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これは恋なんだけど  作者: 空谷陸夢
Story 3. 自暴自棄な認知
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***



「もう2時かあ。そろそろ帰るか」

「うん」



ピザを食ったあともいつもと同じようにぐだぐだと過ごし、気付けば日付も変わって俗に言う丑三つ時とやらになってしまっていた。いつからか、丑三つ時も怖くなくなってしまったけど。

宮瀬の『お友達』は12時頃に『お休み』というメールが来て、さらには『あんまり夜更かししちゃだめだよ』という文まで付いていた。

俺と宮瀬は立ち上がり、着てきたコートやマフラーを着る。谷原は座って大きく伸びをする。今日半日ほとんど壁とテーブルの間の狭い位置にいたからな、谷原のやつ。



「じゃあね、洋くん。お休みー」

「はい、お休み」



宮瀬が谷原に手を振って部屋を出ていき、俺も軽く谷原に手を上げてからその後に続く。





「明日も教習?」



エレベーターで一階に降りながら、宮瀬が聞いてくる。



「おう。午後からな」

「そうなんだ」



チン、と音が鳴って、エレベーターが一階に到着する。二人してエレベーターを降り、マンションのエントランスを通って、目の前の駐輪場に向かう。外に出た瞬間、冷たい空気に思わず身体が震えた。



「さむっ」



二人の声を代弁した宮瀬がぶるっと肩を震わせる。二人して「寒い寒い」と言いながら、各々の自転車と原付に向かった。俺は自転車で、宮瀬は今年の夏から原付を使っている。『お母さんにねだって買ってもらった』と、夏休みに嬉しそうにしていた。

宮瀬の原付は俺の自転車から二つの自転車を挟んだところに止めてある。

俺は、今日のことや金曜日のことで、あんまり宮瀬とは二人っきりになりたくなくて、さっさと自転車に乗ろうとする。俺が自転車の鍵を差しこんだところで、横から「古賀さん」という宮瀬の声が聞こえた。



「ん?」



とりあえず鍵は指しこんでおいてから、宮瀬の方を向く。宮瀬は原付に座って、俺の方を見ていた。



「やっぱりさ、私って彼氏のこと待ってないとだめなのかな」



困ったように言う宮瀬に、俺の方はもっと困ってしまった。そんなこと聞かれても、俺は何とも言えない。本心を言えば、別れてしまえと言いたいところだが、今宮瀬が聞きたいことはそんなことじゃない気がした。



「なんかあったか?」



宮瀬がこんなことを本気で聞くときは、たぶん誰かに何かを言われたときだろう。

俺が聞くと、宮瀬は少し迷った様子を見せ、ぱっと俺の方を向いた。



「金曜日に、留学スペース行く前に、知り合いと会って、たまに古賀さんたちと遊んでること言ったら、彼氏が可愛そうって言われた」



宮瀬の目は、ほとんど泣きそうになっていた。

宮瀬は、そんな風に言われるのも嫌だから、彼氏や留学の話題を振られるのが嫌なのだ。どうしたって、周りから見れば、宮瀬だけが悪いように見えてしまう。本当は、宮瀬も留学に行くはずだったことや、それだけの学力を宮瀬は十分に備えてることは、あまり仲が良くない人は知らない。そして、宮瀬自身も、そのことを言うのを嫌がっている。いちいち初めから説明するのも面倒だし、言ったところで自分がみじめになるだけだと、前に言っていた。



「お前の好きにしたらいいよ。留学に行くって決めたのは、彼氏の方なんだから、あっちに何かを決める権利はない。待ってるのも待ってないのも、こっちでどんな風に過ごすかも、お前が決めたらいい。周りが何か言っても、それを決めるのはお前の自由だよ」



だから、こう言ってやる。何度もこの言葉を言っていて、俺自身が覚えてるくらいだから、宮瀬もきっと覚えてるだろう。宮瀬が欲しいのは、こういう言葉じゃなくて、これを言ってくれる人なんだと思う。絶対的に、自分の味方になってくれる人。もちろん、俺は味方にみせるためにこれを言ってるわけではなく、本当にそう思ってるから言っている。

俺は、いつだって宮瀬の味方になるだろうし、なりたいと思っている。だから、宮瀬が頼ってくれなくて、何かがモヤモヤしたんだ。

宮瀬は、俺の言葉を聞いて、少し泣きそうな、それでも笑顔になった。



「うん、そうする」



宮瀬が笑ったことに安心して、俺も頬が緩む。



「金曜に言われたんなら、金曜にメールしろよ」



それでも、すぐに報告がなかったことには若干ショックだ。

俺の小言のようなセリフを聞いて、宮瀬はまた困ったように笑った。



「だって、金曜って古賀さんバイトでしょ」

「メールならいつでも返せるだろ」

「ま、そうだけど」



そこで、宮瀬は一旦言葉を区切って、俺から視線を外した。

え、なんだよ。

宮瀬が視線を外したのは少しの間で、すぐに俺の方を見たけど、今度は困ったように上目で見てきた。



「あんまり、愚痴ばっかり言うのもあれかな、と思って」



だから、やめておいた、と言って笑う宮瀬。

それを聞いて一気に力が抜ける俺。なんだよ、ただの遠慮かよ。



「別にいいよ。愚痴くらいならいつでも聞くし。今更変な気使うな。ったく、こっちが変な気使った」

「は?」

「あ?」



最後の言葉は無意識のうちに出てしまって、宮瀬の方は意味が分からないという顔をする。対して俺は、一瞬は宮瀬の顔の意味が分からなかったが、すぐに自分のせいだと気付いて首を横に振る。



「何でもない。とりあえず、へこむくらいだったら連絡しろ。話くらいは聞くから」

「話くらいって。その話が聞いてほしいから、いつも古賀さんに言うんだよ」



おかしそうに笑って言う宮瀬。

だから、それなら『お友達』に頼るなって。

そう思いながらも『いつも』の部分が妙に嬉しくて、顔がにやけないように唇をぎゅっと結ぶ。



「ありがと」



そう言って、宮瀬は原付を降りる。

宮瀬がヘルメットや手袋をするのを待って、俺も自転車の鍵を開けてまたがる。



「じゃあね。また月曜日」

「おう、じゃあな」



二人して手を振って、お互い反対方向に原付と自転車を進める。

自転車を漕ぎながら目を前に向けると、微妙に雲が掛かったきれいな月が目に入った。俺の気持ちとおんなじだ。今の言葉を聞いて、少しモヤモヤは晴れた。けど、いつまでも残るモヤモヤと新しく入ってきた『お友達』のモヤモヤはまだ俺の中にある。


それでも、今日のことで、また宮瀬に近づけた気がして、それはそれで良かったとも思えたから、良しとしよう。

いつだって宮瀬の味方になるけど、このモヤモヤが晴れないことも、晴らす気がないことも、自分が一番よく分かっている。






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