第25話『願い』-4
「何て言った?」
ワットの言葉に、ニースが思わず聞き返した。全員がそろった宿の一室。暖まった部屋で、床に座ったままのワットが目をそむけた。部屋にいないのは、隣室で寝ているシャルロットだけだ。
「聞こえただろ。……何度も言わせんな」
「シャルロットとそういう仲になったって?」
メレイが横から笑うと、ワットがメレイを睨んだ。隅のベッドで寝転んでいるパスにとっては今更、といったところか、特別感心もない。エディはシャルロットを想うと、心が軽くなった。その横で、アイリーンが「へー」と、ごろりと寝ころがっている。ニースは一人、目を大きくしていた。
「……驚いたな」
「鈍感」
呆れたメレイが、付け加える。それに構わず、ワットが続けた。
「俺は……もう誰も信じることなんてできねぇって思ってた……。でも、あいつを見てると……そんな事はないんじゃなねぇかって……思えてくる。あいつの笑った顔を……ずっと見てたいんだ。……守ってやりたい」
その手を握りしめ、ワットは視線を落とした。
「……そうか。それにしても、本当に驚いたな」
息をつき、小さく笑う。ニースにとって、ワットとシャルロットのかけあいは、兄妹のようなものだと思っていた。「あんたも昔から苦労してたのね」メレイが、他人事のように笑った。
「俺が金持ち育ちに見えるかよ。……それと、シャルロットの事でもう一つ」
ワットの言葉に、部屋がしんとなった。「お前は、占い師について何か知らないのか?」真剣な目に、ニースは小さく頷いた。
「……ああ、残念だが俺は何も。前にクルーから聞いた話すら、初耳だった」
『王家に目をつけられたりしたら一生幽閉されかねない』
いつだったが、クルーが言った言葉だ。
「何でいきなりそんなんになっちまったんだ? だいたい力を受け継ぐのは一代に一人なんだろ? シャルロットにはあの兄貴がいんじゃねーか。兄貴がそうなら、シャルロットがそんなんにはならないはずだろ?」
「アイリーンのお母さんは、占い師……だったんだよね?」
エディの言葉に、その隣で頬杖をついて寝転んでいたアイリーンが顔を上げた。「ああ」自然と集まる視線に、アイリーンが体を起こす。
「でもお母さんは……。兄弟とか、あたしの他に家族もいなかったし……」
「……そう」
エディが肩を落とした。あまり、参考になる話はなさそうだ。
「アイリーンは、そういう事は?」
メレイの言葉に、アイリーンは一瞬目を瞬いた。しかし、すぐに「あはっ」と、吹き出た。
「あるわけねぇだろ、そんなの。ちゃんと毎回繋がってる方がおかしいんじゃねぇか?」
言いながら、アイリーンの顔からしだいに笑みが消える。「でも」思い出したように、アイリーンがワットに顔を向けた。
「さっき言ってたみたいなシャルロットの見え方は……たぶん、お母さんとは違う。お母さん……よく話してくれたんだ。その人になるっていうより、断片的な何かが頭に入ってくるんだって……。そんなハッキリしたものじゃないから……結局、肝心な事はわからなかったりするって。だからそれって……結構すげえんじゃねぇの?」
「あいつは……怖いとしか思ってない」
ワットが下を向いたまま呟いた。その脳裏には、あのテラスでの怯え方が今も焼き付いている。
「こうは考えられないかしら」
メレイの言葉に、ニース達が顔を向けた。
「兄貴にも、シャルロットにも占いの素質がある。色が強いのは一代に一人だけ。今まで、兄貴がそれだと思ってたけど、実はシャルロットがその血を受け継いでた、とか」
「まさか」
ワットが、すぐに打ち消した。「だったら何で今まで何も……。そんな事今まで全然なかった奴がだぜ?!」
「んな事知らないわよ」
メレイが、あっさりと返した。「占い師ってさ」ふいに、アイリーンが呟いた。
「いろんな人と関わらないと目覚めない事が多いって、聞いたことある。だからお母さんも、生まれた村を出る前は普通だったんだって。いろんな所を転々とするうちにそうなったって……。シャルロットって、今までずっと砂の王国にいたんだろ?」
アイリーンの言葉に、部屋がしんとなった。
確かに、この旅で、シャルロットは初めて色々な人と関わった。それこそ、いつも同じ顔しかいない宮殿内とは、比べ物にならないほどに。――しかし。
「……兄貴は? ガキの頃からそうだったんだろ?」
諦めがつかない目で、ワットがニースに顔を向ける。
「シャルロットの力が事実なら……。何もしなくても力のあった兄の方は特別だったとしか……言いようがないだろう」
――認めざるえない。ニースの目が、そう言っていた。
「だからと言って、変わる事もないだろう。ただ、旅に連れて来てしまったのは俺だ。シャルロットには気の毒な事をした」
ニースが目を伏せた。しかし、その言葉には誰も同意しなかった。共に旅立つ事を決めたのは、あくまでシャルロット自身だ。沈黙を破るように、メレイが立ち上がった。「ま、全部が全部、悪い事だったとは言えないけど」その目が、ワットを見下ろす。
「……あんたがあの子を幸せにするなら。アイリーン、部屋に戻りましょ。シャルロットが待ってる」
「あ、ああ」
アイリーンが慌ててベッドから起き上がった。メレイと視線が重なっても、ワットには何も言えなかった。――幸せにしてみせる。それは、今の自分には言えない言葉だった。ワットは、その手を握り締めた。
「……そうだな」
「そうそう、うまくいったのはいいけど、ベッドは別々にしてよね。チビちゃん達もいるんだから」
ワットの無言の目に、メレイはいつもの顔でニヤリと返す。メレイはそのまま、アイリーンと一緒に部屋を出て行った。
「お、おはよう……!」
「おう」
翌朝、食堂でワットと会うと、緊張で声が上ずったシャルロットと違い、ワットはいたっていつも通りだった。欠伸交じりの返事に、シャルロットは一人で頬をかいた。
(私ってば、意識しすぎ……?)
一人でそんなことを感じつつ、朝食の席に着く。今日はこの城下町を出発し、いよいよ東の大陸を目指す経路につくことになる。ニースが、テーブルに広げられた地図を指でなぞった。
「ここ、ミラスニー・ノラを出たら……次はイーバだ。北の大陸の一番東にあたる港町。この間の国境の町より、さらに東に戻る事になるな」
「雪山を一日……か」
メレイが、地図を覗き込む。寝起きのせいか、うつろな目でコーヒーを飲むワットが視界に入るたび、シャルロットは嬉しさが胸をふくらませた。本当は、昨夜からそればかり考えて、あまり眠れていない。
朝食を終えて馬に荷を運んでいる間も、たびたび足が浮いた。ワットの事を、好きでいてもいいんだと思うだけで、心が軽くなるどころか、浮き立つ気分だった。
珍しく雪の降らない朝に、雲の隙間から太陽の光が覗いている。その為か、昨日よりもずっと人通りも多い。この純白の雪に覆われた町は、こんなに活気に溢れた町だっただろうか。遠くに見えるミラスニー・ノラ城は、覆われた雪に太陽の光が反射して、一層輝いて見えた。
「シャルロット」
馬に乗ったメレイの呼びかけで、シャルロットは我に返った。隣で、馬上のワットがこちらを見下ろしている。
「一緒に乗るか?」
からかうような笑みに足が向くも、メレイの視線に気がつくと、一瞬で顔に火がついた。
「い、いい!」
それをマフラーで隠しながら、シャルロットは勢いよく首を横に振った。きびすを返し、メレイの馬に一緒に乗り込む。昨夜は、あんなに思った事を口に出せたのに。皆の前だと、あれはまるで別の世界の出来事だったように思えた。
「あら、乗ればいいのに」
「いい! いいの!」
メレイが笑うと、シャルロットは益々頬が赤く染まった。ワットなんて、見れやしない。
その日、メレイの背について馬に揺られても、メレイの記憶の断片が頭に流れてくる事はなかった。前日までは、流れるようにニース達の意思も、伝わってくる気がしていたのに。
(……変なの)
心が落ち着いたのと同時に、全てが変わってしまったように思えた。
それを、ますます嬉しく感じ、シャルロットはメレイの背に思いっきり抱きついた。
「どうしたの?」
「何でもない!」
シャルロットは嬉しさをかみ締めながら笑った。
話数は違いますが……。
いつのまにか第100部分まで到達したようです☆
あらすじとかまとめた方が良いですかね……。
これからもよろしくです<(_ _)>