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これは恋なんだけど  作者: 空谷陸夢
Story 3. 自暴自棄な認知
6/111



俺は残ったピザの端っこを口に入れて、昨日のことを口にした。

宮瀬が驚いたように顔を上げる。内心心臓ばくばくの俺だけど、ここは何でもない風を装って肩を少しすくめた。



「何で知ってんの?」

「昨日、たまたまあの辺うろついてたら見た」

「あ、そうなんだ」



少し呆気にとられていた宮瀬だったが、俺の返事を聞いて納得したように数回頷いて、携帯をテーブルの上まで持ってきてメールを打ち出した。



「若く見えた?」



向かいから谷原が聞いてくる。俺はあの時のことを思い出そうと視線を上に向けた。正直、あの時は一瞬思考が停止してた感じだから、男の顔まではっきりと覚えていない。



「まあ、若くは見えたな。正直、遠目、俺らと同年代かと思ったし」



あの時思ったことをそのまま宮瀬と谷原に伝えれば、宮瀬は可笑しそうに笑いだした。



「まじで? じゃあ、そう言っとくわ。喜ぶんじゃない?」

「でもさ、そんな人どこで知り合ったの?」



嬉々としてメールを打つ宮瀬を見て、谷原が不思議そうに聞いた。



「ん? 学校。てか、一応学校の先生だし」

「え?」

「は?」



メールを一区切りつけて、宮瀬が顔を上げてそう言った。この言葉には、俺も谷原も目が点になる。谷原の声なんか濁点混じりだったし。

俺たちの反応を見た宮瀬はまた可笑しそうに笑う。



「変なこと想像しなくていいよ。うちの学校の先生じゃなくて、外部の先生だし」

「ああ……」

「いや、べつそこは問題じゃないだろ」



納得しかける谷原を横目に俺がつっこむ。



「いや、まじでただの友達みたいな感じだし、何もないよ」

「何もないのは分かってるし、何かあっても困るけどさ」



俺の反応に宮瀬は少し慌てたようにそう口にした。

俺としても、別に何も疑ってはないけど、心配にはなる。ていうか、これ聞くまで変なこと疑ってたし。それよりも、今はあの時楽しそうにしていた理由が気になる。宮瀬は、友達にだったらみんなあんな感じなんだろうか。



「先生とそんな話すことあったの?」



混乱から少し立ち直った様子の谷原がナイスな質問を宮瀬に聞いた。

宮瀬の答えに少しどぎまぎしながらも、平静を装おうと俺は新しいピザに手を伸ばす。



「まあ……。何かね、実は昨日さ、教務課っていうかその隣の留学関係スペースみたいなところでキレちゃって。それ見てた先生が、私のこと授業で覚えてたらしくて、帰るときにたまたま会って話してたら仲良くなっちゃった。で、学校で話すのも何だし、っていうのであそこのカフェ行って、喋ってたの」

「要は愚痴聞いてもらってたんだ」

「まあ、そういうこと」



少し言うのを迷ったような宮瀬だったが、別に言っても支障はないと思ったのか、一気にそうまくしたてた。谷原がなるほどね、というように宮瀬を見て、宮瀬もそれに頷いていた。

仲良くなった理由は分かったけど、今度はその理由っていうのの方が俺は気になってきていた。留学関係の場所でキレるってことは、何か言われたんだろうなってことは想像つくけど、何を言われたんだろう。そんで、何で俺に言ってくれなかったんだろうか。

何となく、宮瀬の愚痴を聞くのが俺の役目みたいに思ってて、俺もそれを良しとしていたんだけど、宮瀬はそこまで考えてなかったんだろうか。愚痴を言うのなんて、その人の気まぐれだとは思うけど、何となく、宮瀬には俺を頼ってほしかったって今思った。



「キレたって、何にキレたの?」



さすがに内容が穏やかじゃないと思ったのか、谷原が幾分優しめに宮瀬に尋ねた。

宮瀬は少しの間迷ったようだったが、諦めたように肩をすくめて、話し出す。



「何かさ、私がそのスペースに英語の教材借りに行ったら、何か知らないけど、そこの人に『何とかくん、元気でやってる?』って聞かれた。そこでもいらってしたけど適当に流して、本借りようと思ったら、『あ! 宮瀬さんもやっぱり英語好きなんだね。やっぱり付き合ってると好きな勉強も似るんだね。分からないところは、何とかくんに聞いたらいいし、宮瀬さんはラッキーだね』だって」



ところどころで職員の、たぶん女の人の、声を真似て言う宮瀬は大分腹が立っているようだった。



「あのさ、『何とかくん』って、もしかしなくても彼氏のこと?」

「他に誰がいんの?」



若干キレ気味の宮瀬。昨日のことを思い出してきたに違いない。宮瀬の剣幕に谷原が身体を引いた。



「てか、職員がお前と彼氏付き合ってんの知ってるんだ?」

「それよ!」



俺の質問に宮瀬がさらに怒りだした。やばい、新しい方の導火線に火をつけてしまった。



「いや、たぶん留学試験の面接のときに二人で行ったから、あっちのキャンパスの人がうちのところの人に言ったんじゃない?」



宮瀬の大学も俺たちと同じで、キャンパスが二つに分かれている。俺たちのキャンパスも宮瀬のキャンパスも分家みたいな感じだ。大学全体に関係する試験なんかは本家でやるんだろう。



「てかさ、何なの? あのあっちが基準、みたいな言い方! 基本的にあっちが私のしてることを真似てきた感じなんだけど。めっちゃ腹立ったから、言いたいこと全部言ってきた」

「なんて?」



谷原が聞き返す。谷原が初めに手に取ったピザもなくなっていたけど、谷原は新しいのを取ることもせず、宮瀬の方を向いている。たぶん谷原もここで聞いとかないと、あとで宮瀬が爆発すること分かってんだろうな。

俺の方は、気にせずにピザをもう一口かじって、話を聞く体勢になる。



「『どっちを基準にして聞いてるのか分からないですけど、私は自分が勉強したいから勉強してて、自分のしたいことしか勉強しません。他の人がどうとか、この年で考えることでもないでしょう。それに、あっちのことが聞きたいんだったら直接連絡でもとったらどうです? いちいち私とあっちをリンクして考えないでください』」

「って言ったの? 教務課の人に?」

「教務課じゃなくて留学スペースの人に」



宮瀬の言葉に谷原が固まる。宮瀬は宮瀬で谷原の些細な間違いをいちいち指摘して、むっとしたように眉を寄せた。そして、携帯を置いたまま皿にのせてあるピザを手に取り、一口かじる。

俺も俺で、宮瀬の言い様にちょっと驚いたけど、まあ、宮瀬ならやりかねないなっていう気がしないでもない。こいつは、一度キレたら怖いやつだと思うし。



「で、それ見てたその先生と帰り際に会って、話して、カフェにいた、って?」



ピザを皿に置いて、一緒に注文したコーラを飲みながら尋ねる。

宮瀬も俺と同じようにコーラを飲みながら頷いた。



「そうそう。ま、カフェではほとんど愚痴聞いてもらってた感じだけどね」



宮瀬はそう言って、コップに入っていたコーラをごくごくと飲む。

じゃあ、何であんな楽しそうにしてたんだよ。なんて思ってはいるけど、口には出さない。そんなことしたら、嫉妬してるみたいだ。いや、実際、それに近い感じのものがぐるぐると心のなかで回っていることは自覚している。

けっこう楽しそうにしてたな、とか、愚痴なら俺が聞いたのに、とか。でも、そういうのはすごくばかみたいに思えるのも事実で、口には出さないでいる。っていうか、出せない。



「よく聞いてくれたねえ」



俺の気持ちなんて知らない谷原がのんびりとそう言った。

この野郎、殴ってなろうか。人の気も知らないで。



「ねー。最後の方は愚痴じゃなかったけど、一応帰るときに『愚痴ばっかでごめんなさい』って謝ったよ。そしたら、『べついいよ。楽しかったし、言って楽になるんだったらいつでも聞くよ』って言われて、アドレス交換した」



へらっと笑って、宮瀬が一連の話を締めくくった。

くそ、こいつも何も考えないでもの言いやがって。



「もうこういう友達ばっかり増える。誰か私に良い人紹介してー」



宮瀬が両手で顔を覆って、泣きまねをしながら言った。



「紹介してほしいんなら周り整理してからにしろ、あほ」



残りのピザを口に放り込んで、ナプキンで手を拭きながら言ってやる。それを聞いた谷原が声を上げて笑い、「確かに」と言うのに対して、宮瀬は顔を上げて「うっさーい」とナプキンを投げてきた。



「おわ、きったねーな!」



ふわふわと飛んでくるナプキンを手でぺしっと払い落とす。そのままナプキンはこたつ布団の上に乗っかる形になって、俺はそれをつまみ上げながら、宮瀬に見せる。当の宮瀬は気にする様子もなく、俺の方を向いて「いーっ」とか言ってる。

子供か、お前は。



「けど、あれだね」



俺が宮瀬に呆れながらナプキンをテーブルの上に置いてると、向かいの谷原がピザを手にとりながら口を開いた。宮瀬もあほみたいな顔を止めて、谷原の方を向く。



「宮瀬って、女の子よりも男との方が仲良くなりやすいよね」



谷原の笑いながらの言葉を聞いて、俺が宮瀬の方を向くと、宮瀬は首を傾げていた。



「そうかなあ。まあ、友達自体が少ないから何とも言えない気がするけど」

「その言い方、めっちゃ悲しいからやめて」



宮瀬の返事に谷原は笑いながらつっこむ。笑いすぎてて口にしようとしていたピザが口の手前で止まっていて、上に乗ったチーズが落ちてきてることに気付いてない。俺の方も、宮瀬の言葉がおかしすぎて飲んでたコーラを吹き出しそうになって、あわてて飲み干す。そのせいで、コーラが気管に入ってしまって、思いっきりむせてしまった。

笑いながらむせるって、すげー苦しい。



「そんな面白いこと言った?」



言った本人は何とも思ってなかったらしく、自分の言葉よりも笑い転げる俺たちを見て笑っていた。それが余計に俺たちにとってはおかしくて、笑いが一向に収まらない。



「あー、おもしろかった。つか、苦しい」



やっとのことで笑いを収めて、再びコーラに手を伸ばす。谷原は谷原で、布団の上にチーズが落ちたことに気付き、「あーっ」と奇声をあげている。



「けど、お前、ほんとに女友達っていんの?」



コーラを一口飲んで、宮瀬に尋ねる。



「んー。友達っていえるのは一人か二人くらいじゃない? あとは、何人かアドレス知ってる人もいるけど、ぜんぜん連絡取り合わないし、喋んないし」



宮瀬は少し首をひねって考えるしぐさをした後、そう言った。その言葉に谷原がまた笑う。

まあ、友達の少なさにはびびるけど、こいつはけっこうな人見知りだから、そんなもんかとも思う。というか、最近は人見知りというよりも人嫌いなんじゃないかと疑うこともある。



「それに、小さい頃から周りが男ばっかりだったから男の人でもぜんぜん大丈夫だし。むしろ男の人のが楽な時があるよね」



そんな風に、何てことないようにして宮瀬は言い、ピザの箱に手を伸ばす。



「そういえば、上二人ともお兄ちゃんだったっけ?」



二度目の笑いが収まったらしい谷原が、布団の上のチーズと格闘しながら聞く。



「うん。しかも、一番上とは八歳で二番目とは七歳離れてる」



だからしょうがないよねー、なんて言いながら宮瀬はピザを旨そうに頬張る。何が『だから』なんなのかはよく分からないが。






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