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これは恋なんだけど  作者: 空谷陸夢
Story 30. ただ一人
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塾では、彼氏がいた時でも、彼氏はいないと宣言している。ここで永井さんのことを出されたら、ソラがいっぺんに塾内に広めてしまうだろう。それでなくとも、今は永井さんのことをあまり聞かれたくないんだから。



「彰ちゃんもバスケ部なの?」



彰ちゃんがカフェでのことを言い出す前に、そしてソラがカフェでのことを聞き出す前に、私はさっと話の流れを変えた。幸い、二人ともその変化に気付くことなく、私の質問に答えてくれる。



「違いますよ。私も想良と一緒で、助っ人なんです」

「あ、そうなんだ」

「っていっても、私は想良みたく全然練習に出てないから、一クォーター走れたら良い方なんですけどね」

「へー」



ということは、ソラは真面目に練習にも出ていて、四クォーターを走れる体力があるということだ。意外だという目で、彰ちゃんの横にいるソラを見る。ソラが心外そうに眉を寄せた。



「言わせてもらいますけど、これでも真面目なんです。自主練だってちゃんとやってるし」

「真面目っていうわりには、よく宿題やってきてませんけどね。この間も英語の単語テスト怪しかったし」

「やる時はちゃんとやるし」

「あれー、二年生の時に生物の初っ端のテストで10点代の赤点叩きだしたのは、どこのどなたでしたっけー? お母さん、せっかく海外から戻ってきたのに、二年の時の成績表見て絶句してたじゃないですかー」



わざと間延びした口調でソラの嫌な思い出を言えば、ソラは何も言えなくなってぐーっと唸る。

ソラが私のバイトする塾に来たのは三年生になってからで、それまでは両親ともに海外出張でいなかったらしく、適度に勉強をサボっていたらしい。ソラが三年生に進級したのと同時にお母さんだけが戻ってきたらしく、その時の成績表を見て、すぐにうちの塾に電話を掛けてきたそうだ。今は、ソラの努力の甲斐あって、平均よりも上の成績を維持している。

彰ちゃんはその時のソラのことも知っているらしく、意地の悪い顔でソラを笑っていた。

その時になって、ソラにはラッキーなことに、私が歩いてきた方向から「行くぞー」という声がした。後ろを振り向けば、メジャーなスポーツメーカーの黒いジャージを着た男の人が立っている。私と目が合うと、不思議そうな顔をしながらも軽く頭を下げてくれた。私もそれに返す。



「あ、木島せんせー。私の塾の先生だよ」



ソラが男の人を呼び、私のことを指差して紹介する。



「ああ、どうも。想良から少し聞いてます。ハイテンションだけど、教え方が上手いって。あと、宿題が多くて鬼だって」



短い髪がつんつんとたっている男の人は、どうやらソラたちの部活の顧問らしい。顧問が言ったことに、ソラが焦って「そんなこと言ってない!」と首を横に振る。



「へえ。まあ、私もちゃんとやってきてくれたらそんなに多く出す必要ないんだけどね」

「多くなかったらちゃんとやるよ!」

「もともとしないのに、してる子と同じ量出しても意味ないでしょうよ」



正論に、またしてもソラが唸る。彰ちゃんと顧問がおかしそうに笑い声をあげた。



「大変ですねえ」

「まあ、受験も近いですし」



顧問の言葉に苦笑いしながら返す。



「想良たちの顧問の木島尚人といいます。想良がいつもお世話になってます」

「いえ、こちらこそ。宮瀬春希です」

「宮瀬、さんですか?」

「はあ、そうですけど」



名前を言った途端、木島という顧問も、さっきの彰ちゃんのような反応をする。少し驚いたように、じっとこっちを見る反応だ。意味が分からず、曖昧な返事をしてしまった。ソラと彰ちゃんも不思議そうな顔をしている。



「もしかしたら、一時期、そちらに灰谷衣咲がいなかったでしょうか」

「灰谷……。ああ、はい。いました。私の担当でしたし。そっか。灰谷も楠のバスケ部でしたね」



去年までいた高校生の女の子を思い出し、顧問の反応に納得する。彼氏とのことで何だかんだ言っていた彼女は、大学からアメリカへと留学し、塾ではそのための英語の勉強をしていた。ちょうどソラとは入れ換わりだったから、今まで気付かなかったのも無理ない。

ソラと彰ちゃんも覚えているらしく、ああ、と納得している。



「やっぱりかあ。衣咲からも、あなたのこと聞いてたんですよ。ハイテンションかと思ったら、たまあにぼーっと窓の方見てるって」

「ああ、してるしてる」



二人からあまりよくないことを指摘され、口元が引きつった。そういえば、彼女を担当していた時は、永井さんとのことで色々悩んでいた時だったような気がする。

ソラの横に立っていた彰ちゃんが、どこか羨ましげにソラを見ていた。



「さて、そろそろ前の試合終わるから、下降りるぞ」

「はーい」



ひとしきり笑ったところで、顧問が階下のコートをちらっと見下ろし、ソラたちに準備を告げる。それからすぐ近くの観客席に座っていた他の部員にも声を掛け、部員たちが歩いていく姿を見ていた。



「先生、ちゃんと見ててよ」

「はいはい。二人ともがんばれ」



部員たちの一番後ろについていく前に、ソラが振り返って念を押してくる。歩いていくソラと彰ちゃんに激励を送り、その後を追う顧問に頭を下げてから、そこの観客席に座ることにした。

ソラたちが下に降りてから数分し、いよいよソラたちの試合が始まるといった頃。一番後ろの観客席に座っていた私の後ろで、誰かが走ってきて「間に合った」と呟いた。振り返れば、黒のコートを羽織った男の人が息を乱して立っている。男の人は片方の肩に引っ掛かっただけのマフラーを取りながら、階段を挟んだ私の隣の席に腰を下ろした。走ってきたからか、横の髪が後ろに流れている。

誰かの応援だろうと思って、気にせずに視線を階下に戻した。ソラは一クォーター目から出るらしく、コートの中央に他のメンバーと向かっていっている。彰ちゃんは、一クォーター目には出ないらしい。その彰ちゃんらしき人物が、さっきからせわしなくこっちを見ている。そして、一点に目が止まり、ぱたぱたと手を振りだした。方向は私の方だが、これは私に向けているんだろうか。と思った時、視界の端で何かがぱたぱたと動いた。それを追うようにして首を横に向ければ、さっき走ってきた男の人が彰ちゃんに手を振り返している。

審判の開始を知らせる声が聞こえて目を戻すと、彰ちゃんの視線はコートに行っていた。ジャンプボールで試合が始まってからもう一度男の人を見ると、それに気付いた男の人とばっちり目が合う。お互い気まずくなって、苦笑いで「どうも」とだけ言い合って、二人とも視線を試合へと戻した。


試合が始まって、ぼやける視界の中でボールと走り回る選手を見ていても、頭の中に思い浮かんでくるのは別のことだった。

一週間も経ってるのに、私はまだ答えを出せないでいる。そもそも、答えを出す云々より先に、その答えの出し方が分からない。どうして今まで通りじゃだめだったんだろう。どうして今まで古賀さんの気持ちに気付かなかったんだろう。どうして、すんなりとどちらかの手を取れないんだろう。

永井さんは、離婚が成立した。古賀さんは、美香ちゃんと別れた。そうして、私は選ばなきゃいけない。

気持ちも私自身も宙ぶらりんになっていて、何をどうしたらいいのかが分からない。一週間以上考えているのに、私が考えることは、もしどちらかを選んだら、選ばなかった方とはどうなるんだろうということで、結局どっちが必要なのかを考えていない。だから、永井さんは『考えて』と言ったんだろうか。






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