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これは恋なんだけど  作者: 空谷陸夢
Story 20. 結のその先
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『その人だってひどいよな。俺がいない間に、春希に近付くなんて』

「……そんなこと、言われる筋合いない」



冷たくて、怒りを含んだ声で反論した。抑えようと数秒間を置いたけど、それも無意味だった。



「いない間にとか言うなら、そっちはどうなの。私のいない間だけでもいいって言われて、それに乗っかったんでしょ。どっちもどっちだって、言ったよね。これ以上そのことで何か言うつもりなら、話し合いなんてしない。勝手に、別れたことにする」



向こうは、もう何も言わなかった。しばらく無言が続いて、ようやく向こうから「分かった」という言葉が返ってきた。それを聞いて、どっと肩の力が抜けるのを感じた。お互い別れることに同意して、やっと電話を切ることができた。

携帯を放り投げて、ずるずるとソファに沈み込む。やっとだ。やっと、一つのことが終わった。向こうがこっちの友達に私のことを何と言おうが知ったことかと思う。何とでも言えばいい。今さらそんな言葉で、折れたりなんかしない。

電話を終えて疲れてはいたけど、気分は上向いていた。高まった気分のまま永井さんに今のことを伝えようと携帯に手を伸ばして、メール画面を開いてから、それが戸惑われた。私一人は、変わった。だけど、永井さんからは何も伝えられていない。今、私が向こうとの関係を終わらせたことを言っても、それが永井さんにプラスになるとは思えない。

永井さんの奥さんが家を出ていったことを、二人とも気にしてないと言えば嘘になる。それを聞かされてからも普通に会ってはいた。だけど、二人とも、というよりも私がそれを気にしていた。永井さんはそんな私を気にしている。二人とも何事もなくしているけど、単にその部分に触れていないだけだ。

永井さんは、自分の話が進まないことにまいっていると言った。そんな中で、私が今自分の変わった状況を言ったところで、永井さんの話が進むかと言えば答えはノーだ。永井さんと奥さんの話は、私一人が変わったからといって簡単に進むことじゃない。もちろん、永井さんは変えようとするだろう。だけど、それで永井さんが更にまいるようなことにはなってほしくない。

携帯をもう一度ソファに放り投げて、ごろんと横になった。今日は、まだ火曜日だ。永井さんに会うまで、あと三日ある。いつになく会いたい気持ちを抱えながら、横になったままテレビを見ていた。一つの問題が終わったはずなのに、今日の午後の時ほど、気分が清々しくはなかった。




***




「はい、おみやげー」



次の日の水曜日、バイト終わりにいつもの駐輪場で古賀さんに旅行のお土産を手渡した。某ネズミキャラクターの手の形をした携帯クリーナー。なかなか可愛くて、自分的にはナイスだと思ってる。



「サンキュ」



いつものコンクリートブロックの場所に座ったまま、古賀さんがそれを受け取って、さっそく中身を取り出している。私の方は原付に座っているけど、中身を見た時の反応が知りたくて少し前かがみになりながら古賀さんの様子を見ていた。



「お、けっこういいじゃん」

「でしょ?」



袋からクリーナーを取り出した古賀さんから好評価をもらう。古賀さんはパッケージからそれを出して携帯のストラップ部分に取り付けた。クリーナーを取り付けた携帯を目の前にかざし、ゆらゆらと揺れる手を見ている。



「楽しかったか?」

「うん」



ひとしきり揺れるストラップを見た後で古賀さんに尋ねられ、首を思いっきり縦に振って頷いた。その様子を見た古賀さんが少し呆れたように笑う。



「寒かったけどね、夜のショーも見たよ。めっちゃきれいだった。昼のは風が強くて中止になっちゃったんだけど」



古賀さんの呆れた顔なんてものともせず、旅行での話を続ける。やたらと大学生っぽい人が多かったことや、カップルの女の子が異常なくらいクマのぬいぐるみやらストラップを買っていたこと。古賀さんは呆れた笑みを見せてはいたけど、嫌がる素振りを見せることなくそんな話を聞いてくれた。



「はいはい。楽しかったんですね」



きゃっきゃっとはしゃいで話す私に、小さい子に向けて言うようにして返してくる古賀さん。旅行後の興奮で、今はそんな話し方も気にならなかったけど。

旅行の話が一通り済むと、私は原付に座りながらぐーっと両手を上に上げて伸びをする。



「だからやたらと今日テンション高かったのか」



納得したと言わんばかりの古賀さんのセリフを聞いて、「まあね」と曖昧に返した。その答えで納得したらしい古賀さんは、鞄から携帯を取り出してそれをいじりだす。



「それもあるけど、やっぱり彼氏と別れたのが一番すっきりした要因かな」



古賀さんが携帯をいじるのを見ながら、足をぶらぶらとさせて、何気ない風にして言ってみた。古賀さんの携帯をいじる手が止まり、ぎぎぎっとぎこちなく首がこっちを向く。瞬きを繰り返す古賀さんと目が合って、へらっと、それでもどうだというように笑ってみせた。



「……なに?」



未だに瞬きをする古賀さんが、やっと発した言葉。あまりにもさらっと言いすぎたかな、と少し反省する。



「別れたんだ。彼氏と。やっと、昨日」



もう一度、今度はちゃんと古賀さんの顔を見て言った。それでも、古賀さんは目を点にさせている。それに、少し笑ってしまった。

もともと、古賀さんには言うつもりだった。彼氏が行ってしまってからは、古賀さんに一番迷惑を掛けていたし、助けてもらっていた。昨日、全部が終わった後に連絡してもよかったんだけど、それよりかは会って言いたかった。会って、ちゃんと今までのことにありがとうと言いたかった。

古賀さんはまだぼけっとしたまま私のことを見ていたけど、しばらくすると、その顔がふっと優しいものに変わった。



「よかったな。で、いいよな?」



優しく言ってくれたものの、すぐに確かめるような顔つきになって、それが古賀さんらしくておかしくなる。小さく笑って、私は古賀さんの言葉に頷いた。



「大変だったんだよー。友達からさ、あっちが浮気してるとか聞かされて」

「は?」



古賀さんの顔が、すぐにさっきのようなぽかんとした顔に戻った。私はまたそれに笑って、「まあ、聞いてよ」と先を続ける。

昨日の経緯を全部聞いた古賀さんは、やっぱりぽかんとした顔で、「何それ」と一言。



「え、どっちもどっちだけど、なんだ、その彼氏の言い分は。『今だけでもいい』っていうのに、普通乗っかるか?」

「乗っかったんだよ。あっちは」

「意味分かんない奴だとは思ってたけど、ほんと、意味分かんないな」

「ま、どっちもどっちだから別にいいけどねー」



ぽかんとした顔をようやく崩して、古賀さんは長い溜め息をついた。「理解できん」と、古賀さんは小さく首を横に振る。そんな古賀さんを横目に、私はもう一度腕を上げて伸びをした。今までのややこしい関係が一つ清算できて、ほんとにすっきりしている。誰かにそれを伝えられたことも、すっきりとした気分に関係している気がする。すとんと腕を下に落として、また古賀さんの方を向いた。古賀さんは、また、優しい顔になっている。その意味が分からなくて、『なに?』というように首を傾げてみた。



「永井さんに、言ったのか? そのこと」



その言葉に、自分の顔からゆっくりと今の笑みが消えていく。曖昧な笑みを顔に残したまま、それを伝えるように首を傾げた。古賀さんには、それだけで言わなくても分かったようで、困ったような顔をする。



「なんで言ってないんだよ」

「言えないよ。私ばっかり、楽になってるし。今私のこと言って、永井さんに変に焦ってほしくない」



古賀さんは相変わらず困ったようにしていて、私は耐えきれなくなって視線を古賀さんから外した。

永井さんに言いたい気持ちはあった。別れて、ちゃんと永井さんといられると言いたかった。だけど、永井さんはそうじゃない。永井さんには永井さんの片付いていない問題があって、私はそれに介入できなくて、できないからこそ永井さんを困らせるようなことは言いたくなかった。困る、まではいかなくても、永井さんは問題を前に進めようとして、前言っていたみたいに『まいる』ような状況になってしまうかもしれない。それは、嫌だった。






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