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これは恋なんだけど  作者: 空谷陸夢
Story 21. 彩られる明日
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「ちょっと待ってて」



喉に渇きを覚えて、彼女を一旦胸の上から下ろし、自分は床に散らかる衣類から下だけ探し当て、ベッドから抜け出た。途中で散らかるコートなんかを適当にデスクの椅子に引っ掛けて、リビングの方へと向かう。その床に力なく落とされている彼女のリュックを取って、リビングのソファに置いておく。キッチンの冷蔵庫から水のペットボトルを取り出して、口を開けながら寝室へと戻った。



「飲む?」



一口飲んでから彼女にペットボトルを見せると、彼女は頷いて身体を起こす。身体の前を布団で隠す彼女にペットボトルを渡し、自分はその彼女の隣に腰を下ろした。ゆっくりと水に口をつける彼女の背中は、当たり前だが、隠されることなく見えている。水を飲む彼女をちらっと見てから、気付かれないように彼女の背中に唇を押し付けた。唇が背中に触れた瞬間、彼女が身体を跳ねさせて後ろを振り返ろうとする。動かないように前から腕を回して彼女を抱きすくめ、もう一度肩に口付けを落とした。



「ん。冷たいよ」



動けないと分かった彼女が、言葉で不満を漏らす。さっき飲んだ水のせいで、唇が濡れているんだろう。それでも、俺は構わずに彼女の背中に唇を触れさせた。



「どうしたの?」



唇が触れるたびに身体を跳ねさせて、彼女が不思議そうに聞いてきた。どうしたと言われても、ただ触れたいと思っただけだから、特に言うべき言葉が見つからなくて少し考えてしまう。



「離したくないなと思って」



結局、正直な気持ちを口にすれば、彼女は「なにそれ」と笑った。いきなりそんなこと言われたらそう思っても仕方ないかと考えて、俺の方も笑みが漏れる。だけど、その言葉は本当だった。



「本当だよ。いつも会ってたけど、会う日が楽しみで仕方なかった。会ったら会ったで触れたくなったし、触れたら触れたで、もっと欲しくなる」



言い終わると同時に、音をたてて彼女の肩にキスを落とした。



「うん。私も、会うのが楽しみだったよ」



肩越しに振り向かれ、笑みを浮かべた彼女にそう言われた。それを見るだけで、彼女に触れたいと思ってしまう。

彼女が持っているペットボトルを取り上げて床に置き、こっちを向いた彼女に唇を重ねた。段々と口付けは深まり、もう一度ベッドに倒れ込みそうになる。抱いていた彼女を後ろに倒そうとして、彼女にぐいっと身体を押されてしまった。



「だめ」

「なんで?」

「もう無理だから」



変にむくれた顔でそう断言されてしまって、それ以上先には進めなくなる。小さく溜め息をついて彼女を見ると、諦めた俺に満足したようで、満足げに笑みを浮かべていた。



「じゃあ、夕飯でも作るよ。その間に必要なもの買っておいで」

「ん」



最後にもう一度だけ軽いキスを交わし、俺は床のペットボトルを拾い上げる。寝室を出る際にクローゼットから適当な服を取り出して、それを着ながらキッチンへと向かった。



出掛けた彼女は三十分ほどで戻ってきて、買ってきたものをリュックに仕舞うと、リビング側から対面になっているキッチンを覗きこんできた。



「何か手伝うことある?」

「んー。じゃあ、サラダの野菜切って」

「はーい」



返事と同時に彼女はキッチンの方に来て、冷蔵庫の中から野菜を取り出す。取り出した野菜を持ってコンロの前に立つ俺の隣に並び、まな板や包丁なんかを準備しだした。



「カレーだ」



鍋の中でぐつぐつとなっているものとその隣に置いてある市販のルーを見て、彼女が嬉しそうに声をあげる。



「うん。カレー、好きだったっけ?」

「んー。好きっていうか、たまに食べたくなるよね」



軽く首を傾げながら俺の言葉に答え、彼女はテンポよく野菜を切っていく。前に言っていた『それなりに料理はできる』という言葉は嘘ではないみたいだ。



「永井さんって料理できたんだねー」



切った野菜をざるにあけながら、彼女が笑いながら言った。そのざるをシンクの水切り場に乗せ、他の野菜を切っていく。



「学生の時は一人暮らしだったからね。毎日外食ばっかりじゃ、お金掛かって仕方なかったし」

「あ、外食してた時もあったんだ」

「そりゃあね。大学に慣れてきたら作るのも面倒になった時あったし」

「やっぱそういうのって誰にでもあるんだねー」

「誰にでもって、そういう時あったの?」



お玉でアクを取り除きながら聞けば、彼女は「もちろん」と頷いた。当たり前だというその頷き方に、思わず笑ってしまう。



「後期の授業始まったくらいは、外食多かったよ。バイト終わりにご飯作るのも面倒だったから」

「じゃあ、初めて会ったくらいの時も外食だったの?」

「そうかな。あ、でも、そのくらいから外食やめて、ご飯作ってからバイト行くようにしてた」

「へえ」



彼女の言葉に頷きながらお玉を横に置き、火を止めてからルーを入れる。彼女の方は切った野菜を先ほどと同じざるにあけ、まな板と包丁をシンクで洗いだしていた。

ルーの溶けたカレーを煮込んでいると、タイミング良く後ろの棚にある炊飯器から炊飯終了を知らせる音が鳴った。彼女に皿のある場所を教え、サラダを盛り付けてもらう。その間に、俺はカレーを入れる容器を取り出した。



「できたー」



カレーとサラダをリビングのテーブルに運び、二人して並んでソファに座る。簡単な夕飯だったが、彼女はテーブルに並んだ料理を見て嬉しそうに頬を緩めた。



「何か飲む? っていっても、君が飲めそうなのは水とかお茶くらいしかないけど」

「お茶がいいな」



彼女の言葉に頷いてからキッチンに行き、冷蔵庫からお茶のペットボトルと自分の分の缶ビールを取り出す。それにグラスを持ってリビングに戻り、お茶とグラスを彼女の近くに置いた。



「いただきまーす」



手を合わせた彼女が先にカレーを、俺は先にビールを一口飲んでから、カレーに手をつけた。横で笑みを浮かべながら「おいしい」と言う彼女の言葉通り、なかなかうまいことできていた。



「そういえば、あそこ、何にも置かないの?」



スプーンを持ちながら、彼女が空いた手でキッチンの方を指差して言った。その言葉に、俺もそちらに目を向ける。



「ああ。どうしよかなとは思ってるんだけどね」



彼女が指差した場所は、対面キッチンの目の前の変に空間の空いたスペースのことだった。対面キッチンになっているので、こちら側にはささやかながらテーブルがあるのだけど、あまり広いものではない。その代わりに、本来はその空いたスペースにテーブルを置いたりしてダイニングとして使うらしい。一人でここに住む俺には特にそのテーブルが必要とは思えなくて、何も置かずの状態になっている。彼女と直角になる位置には一人掛け用のソファもあるが、それがあってもテーブルを置くスペースは十分にあって、物を置いていない今の状態が何だか変に感じるくらいだ。



「あんまり大きいのとかいらないしなとも思って、何にも考えてないんだ」

「でも、ここで食べるの変な感じしないの?」

「前は思わなかったけど、今はそう感じるな」



ビールに口をつけながら言えば、彼女は「今さら」と言って笑った。

ここに住み始めた時は、このリビングでソファに座って夕飯を食べることに何とも思わなかったが、今彼女と二人並んで食べていると、やっぱり変な感じはしてくる。というか、ソファに座っているからか、テーブルとの高さが合わない。一応床にラグは敷いてあるが、そこに座って食べるというのも何だか変だ。



「今度、探しにいこうか」

「テーブル?」

「うん。大きいのはいらないから、小さめのやつ」

「永井さんの気に入るやつ、あるといいね」



彼女はこっちを見て笑いかけ、またカレーを食べることを再開した。






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