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side K
「わーい。バーベキューだー」
「おい、肉ばっか取んな!」
「早い物勝ちっしょ」
へらへら笑いながら、宮瀬は紙皿と割り箸を持って、俺のところに歩いてくる。
「玉ねぎ嫌いだからあげる」
「小学生か、お前は」
バーベキューコンロの近くの石に適当に座っていた俺の目の前まで来て、宮瀬は自分の皿から焦げ目のついた玉ねぎを俺の皿に入れようとする。それを割り箸で制しようとするも、結局は宮瀬に押し切られる形で玉ねぎがポンっと放り込まれた。呆れて見返すと、宮瀬はさっきのようにへらへらと笑って俺の隣に座る。
「まだ暑いねー」
「だな」
割り箸で肉を食べながら空を見上げて言った宮瀬に同意するよう頷く。
もう9月に入ったというのに、日差しは容赦なく照りつけていて、まだまだ厳しい残暑が続いていた。水辺の近くに場所取りしたのはベストだな。
今日は、バイトの仲間と慰労会も兼ねてバーベキューに来ていた。7月後半から続いていた塾の夏期講習もやっと終わり、大学ももうすぐ新学期が始まるということで、夏休み最後くらいは遊ぼうとみんながみんなはしゃいでいた。何人かは持参したビールやら酎ハイを飲んでいるし、ふざけて川に入って遊んでるやつもいる。宮瀬も宮瀬で、さっきまでは川で他の女の先生と遊んでいたが、食べ物が焼けた途端それらに気を取られてこっちにやってきた。
宮瀬との距離が近付いた去年の夏から、一年が過ぎていた。俺や宮瀬なんかは三回生になって、宮瀬の元彼氏が留学から帰ってきて、俺と宮瀬は相も変わらずな距離を維持している。宮瀬と元彼氏が別れたことは、何となくな流れで宮瀬の学校の奴らも察知しているらしく、宮瀬が学校で元彼氏とすれ違って無視しても、最近は何にも言われないそうだ。まあ、宮瀬の学校の奴らは彼氏が浮気したっていうのだけ知ってるから、何にも言えないんだろうけど。
宮瀬と永井さんの二人は問題なく関係を続けていて、俺と美香ちゃんも問題なく続いていた。永井さんの方の問題は未だに解決していないようだけど、宮瀬がそれで悩んでる様子もない。聞けば、永井さんがもともと住んでいたマンションの方は既に解約しているようで、本当に書類上でしか永井さんと奥さんは婚姻関係にないという。それを宮瀬の口から普通に話せるということは、宮瀬がそれだけ永井さんとの関係に落ち着いているからだ。以前のように、どうすればいいか分からないという状態で混乱している様子はなかった。それは、いいことだ。
「あー。もうすぐで学校始まるー。やだー」
もぐもぐと肉を食べながら、宮瀬が唸るようにして言った。
「もうすぐっていっても、あと二週間はあるだろ」
「二週間とか、絶対すぐ過ぎるって。あー、就活したくなーい」
顔をしかめる宮瀬に笑いながら、横に置いてあったお茶を飲む。
宮瀬や谷原のような三回生は、後期に入ると、本格的とはいえないにしろ、就職活動に入ってしまう。本当に忙しくなるのは、年が明けてかららしい。院に進むことが決定している俺には無縁の話だ。
「お前は、院に行かないのか?」
宮瀬の箸を持つ手が止まる。だけどそれも一瞬のことで、すぐに宮瀬はへらっとした笑みを浮かべた。
「行かないよ。お金ないもん」
「ふーん」
相槌を打って、またお茶を飲んだ。宮瀬の返事で、これ以上その話をする気はせず、適当な話をしながら二人とも箸を進める。
本当のことを言えば、宮瀬も院に進みたいんだろう。三回生から始まったゼミで、所属しているゼミの先生に院に行くことを勧められたと言っていた。俺は、宮瀬がどれだけ勉強ができるのかなんて知らない。宮瀬の勉強している専攻科目のことも、何にも知らない。それでも、宮瀬が真面目だということは知っている。ゼミの先生がそう言うなら、宮瀬には本当にそれだけの能力があるんだろう。
だけど、宮瀬は行かないと言う。お金が理由で留学に行けなかったくらいだ。それが理由で院を諦めようとする宮瀬の考えも頷ける。それにどうしようもできない気持ちを抱いている宮瀬のことも、容易に想像できた。
「美香ちゃんも就活じゃないの?」
気分を変えるようにして、宮瀬が明るい口調で聞いていた。それに「ああ」とだけ返して、宮瀬に持っていたお茶の紙コップを渡した。宮瀬はそれを見て、「ありがと」と受け取る。
「そうだな」
「なに。素っ気なくない?」
「べつに。そんなことないけど」
短く答える俺に宮瀬が呆れたように笑った。
「ケンカでもした?」
「してねーよ」
怪訝な顔をする宮瀬に肩をすくめて返す。今の言葉は嘘じゃない。実際、美香ちゃんとの仲はうまくいってる。暇が合えば遊んでるし、今は美香ちゃんの家に行くことを戸惑うこともない。宮瀬との距離が変わらない代わりに、美香ちゃんとの距離はだいぶ縮まっていた。
「ま、何かあったら言ってよ」
「おう」
返されたコップを受け取り、残っていた中身を飲みほした。
***
「こがー、運転代わってよー」
「無理。俺動けないし」
「もー、何でみんなして寝るかな」
「どんまい」
帰りの道中、運転席でハンドルを握る谷原がぼやいた。今日バーベキューをした川原へはレンタカーを二台借りて行っていて、一台は谷原が、もう一台は中山が運転している。谷原の運転する車には俺の他に宮瀬と、もう一人男の友達が乗っていて、俺と宮瀬の二人が後部座席に座っていた。もう一人は助手席にいて、完璧に寝ている。そして、俺の隣に座っている宮瀬も、完全に寝ていた。俺の肩に頭を乗っけて。おかげで俺は動けない。動いてもいいんだが、心地良さそうに眠る宮瀬を見ていると、それをする気にはなれなかった。
『明日だっけ? 永井さん帰ってくんの』
『うん』
今日の帰り際に交わした宮瀬との会話を思い出す。永井さんは、夏休みの間短期研究員としてヨーロッパのどっかに行っているらしい。一カ月ほどこっちを離れていて、宮瀬が明日空港まで迎えに行くと言っていた。そのことを言っていた宮瀬は、嬉しそうに笑みを浮かべていた。一カ月、宮瀬は永井さんとほとんど連絡を取ってない。それは、永井さんなりの配慮だった。元彼氏が留学に行っていた時期のことを知っている永井さんは、あえて自分から宮瀬に連絡をするようなことはしていなかったようだ。その分、宮瀬は明日永井さんに会えることを楽しみにしている。
明日は、俺も美香ちゃんとのデートだ。明日はどうするのかと考えていると、宮瀬の身体がずるずると下がってきた。受け止める間もなく、宮瀬の頭が俺の脚の上に乗る。軽い衝撃を受けたはずなのに、宮瀬は気付くことなく眠っている。顔にかかっている髪をよけてやって、ちょうど宮瀬の顔の位置に当たる西日を遮るようにして手をかざしてやった。
「ったく。小学生か、お前は」
呆れつつも小さく笑みを漏らし、顔を前に向けた。