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これは恋なんだけど  作者: 空谷陸夢
Story 22. 変わる、変わらない
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「ごちそうさまでした。美味しかったよ。ありがと」

「どういたしまして。よかったー。美味しくできてて」



両手をパンッと合わせて言った俺に、美香ちゃんがにっこりとした笑顔で返してくれる。美香ちゃんの方も最後に残ったご飯を口に入れ、それを飲みこむと、控えめに手を合わせた。すぐに食器を持って立ち上がった美香ちゃんに続くように、俺も腰を上げる。



「あ、いいよ。私が運ぶから」

「いいよ。ご飯作ってもらったんだから、これくらいしないと」



自分の分の食器を持って美香ちゃんをキッチンの方に促せば、美香ちゃんは照れたように笑って俺に背を向けた。先を歩く美香ちゃんの後に続き、ワンルームの部屋を横切って、食器をキッチンへと運ぶ。シンクの前に立つ美香ちゃんに食器を渡し、これから洗いものをすると言う美香ちゃんにもう一度お礼を言って、ドアの向こうのワンルームの部屋に戻った。

今日は、美香ちゃんとの久しぶりのデートだった。三月になって春休みも終盤に差し掛かり、受験生の方も一段落ついて落ち着いてきたころだった。追い込みが掛かっていた二月はデートよりもバイトに時間を割く方が多く、休みだというのにそれほどデートもしていなかった。悪いとは思いつつ、実際にゆっくりしたデートは今日が久しぶりで。その久しぶりのデートで、美香ちゃんからうちに来ないかと誘われていた。実は、メールでその誘いが来た時、少しだけ迷ったのも事実だ。行きたいか行きたくないかで言えば、答えは『行きたくない』に近かった。俺と美香ちゃんの気持ちには未だに差がある気がして、その気持ちのままこれ以上美香ちゃんと近付いていいのか、なんて考えたりして。だけど、行かな

いと答えれば美香ちゃんが傷付くということくらいは分かる。すごくいい加減だけど、それが今日美香ちゃんの家に来た理由だった。

キッチンでは美香ちゃんが洗いものを続けている。リビングの一番奥、カラーボックスの前に座って、開けっぱなしのドアから見えるキッチンに立つ美香ちゃんを見ながら、ほんとに女の子だなあと呑気なことを考えた。ワンルームのリビングは淡いピンクと白いもので統一されていて、すごく美香ちゃんらしい。完全に黒いものといえば、俺の左手にあるテレビくらいのもんだ。俺の後ろにあるカラーボックスの上には可愛らしい小物なんかが置いてあって、そういう小物は他のちょっとしたスペースにも飾られていた。そういうのを見てると、あいつのはどんなのだろうと、まだ入ったこともない宮瀬の部屋のことを考えてしまう。

そんな自分に気がついて、嫌だなと自己嫌悪に陥る。宮瀬と永井さんがうまくいっていることにも、美香ちゃんと一緒にいるのにそんなことを考える俺にも。何週間か前、宮瀬が彼氏と別れて、永井さんのことを教えて、それ以来二人はうまくいっているようだった。宮瀬からあの人に関する嫌なことなんか一つも聞きはしないし、それどころか、彼氏といた時よりもずっと楽しそうだ。これでよかったと思う。あいつが楽しそうにしてるなら、それで。そうやって思うはずなのに、俺はこうやって美香ちゃんと一緒にいる時に、宮瀬のことを考えてしまう。嫌な人間だ。



「博己くん?」

「ん?」



声に顔を上げると、すぐそばに美香ちゃんが立っていた。いつの間にか洗いものが終わったらしく、二つのマグカップをローテーブルに置き、俺とは直角になる右手側に腰を下ろそうとしている。



「どうかした?」



ベッドを背もたれ代わりに座った美香ちゃんが、自分の分のマグカップを両手で持って聞いてきた。



「いや、女の子っぽい部屋だなあと思って。コーヒー、ありがと」

「そうかなあ」



俺もカップを持って半分本当のことを言えば、美香ちゃんは『んー』と悩むように小首を傾げながら自分の部屋を見回した。ぐるっと部屋を見ている美香ちゃんを横目に笑いながら、入れてくれたコーヒーを飲む。部屋をぐるりと一周見てから、美香ちゃんは「そう?」とやっぱり首を傾げる。



「うん。妹の部屋なんかもっと散らかってるし、ごちゃごちゃしてる」

「それは実家暮らしだからだよー。私だって、実家の部屋はこんなに片付いてないよ?」

「そうかなあ」



美香ちゃんの言葉に、今度は俺が首を傾げた。美香ちゃんはそんな俺を見て、コーヒーを飲みながらクスクスと小さく笑う。



「それでも女の子の部屋って、基本的に片付いてるよね。うちの妹が大雑把なだけだな」

「そんなひどいこと言わなくても」

「いや、ほんとひどいだって。物が散乱してるもん」



美香ちゃんは口では俺の妹を弁護しているものの、その口元はおかしそうに笑っている。雑多に物が置かれている妹の部屋の状況を説明すれば、美香ちゃんは堪え切れないというように笑いだした。



「もー、そんなこと言って。でも、そういうこと言うってことは、他にも女の子の部屋入ったことあるってことなんだ?」



笑いながら、口元をマグカップで隠して、美香ちゃんが意地悪く尋ねてきた。その問いに一瞬きょとんとして、それから、どうしようかと考える。美香ちゃんの質問に正直に答えるなら、答えはイエスだ。高校の時に付き合っていた彼女とは、外で遊ぶ以外では彼女の家で会っていた。けど、それを言ってもいいものかどうかと少しの間迷って、美香ちゃんの方を見る。美香ちゃんは特にこのことで心配している様子もないので、単なる好奇心だろうと判断して、質問に素直に「うん」と頷いた。



「まあ、それなりに、ね」



それでもその言葉には冗談のような雰囲気も入れておいて、ただの笑い話で終わらせようとする。すると、美香ちゃんは『やっぱり』という顔になって、興味津々という顔つきを隠そうともせずにずいっと俺の方に顔を寄せてきた。



「ねえねえ、博己くんって今までで何人くらいの人と付き合ったことあるの?」

「なに、いきなり」



美香ちゃんの質問は本当にいきなりな質問で、顔を寄せてきた美香ちゃんに少し笑って返す。顔を寄せていた美香ちゃんはすぐに元の場所に戻って、少しだけ唇を突き出していた。



「だって、気になるんだもん。博己くんは気にならないの?」

「どうかなあ」



首をひねって答えると、美香ちゃんはさらにむくれた表情になる。本気で拗ねてるわけじゃないのは分かるけど、なんでそんなこと気になるんだろとは思う。そう思ってすぐ、そういえば美香ちゃんはバイト仲間の藤田さんと同じ女子高出身だったなと思い出した。藤田さんにも、今はもう別れているが、彼氏がいて、その人が初めての彼氏だと言っていた。たぶん、美香ちゃんも初めてとはいかないが、そういう付き合いがほとんどなかったんだろうと、藤田さんのことを思い出してそう考えた。だから、単なる好奇心だ。塾の中学生がそういうことできゃあきゃあとしているのと、同じ原理なのだろうと結論がいった。



「『くらい』って曖昧にするほど多くないよ」

「じゃあ、何人?」



俺が答えたことで美香ちゃんの顔からはむくれた様子がなくなって、代わりに純粋にその先を求めるような顔になった。その顔をちらりと見てから、目線を上にやって頭の中で人数を数える。



「二人、かな。高校の時に」

「高校で二人も?」

「『も』なの? 二人って」



大げさなくらいに驚く美香ちゃんに苦笑が漏れる。高校三年間で付き合った人数が二人というのは、世間一般はどうか知らないが、普通だと思っていた。周りだってそんなもんだったし、付き合ってなかった奴もいた。みんなそれぞれだろうと思う。



「えー。博己くんって、そんなに付き合ってる人いたんだ」

「普通だと思うよ。友達で今までで一回も付き合ったことない奴もいるし、高校の時だけで俺の人数超えてる奴もいるし」

「えー」



またしても驚いて目を丸くする美香ちゃん。それに笑って、コーヒーを一口だけ飲んだ。

友達である松木のような馬鹿正直な奴は今まで一度も彼女がいたことはないと言っていたし、反対に犬居の奴は飄々としていて、ちゃっかりいつの間にか付き合ってる人がいて、いつの間にか別れてるなんてことがある。松木のような奴はまだしも、犬居のことなんて言おうものなら、美香ちゃんは唖然として言葉を失ってしまうかもしれない。



「美香ちゃんは?」

「え?」

「付き合ってた人数」



逆に俺が美香ちゃんに質問すると、美香ちゃんは言いにくそうに目を逸らした。



「俺が言ったんだから、美香ちゃんも言ってよ」



自分だけずるいとでもいうように笑って言えば、美香ちゃんはまたしもむくれたような顔でこっちに目を戻した。



「……一人だけ、一回生の時に付き合ってた」

「別に恥ずかしがることじゃないじゃん」



ぼそっと、唇を突き出した顔で言う美香ちゃんに笑ってしまう。それでも美香ちゃんはその顔を崩さない。



「だって、友達に言ったら少ないって言われたんだもん」

「それは友達が言ったことでしょ。気にしなくても」

「気にするよー」



落ち込んだ様を見せる美香ちゃんにもう一度笑った。美香ちゃんは笑う俺を見て、今度はむっとした顔を見せる。



「いいよ。どうせ一人だもん」

「俺は別に気にしてないって」



拗ねた美香ちゃんがカップを手に取る横で、俺はおかしそうに笑っていた。






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