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これは恋なんだけど  作者: 空谷陸夢
Story 28. あふれた気持ち
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「話聞いてくれるか分かんないんだよな」

「え、まじかよ」



犬居が思いっきり気まずそうな顔をする。



「ああ、違う。お前のことでじゃない」



何を勘違いしたのか、宮瀬にそこまで嫌われたと思ったらしい犬居に笑って、手を振って否定する。じゃあ何だと犬居が視線を投げ掛けてきて、肩をすくめてしまう。



「お前がいなくなったあと、宮瀬が泣きそうになったから、思わず、こう……」



自分からやったくせに『抱きしめた』と人に直接言うのは憚られて、腕を回すしぐさをして伝えようとする。それを見て、犬居がぎょっと目を見開いた。



「え、キスでもしたのか」

「違う。抱きしめただけだ」



犬居の言葉を速攻で否定して、意図せず答えを言ってしまった。言ってすぐ、まずいと顔が歪む。反対に、犬居は面白そうに口角を上げ出した。



「まじか」

「うるさい」

「好きとか言っちゃったのか?」

「そんなわけないだろ」

「でも、宮瀬ちゃん、口聞いてくれないわけだ」

「口は聞いてくれる」



「え?」と犬居が首を傾げる。それに溜め息をついて、また水に口をつけた。



「あれからだって、普通にしてるよ。俺たちは。普通に話すし、普通に笑ってる。でも、あの話題だけは避けてる」

「あ、そう」

「それに、今はあんまり宮瀬を混乱させたくない。永井さんが話進めるために、あんまり会ってないみたいだから」

「ふーん」



自分で永井さんという言葉を出して、以前の電話を思い出した。



『本当は、あんまり古賀くんに頼みたくないんだけどね』



永井さんは、俺が宮瀬を見ていることに気がついてたんだろうか。俺の行動を、予想してたんだろうか。



「まあ、とりあえず、頑張れ」



何かを思い出していたのを察したのか、向かいからそれだけ言われた。視線を犬居に戻せば、犬居はふいっと俺から視線を外し、食べかけのラーメンに目を向けている。



「おう」



小さく笑みを漏らして、簡単な返事だけをして、俺も食べかけのオムライスに手を戻した。





***



その日のバイトも、やっぱりいつも通りだった。

いつも通り授業をやって、いつも通りドンキーの小言を聞いて、いつも通り宮瀬とも定位置に着いていて。今だって、いつも通りの会話をしている。



「そういや、犬居が悪かったってさ」



会話が一区切りついたあたりで、学校での犬居の言葉を伝えてやる。宮瀬は『犬居』という名前に一瞬だけ身体をびくつかせて、それに続く言葉を聞いてから「へ?」と間の抜けた声を返してきた。



「だから、犬居がごめんって。ちょっと、あいつの方もいろいろあったらしくてさ。要は、八つ当たりみたいな感じだったんだ」

「八つ当たり……」

「まあ、八つ当たりっていっても、あいつが悪いことには変わりないから、別に許してやんなくてもいいぞ」

「それはちょっと……」



宮瀬が、気まずそうな声を出す。それに笑って宮瀬の方を見れば、困ったように首を傾げていた。



「少しずつでいいから、許してやって」

「ん」



頷いた宮瀬に笑みを返し、ふうっと溜め息をつく。視線を上に向けると、少しだけ雲に掛かった月が見えた。横からは、宮瀬の「寒いねー」なんて呑気な言葉が聞こえる。

前にも、こんな月を見上げたことがある。あの時は、確かまだ宮瀬の新しくできた『お友達』が永井さんだってことなんか知らなくて、その知りもしない『お友達』にも、すぐに俺に愚痴を言ってくれなかった宮瀬にも変にモヤモヤしてたりして。モヤモヤとしたものがあることは分かってるくせに、それを知ることも晴らすこともしようとはしていなくて。あれから、一年経っている。思い出せば、少し笑みが漏れてきた。



「宮瀬、」

「ん?」



空を見上げたまま、宮瀬を呼んだ。宮瀬は返事をして、こっちを向いたんだろう。それでも俺は、上を向いたままでいる。



「昨日、美香ちゃんと別れた」

「……へ?」



犬居や松木と同じような反応をする宮瀬に、少しだけ笑ってしまう。



「な、なんで?」



困惑する宮瀬の言葉を聞きながら、俺はまだ上を向いたままだった。



「俺が、美香ちゃんのこと、好きじゃなかったから。俺が、他の人のこと見てるって、やっと気付いたから」



自分で聞いたくせに、宮瀬からは何のリアクションも返ってこなかった。上を見上げることを止めて、その視線を斜め横にいた宮瀬に向ける。原付に座ったままの宮瀬がそこにいた。暗くてよくは見えないけど、きっと、宮瀬の目は動揺して揺れている。そういうことが分かってしまうほど、俺は宮瀬を見続けてきたんだ。時間が掛かるにも程があると、自分に自嘲する。

座っていたコンクリートブロックから立ち上がるのを、宮瀬が呆然とした目で眺めている。原付に座る宮瀬の目の前まで来て、やっと宮瀬の目が見えた。やっぱり、揺れている。



「宮瀬なんだよ。俺がずっと見てたのは」



言葉と同時に、腕を宮瀬の背中に回した。抱きしめた宮瀬の肩は、あの時感じた時と一緒で、やっぱり小さく感じられた。宮瀬もあの時と同じで、ぴくりとも動かない。



「こ、がさん……」



絞り出したような声に、思わず笑みが漏れる。



「ここで返事くれなんて言わないから。俺がそう思ってるってことだけ知っといて」



そんなこと言いながら、宮瀬がこのことで悩んで、混乱することは目に見えて分かっていた。それを分かっているから、俺は今まで宮瀬を見てきたんだ。永井さんとは違うところに立っていたとしても、宮瀬がこっちを見てくれるように、ずっと近くで宮瀬のことを支えてきた。

それが、今は、それだけじゃ足りない。気付いてしまえば、『支え』なんていう立場だけじゃ物足りなくなってしまう。我儘を押し付けているのは分かっている。それでも、言ってしまいたかった。心の奥の奥でがんがんと叩きつけるような痛みから、解放されたかった。



「どんなことになっても、俺とお前は変わらないから」



その言葉とともに、抱きしめる腕を放して、宮瀬を見下ろした。宮瀬の瞳は、未だ揺れている。



「事故んなよ」



ぽんぽんと、軽く頭を叩いてから、宮瀬から離れる。すぐそばに止めてあった自転車に鍵を突っ込み、コンクリートブロックに置きっぱなしになっていた鞄をかごに放り込んだ。自転車を道路に出してからも宮瀬は原付に座ったままでいて、小さく溜め息をつく。



「帰るぞ」

「……あ。うん」



普段通りの俺に、少しだけ戸惑った様子を見せつつ、宮瀬も帰る準備を始める。



「事故んなよ」



のろのろと準備を終えた宮瀬に、さっきと同じ言葉を掛けてやる。宮瀬はじっと俺のことを見ていたかと思うと、すぐに小さく溜め息をついて、「うん」とだけ返してきた。



「じゃあな」

「……またね」



いつもと同じではない表情の宮瀬が、いつもと同じように手を振ってきて、俺はそれに手を上げるだけで返す。先に自転車を漕ぎ出したすぐ後で、宮瀬の原付がすごい勢いで抜かしていった。それに笑みを漏らしつつ、もう一度視線を上に向ける。月にはまだ、雲が掛かっていた。それでも、もう、前に感じたようなモヤモヤとしたものはない。扉を叩くような痛みもない。

視線を前に戻して、家への道を急いだ。




家に帰って、部屋に落ち着いてからした最初のことは、電話を掛けることだった。

携帯のアドレス帳から目的の人を探して、ごろんとベッドに横になり、発信ボタンを押す。その人は、数コールの後で、電話に出た。



「永井さん? 俺です。古賀です」







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