。「土の国にも、昔は王家があった。だが、戦によって滅んだんだ。そういう国は、いくつもある」

 その指の先、土の国と同じ大陸のずっと南には、火の王国がある。ニースの国だ。いよいよ見えてきた旅の終着点に、シャルロットはしばし地図を見入った。――そう、東の大陸に入ってしまえば、あとはずっと大陸を南下するだけ。火の王国にたどり着くのだ。

「んだとてめえ、ケンカ売ってんのかよ?!」

「どっちが! あたしはなんも言ってねぇ!」

 突然の割って入ったパスとアイリーンの怒声に、シャルロットは我に返った。一番奥の席で向かい合わせに座っていた二人が、いつの間にか互いに身を乗り出していがみ合っている。パスがアイリーンの襟を掴んだところで、パスの隣のワットが、パスの頭を掴んだ。「んな狭いとこで暴れんな」しかし、勢いよくパスがワットを睨み上げた。

「ウルセー! こいつがケンカ売ってきたんだよ!」

「あたしじゃねーよ! こいつが先だ!」

 今にも飛び出しそうなアイリーンの肩を、隣のシャルロットは慌てて押さえた。

「大体なんだよ! ワットなんて昨日までこーんな暗かったくせに! 自分がシャルロットと上手くいったからって!」

「ち! ちょっとアイリーン!」

 突然のとばっちりに、シャルロットは顔が赤くなった。しかし、ワットのそれはシャルロットとは対照的だった。

「……てめぇら、先にその口塞がねぇとメシ抜きだけじゃすまなくなるぜ」

 背後に見える炎に、パスは頭を掴まれたまま、慌てて両手で口を覆った。「ワットも……! 皆見てるよ」シャルロットがなだめても、ワットは舌打ちするだけだ。

 ワットにとって、周囲の視線などどうでもいいことだった。どうせ、まだメレイを見ているのだろうから。他人事のように、ニースと地図を眺めているメレイを睨むと、気がついたメレイが目を向けた。

「何」

「……別に」

 棘を含んだ返事にも、メレイは気にすら留めなかったようだ。

「食事は、あんたの金じゃないでしょ」

 さらりと返される言葉に、「そーだぜ! メレイからも言ってやれ!」とアイリーンが加勢する。

「つーかおめーの金でもねーだろ!」

 次第に広まる喧嘩の輪に、ニースが息をついた。

「……いい加減にしないか、店の中だぞ」

 ――鶴の一声。逆らえない相手に、アイリーンとパスが口をつぐんだ。ようやく静かになった食卓に、シャルロットは話題を変えようと、地図を指差した。

「ね、メレイ! ここから……」

 隣のメレイを見上げると同時に、テーブルに影が降りた。テーブル脇に、いつの間にか、客の一人と思われる男が立っていた。四十代半ばくらいだろうか、黒髪で口ひげをはやした、古びた服の男だった。

 シャルロットを含め、それに気がついたニース達も顔を上げた。しかし男は、それにかまわず、その細い目をいっぱいに大きく見開いている。

「何か?」

 ニースが尋ねても、返事はなかった。聞こえていない、という方が近いかもしれない。男は、まっすぐにメレイを見つめていた。

「……メレイだって? ……まさか」

 男が、落とすように呟いた。

「メレイちゃんなのか?」

 男を間の抜けた顔で見返すのは、メレイも含めてだった。しかし、男のの顔に張り付いた驚愕は、徐々に安堵を覚えた顔に変わっていった。「……そうだ……間違いない……!」突然、男がメレイの両肩を掴んだ。

「メレイ嬢ちゃん、ワシがわかりますか?!」

 まばたきするだけのメレイと違い、男の視線が椅子の脇に立てかけられたメレイの剣へと移る。

「おお……なんと懐かしい……この剣! ワシの事を……覚えておりませんか?」

 焦ったように口走る男に、シャルロット達は口を挟む余地もなかった。

「昔、ギャレット殿に命を助けられた……鍛冶屋の……。しかし生きておられたとは! ワシはてっきりあの時……」

「あ!」

 シャルロットは思わず声を上げた。突然、メレイが立ち上がって男を突き飛ばしたのだ。男はよろけて通路に転んでしまった。

「……知らないわよ、あんたなんて」

 冷めた目でメレイが言った。そのまま剣を掴み、テーブルから歩き出した。「どこへ行く」ニースが声をかけたが、メレイは振り返りもせずにヒールの音と共に店から姿を消した。

「……何だ? あいつ……」

 男が隣のテーブルに手をついて立ち上がる頃、ワットがポツリと呟いた。「メシ食わねぇのかな」その隣で、パスが付け加える。

 男の視線は、メレイの出て行ったドアから離れていなかった。

「……こんな所でメレイ嬢ちゃんにお会いできるなんて……」

 追うように男がドアに足を向けたので、シャルロットは慌てて立ち上がった。

「あ、あの! メレイと……お知り合いなんですか?!」

 今までメレイの知り合いとは会った事がない。そればかりか、メレイから昔の話はほとんど聞いたことは無かった。その糸口のように思わず呼び止めてはみたものの、男が振り返ると、シャルロットは言葉に詰まってしまった。

「あんた方は……」

 一瞬口を開くも、男は口をつぐんだ。

「……いや、何でもねぇです。騒がしまして、申し訳ない」

 一礼し、男はそのまま店を出て行った。メレイを追ったのだろうか。わずかな騒ぎが収まった事で、周囲が再びもとの賑わいを取り戻すと、アイリーンがそこに立ち尽くすままのシャルロットを見上げた。

「メレイ嬢ちゃん、だって」

「……あれのどこが嬢ちゃんだよ」

 加えるように、ワットが鼻で笑った。食事が運ばれてくると、パス達は食事に夢中になっていたが、シャルロットはメレイが気になって仕方が無かった。――追いかけたい。

 しかし、自分の事を話さないメレイにとって、それは余計なお世話なのかもしれない。思惑に囚われてドアを見つめるシャルロットは、ニースも同じドアを見つめていることには気がつかなかった。




「お待ちください、メレイ嬢ちゃん!」

 剣を片手に雪道を早足で歩くメレイの背に、男が手を伸ばした。――その途端。

「余計なこと言ってくれたわねノーマーニ!」

 肩を掴もうとしたそれを、振り返ったメレイが弾いた。ノーマーニと呼ばれた男は、睨まれながらも、その表情に確信めいた喜びを浮かべた。

「……メレイ嬢ちゃん、やはり……!」

 目を細め、メレイが冷めた目でノーマーニを見つめ返した。「ええ、覚えているわよ」剣を持ち直し、片手を腰に当てた。

「この剣を、父様とうさまの為に打った鍛治かじ屋さん」

「生きておられたんですな。なぜ……、今までどこにおられたんです? ワシはあの時、報せを聞いてあそこに駆けつけたんですよ? でも誰も生きておられないと知っててっきりあなたも……ああ、何にせよ本当に良かった!」

 メレイの手をとり、ノーマーニはその顔をじっくりと見つめた。

「本当に大きくなられて……!」

「あいつらに、何か言った?」

 言葉に詰まるノーマーニとは対照的に、メレイは冷静だった。

「ご友人方に? いえ、すぐに追って参りましたので」

 ノーマーニが手を離すと、「ならいいわ」と、メレイが眉を上げた。

「今はこの国にお暮らしで?」

「……いいえ。それに私はもう譲ちゃんなんて言われる歳じゃないわ」

 メレイは、そのまま背を向けた。

「やらなきゃいけない事もある」

「……やらなきゃいけない事?」

 繰り返えしたノーマーニに、メレイが柔らかい笑みを見せた。一瞬、それにぽかんとするも、「立ち話も何ですから……」と、ノーマーニは周囲を見回した。

「あの店から離れたところでいいかしら」

「構いませんが……あのご友人方は?」

 ノーマーニの言葉に、メレイは一瞬間をあけた。

「今はあの子達と旅をしているの」

「……旅?」

 メレイの言葉に、ノーマーニは目をまたたいた。



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