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これは恋なんだけど  作者: 空谷陸夢
Story 30. ただ一人
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試合とはまったく関係のないことを考えていたら、階下で行われていた試合はいつの間にか終わっていた。目を細めて見れば、どうやらソラたちの高校が勝ったらしい。ベンチの方で、ソラと彰ちゃんが喜んでいる。

ソラたちが上に戻ってくると、彰ちゃんがまた手を振ってきた。たぶん、それは私ではなく、私の隣にいる男の人にだろう。隣にいるソラは私に向かって手を振っている。



「勝ったよー」

「うん、見てたよ。よかったね。まだあるの?」

「ううん。今日はこれで終わり。今日勝ったから、明日が決勝リーグ」



観客席に座っている私の後ろまで来て、ソラがVサインをする。ソラの言葉に周りを見渡すと、確かに、他の高校も帰り支度を始めていた。今階下でやっている試合が、今日の最後の試合なんだろう。会場の時計を見ると、午後の5時を少し過ぎていた。戻ってきたソラたちはタオルで汗を拭きながら、帰る準備を始めている。



「彰、そのまま帰っていいよ。どうせ荷物はそのままだし。今日は悪かったな」



私の隣で男の人と仲良さそうに話をしている彰ちゃんに向かって、顧問がそう呼びかける。彰ちゃんはその言葉に嬉しそうにして、たたっと階段を下りて自分の荷物を持って戻ってきた。立ち上がった男の人の隣に並んで、彰ちゃんが私を振り返る。どうしたのと首を傾げると、とことこと私の方に歩いてきた。



「春希さん、この後何かありますか?」

「いや、特にはないけど」

「じゃあ、カフェでお話しませんか?」



彰ちゃんの言葉にきょとんとなる。私の覚え間違いでなければ、彰ちゃんは人見知りなんじゃなかったっけ。そんな彰ちゃんが、なんで今日初めて会ったような私と話したいんだろう。それに、これは間違ってないだろうけど、彰ちゃんの隣に立つ男の人は確実に彰ちゃんの彼氏だろうし、そこに私が邪魔してもいいんだろうか。それを彰ちゃんも男の人も察したのか、彰ちゃんが男の人を振り返って首を傾げると、意外なことに、男の人は笑顔で頷いた。そうしてもう一度私を振り返った彰ちゃんを目にしたら、私は頷くことしかできない。



「彰ちゃんたちがいいなら、いいよ」

「やった」



私の了承を聞くと、彰ちゃんは本当に嬉しそうにして喜ぶ。



「ってことだから、帰るね。宿題、ちゃんとやりなよ」

「はーい。明日も来る?」

「明日は勉強するので来ません」



『勉強』という単語に顔をしかめるソラに笑って、私は席を立った。



一度着替えに戻るという彰ちゃんたちと別れて、私は先にカフェに落ち着いていた。店内の奥にあるソファ席に座り、いつものように紅茶を頼む。

一時間ほどしてから、彰ちゃんたちがやってきた。私を見つけると、嬉しそうにして手を振ってきた。それに手を振り返してこっちに来るのを待っていると、どういう訳か、彰ちゃんだけカウンターを通って厨房の方に入っていく。そして、男の人だけが私の座る場所にやって来た。



「こんにちは」



彰ちゃんと同じようににこにことして声を掛けてきた男の人は、コートとマフラーを取って私の向かいの席に腰を下ろした。私も「こんにちは」と返し、目線で彰ちゃんを追う。



「彰チャン、今、ケーキ持ってきてくれますよ」



私の視線に気が付いた男の人が言った。



「ケーキ?」



視線を戻して問い返すと、ほわっと笑って、男の人が頷いた。



「昨日、作ったらしいです。あ、俺、真田っていいます。真田建介です」



自己紹介とともに軽く頭を下げられ、私も慌てて返す。



「宮瀬春希です。彰ちゃんとは、さっき知り合って。まあ、彰ちゃんは私のこと知ってたらしいですけど」

「聞いてますよ」

「はい?」



彰ちゃんとの経緯を説明すると、真田さんが朗らかに笑って返してくる。思わず聞き返した私に、真田さんはにっこりと笑った。



「カフェによく来るカップルさんって言って、前から少しだけ聞いてました」

「ああ……」



にこにことする真田さんとは正反対に、私の方は苦笑いしかできない。彰ちゃんの言う『よく来るカップルさん』というのは、間違いなく私と永井さんのことだ。一体いつから彰ちゃんは私たちのことを見ていたんだろう。というか、いつから『カップルさん』として見られていたんだろうか。

真田さんと簡単な会話をしていると、彰ちゃんが銀のトレイにケーキとティーポット、二つのカップを乗せてやって来た。トレイをテーブルに置いて、ケーキの乗ったお皿を三人の前に置いていく。それから、彰ちゃんは真田さんの隣に座った。



「昨日作ったんです。よかったらどうぞ」

「ありがと」



彰チャンにお礼を返し、目の前に置かれたケーキにフォークを刺す。ふんわりとしたシフォンケーキの程良い甘さが、口の中に広がった。「美味しい」と言えば、彰ちゃんが「よかった」と笑う。



「最近、来てなかったですよね?」



私が紅茶を飲んでいる前で、真田さんが私と同じくらいの砂糖(スプーン四杯)を入れているのを見ていると、その横に座っている彰ちゃんがぽんっと質問をしてきた。「へ?」と聞き返しながら彰チャンの方を向けば、彰ちゃんはいたって普通の顔で首を傾げて私のことを見ていた。



「最近、春希さんたち来ないなあって思ってたんです」



「何かあったんですか?」なんて純粋に疑問に思っただけのことを口にする彰ちゃんに、「ちょっとね」と曖昧な返事しかできない。情けない、と思いながらも、それ以外の返事が思いつかなかった。



「ケンカでもしたんですか?」

「ケンカ、はしてないかな」



ケンカなんて単純なものだったら、どれだけよかったか。あの二人が優しすぎて、私はどうしたらいいか分からなくなっているんだから。そう思いながら、紅茶の入ったカップをソーサーに戻す。目の前に座る二人が、同じような目で私を見ている。二人は温かい雰囲気に包まれていて、今の私とは正反対だ。



「あ、ちょっと、ごめん」



真田さんが断りとともに立ち上がって、ズボンのポケットから携帯を取り出す。携帯を耳に当てて、片手でごめんのポーズを取りながら、店の出口の方へと向かっていった。



「真田さんって、彰ちゃんの彼氏?」



間違いはないんだろうとは思いつつ、一応のために質問をした。すると、彰ちゃんは一瞬きょとんとした後、すぐに笑顔になって「はい」と頷く。その素直さに苦笑してしまう。



「仲良さそうだね」

「そう、かな。春希さんたちだって、仲良いじゃないですか」



照れくさそうに笑う彰ちゃん。そして、またしても無邪気な笑みを送ってきた。他人にそう思われるほど、私と永井さんは仲が良さそうだったんだろうか。ただの、知り合いだった時も。彰ちゃんの言葉にまた曖昧な返事をして、紅茶を啜る。



「ケンカとか、したことある?」

「ケンカ、ですか? たぶん、ないと思います。付き合ってからは」



少し考えて出された答えに、ちょっとだけ意外な気持ちになる。彰ちゃんたちの様子から、ケンカなんてものはゼロだと思っていたけど、今の言葉からは、付き合う前ならあったということをうかがわせる。私の顔に気付いた彰ちゃんが、今日初めて、笑顔ではない困ったような顔つきになった。



「付き合う前に、一回だけケンカっぽいことしました。会いたくないって言われちゃって」



その時のことを思い出しているのか、もの悲しげに視線を外して彰ちゃんは話す。



「建介さんを癒し相手だと思うだけなら、もう会わないって」



『癒し相手』という言葉が、ひどく重く感じた。私はいつも、癒されていた。



「『好き?』って聞かれて、『うん』って返したんですけど、なんか建介さんからそうじゃないって言われて。何て言ってたかな……」



思い出すように首を傾げている彰ちゃんを見て、どうしてか、鼓動が速くなる。こんなことを、言われた。一週間前に。「選んで」という言葉とともに。

彰ちゃんが思い出したらしく、「そうだ」と呟いた。



「みんなの気持ちじゃなくて、私が建介さんをどう思うか教えてほしいって言われました」



一度だけ、どくん、と心臓が大きく鳴った気がした。それから、どくっどくっ、と早いリズムで鳴り続ける。






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