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同じ天の下  作者: コトリ
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第1話『隣国からの使者』-1




 暑く、砂の多いこの大陸の最南にそびえ立つとても大きな宮殿――。ここは、この砂の王国の王族が住まう、豪華で色鮮やかな宮殿だ。

 同じ敷地内、宮殿と繋がって円柱状に巨大な3本の塔は使用人専用の生活の場。

 夜明けから3時間程たった朝、3塔あるうちの第2塔、その1室で、少女の声がこだました。

「あーーっ!!」

 隣の部屋からの叫び声で、青年は夢の中から突然に引き起こされてベットから飛び起きた。

「なっ何だ!?」

 その勢いのまま、転がるように隣の部屋へと続いているカーテンを開ける。

「どうした!?」

 金に近い茶色の目と同じ色の短い髪をした青年は勢い良く叫んだが、ベットから既に起き上がっていた少女の勢いには負けた。

 ボスッ!!

 青年の片手に、投げつけた枕がうまく収まる。我ながらとても良い反射神経だが、そんな事に感心してくれるギャラリーはいない。

 青年と同じ、金に近い茶色の長い髪を慌てて一本の三つ編みにしながら、細身の、寝間着姿の少女は怒りをあらわにした顔を向けた。

「お兄ちゃん!どうして寝る前に起こしてくれなかったの!」

 その言葉に、青年は思いっきり体の力が抜けた。ベッドから飛び降りて慌てて身支度を始める妹を尻目に、枕をベッドに直す。

「シャルロット…。昨日の反省をもう忘れたのか?」

 その言葉に、シャルロットの動きが止まった。

「あ…。…!あーっ!やだ、ごめん!!」

 シャルロットは顔を抑え、力無くその場にしゃがみこんだ。思わず、青年のため息が漏れる。妹の早とちりはいつものこととはいえ、付き合いきれない時だってあるものだ。

「勘弁してくれよ…、夜番だったんだ。ゆっくり寝かせてくれ…」

 青年はあくび交じりにベットに戻り、再び眠りについた。残されたシャルロットは1人、額をこづく。

(…しまった…)

 部屋のもう1つの出口のカーテンを開けて、居間兼台所に移動した。

 シャルロットはこの砂の王国、バントベル宮殿で働く王宮の使用人だ。今年で19歳になるが、その割には顔にあどけなさが残るとよく言われる。体も細く、16・7に間違われることなどしょっちゅうだ。

 トントンッ

 居間からつながる玄関のドアを叩く音に、シャルロットは振り返った。

「はーい、だぁれー?」

「私よ」

 ドアの向こうからシャルロットよりも少し低い少女の声が返ってきた。

「ミーガン?ちょっと待って」

 玄関に駆け寄り、ドアの栓を抜く。

「おはよ!」

 ドアが開くと、シャルロットよりもわずかに背の高い少女が手をあげて笑った。赤茶色の髪を短く首筋でそろえ、笑った目は猫のように目尻があがり気味だ。一見するときつい印象を与えるが、シャルロットよりはずっと美人だ。

 ミーガンが、なにやらポケットから四つ折にされた紙を差し出した。

「今日の日程よ。さっきカンラナドアさんから貰ってきたの」

「使用人長様直々の書状とは…」

 恐れ多いといいたげに、シャルロットはふざけて紙を受け取った。書状を広げると、ミーガンが並んで書状を覗き込む。

「えーっと…なになに?…」

 シャルロットはそのまま読み上げた。

『シャルロットへ 昨日申し伝えたとおり、謹慎期間は1週間です。昨夜の会議で決定した貴方の処罰は次の通りです。

<期間中、3棟すべての清掃に勤しむこと>

 宮殿内での大変な失態は、その場に居られたビルディア様のお口添えもあり、恩赦が与えられたと感謝なさい。本日は第1塔と第2塔の水場です。なお、謹慎期間中も朝礼には出席すること。 使用人長 ドーニャ・カンラナドア』

「朝礼!?もう始まってるわよ!それにサイアク!1塔はともかく2塔の水場ってすっごく広いじゃない!こぉーんなよ!?」

 思いきり腕を伸ばしてその不満を表現するも、ミーガンは安堵の息をついた。

「まぁ、良かったじゃない…。あれだけ宮殿内で大喧嘩した割にはこれだけで済んでさ」

 紙をたたみながら、シャルロットはミーガンを横目で見た。

「言ったわね、誰と誰のせいで喧嘩したんだっけ?」

「それは本当にゴメンってば!」

 ミーガンが顔の前で手を合わせると、シャルロットは思わず笑みをこぼした。

「冗談よ!私もスイードも昨日のお説教で充分反省したし、後悔したもの。2週間も会うのは禁止よ?つまんないじゃない」

「…あ、そういえばスイードは何の処罰だったんだろ…。聞いてこようかな」

「ったく、そっちは彼氏に会うのに正当な理由ができてん…モガッ」

 言いかけのシャルロットの口をミーガンが慌てて両手で抑えた。

「(声がでかい!エリオットいるんでしょ!?)」

 ミーガンの小声に、シャルロットはその手をどかした。

「ゴメンゴメン…。でもお兄ちゃん昨夜も遅かったし昨日もあんまり寝てないから大丈夫だよ、熟睡中。(さっきちょっとおこしちゃったし…。)それより行くの?」

 ミーガンは少し気落ちした様子だった。

「うん、あいつ…、昨夜ウチのパパに呼ばれてすっごい怒られたのよ。シャルロットと取っ組み合いで大喧嘩したって聞いて、『幼なじみとはいえシャルロットに手を上げるとは何事だー!』って。パパ、私達の事になると気ぃ詰めすぎなんだもん。スイードのこと『最悪の弟子』だなんて言ってたのよ?あいつ落ち込んじゃって、見てられなかったわ」

「お互いキツイ立場ってわけか」

「あ、忘れるところだった」

「ん?」

「今晩泊まりに来ても良い?実は…」

 言いかけで、シャルロットは一気に気分が明るくなった。

「あ!新作?」

「そーゆーこと!じゃ、オッケーね?」

「もちろん!夜はお兄ちゃんもいないし!」

「夜番いつまでだっけ?」

「来月までだから…、あと10日くらいね」

「ふーん、そっか。あ…、じゃあ私行くわ、スイードの家に寄ってから戻りたいの。遅くなるとパパ…料理長に怪しまれちゃうわ。シャルロットの所だけ寄るって言っておいたから。また後にね」

「判った。私も行かないとな…。あ、書状ありがと。スイードによろしくね。何の作業になるか知らないけど、頑張ってって言っておいて」

 書状と一緒に手を振ると、ミーガンはドアに手をかけた。

「ん、水場の掃除頑張って」

 ミーガンがドアから出て行くのを見送り、シャルロットは室内に戻った。



 大急ぎで身支度を整え、シャルロットは仕事着であるノースリーブの短い白いワンピースに、ひざ上の短いズボンを履いた。足首が隠れるまでの靴は、紐で縛る。

 兄を起こさぬように静かに家を出て、まぶしすぎるほどの日差しを肌にいっぱいに浴びた。塔の螺旋階段を駆け上り、屋上から宮殿につながる橋を渡って宮殿に入る。ここから眺める景色は前も後ろも最高なのに、今はそんなものを見る暇も無い。

 煌びやかに飾られた廊下を走り、いくつもの別れた廊下と部屋を通り過ぎる。すると、すぐに大きなホールに出た。自分と似たような服装の使用人達がきれいに整列し、前列にいる女性の話を聞いている。列には老若男女混ざっているものの、圧倒的に若い女性が多い。

(ひ〜…、やっぱ始まってるよ…。しかも終わりかけてるし…) 

 自分と同い年ほどの若い男女が並ぶ列の最後尾にこっそりとつくと、最後尾の少女が振り返って笑った。

「(謹慎中のクセに遅刻?)」

「(シー…ッ)」

 苦笑いで、口に指を当てて見せる。周囲の視線が少し痛い。それはただの遅刻からくる視線ではなく、興味の対象を見る目だからかもしれない。付近の少女達がヒソヒソと話をしているのが、シャルロットの耳にも届いた。

「(聞いた?シャルロットってば昨日、料理人見習いのスイードと北西の棟で取っ組み合いの喧嘩したんだって!)」

「(知ってる、それで2人とも謹慎処分になっちゃたのよね。私そこにいたけど、結構面白かったのに)」

 やっぱり、噂になっているか。予測はしていたが、頭が痛い。

「(でも本当、居合わせたのがビルディア様で良かったわよね。もしオリディア様だったら下手すればクビだったかも!)」

「(ありうる!)」

「(そう言えば2人とも、結局喧嘩の理由言わなかったんだって!)」

「(何それ!それでよく謹慎で済んだわね!)」

「(第一皇子のお口添えのおかげでしょ?)」

 話に夢中になった少女達は、既に朝礼の話など聞いていない様子だ。

「そこ!!私語は慎みなさい!!」

 割って入るように、突然、2人の少女に厳しい声が飛んだ。

「はっはい!!」

 少女達の慌てた返事に、周囲の使用人達からドッと笑い声があがる。

 注意を発したのは最前列で朝礼を進行させる女性だ。

 本日の予定をまとめて話していた使用人長、カンラナドア。50歳前後の、髪をひとつにまとめ、身なりをきちんと整えた年配のいかにも厳しい風貌の女性だ。

「では、解散の前にもう1つ」

 気を取り直すように、カンラアドアが周囲を見回した。

「今日、火の王国からこのバントベル宮殿に使いの方いらっしゃると先程ディルート様から伺いました。何でもあの若くして火の王国の騎士団隊長になられた事で有名な、あのニース=ダークイン様だとか」

 途端に、周囲からざわめきが起こったのが、シャルロットにもわかった。

「ダークインですって?」

「あの有名な剣士様?!」

 あまりの騒ぎように、カンラナドアが手を叩いてそれを沈める。

 シャルロットも、その剣士の名前を聞いたことがあった。この砂の王国のある大陸から、広い海を挟んだ東の大陸にある『火の王国』。そこで、東の大陸一の剣の使い手といわれ、若くして火の王国で最強の称号を持つ騎士団の隊長の座についた『ニース=ダークイン』の噂は、隣の大陸にあるこの砂の王国にも浸透している。しかしそれは、シャルロットにとって、遠い世界の話だ。

(他の国からのお客様かぁ…)

 そんな噂よりも、その剣士が外国から来るということの方がシャルロットの興味を引いた。

 幼少から使用人として働いていたシャルロットは、自由に国外や宮殿外に出ることがほとんどない。

「えー…、最後に。このところ宮殿内や付近の建物で盗賊の動きが目立ちます。皆さんも重々注意を払って行動するように。では、以上。解散」

(外国…。行ってみたいなぁ)

 カンラナドアの話に上の空だったシャルロットは、最後の注意事項すらも聞き逃した。

 パンッ

 カンラナドアが叩いた手に、列をなしていた使用人達が解散を始めた。同時に、シャルロットはやっと我に返った。

(やば…っ)

 すぐに、カンラナドアが自分に近付いてくるのが視界に入り、慌ててまっすぐ立ちなおす。カンラナドアはシャルロットとすれ違う所で足を止めた。

「あなたはすぐに塔にお戻りなさい。第2塔の管理をなさっているタブスさんに話は通してあります。それから、処分中は言動には特に気を付けること」

 厳しく言いつけ、カンラナドアはそのまま去っていった。まったく、ため息がでる。

「はいはい」

 カンラナドアには聞こえないよう、シャルロットは小声で漏らした。





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