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大学三回生の後期がスタートして、一カ月ほど経った。10月最後の週である土曜日の今日、うちの大学は、学園祭で盛り上がっていた。
「わー。人が多いね」
「うん。うちの大学、こっちじゃ一番でかいからね」
美香ちゃんの言葉に頷きながら、二人並んで出店が並ぶキャンパスを歩く。
去年や一昨年なんか、俺は友達に言われて顔を出す程度だったのに、今年は美香ちゃんに「行ってみたい」と言われたのもあって、ちゃんと参加している。美香ちゃんは俺のバイト仲間でもあり、美香ちゃんの親友でもある藤田さん経由で、今日の学園祭のことを知ったらしい。
「本キャンパスは、もっと多いよ」
「えー。そうなの?」
「うん」
俺が通う学部のキャンパスは分家のような存在で、メインのキャンパスは隣の県、つまり美香ちゃんの通う大学と同じ県にある。メインと分家キャンパスの学園祭日は当然ずらしてあって、メインの方は来週辺りにやるようだった。
「あ、ここじゃない? えっと、松木くんが言ってたステージって」
「あ、そうだ。けっこう人集まってんな」
美香ちゃんが、キャンパスの一角の広場に作られたステージを指差す。ステージにはまだ誰も上がっておらず、周りに大勢の人がわらわらと集まっていた。
美香ちゃんを連れて学校に来た時、それを待ち伏せしていたらしい松木とそれに無理やり引っ張られた犬居に会って、昼過ぎにやるステージに来いと言われていた。そのステージは、どうやら松木の所属するサークルが行うものらしい。
「お、古賀じゃん。ちゃんと来たんだ」
ステージ前方の左側に立って美香ちゃんと話していると、その横から犬居がひょっこりと顔を出した。
「ああ。だって、来なかったら、あいつ後でうるさいだろ」
「確かに。あ、美香ちゃん。もう少ししたらさ、藤田さん、だっけ? 来るよ」
「あ、ほんとに?」
犬居がおかしそうに笑って言った後、美香ちゃんの方を向いて、藤田さんのことを告げた。藤田さんのことを聞いた美香ちゃんは、嬉しそうな顔をして、後ろの方を確認する。美香ちゃんが後ろを向いてすぐ、「あ」と声を上げ、「彩香ちゃん」と続けて手を振りだした。その様子に、俺と犬居も後ろを向く。美香ちゃんと同じように手を振りながらこっちに来る藤田さんの姿が見えた。
「あれ?」
藤田さんの後ろに、もう一つ見知った人間が見えて、思わず声をあげる。
「宮瀬? お前、何してんの?」
藤田さんが美香ちゃんのところまで来て、二人が再会を喜んでいる後ろから、宮瀬ともう一人の女の子が来た。宮瀬は俺と違って驚いてる様子もなく、いつものようにへらっと笑っている。
「ほら、前に松木さんが来てねって言ってたじゃん。暇だったし、来てみた」
「いや、ヒマなら一人で来てよ」
「そんなこと言うなよー」
宮瀬の言葉に、後ろにいた女の子が突っ込みを入れて、宮瀬は笑いながらその子の腕を叩いていた。どうやら、友達らしい。たぶん、宮瀬の口からよく出てた友達だろう。
そういえば、先週くらいに松木とかと偶然会ったことがあって、その時に言っていたなと思いだした。けど、今日は土曜日で、いつもなら宮瀬は永井さんのところにいるはずだ。それを知っているから、今日なぜ宮瀬がここにいるのか分からない。そんな疑問が顔に出ていたのか、宮瀬が俺の方を見て、合図のように少しだけ首を傾げた。その顔は、何の問題もないと言っているようで、永井さんのことだから「行ってきたら」とでも言ったのかもしれない。
「博己くん?」
藤田さんとの再会を喜んでいた美香ちゃんが、俺の服を引っ張った。それに隣を向けば、美香ちゃんが『誰?』という顔をする。
「ああ、ごめん。同じバイトの人」
「あ、そうなんだ。初めまして。横山美香です」
「あ、初めまして。宮瀬です」
横で可愛らしくぺこっとおじきをする美香ちゃんに対して、宮瀬の方はこんな時でも人見知りを発揮して、いつものように初対面用の愛想の良い笑顔を浮かべ、首を前に突き出すようにして頭を下げた。すかさず、隣の友達から「ちょっと」と突っ込みが入る。宮瀬は宮瀬で、それに「しょうがないじゃん」と言い返していた。
「ごめん。人見知りなんだ、こいつ」
「ううん。大丈夫だよ」
「ほら、大丈夫だって」
「うるさいよ、お前は」
美香ちゃんが笑って首を振ったのをいいことに、宮瀬がそら見ろという顔をする。その言葉に、俺と宮瀬の友達が、ほとんど同時に突っ込んだ。二人の人間から非難され、宮瀬は拗ねたようにむっとなる。美香ちゃんと藤田さんが、そんな宮瀬を見ておかしそうに笑った。
「お、始まるみたいだぞ」
美香ちゃんの隣に立っていた犬居がステージの方を向いて言い、そこにいた全員がステージの方を振り返った。ステージ横のスピーカーからばかでかい音楽が流れ出して、司会をやるらしい松木と一人の女の子が姿を現す。
松木が所属しているサークルはダンスのサークルで、他校とも合同で行うことが多いサークルだ。今回のステージは、特にどこのサークルのものという決まりはないらしく、複数のサークルがランダムでダンスやらを発表していくものらしい。
そのことを告げた松木と女の子がステージ横に消えると、一組目のグループが入れ換わるようにしてステージに上がった。流行りの音楽が流れて、それに合わせてグループの人たちが身体を動かす。そのグループはもともとの音楽と踊りを完璧にコピーしていて、ステージに集まっていた人たちも、その完成度に声を上げた。
「すごいね」
「うん。うまいね」
最中に隣の美香ちゃんと言葉を交わし、踊りが終わると周りと一緒になって拍手を送った。
松木が出てきたのは、それから二組のグループが終わった後だった。松木を含めた五人の人間がステージ中央でポーズを取ると、スピーカーから音楽が流れ出す。そのイントロが流れ出した瞬間、後ろから「うわ」と宮瀬の嬉しそうな声が聞こえた。その声に後ろを振り向くと、宮瀬が嬉しそうにして隣の友達の腕を叩いている。友達はうっとうしそうに「はいはい」と宮瀬をあやしていた。
初めはなんで宮瀬がそこまで嬉しそうにしてるのか分からなかったが、歌詞が流れ出して、その意味を理解した。その曲は、前に宮瀬がハマっていると聞かせてくれた、韓国のアイドルグループのものだった。今流れている曲は日本語によるもので、そういえば日本デビューが間近だと前に言っていた気がする。周りを見れば、何人かの女の子も宮瀬と同じように嬉しそうにしていた。
「博己くん、この曲知ってるの?」
意外にもセンターで踊る松木を見ながら納得していると、横から美香ちゃんが聞いてきた。一旦ステージから目を離して、隣を向いて「うん」と頷く。
「前に宮瀬から聞いたことあるんだ。ほら、喜んでるでしょ、あいつ」
後ろではしゃぐ宮瀬を指して言えば、美香ちゃんもそちらに視線を移した。
「ほんとだ」
「日本デビューする前から知ってたらしくてさ。変なやつでしょ?」
音楽に合わせて身体を動かしている宮瀬を見ながら言って、美香ちゃんにも笑いかけた。美香ちゃんも宮瀬を見て、小さく笑う。
松木たちのステージが終わると、宮瀬がさっきとは比べ物にならないほど、大きな音で拍手をしていた。
「意外にうまいんだな。松木って」
松木たちの次のグループが踊っているのを横目に、美香ちゃんの隣に立つ犬居に声をかけた。犬居もステージから目を離して、おかしそうに笑っている。
「そうなんだよ。ダンス見た女の子から声かけられるらしいんだけど、素のあいつ見て引いちゃうんだって」
犬居の言葉に、俺も笑ってしまう。
確かに、あんな風にかっこよく踊っていた松木からは、普段の子供じみた松木は想像できないかもしれない。
それから何組かのグループが踊って、またしても初めに出てきた女の子がステージに上がった。今度は、そこに松木はいない。
「では、次のグループで第一部は終了になります。第一部のラストは、みなさんも盛り上がっていってくださいねー!」
そう言ってステージ横を指す。それと同時に、今大流行りの女の子グループの音楽が鳴りだして、「きゃあー」という野太い声と共に、その女の子グループの衣装であるミニスカートの制服を身にまとった大人数の男たちが姿を現した。途端に、ステージ周辺の人間からも大歓声や笑い声が上がる。俺も、その中に混じって大笑いしてしまった一人だ。横の美香ちゃんもぽかんとした顔から、すぐにおかしそうな笑みを漏らしていて、その横の犬居も腹を抱えて笑っている。後ろにいる宮瀬たちも笑っていた。
制服を身につけた男たちはやたら完璧に、女の子グループの曲を踊っている。そのセンターにいるのは、あの松木だった。
「ありがとうございましたー!」
最後に男たちが一列に並んでお辞儀をする。周りからは、大きな笑い声と拍手が送られていた。